新月の悪魔(かごの悪魔三次創作)   作:澪加 江

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キャプション必読です。




かくて少年は門戸を叩く

昼の日差しの中を勇壮な馬に引かれた馬車が通る。整備された街道とは言え、小さな段差が無いわけでは無い。しかしそれすらも無いかのように走るそれは、この国で最も尊い者だけが使うことを許された紀章を掲げていた。

 

 

流れる景色を見ながら若き皇帝は思案する。

美しく過酷なこの世界に生を受け、血で血を洗う争いの末に手に入れたこの豊かな国。

どのようにこの国を繁栄へと導くのか。どの様に民の暮らしを楽にするのか。

国を繁栄させる事、それが皇帝たる者の務めなのだ。

 

「そういえばじい、期待が持てそうな後継者は見つかったか?」

 

今回の帝都外への視察に同行した帝国随一の戦力にして居なくてはならない存在。

大魔術師、フールーダ・パラダイン。

 

「はてさて。いくつか目星はつけておりますが、正直私と比べましたら戦力の低下は免れぬでしょうな」

 

顎髭をしごきながら飄々と答える老人。彼こそ100年を優に生き、多くの知識を蓄え魔導を極めた人物である。

彼はゆっくりと瞬きをする。

自分の後継となり得るものは育てた。自分の知識を注ぎ、目をかけて育て上げた。

しかし、ついに自分を超える者は現れなかった、と。

長くを生きる為に止め、歪めた時間は綻びが多くなってきた。自分ももうすぐ死ぬのだろう。

結局、魔導の深淵を覗くことなく。

 

「そうか。……じいが居なくても、私が居なくても、この国には安泰でいてもらわねば困る。今のうちから常に最善を尽くして行動しなければな」

「何を言いますか陛下。言っておきますがこのフールーダ、貴方を看取ると決めているのです。まだまだ現役でございますぞ」

 

悪戯な光をたたえた瞳に見つめられ、ジルクニフも顔に笑みを浮かべる。

 

「ははは! そうでなくては困る! 是非私の子も看取ってもらいたいものだな!」

 

笑い声の響く車内。皇帝の紀章をつけた馬車は滑らかに進み、あっという間に帝都アーウィンタールへと着いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……い、ってぇ」

 

その日のカシュバの目覚めは最悪だった。

まず窓から入る強烈な朝日に目を焼かれ、冬間近の寒さに体を縮こませた。

そして走る激痛。

一気に覚醒したカシュバは飛び起きて、改めて自分の状態を確認した。

 

辺り一面は赤と金で埋まっている。赤は血、金は見たことは無いがおそらく金貨と呼ばれるものだろう。

そして痛みの原因である左腕は固まりきれてない傷口から滲むように血が出ていた。

右手にはべったりと血が着いたナイフ。

 

何が起こった?

強盗か? そんなわけが無い。強盗が金貨を置いていくだなんて話は聞いたことが無い。

寝てる間に寝ぼけて腕を切った? まさか誰かに操られた訳ではあるまいし。そんな馬鹿な事があってたまるか。

 

貧血で回らない頭を必死に動かすが答えは出ない。

確かなのは今、自分はふらふらで、自分の眼の前に大金があるということだけだ。それも、人生をやり直せそうな程の大金が。

 

(これがあればパンが買える。肉も。国の役人がやってきて言っていた税金ですらも払えるはずだ)

 

床に散らばる金貨のうちの一枚を手に取る。意外と重い。それに凝った作りの模様が彫ってあった。

 

ぐう。

 

派手にお腹が鳴る。

取り敢えず床に散らばったままではダメだ。急いで隠さないと。こんなもの近所の連中に見つかったら殺されて奪われる!

 

そこでカシュバは背筋が凍った。

 

そうだ、こんな大金を突然手に入れたら怪しまれる。銅貨やぎりぎり銀貨なら兎も角、金貨なんてものをこの貧民街に近い家の、それも子供が持ってるなんてわかっただけですぐに衛兵を呼ばれるだろう。

そして投獄。

さらによくわからない罪をでっち上げられて殺されるかもしれない。

 

「どうしよう。どうすればいいんだよ……」

 

八方塞がりだ。

よたよたとベッドに乗り上げ、外をぼんやりと眺める。昼のここ辺りは人通りもまばらだ。

日雇いの労働者が多いのでみんな生活の為に働きに出ているのだ。

その中に目を引く服を着た二人連れが見えた。

魔法学院の制服。

この貧しい人々が寄り添い暮らす中にもいる、恵まれた才能を持つ奴ら。

拳を握る。

俺だってチャンスさえあればああして笑顔で居られるのだ。チャンスさえあったら!

 

カチリと思考のピースがはまる。

あるじゃないか! 今! ここにチャンスが!

カシュバは急いでベッドのシーツに金貨を包む。山盛りの金貨はシーツの生地の方が負けそうな程の重さだった。

それをなんとか持ち上げてカシュバは嗤う。

俺は掴んでみせる。幸せを掴むんだ。偉い奴ら、生まれが恵まれている奴らになんか負けない位に幸せになってやる……!

