新月の悪魔(かごの悪魔三次創作)   作:澪加 江

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星明かりと林檎

 

 

「なんとかあの後、カシュバは首尾よく事を進めたみたいだな」

 

一月ぶりの目覚め。

体感としては昨日の事のなのだが、窓から覗く空に月はない。間違いなく新月。つまりあの時から一月は経っている事になる。

 

「しかしーー」

 

部屋を見渡す。

調度品は絢爛。ウルベルトの美的感覚からいうと些か成金趣味の目に痛いものだが、前に目覚めたカシュバの家と比べると雲泥の差だ。

体の様子を確認しても確実にこの間の目覚めより肉がついている。

 

「しかし、困ったな。貴族の家に厄介になるなんて。まあ人柄は兎も角、ちゃんと世話にはなってるみたいだしなぁ」

 

カシュバの記憶を辿ると色々と問題のある貴族のようだ。カシュバは分かって居ないが、貴族位を剥奪されたのに数々の散財、それに矜持の高さは毒以外にはならないだろう。

ウルベルトとしては最も嫌悪する類の人種だ。

 

しかし記憶を辿ったウルベルトを最も困惑させたのは、自分がこの元貴族に厄介になるきっかけとなった人物、”鮮血帝”についてだ。

評判を聞くには好感が持てる。ウルベルトの嫌いな特権を貪るだけの貴族を次々と粛清していっているという話を聞くだけで、胸がすくというものだ。

しかしウルベルトが警戒しているのはこの不自然な厚遇についてだ。

一国の国王が不審で身なりの貧しい少年になぜこんなにも良くするのか?

自分の存に感ずかれたかとも思ったが、どうやら違う様だ。

 

答えが出ない問題で悶々としているとお腹が鳴る。そういえば今夜のカシュバは夕飯を食べて居なかった。我が宿主の事ながら勉学に入れ込みすぎているようだ。元社会の底辺であるウルベルトにはその必死さに共感できる。最底辺の人間が成り上がるためには並大抵の努力では駄目なのだ。が、こうしてあまりの空腹感に襲われてはまともな考えの一つも持てないし、勉強の効率はすこぶる悪いだろう。

お腹が空いている現状にウルベルトは一つの決定をする。

 

(食堂に行けば何か食べるものがあるだろう)

 

食べ物の味を思い出し、口の中に唾液が溢れる。

リアルでは決して味わう事のできなかったあの瑞々しさ、優しい甘さ。

思い出すだけで口元が緩んでしまう。

 

(ひと月前に食べたあの果物があるといいな。それ以外にも色々とあるはずだし)

 

足は自然と食堂の方へ向かう。

館の主人にバレるとかという考えは今のウルベルトには無かった。だから食堂に行き、運良く見つけたお目当の果実に齧り付いて、呑み込んで、ひと心地ついてから、ウルベルトは冷や汗をかいて焦った。もっとバレにくいものを食べるべきだったと後悔した。

 

そして焦っていたから、そこにやって来た人物に気付いたのは声をかけられてからになってしまった。

 

「そこで何をしているの」

「うわぁっ!?」

 

ウルベルトは飛び上がって振り返る。手に持っていた齧りかけの果物が鈍い音をたてて床にぶつかり、そのまま転がって声の主の方へと向かう。

閉められた窓から差し込む微かな星明かり。

ウルベルトの暗闇でも見通す目に映ったのは、この屋敷の持ち主の娘の一人。長女のアルシェだった。

 

「アルシェ、様……」

「勝手に食べたのを咎める気はない。それよりも食べ物を粗末にするのは良くない」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

名前をなんとか思い出し、敬語を取り繕う。宿主と少女は親しい仲という訳ではないので、そこまで言葉や態度に注意は必要ないだろうが、用心するに越したことはない。違和感を持たせないように言葉を少なめに返す。

足元まで転がって来た果物を拾ったアルシェはそのままウルベルトに渡す。それをペコペコと頭を下げながら受け取り服の袖で良く拭く。

ウルベルトとしてはここを早く立ち去りたいのだが、先ほどからアルシェがじっと見てくる。気まずい思いを隠しながら、笑顔を貼り付けて声をかけてみる。

 

「お腹が減ってしまったもので、すみませんアルシェ様」

「好きなの?」

「え……?」

「その……林檎、好きなの?」

「え、ええ、まあ」

「私も好き」

「へ?」

 

話が見えない。

というかそうか、これが林檎なのか。リアルの世界で最底辺であったウルベルトはしげしげと手の中の果物をみる。みどり色の皮のそれはウルベルトが知識で知る林檎とは似ても似つかない。赤でも金でもない色の林檎があるなんて……。

 

(あのリア充だったら食べた事があるかもしれないな)

 

白銀の騎士が脳裏をよぎる。自分で思い出しておいて酷く腹が立った。

ふと視線をあげるとアルシェがむすくれた表情になっていた。少し沈黙が長すぎたかもしれない。

 

「えっと……」

「…………。私にも頂戴。両親には上手く誤魔化しておくから」

「……ああ。そういう事か。いや、でしたか」

 

我ながら気が利かない。むしろこうして女性と二人で喋る事など人生の中で一体何度あっただろうか。

女性の扱いを学ぶ機会がなかったのだから仕方がない。そう自分に言い訳をする。

果物の籠がのった机の上にあった小さなナイフをとると、慎重に皮を剥く。前回の出来ではとても人に食べさせれない。丁寧に丁寧にと注意をしてナイフを滑らせる。

暫くは室内にしゃりしゃりと林檎を剥くナイフの音だけが響く。

長い時間をかけて、なんとか不恰好ながらも人に出せるものが出来上がった。それを恐る恐るアルシェに差し出す。アルシェはありがとう、とお礼を言って受け取ってくれた。

 

「ん。美味しい」

 

一口それを齧り、それまで表情の乏しかった顔に笑みが生まれる。その笑顔を自分の剥いた林檎がつくったのだと理解したウルベルトの頰に赤みがさす。整った顔立ちの少女の笑顔は、ウルベルトの少ない女性経験では受け止めきれなかった。

 

(ああ、笑うと可愛い)

 

ぼんやり見ていたらかなりの時間見つめ続けていた様で不審な顔をされる。

それにハッと気づき、ウルベルトは慌てて頭を下げた。

 

「あ、と。それじゃあ俺はもう戻るんで、林檎の誤魔化しお願いします」

「ん。安心していい。それと、もう遅いから寝たほうがいい。あんまり頑張りすぎると体を壊す」

「ありがとうございます。お休みなさい」

 

わたわたと自分の部屋へと引き返す。

本当はもう少し屋敷内を見て回りたかったが、アルシェが起きている以上不審に思われてしまうだろう。それに体の疲労を強く感じる。

あくまでこの体の持ち主はカシュバであり、この疲労をどうにかするためには休息としての睡眠が必要なのだ。

 

(ああでも、アルシェについてメモくらい残さないと……流石に不審に思われるよな)

 

ベットへ向かう足を机へと向ける。

机の上にあるメモ用紙にペンをとって走り書きをする。

やっと文字をかける様になったカシュバと同じ程度の知識しかないウルベルトはなんとか『林檎 つまみ食い アルシェ お礼』と単語を連ねて残した。

カシュバも馬鹿ではないから、メモ書きにきっと不審に思いながらも寝ぼけて自分が書いたものだと勘違いするだろう。

そして次にアルシェに声をかけられた時、上手く察してくれるはずだ。

 

メモを残して安心したせいか先ほどよりも強い眠気が襲ってくる。

いそいそとベットに潜り込むと、ウルベルトは深い眠りへと落ちていった。

 


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