嵐と萩風が島に漂流してきて早数週間が過ぎた。
航路からだいぶ離れているのか、待てど暮らせど近くを船が通りかかる事は無かった。
とまあ現状はあまり変わっていないように見えるが、確実に変わっている事がいくつかある。
例えば……
「おーい提督、1名様追加ね~」
「今日もか……艦娘が漂流するっていう事例はそんなに多いものなのか?」
「いやいや、流石にそんな訳ないと思うぜ。明らかに異常だよ」
「ふむ、なんとも面妖な……とりあえずその子をドックへ」
「あいよー」
このように、島に漂流してくる艦娘が最近異常に増え始めた。
それに比例して輸送船のコンテナが流れ着く回数も増えたのだが、いかんせん燃料や弾薬などの資材は未だ集まらない。
嵐や萩風の話だと、燃料をタンカーで輸送するのではなく、大量のドラム缶などに入れて輸送している場合もあるらしいので、それが漂着する可能性もあるはずなのだが……
少なくとも今の所食料には事欠かないので、気長に待つことにしている。
次に変わったことと言えば……
「司令、魚釣ってきたぜ!」
「今日はカレイが多めに釣れたので、煮付けにしようと思います」
「嵐、萩風、2人ともお疲れ様。食堂の冷蔵庫に入れておいてくれ」
「下処理はしなくていいのか?」
「ああ、あとで私がやっておこう」
「ありがとうございます、司令!どうしても魚を捌くのは苦手で……」
「いや、構わない。最近仲間が増えたおかげで手持無沙汰でな……いい暇つぶしになる」
鎮守府に冷蔵庫が設置され、また自家発電が可能になった。
これは気温の高いこの島で暮らしていくうえで非常に重要なものとなっている。
尚、冷蔵庫や発電機自体は元々ここにあったらしいのだが、どちらも妖精が自作したものらしい。
詳しい話を聞こうとしたら「企業秘密です」と言われてしまったため、発電機が何を燃料にして動いているのかすら分からずじまいだが……
また、日々漂着してくる艦娘を迎え入れていくうちに、この鎮守府もだいぶ大所帯になってきた。
具体的には、嵐と萩風を除いても今日漂着してきた子で15人目になる。
数週間のうちにこれだけの艦娘が漂着してくるのは流石におかしいと思い、近くで大規模な戦闘でもあったのか各々に聞いて回ってみたが、理由も元の所属鎮守府もバラバラであった。
そのうち一部の子は同じ鎮守府に所属していた仲間同士だったようで、お互い再会を喜び合っていた。
ただ、1つだけ全員に共通している事があるとすれば、全員がブラック鎮守府に所属していたことだろうか。
現在日本にはかなり多くの鎮守府があるようで、全体から見ればブラックな鎮守府はごく少数という事だが、そこに所属している子ばかりが集まるのは、何か神の見えざる手が働きかけているような気がしてならない。
「とりあえず、2人が釣ってきてくれた魚を処理するか……」
考え事をしているうちに、ずいぶんと時間が経ってしまっていた。
夕飯の時間が遅れると一部の子が騒ぎだすので、さっさと処理してしまわないとマズいだろう。
以前遅れた時の惨状を思い出しながら、大樹は食堂へと向かうのであった。
◇
「ん、先客がいたか」
「あら提督、お疲れ様です」
「お疲れ様、鳳翔。どれ、私も手伝おう」
「ありがとうございます。では、こちらをお願い出来ますか?」
「わかった。任せてくれ」
食堂の調理場へ向かうと、鳳翔が先に魚の下処理を始めていた。
彼女もまたこの島へ漂着してきたうちの1人で、よくこうして家事や炊事をしてくれている。
彼女も例に漏れずひどい環境の鎮守府にいたようで、初めて手伝おうとした時などは大層驚かれたものだ。
今ではここでの生活に慣れたようで、手伝いを買って出れば一部を任せてくれるようにはなった。
正直私が手伝うよりも、手際のよい鳳翔1人の方が効率が良い気もするのだが、本人曰く「今まで誰かと料理を作ったことがないので、できれば是非ご一緒に」という事なので、厚意に甘えさせてもらっている。
「今日は萩風が、カレイの煮付けを作ると意気込んでいたな」
