新月の悪魔(かごの悪魔三次創作)   作:澪加 江

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登場する原作キャラクターの能力を一部拡大解釈しています。




侵食と遭遇

 

別の存在に蝕まれていく感覚。

嗜好の歪み、認識の変化。

転んで泣いている子供に憐みではなくおもしろさを覚え、死を悼む葬列に胸が踊った。

なんと許されざる悪徳だろうか!

清廉に生きているものが穢れる姿が愉快でたまらない。

なんと歪んだ情動だろうか!

これが人間の感性だとは思いたくない。

 

しかし、この心が塗り替えられた事に気づいた時には、既に取り返しのつかないところまで来てしまった後だったのだ。

 

 

 

 

石で作られた大きな建物を見上げ、少ない荷物を持ったフルト一家とカシュバは目を細めた。

フルト夫妻の葬儀後、家財を売り払い、方々にしていた借金はほぼ返し終わった。借金元が潰れていた為にすぐに払わなくてもいい金銭があったため、それを使いフルト一家は生家である家を離れてこの立派な集合住宅に住むこととなった。

 

「今日からみんなでここに住む事になったから。二人とも今まで以上にお利口さんにしていてね」

 

アルシェは二人の幼い妹達に言い聞かせると、両手一杯の荷物を運ぶ。それに続いてカシュバもアルシェ以上に大きな荷物を運ぶ。

荷物は主に皿やスプーンなどの生活用品と衣類、そして本も何十冊か。ほとんどはカシュバに必要な参考書で、それ以外は換金して借金や使用人達の給料に当てた。残っているのは本当に必要なものだけだ。

クーデリカとウレイリカは自分の下着と絵本の入ったカバン、それに二人に手を繋がれた大きめの縫いぐるみを運んだ。デフォルメされた熊の縫いぐるみは二人の一番のお気に入りで、寝る時はいつも一緒だった。

丸一日かけて荷解きをして部屋を整えたカシュバ達は夕食をパンとチーズで簡単に済ませる。以前だったら考えられないほど質素な夕食だが、誰一人として不満を言うものはいない。カシュバは貧民の出であるし、アルシェも仕事中はもっと簡素な食べ物を口にする。心配していたアルシェの二人の妹は、皆で囲む夕食が楽しいのかいつになくご機嫌だった。

 

「少し早いけれどそろそろ寝るね」

 

日が暮れて数時間。

魔法で出した灯りが2回程きれた時にアルシェはそういって二人の妹を寝室へと連れていった。

ここは中流以上の帝都民が住む部屋で、それに合わせて部屋の作りもカシュバが生まれ育った場所とは比べものにならないほど豪華である。勿論フルト家と比べると雲泥の差ではあるが。

兎も角、この部屋は中流家庭の住処として十分だった。応接間はないが、大きな居間。それに隣り合う小さな台所。それに体を洗う専用の部屋までついている。

カシュバとフルト一家がともに暮らすと言う事で寝室は主寝室、客室が一つとなっている。アルシェ達は主寝室、カシュバは客室で寝る事で話はついていた。

しかし、最初はカシュバは自分が客室を使う事に最初難色を示した。来客があった時に困るからだ。フルト邸では度々客室を使う事があった。なのでもう少し大きな場所を、とカシュバは思っていたのだ。

結局はアルシェの「来客はもう来ない」「お金がもったいない」と言う言葉でこの場所に決まったが、その徹底した倹約にカシュバはたまに不満に思う。

 

(ちゃんと魔法省で働くようになったらアルシェ達には贅沢をさせてあげよう)

 

カシュバはフルト夫妻の事件以降更にその才能を開花させていた。

今では第四位階の魔法もいくつか使える。どれも攻撃魔法な為、目をかけてもらっている教師には補助魔法など広い魔法の知識を身につけるよう言われている。

それでもやはりカシュバにとっては攻撃魔法の方が覚えやすい。まるで最初から使えるかのようにほとんど苦労をせずに使える。カシュバにとって高位階の攻撃魔法を使う事よりも歴史学や数学の方が難解なのだ。

しかし、他の成績にいささか以上の不安があるとはいえ、カシュバが優秀な魔法詠唱者である事には違いがない。最近では学院長の方から飛び級をして来年の春には魔法省に、との話もでた。カシュバとしてもはやく一人前として働きたいと思っているので渡りに船だった。とりあえずは他の心配な部分の成績を見つつ折をみて飛び級、卒業という流れになる事で話が落ち着いている。

カシュバがそんな有望な若者であったからこそ、ここの家も紹介され、そして少なくない援助金とアルシェの稼ぎで今彼らは生活できている。

 

(アルシェには早めにワーカーから足を洗ってもらって、安全な生活をさせたい。それに二人の妹達にはちゃんとした教育をしなきゃ)

 

ここまでなり上がれたのはあの日皇帝に目をかけられたからだ。その事に感謝しつつ、そもそもの原因に事を考える。

 

