新月の悪魔(かごの悪魔三次創作)   作:澪加 江

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プロットをお借りした内容から少し外れる内容を含みます。



初めてのお願い

 

「これ」

 

学校から帰ってきたカシュバからアルシェに贈られた首飾りは、アルシェでもわかる程に高価な品物だった。

 

「これ! ……カシュバ、こんなのどうしたの?」

「いや、知り合いの人がくれたんだ。俺よりアルシェ様の方がいるでしょ? いつも頑張って働いているアルシェ様の助けになれば良いなって」

「ただの知り合いがこんな高価なものくれるはずない! 一体何があったの。正直に話してほしい」

 

アルシェは問い詰める口調を崩さない。

退かない彼女にとうとう根負けしたのか気まずそうにカシュバは話し始めた。

 

「俺がここでお世話になるきっかけの話はしましたよね?」

「覚えてる。金貨がなぜか家にたくさんあってそれを元手に学校に通おうとしたところを皇帝に見初められたって」

「この間、その金貨を渡したって人から連絡が来たんです」

「え?」

「で、その人にアルシェ様の事を話したらこれを渡されたんです。役にたつだろうから渡してあげなさいって。だから怪しいものじゃないです! どうか受け取ってください! 俺、アルシェ様が心配で……」

「わかった。カシュバからの気持ちなら受け取る。その人はなんていう名前? お礼の手紙を書くから渡してほしい」

「えーと。ウルベルトさんです」

「なんでカシュバに良くしてくれるのかはわかる? 理由もなくそんな事してくれるなんて信じられないから」

「多分、俺の血がいるんじゃないかって思うんです」

「血?」

 

貧民であったカシュバに無条件に優しくしてくれる存在を信じれるほどアルシェは人を信じる性格はしていない。そこでカシュバが変なことに首を突っ込んでいるのではないかと心配したのだが、それはある意味正解だったようだ。

 

「ほら、俺のタレント。それを調べるのに使うんじゃないかって思うんです」

「タレントの調査の為にカシュバに近づいたってこと?」

「想像ですけど、多分」

 

スッキリとはしないがそれなら筋が通らないこともない。

 

「強力な魔法詠唱者らしいですし、何かに使うのかも」

「強力な魔法詠唱者……それはフールーダ様よりも?」

「それはわからないですけど。でも、自分にできないことはないって」

「ウルベルトって名前なら冒険者? でもアダマンタイトにも聞かないし……。ワーカー? それとも他の国の人間かも。何か招待のヒントになりそうなこと思い出せる?」

「あ、名前はもっと長いです。アインズ・ウール・ゴウンのウルベルト・アレイン・オードル。そういってました」

「アインズ・ウール・ゴウン? ウルベルト・アレイン・オードル……。……どっちにしろ知らない名前。でも、その人には気をつけること。危ない目に遭わない為には心構えと前準備が大切」

「はい。気をつけます」

 

話が一区切りついたところで屋敷に時間を知らせる鐘がなる。

アルシェの父親が最近見栄目的で買った魔法式の時計だ。一時間ごとに鐘がなるという実用性があるので父親の買ったものとしてはアルシェは認めている品だった。

(勝手に買ったことは許さないけど)

カシュバはその音にはっと時計の方へ顔をむける。そして慌てた様子でペンダントをアルシェへ押し付けると仕事の時間だから、と出て行った。

それに「行ってらしゃい」と声をかける。

手のひらに感じる冷たい首飾りの感触を少し楽しんだ後、アルシェはそれを首に通すと服の中へと隠す。両親に見つかると面倒だ。

 

「少し期待しちゃった……」

 

日に焼けて少し赤くなった頬に更に赤みがさす。気丈に振る舞っていてもアルシェはまだ少女。好意を持つ男の子からの贈り物は、少し特別なものなのだ。

赤みが引くまでカチコチと音を出す時計を見つめる。その近くに設えてある姿見で顔を確認した後、何事もなかったかのように自らの部屋へとむかった。

 

 

 

 

 

