新月の悪魔(かごの悪魔三次創作)   作:澪加 江

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巣立ち

 

帝国魔法学院には定期的な休日がある。

平時は週に1日。そして秋と春、それに夏に1、2週間程だ。これは生徒の為ではなく、教員の為の休みである。

この学校で教鞭をとっているといっても、本来彼らは帝国における優秀な魔法詠唱者であり、有事の際には前線に立つ。それだけではなく、魔法のさらなる発展の為の研究も行う。

その為に週に一度の休日と、生徒の半数以上が貴族ということもあり、社交界シーズンである春と夏にまとまった休みがもうけられている。

秋の休みは春と夏に比べると短く、それは隣国である王国との戦争で、教員のうちの何人かが出兵する為のものである。

 

何が言いたいのかというと、その日、カシュバは週に一度の休みの為、日が高くなるまで眠る予定だったということだ。

 

しかし、彼のそんな予定など御構い無しに災難はやってくる。

 

 

 

 

その日。朝からフルト家は上に下にの大騒ぎだった。家長であるフルト氏と、その奥方であるフルト夫人が遺体で発見されたのだ。

貴族位を取り上げられたとはいえ、フルト家は身の丈に合わない生活を送っており、未だその家は帝国の高級住宅地にあった。そんな場所での不審死ということで衛兵がフルト家に専属の魔術師を連れてやって来た。そして二人の死因を調べ事になった。

それに伴い家人や使用人にも聞き込みをするということで、関わり合いのある者は皆呼び集められ、個別に話を聞かれた。

カシュバはそれに混乱しながら答えた。いきなりの出来事に、嫌な想像をしてしまう。

夫妻の死は自分のせいではないだろうか?

そんな思いを抱きながら、寝ていたという答え以外出せないカシュバは隣の部屋で同じく聴き取りをされているだろうアルシェを想う。

死体の発見者であり長女であるアルシェへの尋問は長く、日が暮れるまで延々と続いた。

 

 

 

 

「こんな事になるなんて……」

 

ペンで書いたような細い月が昇った夜遅く。実の親の不幸に泣き疲れた妹達を抱えたアルシェは、疲れた表情で小さくこぼした。

向かいの椅子には同じく疲れた顔のカシュバ。いつも以上に顔色は悪く、アルシェはもうしわけない気持ちになる。

 

「カシュバ、明日学校でしょ? 先に寝ていいよ。妹達は私が運ぶから」

「いえ。寝れそうにないんでまだここにいます」

 

そういってカシュバはグラスに水を入れてアルシェに差し出す。アルシェがお礼とともに受け取ると、カシュバは次に自分のぶんを入れた。

 

「アルシェ様、今後、どうするつもりですか?」

 

カシュバの言葉にアルシェの瞳が揺らぐ。

アルシェの両親はいい親では無かったが、こうして居なくなると彼らが背負って居たであろう重圧に負けそうになる。今、妹達を守れるのは自分で、そして彼女達の命に責任があるのも自分なのだ。

 

「まだ決めてないけれど、この家は処分するつもり。物も全部。それで借りたお金を返して、残ってくれていたみんなにお給料と心付けを渡せたらと思っている」

「アルシェ様は優しいですね」

「そんな事ない。酷い娘だと思う。二人が居なくなって寂しいけれど、どこかほっとしてる。もう、ずっとずっとお金の事ばかり考えてきたけれど、それをしなくていいんだって思ったら、ほっとしちゃった」

 

ポタリとアルシェの頰から涙がつたい落ちる。

言葉にしたら止まらなくなってしまった。自分の中にいる醜い自分。それを認めてしまったのだ。なんて自分は親不孝なんだろう。二人の葬儀もまだなのに。

 

「……実はですね」

 

カシュバは息をゆっくりと吸って吐く。

 

「実はですね。俺も、ほっとしちゃったんです。旦那様と奥様がこうなったのに。もう、アルシェ様が無理に働く必要はないんだって思ったら。……お世話になってたのに、薄情ですよね」

 

力なく笑うカシュバを腫れぼったい目で見つめる。

アルシェは確かに、カシュバのその言葉に救われた。

 

「あのね、カシュバ。カシュバはどうするの? 皇帝陛下がカシュバを預けたのはお父様で、そのお父様はもう居ないから、どこか他のところにいくの?」

「それはまだわからないです。皇帝陛下が俺のことを覚えてくれているかもわからないですし。でもですね、アルシェ様さえよかったら、これからも一緒に暮らしたいです」

「えっ?」

「いいですか? アルシェ様」

 

カシュバに真剣な目で見つめられてどきりとする。色恋に疎いアルシェだったが、カシュバに抱くこれが家族愛とは違うものだということはなんとなくだがわかった。

そんな相手からの、このプロポーズのような言葉。

言葉につまり、不思議そうな目を向けられる。

 

「ーーう。うん。大丈夫。そうしてくれるとウレイリカもクーデリカも喜ぶと思う」

 