 

一歩進むごとに背中の金貨が揺れてふらりと体が傾く。

塞がりかけの傷口は開き、一筋の血を流しているが気にしない。

そんなことは些細なことだ。

 

蝸牛の歩みでカシュバは帝国魔法学院。自らの運命に立ち向かった。

自らの道を切り開くために、彼は過酷な道への一歩を踏み出した。

 

 

 

 

帝都でも有数の大通りは今、一人の少年に釘付けになっていた。

その少年は貧相な身なりでひどい怪我をしていた。そしてそんな状態で粗末で大きな袋に重たい物を入れて運んでいるのだった。

人々は奴隷使いが荒い主人もいたものだとヒソヒソ声で話をする。

普通だったらそれに気づくだろう少年は自分のやっている事に手一杯なのだろう、全くなんの反応も示さない。

鬼気迫るその姿は衛兵すらも遠巻きにさせ、道の真ん中を歩いているというのに馬車の方が道を譲る。

 

しかしそこへ先触の騎兵がやってきた。

皇帝陛下が馬車で通られるというのだ。

そうなると道の真ん中にいる少年は当然退かなければならない。一平民が皇帝の馬車を遮るなどあってはならないのだ。

 

立派な身なりの騎兵が近づき少年は顔を上げる。

その顔には驚きがあった。

騎兵が退く様に理由もつけていう。それは奴隷だろう少年を慮った優しい口調であったのだが、少年はそれを気に入らなかった様だった。

激しい口論というよりは少年が一方的に喚き散らす声。しばらくは好きにさせていた騎兵も、通りの遥遠くに見えた勇壮な馬を認めて少年を急かす。すると少年は更に激昂する。

 

「なんで貴族なんかの為にどかなきゃなんねぇんだ! 俺を助けもしなかった奴にしてやる事なんざ爪の先ほどもねぇよ!」

 

少年がそう言いながら騎兵の手を解こうとした時に少年が背負っていた袋がとうとう重みに耐え切れず裂ける。

中から現れたのは金貨。

それをジャラジャラと石畳の上にこぼしながら少年の顔は真っ青になる。

 

「違う! これは俺んだ! 盗んだんじゃねぇっ! 返せ! 返せよっ!」

 

奴隷に対する同情的な目線から一転、犯罪者を見る冷たい視線を少年は敏感に感じ取る。

そして転がってきた金貨を拾い上げた男につかみかかると金貨をもぎ取ろうと暴れる。

辺りは巻き散らかされた金貨に騒然となり、それは皇帝の乗る馬車がつくまで続いた。

 

 

 

 

 

「騒がしいな」

 

テノールで紡がれる耳障りの良い声。

それに一同は顔を上げる。

馬車の窓から顔を覗かせたその美青年を、この国で、この街で知らない者はいないだろう。

皇帝、ジルクニフ。

あんなに騒がしかった辺りは静まり返った。

この皇帝の不興を買えばどうなるのか。それは彼の二つな”鮮血帝”が示している。

 

「何があったのか説明しろ」

 

おずおずと、先触の為に一番最初にここにきた兵士が手を挙げて簡潔に説明する。

 

「ほう? それで、私の道を遮った愚か者はどこだ?」

 

ジルクニフの目から既に体温はない。

たかが平民に情けをかけては皇帝としての格に傷がつくだろう。絶対者としての皇帝は道を遮った平民を許さない。実によくある話だ。

もっともジルクニフならたとえそれが大貴族だろうと同じだろうが。

 

「くっそ! 放せよっ!」

 

乱暴に突き出されたのは酷い身なりの少年だった。ジルクニフは冷めた目つきのまま思案する。

本当にこの少年が大量の金貨を持っていたのか? と。

 

「君、その金貨はどうしたんだい?」

「しらねぇよ! ……でも俺の家にあったんだから俺のものだ! これで学校に行って偉くなるんだ!」

「学校に? 一体どこの学校に入る気なんだ?」

「そんなの魔法学院に決まってんだろ! あそこ行けば偉くなれるんだ! 偉くなったら威張りくさってる貴族なんか目じゃねぇ! その為に行くんだ! 幸せになる為に!」

 

本来ならば、皇帝と平民はこうして直接言葉を交わす事すら出来ない身分の差がある。しかしジルクニフに背後から小声で話しかけるフールーダ。その言葉はジルクニフの興味を強く引いた。

普段だったらすぐに殺していただろう相手に言葉を続ける。

 

「君がもし十二分に優秀ならばそれを受け入れよう。皇帝として約束するよ」

「約束なんかいらねぇよ! こんだけの金さえあったら学校なんか入れるんだからな!」

「それは無理だろう」

「ああっ!?」

「君は字は書けるのかい? それとも読めるだけかな? まさか全く読み書きができないなんて言わないだろうね?」

「そ、それはーー」

「結構。では数学は? せめて図式を使った簡単な計算位はできるだろう? それとも教養の方が得意かな? どうして作物は実をつけるのかなんかは基本中の基本だしね」

「ーー」

 

