ファントムクォーツ 仮面ライダーゴースト外伝 仮面ライダーpq 作:鉄槻緋色/竜胆藍
世界観に若干のズレがあるほか、原作のキャラクターはほとんど登場しませんので御注意下さい。
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「「
向かいのソファにふんぞり返った豊満な肢体の美女が、引き寄せた書類を目の高さにつまみ上げて読み上げた。
「中学生かと思ったわ」
それも、ひどくぞんざいな調子で。
「……よく言われまス」
優は制服のスカートの裾を握りしめ、歯の隙間から絞り出すようにしてそれだけを答える。
自分の寸胴とも言われた体と比べ、目の前の女性のスーツを押し上げるメリハリボディは目眩がするほど妬ましい。
いったい何を食えばこうなれるのか。できれば切り取って分けてほしいものである。
「だろうねえ。無意味な粗食に加えて運動不足じゃあガキの体から脱皮できないよお? ご飯とか少ししか食べてないでしょ。わざわざ量を減らしてさ」
書類をおろした女性の顔は、片眉を上げて心底呆れたと言った形をしていた。
ウエーブのかかった艶のある髪型と言い、ひん曲がったルージュと言い、絶世の美人とも言える造作がその表情をすると、神経を逆撫でる威力もひとしおだ。
「太りたくないんです!」
だからつい反射的に声を荒げてしまった。
ところが、それに対しても女性は仰け反って仮借無く爆笑するだけだった。
「っはっは! あるある! その年頃は、そりゃあ摂取量を気にするもんさ! だけどね、普通に食ってて太るのは、遺伝や体質を除けば、食っちゃ寝してた場合のハナシさね」
ケラケラを笑いながら、書類をテーブルに投げ出して続ける。
「優ちゃんさ、インドア趣味だろ? スポーツをやれとまでは言わないからさ、ちゃあんと食べて、こまめに動くといいよ。休みの日だってどうせ閉じこもってばっかりなんだろう? 散歩しな散歩。登下校以外で。ちょっと歩くだけでもぜんぜん違うよ?」
「なっ……!?」
出会ってすぐの人間から「ちゃん付け」で呼ばれ、話してもいない趣味や日常の事まで看破され、優の顔色は青から赤へと忙しく入れ替わった。
そう言えば、最初の粗食だの運動不足だのも、いったい何を根拠に言い出したのか。
確かに、休日はほとんど外に出ないが。
「あっ、なん、その、」
「歩き方が歪んでる。どんだけ身体を使ってないのさ。見ただけで分かるよ」
女性は混乱する優にかまわず気配を収束させると、一変して真面目な調子で語り出した。
「体の動きが鈍ると、血の流れが滞る。血の巡りが悪くなると、身体のあちこちに異常が起こる。身体の異常は心の状態にも直結するから、考えもどんどん暗くなる。悪いほうへ考える。 ──運動しな運動。そうすりゃこんな、いなくなったお姉さんだなんて幻だって、見なくなるさ」
「……!」
指先で書類を叩く女性の言い種に、とうとう優は激発した。
「幻なんかじゃありません! お姉ちゃんは生きてます! そもそも」
床を蹴って立ち上がった優は、この建物の外、看板があったあたりに手を振って。
「そもそもここは探偵事務所で、ほかにも不思議な出来事でも話を聞いてくれるって聞きました!」
「いかにも。ウチは『大地探偵事務所』。アタシは所長にしてゴーストハンターの
優の剣幕など無いもののごとく、目の前の女性──大地 衣織は淡々と言いながら、懐から取り出した名刺を指先から弾き飛ばした。
四角い名刺がくるくると回転しながらテーブルの上に落ちた。
「だったら!」
「だからさ。目撃情報の確度には鼻が利くんだよ。不健康な人間は見間違いを起こすし、幻覚だって見ることもある。幻覚に縁のない健康な人間が見たってんなら信じるに値するだろうけど」
そしてお前は健康か? と方眉を上げた衣織の視線が問いかける。
たったいま不健康認定されたばかりの優は、言葉に詰まった。
「…………」
優は立ったまま、衣織を睨み返しながら唇を噛むしかない。
そこで優は、この探偵事務所にもうひとり人がいるのに気付いた。
衣織やキャビネットなどに遮られていて今まで気付かなかったが、部屋の奥の椅子に腰掛けている奇妙な人物がいたのだ。
なにが奇妙かと言えば、サイズの合わないだぶだぶの真っ白なパーカーを着て、フードまで目深に被っているのだが、その顔に、お稲荷様のようなキツネ面を被っているのだ。
全体的に白装束なせいで、殊更不気味に見える。
回転する事務椅子に、体育座りのように腰掛けている。自分と変わらぬ程度の小柄で細身、露出した剥き出しの両脚などを見るに、おそらく女の子のようだった。