 

ーー首飾りを受け取ったアルシェ様は嬉しそうだった。礼を言っておく。

 

ところで、こちらのお願いを聞いてくれるっていう話は本当に叶えてくれるのか? どんな非合法なものでも叶えてくれるのか? もしできるならば、どうにかしてほしい事がある。ーー

 

 

 

 

 

 

「2年前のカッツェ平原における騎士の人員減少に対する補給はほぼ完了いたしました。今年からは以前の編成で開戦を迎える事ができます」

「そうか、ご苦労。次の報告はーー」

 

物理的、魔法的、ありとあらゆる最高峰の護りに固められた執務室には、この帝国でもっとも権力を持つ皇帝ーージルクニフとその側近達が平時の仕事をこなしていた。

内政、外交。様々な重大事項をサクサクと手際良く捌いていく姿は鮮血帝ではなく賢帝という肩書きの方が似合うだろう。

その部屋の唯一の扉がノックもなしに開く。姿を見せたのは帝国一の魔法詠唱者にして人類が誇る逸脱者、帝国の魔法主席であるフールーダ・パラダインだった。

 

「急ぎではないなら少し待て」

「では待ちましょう」

 

短く言葉を交わした後、ジルクニフは他の秘書があげた案件についての確認をする。

いくつかの許可を出し、詳しい報告をさせ、いくつかの案件を却下した後、一息つくために紅茶を口に運ぶ。

そうしてやっとフールーダへと視線をよこす。

それだけで長い付き合いのフールーダはジルクニフの意をくみ話をはじめた

 

「以前陛下が目をかけて魔法学院へ入学した者が目覚ましい才能を持っていたことを報告いたします」

「そんな奴もいたか? 名前はなんだったか……」

「カシュバです」

「ふむ。しかし、報告にお前が直接来ることもなかろう。そこまでの逸材なのか?」

「はい。十代の半ばにして既に第三位階の魔法を習得しております」

 

言葉にした事で改めてその事実を噛み締めたのだろう。フールーダの目が充血する。

ジルクニフもその言葉に目を見張る。

第三位階。一流の才能をもった天才が、血の滲む努力をして到達できる魔法の領域。そう知識としてジルクニフは知っている。帝国は魔法詠唱者の育成に力を入れている為、フールーダをはじめとして何人かはその先の第四階位を使うものもいる。しかしそれは皆高位の魔法を習得するに相応しい年齢である。

そこに満足に教育を受けていなかったものがたった二年足らずで到達した。

 

「十二分以上の成果だな。いい拾い物をした」

「はい。これで私の後継者問題も目処が立ちそうです」

「ははは。じいは気が早すぎる。……これからは一月毎に成績や身辺での出来事をまとめてこの私に忠誠を誓うように仕向けろ。折角取り入れた人材だ。しっかりと手綱を握っておけ」

 

ジルクニフは人事関係をまとめる秘書にそう指示を出す。

そしてその後は先ほどまでの続きをするべく周りの秘書に次の案件についての質問をはじめた。

それを見届けたフールーダは入ってきた時と同じように退室した。

 

フールーダは夢想する。

彼ーーカシュバがもし自分以上に魔法の才能を見せ、自分以上に魔法の深淵を覗く事ができる存在であったら、と。

教育者としてのフールーダは、それを喜ばしく微笑ましい気持ちで見守るだろう。

しかし、魔法を探求する者としての自分は妬ましく思い、嫉妬の炎に身を焦がすだろう。

 

もしも彼が魔導の道を切り開く先達で、私が彼の道を受け継ぐ後継だったら、今以上に深く魔法と関わり合いになる事ができたはずだ。フールーダは自らに残された時間が既に少ないことを知っている。

全ては生まれた時期が悪かった。

その言葉はただの慰めでしか無い。

しかし過ぎた時間は巻き戻せない。

人類における逸脱者の一角。三重の魔法を唱える大魔法使いにおいても、時の流れを支配するのは不可能な事であった。

 

 

 

 

 

 