(ウルベルト……あの悪魔をどうにかしなきゃいけない。きっと一番幸せな時に現れてめちゃくちゃにする気だ。そもそもーー)

 

自分の中にいるという悪魔の事を考えると最近胃に石を詰められたかのように気分が重くなる。

このところ、少しずつカシュバは自分に違和感を感じていた。

それは道端で転んだ子供の泣き顔に心が安らいだ時だったり、隣家の旦那が浮気をしたと傷害沙汰になった時に面白い見世物だと感じた時だったりだ。最初は小さな違和感だった。

きっと疲れているから。

きっとフルト夫妻の事件で気が滅入っているんだ。

きっと新しい生活に慣れなくて気がたっているんだ。

きっとみんなからちやほやされて傲慢になってきているんだ。

 

しかし日をおうごとに、月を経る毎にそれが心のあり方の変化だという事に気付いた。

気付いて恐ろしくなった。

 

自分はきっと、悪魔になるのだ。人の皮を被った悪魔に。

それがカシュバにはとても恐ろしかった。

 

悪魔に感謝がないわけではない。あのきっかけの金貨の山。それが悪魔のおかげであり、そこから自分の人生がこんなにいい方へ変わった事には何度頭を下げても下げたりないだろう。

しかし、今のカシュバには守りたいものが沢山できてしまった。

それはアルシェであり、その二人の妹達であったり、今の生活であったり、将来の約束された地位であったり様々だ。

そしてそれは、ウルベルトと名乗った悪魔によって簡単に壊される可能性があるのだ。

 

自分がまだ正気であるうちになんとかしなければ。

 

月のない夜空を見上げて広げていた参考書を閉じる。

とてもではないが勉強が手につかなかった。予習も復習も学校の図書館で終わらせているので、これはいわば趣味の勉強なのだが、そんな気分転換すらもわずらわしい。

 

ベットに横になって目を瞑る。きっと疲れていていい考えが浮かばないのだ。今日は早く寝て頭をスッキリさせよう。そうすればいい考えが浮かぶはずだ。

 

地面に水が吸い込まれるように、カシュバの意識は吸い込まれていった。

 

 

 

 

ゆっくりと客間の扉を開ける。

今日は早めに寝たのか既にベットの上にカシュバの姿があった。

アルシェはその姿をみて安心する。

今日の仕事は朝方に出没するという魔獣捕獲の為に今から他のメンバーと“歌う林檎亭”であう。

最近思いつめた表情が多かったカシュバの寝顔を見る為にゆっくりと近づく。覗き込むと眉間にしわが寄せている。

 

「いつもありがとうカシュバ」

 

眉間のしわに口づけをしてそっと離れる。少し表情が和らいだカシュバの顔に微笑みアルシェは出て行いった。

 

 

 

「〜〜〜〜っ!!」

 

(爆ぜろリア充慈悲はないっ!!)

 

言葉にならない気持ちそのままベットの上を転がる。しかし一人用のベットでは狭く、間抜けな音を立ててベットの下に落ちてしまった。

 

「ぐぬぬ。許さん。許さんぞ……俺の宿主の癖に! いい思いしやがって!!」

 

ギリギリと歯噛みしながらベットの端を握りしめる。女性となかなか縁がなかった人間の自分と比べてカシュバのなんと恵まれた事か!

ウルベルトは握り潰して変形したマットをならしながらひとりごちる。

 

「なんでだ。くそう。アルシェみたいな美人となんでカシュバが……。カシュバが付き合えるんだったらリアルの俺にだってチャンスあっても良かっただろ? そうだろう!? 何が駄目だったっていうんだ? 格好にはそれなりに気をつかっていたのに……!」

 

きっと自分の周りにいた女には見る目がなかったんだ。きっとそうだ。

なんとか気持ちに整理をつけたウルベルトはゆっくりと立ち上がる。色々と引きずる思いはあるが、折角動き回れる貴重な時間を無駄にはしたくない。

 

「とりあえず、そうだ。街のなかを今日こそみて回ろう」

 

不可視化のマジックアイテムを指を切って呼び出して玄関に向かう。

フルト家での生活では使用人の目もあった為できなかった家の外の散策。それに胸を躍らせたウルベルトは音を立てないように気をつけて家をでた。

 

 

 

繁華街の方に歩を進めたウルベルトは未だに明るい帝都に感嘆のため息をだす。

前回は周りを見回す余裕なんてなかったのでその整えられた街並みをゆっくりとみて回る。

舗装された石畳。ゴミの少ない清潔な大通りには夜でも衛兵が見回っている。

まだ明かりが灯っている店は酒屋らしく静かな喧騒が聞こえる。

 

「ん?」

 

ふと感じた誰かの視線と明確な違和感。それに視線を巡らせると、見知った顔の少年が驚いた顔でこちらを見ていた。

あちらもこちらと視線があった事に気がついたのだろう。一目散に裏路地へとかけていく。

確かカシュバの学友だったはずだ。なぜ不可視化のマジックアイテムを見破ったのか、そして見破ったからとどうして逃げるのかは謎だが、ほっておくのは得策ではないだろう。

ウルベルトも急いで少年の後を追った。

 