こちらを向いているようだが、特に気にした様子もない。キツネ面のせいで目線が合っているのかもわからない。
そいつは、ふと横を向いて、そこのデスクに置かれたグラスを取り上げると、ストローを口元につまみ上げた。
当然、ストローはお面にぶつかって、くわえることはできない。
そいつはしばらく試行錯誤したのち、キツネ面を少し持ち上げて、あごの隙間からストローを差し入れると、ややあってストローの中をオレンジ色の液体が上っていった。
ご満悦な様子で身体を揺すりながらジュースを飲むそいつに呆気に取られたが、優はようやくそいつから視線を戻した。
「とにかく! 六年前にいなくなったお姉ちゃんが歩いてるのを、本当にこの前見たんです! 誰もわたしの言うことを信じてくれない! もう、ここしか頼るところが無いんです! お金なら、ありますから!」
「無駄金を払うことも無いさね」
優の剣幕にも、衣織はにべもない。
高く組んだ足の、ストッキングに覆われたつま先をぴこぴこと振って。
「帰りな。全力疾走でだ。家に着く頃にゃあそんな妄想なんざ綺麗に吹き飛んでいるさ」
「ひとでなし!」
怒りのままに床を蹴りつけた優は、身を翻して事務所から飛び出していった。
ばぁん、と激しい音を立ててドアが閉ざされ、続いて忙しい足音が急速に遠ざかってゆく。
概ね衣織の思惑通り、駆け足で帰っていったようだ。
「……あきらちゃんの事だったりしてな」
衣織がソファにふんぞり返ったまま、首を巡らせてキツネ面の少女を見遣る。
言われたキツネ面の少女は、ストローをくわえたまま可愛いらしく小首を傾げた。
「かもねー。わかんないけどー」
あっけらかん、といった調子の幼い声音でキツネ面の少女──あきらが応えた。
応えながらあきらは、体を傾けて左手を床に伸ばす。そこに寝そべっていた体毛の長い大型犬──優のいた所からは、死角になって見えていなかった──の背中をわしわしと撫でた。
どっこいしょ、と美女にあるまじき声をかけながら衣織が再び優が書いた書類をつまみ上げる。
「
「ないよー」
あきらは犬を撫でる手も止めず、ろくに考えもせずに首を振って即答する。
「しっかし。依頼者のトコに写真が残ってないってのは、痛いねえ。あれば一発なのにさあ」
「あれー? あの子、写真無いって言ったっけ?」
がしがしと頭を掻いて呻く衣織に、あきらが上体を起こして問いかけた。
「あんだけ必死なのに、写真を持参しないって事は、残ってないって事さ。それも、今時データで残せるはずのものも無いって事は、絶望した両親がわざわざ処分したか、火事か何かで消失したか。そりゃあどこに行っても断られるはずだよ。 ──面倒だねえ」
「直接会うのは、ダメなんだよね?」
あきらに向かって衣織が後ろ姿のまま手を振る。
「万が一ビンゴだったら、アタシが逮捕されちまうよ。勘弁してくれ。何度も言ってるだろう?」
「そっかー」
「だけどまあ、今回は最良のおもしろいヒントがある」
立ち上がった衣織が、書類をひらひらさせながら、あきらの元へと歩いてくる。
「なにー?」
「優ちゃんが最近見かけたって言う「お姉ちゃん」さ。六年前で十七歳。生きてりゃ現在二十三歳に成長しているはずの人物を、違和感無くその人だと認識できるのは、それなりに異常さね。──調べる必要がある」
突き出された書類越しに、キツネ面が衣織を見上げた。小首を傾げて。
「……じゃあ、どうして衣織は意地悪なこと言ってあの子を帰らせたの? 普通に引き受ければいいじゃん」
「あのドンクサそうな優ちゃんが、大金を持っているワケないじゃないのさ。親も連れずに来たって事は、両親に内緒で来たんだろう? 普通に引き受けたって、たいした金になりゃしないよ」
衣織は書類をぱたぱたと振って大仰に肩をすくめる。
「だったら、情報だけありがたくいただいて、依頼人っていう邪魔者ナシであきらちゃんのためだけに有効に使うのが上策ってもんさね」
言いながら背を向けて、元の応接用のソファへ歩いてゆく衣織を眺め、あきらは口元を押さえて肩を振るわせた。
くすくすと笑い声が漏れ出ている。
「ちょいと。なに笑ってんのさ」
若干不機嫌に言うが、衣織はこちらを向こうとしない。
「ううん。 衣織は、やさしいねえ。 ねえダーリン?」
呼びかけられた犬は、耳を揺らして反応するのみで、顔を上げもしなかったが。
「は! 言ってる意味が分かんないよ!」
両腕を振って衣織が声を荒げるが、あきらの含み笑いは止まらなかった。