ーー旦那様……アルシェの父親の放蕩がいよいよ止まらなくなってきた。

最初はアルシェ様に学院をやめて薄汚いワーカーなど家名に泥を塗る、と言っていたのに、今じゃあその娘の稼いだ金を使い込んで、更に借金をして、……もう限界だ。

あんたにはこのフルト家の問題を解決して欲しい。俺じゃあどうにもできないんだ。頼む。ーー

 

 

 

 

 

借金取りが家に押しかける。

そんなことはとっくの昔に日常になっていた。

最初は元貴族だからと。次は娘が優秀な魔法詠唱者だからと。家人であるアルシェに支払い能力があったことが災いした。あっという間に貸し可能な金額は転がる雪だるまのように増え、それを限度額まで使い込むアルシェの両親。ついにアルシェの潤沢な稼ぎでも借りた総額を減らすどころか利子を支払うのにやっとという有様になった。

それだけなら、カシュバは我慢できた。

多少情は移っているが貴族は嫌いだ。アルシェが家と縁を切る決意をした時に自分もこの家を出る気でいたからだ。

肉親の情でなかなか決断ができないアルシェにほんの少し歯痒い気持ちを持ちながらも、それでこそ自分が好ましいと思うアルシェだと思う。

 

しかし、とうとう借金取りの奴らはカシュバのお世話になっている仕事先にも姿をみせた。さらに同居人なのだから少しは支払いを手伝ってはどうかと言ってきた。

カシュバはそれを無視した。当たり前だ。元からカシュバの稼いだお金は一家の家計に加えられている。

言うなれば今のフルト家は生活費をカシュバが、借金の返済をアルシェが賄っている。取立て人の提案なんて今更だし、そんなに返済が不安ならば貸し出しをしなければいいのだ。それでも貸し出しを続け、こうして取立てにやってくるという点で彼らは金づるから最後の一滴まで搾り取る気なのだろう。

カシュバはここに至って決断をした。この問題をカシュバが解決するのだ。アルシェには任せてられない。フルト夫妻は論外。これ以上心身ともにこちらが疲弊する前に片付ける。

(悪魔に力を借りるしかない。皇帝は……学校に通わせてもらってるのにこれ以上は無理だろうし。そもそも俺のこと覚えてるかもわからないし)

悪魔に頼るというのにはかなりの不安があるが、カシュバ自身に打てる手は限られている。

 

「幸せになりたい。俺も、アルシェ様も、クーデリカ様とウレイリカ様も、みんなで幸せになりたい」

 

その為に他の誰かが不幸になろうと、それはカシュバにとってはどうでもいいことだった。

 

 

 

 

 

 

カシュバがウルベルトの本に綴った話にウルベルトは頭を抱えた。

一体どうしろというのか。

借金取りを殺す? それともアルシェの両親を?

どちらもウルベルトには簡単にできる。だがそれで本当に良くなるのか? さらなる厄介ごとに巻き込まれる気しかしない。

しかしあれだけ見栄をきってしまった以上なんらかの動きは見せるべきだろう。

 

(カシュバの時みたいに金を出すか? いや、ユグドラシルの通貨はこの国で使われているやつとは違ったはずだ。それに下手に金がある事がわかる方が奴らをつけあがらせる)

 

ウルベルトは全てが面倒になった。正直、貸し出し業者を脅した上でフルト夫妻にはこの世からご退場願った方がみんなの幸せだ。

 

「俺は心や考え方まですっかり悪魔になったのか」

 

人間であった頃、自分はここまで非人道的な人間では無かったはずだ。しかし今はなんでもないことのように危険な考えまで浮かぶ。

もし、カシュバという枷がなかったのならば、ウルベルトはこの世界に恐れられる悪魔となっていただろう。強大な力を持つままに振る舞い、自らの享楽を優先していたに違いない。

ともあれ、やる事は決まった。

まずはアルシェの両親にご退場願うことにしよう。

 

