新月の悪魔(かごの悪魔三次創作)   作:澪加 江

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大災厄

 

リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国、そしてスレイン法国の境にある広大な平野。

普段アンデットのわき出る霧に覆われたそこは、定期的になされる王国と帝国の戦争の日は綺麗に晴れる。

その日もまた、普段は見えない秋の蒼天から覗く太陽が肌寒くなった空気を温めていた。

その晴天のもとで、今回の戦争を仕掛けたバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは深い深いため息をついた。

ジルクニフはバハルス帝国の悲願、王国併呑の為、そしそのことでより帝国を発展させるために人生を費やしてきた。それが今日この日を持って無意味になる。それを知るのは帝国でも極一部の者であるし、王国ではあの化け物の“黄金”くらいのものだろう。

ジルクニフとてただこの日を迎えた訳ではない。周辺の国々ーー特にスレイン法国ーーに救援を要請したが、その度に邪魔が入り、脅され、今日に至ってしまった。何回か行われた協議で少なくない要求のんだ果てになんとか自治権は手に入れたが、そうで無かったら国民も貴族も皇族も、全て関係なくあの化け物たちに蹂躙されることになっただろう。

それもこれもジルクニフが目をかけたある男がきっかけだった。自分とそう年の離れていない男は、なんととんでもない化け物を飼っていたのだ。そしてその化け物の仲間が男を通じて脅してきた。

奴らは生き物という生き物を蹂躙する気だ。

ぶるりとジルクニフは体を震わせる。不死の王を嘯くあの化け物には逆らえない。あれは王ではなく神の域に達している。あれを制御しようなどできない。天からもたらされる災いを、只人の自分はどうすることもできないのだ。

ジルクニフは自分の無力さを思い知らされる。今日のこの場にいるジルクニフの育てた兵士達ですら、あれらにとってはただの贄なのだ。

 

「陛下」

 

今回連れてきた将軍二人のうち一人が天幕の外から声をかける。今回の主力であるカシュバがついたのだろう。

なんだ、という短い言葉の後に続くいくつかのやりとり、そしてしばらくしてやってきた人物をジルクニフは簡易玉座から立ち上がって迎える。

 

「お久しぶりーーいえ、はじめましてになりますな、ジルクニフ陛下」

 

現れたのは目を見開くほど豪奢な装備に身を包んだカシュバ、の体を使う悪魔だ。

貴族的というよりは商人など裕福な市民が好む服装。黒を基調とした服は差し色の赤と金が良く似合っていた。派手な羽のついたシルクハットは見たこともない鮮やかな鳥の羽が取り付けられている。顔の半分を覆う仮面は赤い革製で、同じ色のベルトで顔に固定されている。

華美ではないが知識層の落ち着きを感じさせる服装から、改めてジルグニフは相手の好みや価値観をはかる。あの化け物が友と呼んでいるが、形が人に近いだけ価値観が同じ事を知っている。帝国が手に入れた自治権の後押しを彼がやってくれたのだ。そこは信用できる。

 

「ジルクニフで結構だよ。私は貴方のことをなんとお呼びすれば?」

「私のことは是非、カシュバ=ウルベルトと」

 

ウルベルトの後ろについてきていたカエル頭の化け物が赤い目でジルクニフ睨みつける。一瞬視線をやり、ウルベルトに対して緩く首を振る。

 

「それでは貴方の友人であるアインズ陛下に示しがつかないと思われますので。……ウルベルト様とお呼びしても?」

「ふむ。……それもそうだな。ではそれで良い。いつ始めるのだ?」

「ウルベルト様の準備が整いましたら今からでも」

「結構。それではこの砂時計が落ちきる頃に頼みましょう。こちらも少々時間がかかるものでね」

 

同じ形の砂時計2つをひっくり返すと片方を従者らしきカエルの化け物に持たせる。化け物は恭しく受け取ると、主人が出やすいように天幕をめくる。

 

「これからが大変だとは思うが存分に励んでくれ。君たちの働きが素晴らしいものであれば当然それに酬いよう。我が盟友も我が宿主も、それを望んでいる」

 