自分が一番に嬉しいのに妹達が喜ぶとからと誤魔化す。そんな自分の気持ちを隠したのに、カシュバは嬉しそうに笑った。

 

「よかったです。これからもよろしくお願いしますね。アルシェ様」

「アルシェでいいよ。お父様とお母様はもう居ないから。もう“元貴族”のアルシェじゃなくて、ワーカーのアルシェだから。名前は捨てれないけれど、貴族じゃない。あなたと私はもう対等だよ」

「わかりましたアルシェ。ただ、もうしばらくはアルシェ様とお呼びします。落ち着くまではこの家の当主、ですから」

 

カシュバの言葉にもう一度気を引き締め直す。

そうだ、全てが片付いたらだ。

とりあえずは仲間達に事情を言って何日か休暇をもらわないと。それに父達がお金を借りていた所に連絡をしてーー。

アルシェの頭の中はこれからの事で一杯になる。

 

「アルシェ様。今日はとりあえず寝ましょう。俺はクーデリカ様を運ぶのでウレイリカ様をお願いできますか?」

「うん。そうだね」

「根を詰めるのは良くないですよ。さあ、上に行きましょう!」

 

やるべきことからは逃げない。ならば少しでも休んでおかないと。

ウレイリカを抱きかかえたアルシェはその重さに頰を緩める。

かわいい自分の妹達はもうこんなに大きくなっている。それが嬉しかった。そしてそれを守って行かないとと改めて決意する。

 

 

それは雛鳥の巣立ちに似た感動的な光景だった。

慈愛の微笑みで妹をみる彼女は神聖で、それ故になんと欲望を駆り立てるのだろう。

その感情の流れに違和感を覚える事はなく、カシュバはアルシェをじっと見ていた。

 

 





「カシュバを預けていた家で不審死?」

場所は魔法省内にあるフールーダの研究室。
彼は己の組み立てた魔法論理を書いた紙片を見たまま報告にやって来た部下に驚きの声をあげた。

「はい。とは言っても原因は分かっています。毒です。しかも極めて強力な。夫妻の寝室にあった百合の置物が発生源でした。家人に確認した所、そのような置物はこの家には無かったと言っていました」
「では何者かが家に侵入してそれを置いていったということか?」

普通に考えてそれは酷く非効率的だ。折角侵入したのならそのまま殺せばいい。

「毒を発生させるマジックアイテムなどという高級品を何故回収しなかったのか、という疑問も残る。それに他に気になる点があるということだな?」
「はい。死んだフルト氏は良く商人を家に招いて美術品や衣服を買っていたそうです。そこで最近フルト家に出入りした者を調べた所、全く同じ日に商会丸々一つ無くなった所がありました」
「どういうことだそれは」

フールーダは初めて部下に視線を寄越した。
フールーダとしては魔法の研究に没頭したいところではある。しかしこの件は皇帝であり可愛い孫のようなジルクニフに頼まれている。
何より自分を超えるかもしれない優秀な人材についてという事で雑事としてはフールーダは熱心に取り組んでいた。

「は。商会ーーと言ってもそう名乗っているだけの破落戸の集まりなのですが、全員殺されていました。それもおそらく未知の魔法を使われて」
「未知の魔法だと?!」
「は、はいっ! あの。まだ確定ではないのですが、氷結系の高位階では無いかと。後日報告書を製作してフールーダ様の耳にも入ると思われます!」
「氷結系の高位魔法……ふむ。では報告を待つか。しかし、ということはーー」
「未知の魔法詠唱者。それもフールーダ様と同じ英雄級の者がこの事件となんらかの関わりがあると推測されます」
「目的はーーカシュバか? という事は法国か、それ以外の何者かか? とはいえ高位の魔法詠唱者で私が知らない者がいる可能性が出てくるとは……! その件は特に詳細に報告するように!!」

血走った目で見つめられた憐れな部下は裏返った声で返事をした。
と、大きく話が逸れていた事に気づき慌てて軌道修正をはかる。

「兎も角でございます。この商会とフルト夫妻を殺害した者が同一人物である可能性が極めて高いと当局は判断いたしました。そこでフールーダ様には近々いくつか探知系の魔法を使って手がかりを探して頂きたいと」
「もちろん協力しよう! しかし、地道な捜査も手抜かり無く行うように」
「はっ!」

部下は深々と頭を下げて出ていく。
それを見送った後、フールーダは夢見心地であった。長い間探していた。十三英雄と並び語られる自分と近しい存在を。それがこうも簡単に。
いい事はまとめてやってくるというが、これはきっとそれなのだろう。
フールーダにとって今回死んでいった者たちの命などどうでも良かった。期待を寄せているカシュバなら兎も角、それを預けていた家の主人などは所詮、替えがきくもの。むしろ今回の事でこちらに取り込めるようにジルクニフに取り計らうように進言するつもりだ。

長くを生きる老魔法使いは、自らの後継者候補と未知の魔法詠唱者に胸を踊せながら再び自らの研究に埋没した。


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