皆さんも風邪にはお気を付けください……
とある日の浜辺。
いつも食料や艦娘が漂着する浜辺に、大樹と空母組が集まっていた。
「では始めます……発艦始め!」
「おお……」
赤城の掛け声と共に、正規空母たちが一斉に艦載機を発艦させる。
初めてその光景を目の当たりにした大樹は、思わず感嘆の声を上げた。
「放たれた艦載機が一斉に……これは壮観だな」
「あくまで偵察ですから、攻撃時の光景を見せられないのは残念ですが……」
「その光景を見るという事は、少なくとも今のように平和を謳歌できない状況ではあるのだがな」
「確かにそうかもしれませんが、それだと私たちの存在意義が……」
「まあ、軍艦の艦娘として生まれた以上、そう考えてしまうのも仕方ないとは思うが、いっそ人間として生きていくのも悪くないと思うぞ?」
「そう……かもしれませんね。その時は私たちの面倒も見てくださいね?提督」
「君たちを養うとなると、エンゲル係数がとんでもない事になりそうだな」
「あ、提督ひっど~い!」
「多門丸に言いつけますよ?」
「……頭に来ました」
大樹の言葉に、正規空母たちが一斉にブーイングを上げる。
やはり皆、自分達の食欲については大なり小なり気にしていたのだろう。
それを知りつつもあえて口に出した私は、もしかしたらSっ気があるのかもしれない。
「ははは、もちろん冗談だ。だが私自身も、つい最近までどういう生活をしていたのかうろ覚えだからな……」
「そう言えばそうでしたね」
「皆を養える余力があるのなら、全力でサポートはするつもりなのだがな……」
「ある意味、今が一番落ち着いた生活が出来ているのかもしれませんね」
「そうかもしれんな」
穏やかな笑みを浮かべた赤城の言葉に、頷きながら同意する。
だいぶ昔の事は覚えていても、ここで目覚める直前あたりまでの記憶が曖昧な為、最近までの生活や、会社での役職や仕事内容、貯蓄がどの位あるのか等々、分からない事だらけなのである。
第一、既に長期休暇では済まない日数ここに居るわけで、帰ったところで元の仕事に就けるかどうかも怪しい。
そんな状態で多数の艦娘の面倒を見るリスクを考えると、やはり今のままの生活の方が落ち着いているのかもしれない。
「う~ん……なんにも見つからないみたい。船影どころか島影すら見当たらないみたい」
「そうか……すまないがもう少し偵察を続けてみてくれ」
「は~い」
瑞鶴からの報告を聞き、皆に気付かれない程度に肩を落とす。
今回のこの偵察は赤城と加賀からの提案で、ここへ漂着する前の戦闘で落とされなかった艦載機で、近辺の偵察だけをするのなら資材は必要ないという事だったので、艦載機が残っている空母達にお願いして浜辺に集まってもらったのだ。
艦隊運営についての知識が皆無な大樹にとって目から鱗な提案であり、また今後の方針を決めるためにも必要不可欠な情報が手に入るだろうという事で、内心かなり期待していたのだ。
コンテナなどが漂着する浜辺は決まっているので、そこから海へ向かって偵察をお願いしたのだが、残念ながら今の所収穫はないようだ。
彼女達曰く「偵察だけなら何かが減るわけでは無い」らしいので、もう少し偵察して何も無ければ、いっそ手分けして全方向に偵察を行った方がいいかも知れない。
「……駄目ですね、何も見当たりません」
「そうか……何かあるとすればこっちの方角だとおもったのだが……。ではすまないが、今度は手分けして別方角にも偵察機を飛ばしてくれないか?」
「構いませんが……お昼ご飯の量が増えますよ?」
「む?何も減らないんじゃなかったのか?」
「艦載機を操る為にはかなりのエネルギーを消費しますので……」
「そうか……間宮達に伝えておこう」
「やりました」
したり顔で赤城とハイタッチをする加賀。
もしやこれが目的で提案した訳ではあるまいな……?