マントを翻しながらゆっくりとした歩調で出て行くウルベルトを見送って、知らずに詰めていた息を吐き出す。なんとかなった。そう思いたい。

そこでふと、彼が上げるだろう戦果にどのように報いるかを考えていないことを思い出して頭を抱える。表向きはカシュバの働きという事にしているため、ウルベルトの戦果はカシュバの戦果となる。

なので、確実に多大な戦果を上げるだろうカシュバに対して、皇帝であるジルクニフは報いなければならない。

しかし何ができるというのか。

金銭や美術品など、半端なものはあの服を見ただけで意味がないだろう。あの帽子一つとっても帝国の国家予算なん年分なのか予想ができない。

では女か、というとカシュバには意中の相手がいる。にもかかわらず女などを贈っては、相手に付け入る隙を与えるだけになってしまう。

いくつかぐるぐると悩んでいたが、一人で悩むものではない事にきづいた。後で他のものも集めて決めれば良い。狭くなっていた己の視界に深いため息をつく。これではこれから始まる隷属生活でどれだけ胃を痛めることになるだろうか。

未だ不調は無いはずの胃がキリリと痛んだ、気がした。

 

 

 

 

 

 

 

遥か眼下で人間共が陣形を組んでいる。そして地続きの荒野の果てには更に多くの人間が整列している。

10万に近い数の人間の命をこれから奪う事になるというのに、ウルベルトの心は凪いでいた。ユグドラシルでレアドロップ狙いで雑魚敵をなぎ払っていた事が思い出される。あの時に敵が固まってくれていたら楽だと笑いながら言っていたが、本当に、こんなに固まられると楽だ。

 

「沢山集まりましたね。これだけ居ればウルベルトさんのレベルも一気に上がりますよ」

 

横から声をかけてきたのはローブ姿の骸骨。その見慣れた姿にウルベルトは困り顔を向ける。

 

「モモンガさん、いつも以上に楽しそうですね」

「ええ、まあ。ウルベルトさんの魔法が久しぶりに見れるわけですし。前から言ってますけど、俺、ウルベルトさんの魔法詠唱者としての技術好きなんですよ! もしかしてウルベルトさんは楽しく無いですか? 活動時間が増えるかもしれないですし、そうしたらもっとナザリックのみんなと一緒にいれますよ?」

「それは……まあ。でもこの世界はカシュバの世界ですから、俺は余所者って思っちゃって」

「それは! この間話したじゃないですか。この世界は何なのか未だにわからないですけど、この世界にいる以上ウルベルトさんもこの世界の一部なんです! だから後ろめたく思う事なんてないですよ」

「すみません」

「謝る必要もないですって」

 

じゃあ見てますからね、とモモンガは離れて行く。入れ替わるように側に傅くのはデミウルゴス。自らの制作した渾身の出来のNPC。それが設定そのままに動き喋る。感動しないはずがない。その手袋のはめられた手にはウルベルトがユグドラシルで使っていた杖。最高装備である神器級の装備をモモンガが保存していたと言った時も思ったがーー

 

「我らのギルマスは本当に」

 

デミウルゴスの差し出す杖は無視する。代わりに最大MPを底上げする効果のある短剣を取り出す。ユグドラシルの初期によく使っていた装備だ。レベル的には今のカシュバにぴったりだろうそれを胸に突き立てる。

 

「ギルドメンバーに甘いと思わないか?」

 

短剣を引き抜いた瞬間に大量の血液が傷口から噴き出す。

デミウルゴスの悲鳴を愉快な気持ちで聴く。異形の顔の出す声は姿に似て耳障りな音だ。カエルのギョロリとした目が驚きに溢れんばかりに見開かれている。人間から遠くて表情は分かりづらいが、驚愕という言葉が思い浮かべられる。いつも余裕げな態度を崩せた事に満足を覚えつつ声を張り上げる。

 

「この地の人間よ! 我が偉大なる力を見よ!」

 

噴き出した血が空中に留まり複雑な模様を描く。それが禍々しく光る。

ぶつけるのは勿論、自分の持つ最高の魔法だ。モモンガさんもそれを望んでいるだろう。この広範囲に広がる目標に攻撃を加えるには魔法職最強のみに許された最高の魔法が良いだろう。なんといってもこれからのナザリックの礎になるのだから。モモンガさんでは無いが演出は大事だ。ロールプレイをするならなおさら。