「いいカレイが手に入りましたからね。できればお肉や野菜を使った料理も作りたい所ではあるのですが……」
「瓶詰のピクルス等は以前漂着したこともあったが、流石に牛肉や豚肉となると、冷凍であってもこの気温だと難しいだろう」
「そうですね。真空パックのチャーシューなどはまだあるのですが……」
「……そう考えると、皆には不自由な暮らしをさせてしまっているな。すまない」
「いえそんな!提督のせいじゃありませんし、食べるものが全く無いわけでもありませんから。それにむしろ、私達を受け入れてくれている提督に迷惑が……」
「それこそ君たちのせいではない。元居た鎮守府より気兼ねなく暮らせているのなら、それはなによりも喜ばしいことだ。……まあ食生活は抜きにして、だが」
「……提督が、本当の提督だったらよかったのに」
「何か言ったか?鳳翔」
「い、いえ何も!さあっ、早く処理してしまいましょう!」
「あ、ああ……」
急に慌てだした鳳翔に驚きつつも、いつの間にか止まっていた手を再度動かす。
若干頬が赤くなっているのは気のせいだろうか。
なんとも言えない空気に包まれながらも、夕飯に向けて処理を進めるのであった。
◇
「「「いただきまーす!」」」
鎮守府内の時計は全て止まっていたため正確には分からないが、外を見る限り19:00頃だろうか。
食堂に集まった皆が一斉に食事へと手を伸ばす。
ワイワイガヤガヤと、まるで学校の給食のような雰囲気で食事を行う皆を眺めながら、今日漂着してきた子の容体を長波に尋ねる。
「ん?ああ、ここに来る前に見に行ったけどまだ眠ってたよ」
「そうか……そろそろ目を覚ましてもいいと思うんだがな」
「わりかし大きいケガしてたし、何より正規空母だから入渠に時間がかかってるみたいだな」
「正規空母だったのか。という事は赤城や加賀と同じ艦種という事でいいんだよな?」
「そうそう。また大食らいが増えるね~」
「そう言うな。それもまた個性だ」
「物は言いようだな……とりあえず診てくれてる妖精には、目が覚めて歩けるようなら食堂へ来るよう伝えてあるから、そのうち来るんじゃないか?」
「そうか、ありがとう」
そんな会話をしながら、以前鎮守府に漂着した赤城と加賀へと視線を移す。
2人は和気藹々と食事をしている……ように見えるが、よく見ると目にも止まらぬ速さでおかずの取り合いをしている。
どうやら艦娘というのは艦種によって食事量も違うようで、2人のような正規空母や戦艦と呼ばれる艦種は、飛びぬけて食事量が多いらしい。
燃料や弾薬などの資材の消費量も多いらしいのだが、なぜそれが食事量にまで反映されてしまったのかは不明である。
とりあえず正規空母が増えるという旨は、同じ艦種の2人には言っておいた方がいいだろうか。
水面下で必死の抗争を繰り広げている2人に近づき声をかける。
「赤城、加賀。食事中にすまない」
「ふぁい?どうひまひた、てひとく?」
「赤城さん、流石に口に物を入れたまま喋るのはどうかと思うのだけれど……」
「むぐむぐ……ごくんっ。失礼しました、あまりに煮付けがおいしかったもので……」
「い、いや構わない。実は今日また1人島に漂着してな……それがどうやら正規空母らしいんだ」
「あら、空母仲間が増えるのですね。流石に気分が高揚します」
「軽空母の鳳翔さんを含めると4人目ですね」
「ああ。なので一応同じ艦種の2人の耳にも入れておこうと思ってな」
「ありがとうございます。今はまだ入渠中ですか?」
「ああ、そうらしい。よかったら食事後にでも様子を見に行ってもらえるか?」
「わかりました、そうしますね」
「……その必要はないみたいですよ、赤城さん」
「え?」
加賀の視線の先を辿ると、今まさに食堂へ入ってこようとしている艦娘がいた。
どうやら先に目を覚ましたらしい……のだが、なぜか加賀が敵意むき出しの視線で彼女を睨んでいる。
普段からクールで落ち着いた言動に定評のある加賀がここまで豹変するとは……以前の鎮守府で何か因縁でもあったのだろうか?