少年の後を追ったウルベルトは少年を見失っていた。肩で息をして石壁に手を付いて息を整える。体育の成績はあの少年の方が上だった事を思い出したのは少年にまかれた後だった。

 

「遠くには行っていないはず。道が複雑に入り組んでいるから見失っただけで、距離は近いだろうし。……じゃあ使う手は一つだな」

 

“飛行”の魔法で高く飛ぶ。月の出ていない真っ暗な夜だが、暗闇でも見通せるウルベルトの目はすぐに少年を見つける。

キョロキョロと周りを注意しながらゆっくりと歩く不審な様子の少年は、暗闇でなかったらさぞや目立つだろう。

先回りをして曲がり角の先におりたったウルベルトは突然現れた事に驚いた少年を捕まえる。

 

「いきなり逃げ出すなんてどうしたっていうんだ?」

「っ!」

 

カシュバの普段の口調を真似て話しかける。振りほどこうとする腕を強化した筋力で押さえつけ逃げ道を塞ぐ。

カシュバが使えない魔法を使う為に新しい傷跡の増えた指に気をつけながら、しっかりと腕を掴んだまま話しかける。

 

「姿を消してるはずなんだけど、なんでみえてるんだ? なんかタレントを持っていたのか?」

「……」

「つれないじゃないか、ジェット。たまたま夜に知り合いにあったくらいでそんなに緊張しなくてもいいだろ?」

 

無言を貫いていた少年ーージェットが名前を呼んだ瞬間に睨みつけてきた。

 

「お前みたいな化け物の知り合いなんて居ない!」

「……」

 

今度はウルベルトの方が黙る番だった。

化け物? 一体彼は何を言っているのだろうか。

確かに自分の意識はユグドラシル時代の悪魔のものだが、この体はこちらの人間であるカシュバのもののはずだ。

それなのに化け物?

 

「なんでお前みたいな化け物がこの帝都にいるんだ? それに、なんで俺の名前を知っているんだ」

「お前には俺が化け物に見えるのか?」

「何を言っているんだ! この! ……獣の頭の化け物め! こ、ここには偉大な魔法使いがいる。さっさとここを出て行くのが身のためだぞ」

 

震えた声で告げられた偉大な魔法使いという単語に対抗心が燃えるが、これ以上関わって自分の体がカシュバだと気づかれた方が面倒だろう。何故かはわからないがジェットが見ているのはカシュバではなくユグドラシルでの自分のアバターの姿らしい。

カシュバの体だという正体がばれなければそれで良かった。カシュバの直接の知り合いを殺すのは後が面倒だと思っていたところだったからだ。宿主の心証を悪くするなど以ての外なのだから。

 

「……なるほどなるほど。そこまで見通せるとは、貴重な意見をありがとう。もちろんそのつもりだとも。君のような存在もいるここに長居は無用だ。それでは夜ももう遅い。夜道には気をつけて帰るがいい。化け物よりも怖い人間が多いからな」

 

本当は記憶を操作したかったが、流石にここで更に魔法を使うのは気が引けた。それはカシュバの知識に忘却の魔法は大量の魔力がいるとあったからだ。もしここでジェットの記憶を弄ろうものならこっちが貧血で倒れてしまうだろう。それに夜とはいえ、他に一目があるかもしれないし、戦闘特化のウルベルトは情報操作系の魔法を取得していない。スクロールがあるにはあるが、こんな少年の為に使うのは気が引けた。これから必要になる場面もあるかもしれない。こんな所で無駄遣いはしたくなかった。

 

(カシュバの顔を見られていないのなら問題ないし。でも今後外を出歩くときはこいつに気をつけなければいけないな。他にも似たタレントの持ち主がいるかもしれない事を考えると、顔を隠せるアイテムが必要だな)

 

ジェットに言いたい事を一方的に言うと、残っていた“飛行”の効果で空に飛ぶ。そしてそのままウルベルトは転移魔法で家に戻った。

 

 

予定よりも早い帰宅にゆっくりとベットの上へ座る。

外に出た事による幾つかの収穫があった。今日は残りを家でゆっくりと本を読んで過ごす事にした。ついでに今夜の出来事をカシュバに伝えるかどうかを迷い、伝える事にした。宿主との関係は良好でいたい。その為には誠実さが必要だろう。

隠し事をしないーーそれが誠実さの現れだろうと信じて。

 

帝都散策は途中で終わってしまったが、それよりも興味深い情報が手に入ったことが気になる。

幻覚を暴くというジェットの目に映ったウルベルトが、彼にはユグドラシルの姿に見えていた。

これはとても興味深く、重要だ。

 

「人の皮を被った悪魔か。幻覚を暴くのではなく本質を見るタレントと言った方が正解じゃないのか?」

 

そうひとりごちながらウルベルトはペンをとった。

 

 

 


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