 

「〈魔法効果範囲拡大〉さあ、目を見開き焼き付けろ! その心に! その魂に! 世界を蝕む我が心。世界を害する我が力! 唸れ最大最強の大魔術!〈大災厄〉!!」

 

言葉に応えるように魔法陣が弾ける。太陽の光よりも激しい光に目を向けた人々。そのどよめきが広がる前に消失する。

〈大災厄〉

魔法職最強であり“世界”の名を冠したワールド・ディザスターを極めた者のみが使える最強の攻撃魔法。最大MPの六割を使い、複数人が徒党を組めばそれだけでGvGに勝てる。100レベルの相手にすら無双できる魔法を、1レベル相手に使う。

結果など見るまでもないだろう。

王国軍が陣を敷いていた場にあるのはただの穴。正中にある太陽すらも底を照らすことができない大穴。

自分の国の魔法詠唱者がおこなった偉業に、しかし目の前で起こった事が信じられないのかざわめき一つ、身じろぎ一つしない。

そんな人間たちを尻目に、その偉業をおこなった魔法詠唱者は死に瀕していた。胸に短剣を刺したのだから当たり前ではあるが、血が出すぎている。何よりもカシュバの体に回復魔法、回復薬などは効果が無い。

 

「〈ジュデッカの凍結〉!」

 

側にいたデミウルゴスはすぐさま己のスキルでカシュバに流れる時間を止める。

 

「ニューロニスト! ニューロニストはどこですか!? 早くウルベルト様の傷口の縫合を!!」

 

デミウルゴスの叫び声に呼ばれたニューロニストが駆け寄る。念のため控えていたペストーニャも同じく駆け寄り、時間が一時的に止まったウルベルトの処置へ当たる。

創造主の危機に何もできないデミウルゴスは自分の至らなさに崩れ落ちそうになる。もっと早く、それこそ魔法を発動する前に止めていれば……!

そんなデミウルゴスを支えたのは精彩を欠いたもう一人の主人、モモンガだ。

 

「モモンガ様、申し訳ございません! 側にいながらこの様な失態! もっと早くお止めしていれば! 処分はいかようにもお受けします!!」

「よい。デミウルゴス。お前の全てを許そう。それに止められなかったのは私も同じだ」

 

何重もの結界が張られた空間の中にいるのは真っ青な顔色をしたウルベルトだ。スキルの持続時間が切れたのだろう、肌蹴られた胸元は痛々しい傷が未だ血を流しながら存在を主張している。ニューロニストの素晴らしい手さばきで綺麗に縫われているが、失った血の量は致死量といって良いはずだ。

 

「ウルベルトさんは心配だが、契約だからな。面倒だがジルグニフとの約束を果たすために私は離れる。任せたぞ」

 

デミウルゴスから離れるモモンガに、ウルベルトへ向けていた視線を無理やり剥がして後ろを歩く。現在ウルベルトの側にはペストーニャとニューロニストが居るがモモンガの側に従う者はいない。従者無しで主人を歩かせる訳にはいかない。自分が側に行くのは当然だろう。

 

「お前はウルベルトさんについていてやってくれ。アルベドに共はさせる」

「お気遣いありがとうございます。しかしーー」

「目覚めた時にウルベルトさんだったらお前がいた方が安心するだろう。私がいない間ウルベルトさんを頼む」

「……承知致しました。お心遣い、感謝いたします」

 

モモンガに深い礼をし、姿が見えなくなるまで見送る。その姿が消えた後にウルベルトへと近づき様子を伺う。処置が終わったとニューロニストとペストーニャが伝え、意識のないウルベルトの側で跪く。

 

「ウルベルト様……」

 

即席で作られて寝台の上に横たえられた体を恭しく持ち上げてナザリックにいるシャルティアに〈伝言〉を繋ぐ。〈異界門〉を繋ぐように伝え、他のナザリックのモノを引き連れて戻る。目から溢れ出す液体が、主人を濡らさない様に空を見る。

真上に君臨する太陽。

その眩しさはデミウルゴスの宝石でできた目をいつも以上に輝かせた。

 

 


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