とりあえず、どうしていいか分からないといった感じでこちらを見つめている彼女に声をかける事にする。
「目が覚めたようでなによりだ」
「あ、貴方は?」
「私はここの提督……という事になっているが、その話は後だ。とりあえず、食欲があるなら食べながらでもいいので現状を説明したいのだが……」
「あ、はい……実はお腹ぺこぺこで。ご馳走になっちゃっていいんですか?」
「ああ、構わない。ではこっちへ来てくれ」
そう言いながら、赤城と加賀が居るテーブルの空きへと連れてくる。
途中まできた時、急に彼女の足が止まったので振り返ると、なにやら加賀の方を指さしてわなわなとしている。
どうかしたか?と聞く前に、彼女の大声が食堂内に響き渡った。
「あーーーーーー!!加賀さん!?なんでここにっ!?」
「食事中に大声を上げるなんて……これだから五航戦は」
「再会して最初のセリフがそれっ!?相変わらず冷たい人ですね!」
「……なんですって?」
「ま、まあまあ2人とも、折角再会できたんですしもっと穏便に……。久しぶりね、瑞鶴」
「あ、赤城さんもいたんですね!お久しぶりです!」
「……私との温度差がありすぎないかしら?」
「いつもの「これだから五航戦は」を再会1発目に披露してくれた人に言われたくありませーん」
「……」
出会っていきなり口論になる加賀と瑞鶴。そしてそれを宥める赤城。
怒涛の展開に全く着いていけてないが、とりあえず3人とも顔見知りであるという事だけは分かった。
「えー、瑞鶴……でよかったか?君も彼女達と同じ鎮守府に?」
「あ、はい。同じ鎮守府でした」
「そうか、再会できたようで何よりだ」
「できれば再会したくなかった人もいますけど……」
「全く、先輩を敬うという事を知らない子ね。これだから五航戦は……」
「もーまたそれ!?いい加減それやめて下さいよ!」
「あはは……すいません提督、騒がしくしてしまって」
「構わないさ。何やら訳ありの様だからな」
「そう言ってもらえると助かります。もう昔からあの2人はあんな感じで……」
やれやれといった表情で2人を見つめる赤城。
まあ仲が悪いにしろ何にしろ、見知った仲間が居るというのはありがたい。
「とりあえず現状の説明をしたいのだが……鳳翔、まだ食事は残ってるか?」
「ええ、残ってますよ。そちらの子に?」
「ああ、頼む」
トレーを持ってきてくれた鳳翔から食事を受け取ったのを確認し、食べながら聞いてくれと前置きして説明を始める。
やはり他の子と同じような反応を示していたが、とりあえず現状がどうなっているか認識してもらえたようだ。
……途中、加賀が瑞鶴のおかずを取ろうとして一悶着あったが、赤城曰く「日常茶飯事でした」という事なので気にしない事にする。
まあ2人もやっていたしな。
「じゃあ、私もここに居ていいんですか?」
「もちろん、君が納得してくれたのなら大歓迎だ。今の所食料に関しては、偏りのあるものの備蓄はある。それさえ気にしなければ普通に暮らせるレベルにはなっている……と思うぞ」
「ええ、いつの間にか水道設備も整っていましたし、お風呂にも入れますよ」
「あ、ありがとう!……じゃなくて、ありがとうございます!」
「あと、私も正式な提督ではないので、無理に敬語を使う必要もないぞ?」
「わかった!ありがとう提督さんっ!」
「いきなり敬語をやめるなんて……これだから」
「五航戦はって?いい加減泣くわよ!?」
「……冗談よ」
「嘘!へんな間があったもん!」
「2人とも落ち着いて…」
また2人の口論が始まったなと思いつつ、赤城も苦労しているのだなと考える。
それにしても、なぜ急に漂着する艦娘が増えたのか、そして何故全員がブラック鎮守府所属だったのか。
更に言えば、自分がこの地へ降り立った意味や、なぜ自分の記憶が無いのか等、謎は深まるばかりである。
ただ分かるのは、まだしばらくここでの生活が余儀なくされるであろうという事。
そして、漂着してくる艦娘はさらに増えるのだろうという謎の確信。
分からない事や不安な点など多々あれど、楽しそうに食事をとる彼女たちを見ていると、この生活も捨てたものではないなと思う自分もいる。
ただ願うのは、ここに流れ着いた彼女たちが、元の鎮守府生活よりも気兼ねなく過ごしてくれること。
そして日本へ戻り元の鎮守府とは決別し、新たな生活の第一歩を踏み出してほしい。
そんな願いを胸に秘めながら、大樹は彼女達を慈しむように眺めるのであった。
これで回想編終了です。
思った以上に回想編が長くなってしまいました……
そして最近メインの小説よりも筆が乗るという始末……なんでや