そう思わずにはいられない光景であった。
その後別方向にも偵察機を飛ばしてもらったが、やはりめぼしい情報は得られなかった
だが、収穫こそ無かったものの、「周囲には何もない」という情報が手に入っただけでもマシだろう。
少なくとも、闇雲に長波達を出撃させずに温存しておいたのは間違いではなかったらしい。
ちなみに、昼食の件について間宮達の元へ相談に行ったところ、一緒に居た鳳翔が「発艦でそこまで消耗するはずは無い」と言っていたので赤城達に問い詰めたら、どうやら土壇場で思いついた嘘だったらしい。
その後鳳翔に盛大に叱られた空母組は、その日の昼・夜とおかずを1品減らされていた。
少し可哀想な気もするが、食糧にも限りがあるので、きっちりと反省してもらう事にする。
食べ物の恨みは恐ろしいからな。
◇
「ふーん、何も見つからなかったのかぁ」
「ああ。かなり遠くまで偵察してもらったが、島影1つ見つからなかったらしい」
「私達、かなり遠くから流されてきたのでしょうか?」
「俺もはぎぃも、その辺の記憶が無いからな~」
夕食の時間。
空母組がおかずを減らされお通夜ムードになっている横で、長波・萩風・嵐の3人と食事をとっていた。
彼女達には事前に偵察を行う旨を伝えていたので、その報告も兼ねている。
「でもさ、たまたまその時に船が通って無かったっていう可能性もあるんじゃないか?」
「そう思って、赤城達には定期的に偵察機を飛ばしてもらうようお願いした」
「なるほど……。ちなみに提督、先ほどから気になっていたのですが、今日の赤城さん達暗くないですか?」
「俺も思ってた。いっつも食事時はキラキラしてんのに、なんで今日はあんなどんよりしてんだ?」
「……いろいろあったのさ、いろいろとな」
「?」
いくら反省させているからといっても、周りに知られるのは流石に可哀想かと思い、あえて原因を伏せておく。
昼に続いて2食連続のおしおきに、本人達もかなり凹んでいるようだ。
彼女達も根はいい子だと思うので、今後同じような失態は犯すまい。
「あー、まあいいか……。じゃあ目下の方針は情報待ちってことでいいのか?」
「そうだな。今までと変わらん気もするが、もし近くに航行ラインがあるのなら、近いうちに発見できるだろう」
「そうですね。気長に待ちましょう」
「しっかし、前の鎮守府に居た頃は出撃したくないと思ってたけど、いざ出撃できないとなるとそれはそれで暇なんだよなー」
「そういう意味では、君たちに窮屈な思いをさせてしまっているな……」
仕方が無いとはいえ、皆に不便な生活を強いている事に変わりはない。
これは鎮守府に艦娘が増え始めた時からの悩みだった。
そんな生活を打開する案が今日の偵察だったわけだが、収穫が無かったことで自分の予想以上にがっかりしていたようで、ネガティブな思考に陥り気味になっている。
「まあ提督が気にすることじゃないさ。そのうち何か見つかるだろ」
「そうですよ!長波さんの言う通りです!それに……」
(提督と一緒に居られるなら、今のままの生活でも……」
「んん?はぎぃ、今なんか言わなかったか?」
「ああ嵐っ!?な、なんでもないっ!」
「でも今、提督がいっ……もがががが!」
「何でもないったら!!」
「……何があったのだ?」
「ん~、提督が天然ジゴロだったって話だろ?」
「……いつそんな話になった?」
「さ~てね」
下手くそな口笛を吹きながらとぼける長波にため息をつきながら、じゃれ合う萩風と嵐を眺める。
話の内容は完全に意味不明だが、萩風も怒っている訳ではないところを見るに、悪い内容ではないのだろう。
そこでふと背中側に気配を感じた大樹が後ろを振り向くと、北方棲姫が自分の食器を持って歩いていた。
普段なら気にする事ではないのだが、全体の半分ほどの食事が残ったままの食器を見て不審に思ったのだ。
地上の食べ物に痛く感銘を受けていた彼女は、いつも好き嫌いなどせずに、出された食事は全て平らげていたはずだ。
もしや彼女にも嫌いなものがあったのだろうかと様子を伺っていると、食器を返すカウンターではなく赤城達空母組のテーブルへとたどり着いた。そして一言。
「これあげる。元気出して」
そう言い残して食器をテーブルに置くと、恥ずかしそうに俯く北方棲姫。
どうやら食事の量が少ない事を気にして、自分の分をわけに来たらしい。
一瞬ぽかんとしていた赤城達だったが、北方棲姫の行動の意味が分かるや否や、目に涙を浮かべながら北方棲姫に抱き付いていた。
「ほっぽちゃ~ん、ありがとう!」
「うう、ほっぽちゃんいい子すぎるよぉ~」
「北方棲姫はわしが育てた」
「黙りなさい五航戦、あなたにこんな良い子が育てられる訳ないでしょう」
一部で火花が上がっている気もするが、なんと微笑ましい光景だろうか。
例え量は少ないとしても、自分たちの為に食事を減らしてまで分けてくれたその優しさに、例外なく心を打たれたようだ。
ふとカウンターの方を見ると、鳳翔が目尻の涙を拭っている姿が見えた。
そして何やら間宮に一言告げると、終えたはずの調理を再開し始めた。
恐らく赤城達の追加の食事を用意しているのであろう。すぐに調理を始めたところを見ると、最初から準備していたのかもしれない。
常日頃から母のように慕われている鳳翔。とりわけ空母組から特に慕われている彼女も、なんだかんだ言って彼女達に甘いのだ。
「いや~、良い話だなぁ」
「ほんといい子すぎて……ぐすっ」
「なんだ泣いてんのか?はぎぃは相変わらず泣き虫だなぁ。なあ司令?」
「……ああ、そうだな」
「あれ、もしかして司令も泣いてんのか?」
「気のせい、という事にしておいてくれ……」
どうやら恥ずかしい所を見られてしまったようだ。
とは言え、ニヤニヤしながらこちらを茶化す嵐の目も若干潤んでいた。
彼女の名誉の為にも、あえて口にはしないが。
「でもこういう光景を見ると、提督の判断は間違いじゃなかったんだなーって思うよ」
「確かに、追い出したりしなくて良かったですよね……」
「あとは姉に会わせてあげられればな……」
「そっちも気長に待つしかねーって。もしかしたらそのうちまた漂着するかもよ?」
「……あながち否定しきれん」
そんな事を考えつつ、未だ空母組にもみくちゃにされている北方棲姫を眺める。
「ハナセッ!!」と抵抗しつつも、それが照れ隠しである事は誰の目にも明らかである。
そんな彼女が、心から笑える日が来る事を祈るばかりである。
……予感という訳ではないが、何となく、その願いは近い将来叶う気がした。
これってフラg(ry