少年から言葉が失われる。

当たり前だ。身なりのから言って平民というより貧民と言った方が正しい少年が、教養や数学、そもそも字の読み書きができるわけがない。

ジルクニフはそれでも顔に貼り付けた笑顔は外さない。フールーダの話が本当ならば、是非欲しい人材であるからだ。

 

「さて、君。君は私の力添えが必要という事で間違いないね?」

 

ここで立場の上下をはっきりさせる。そうでないと後々が面倒だ。

 

「……はい」

「ならば君の持つ金貨を全て貰おう。衣食住と勉強の手配位はしてあげるよ。期限は、そうだな。再来年の春にある入学試験にしようか。一年と三ヶ月程度だが、なに、君ほどの気概があれば大丈夫。試験には合格するだろう。もし合格できなかったら金貨の半分は君に返すよ」

 

やや一方的だが話を進める。

相手は見た目通り頭の回転は速くない。ならば畳み掛けるように今後をこちらの有利なように決めるのが交渉で大事なことだ。

 

ジルクニフは散々喋った後にパンパンと手を叩く。すると意を汲んだ護衛の兵士が通りに散らばっていた金貨を集める。

少年もそれに気がついて自分の持っていた袋を慎重に兵士の一人に渡した。

中々に気がきく。

ジルクニフは兵士が集めた金貨のうち、一枚を手に取り眺める。それはジルクニフが知らない模様が描かれていた。

 

「この金貨はどこで手に入れたんだ?」

「信じてもらえないかもしれないけれど、本当に気がついたら家の中に散らばってたんだ」

 

少年に嘘をついている様子はない。

ふーんと適当に流してその一枚をポケットに入れた。後で誰かに鑑定させれば何かわかるかもしれない。

 

「この少年を責任を持って魔法省の方へ連れてこい。それまでには君を預かってくれる家を探しておこう。勿論教師もな」

 

先触れを任せていた騎兵に命令すると馬車へ再び乗り込む。

 

御者が扉を閉めたところでジルクニフは少年に目を留めたフールーダに詳しい話を聞いた。

 

「見た目は凡人だったが、一体あれは爺の何に触れたんだ?」

 

フールーダのタレントのことならば知っている。おそらく強大な力が見えたのだろう。

そうたかをくくっていると、驚くべき答えが返ってきた。

 

「それがジル、何も見えなかったのです。あの少年は底が見えない。どれだけの高みに登れるというのか」

「何も見えなかった? それは魔力がないということか?」

「いいえ、それは違います。魔力は確かにある。確かにあるのです。ですが、無い。矛盾しているようですが、こればかりは同じタレントを持ったもので無いとわからぬ感覚でしょう」

 

あのフールーダが頭を抱えている。

事は思ったよりも大変かもしれない。

 

「という事は、将来、爺と同じ領域に足を踏み入れる可能性があると?」

「あるいはそれ以上かもしれません」

「第六階位以上か……英雄の領域だな。それならば無下にはできまい。こちらに忠誠心が向くように手配しなければな」

「その方がよろしいかと」

「貴族ではなく皇帝である私に忠誠を、か。先ほどの様子を見る限り一筋縄ではいかないだろう」

 

あの少年の行動を思い出す。

今の様子では、まずこちらに敬意を示させることからして難しいだろう。フールーダの話を聞くまで適当な商家に押し付ける算段だったのだが、もう少し慎重に彼の身の振りを考えなければならないようだ。

 

「陛下。私が最近注目している若い才能がございます。その者の家に預けるのはいかがでしょう?」

「ほう? 貴族か?」

「名前は貴族ですが……さてはて」

「ははは。なるほど、名前を教えてくれ。検討しようじゃないか!」

 

フールーダの言った名前は家名を残した者の中にはいなかった。おそらくは貴族位は剥奪されているだろう。しかし、そうだというのなら好都合だ。

自分の記憶にも残らない貴族など帝国貴族の中でも底辺、そして無能であるのだから。

 

(フールーダの教え子だという者には悪いが、貴族を嫌い皇帝に好意を持たせる為には十分有用だな)

 

最重要候補としてその名前を頭に残す。

詳しい事はあの少年が魔法省へと着くまでに調べさせておけばいい。

 

緊急をようする議題に結論が出たところでジルクニフは馬車の背もたれに体を預ける。

この国の皇帝となってからまだ日は浅く、今が大事な時なのだ。

 

(しかし、幸先は悪くない)

 

諦めかけていたフールーダの後継となるかもしれない少年。

凡庸な見た目に反して眼はギラギラと燃えていた。その光をジルクニフは好ましい気持ちで迎える。

わかりやすい者は好きだ。こちらでいかようにも操れる。

 

カラカラと馬車は進む。

その車輪は運命を回すかのように、静かに、しかし確実に先へと進んでいた。

 


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