フルト夫妻の寝室に<静寂>の魔法をかけて忍び込む。

ウルベルトは現在、ユグドラシルで習得していた魔法の他にカシュバが習得した魔法も使える。ウルベルトの魔法は代価が必要だが、カシュバの魔法は無くても使えるので、ウルベルトは重宝していた。

深く眠り込んでいる夫妻の顔を確認した後カシュバは手を切ってアイテムを取り出す。

取り出したのは“白百合の安らぎ”と呼ばれるマジックアイテムだ。これは一定の条件を満たせば対象を毒殺する事ができる。

その条件は、無風である事。対象者が寝ている事。そして時間である。100秒の間眠ったままでいる事が求められる。それを夫婦が眠る寝台の枕元へ置く。

ゲーム時代は安価に手に入れる事ができる上に毒耐性を確立で貫通するという理由でギルド拠点や狩場の保護に使われていたものだ。癖の強いこういったアイテムは期待しなければ予想以上の結果を残してくれる。ウルベルトもゲーム時代に何度か痛い目にあった事がある。

 

昔の記憶を思い出しているとあっという間に100秒という時間は過ぎていく。先ほどまでの聞こえていた呼吸音は聞こえなくなっていた。

口元に手をかざし呼吸を確かめる。念の為、首から脈もはかるがどちらも止まっている。

それを確認したウルベルトはそのまま部屋を後にする。

後一つ、するべき事がウルベルトにはあるのだ。

 

 

 

「今日も大量大量!」

 

下卑た笑いを出しながら、男は袋から出した金貨を数える。

その周りには似たような男たちがそれぞれ別の机で金を数えていた。

男五人がいるその部屋は書類やものが散乱していて男所帯の適当さがよく出ている。その中でも机の周りだけは綺麗に片付けられている。重要な作業がされる場所なのだろう。

 

「親分が考えた、没落貴族への貸付は大正解っすね! 奴ら見栄の為にどんどん金使ってくれてどんどん借りてくれて、こっちは万々歳っすよ」

「やっこさんたち昔の良い生活が忘れられないのさ! まあ、ちゃんと相手見て貸せよ? 金を払えるところにはじゃんじゃん貸して、やばそうなところはさっさと取り立てる。この商売で難しいのはそこの見極めだからな」

 

軽口を叩きながらもしっかりと金勘定はする。ゴロツキといった身なりの男の、その器用に動く手が突然止まった。

 

「おい、誰だ? この宝石を取り立ててきやがったのは?」

「すいません! 極太客からの取り立てで足りないぶんがあったんで強請ったら渡されたんでさぁ!」

「っち。今度からちゃんとそういう事は言っとけ! 明日にでも鑑定に出さなきゃなんねーじゃねぇか」

「お前の極太客って事はフルトか? あそこそろそろやばいんじゃねぇか?」

「まさか! 上の娘が稼いできてますし、居候の奴も魔法学院に通ってるエリートですぜ。せいぜい生かさず殺さず搾り取りますよ」

「へぇ? それはまた、搾り取りがいがあるな」

 

きぃ。

会話に水をさすように扉が開かれる。誰か来たのかと扉に目を向けても誰もいない。

 

「……立て付けが悪くなったのか?」

「結構ボロいですからねぇ」

 

扉を閉めようと一番の下っ端が入り口に近づくーー事ができずに固まる。

その異変は扉に注視していた部屋の全員が感じた。

 

「おい、どうしーー」

 

言葉は形にならず部屋に吸い込まれていく。

部屋の中にいる全員が、時が止まったように固まっていた。

そんな誰もいないはずの部屋に物音がたつ。それだけではなく、何かの魔法のようにものが動いたり浮いたりした。

目に見えない何かがこの部屋にいる。

もしその光景を見る者がいたならそう考えるだろう。

その見えない何者かは目的のものが見つかったのか、また音を立てながら部屋を出ていく。

 

再び静かになった部屋には、5つの白く凍った男達の死体だけが残った。

 




書き溜め分が無くなったので、しばらく更新に時間がかかると思います。月末から来月頭にかけて再開予定です

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