新月の悪魔(かごの悪魔三次創作)   作:澪加 江

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長らく更新できずにすみませんでした。
今回は少し短めですが、ストックがあるので近日中に続きをお届けできると思います。





首飾り

人類の新しい英雄、アダマンタイト級冒険者“漆黒”のモモンは、うちに燃える密かな焦燥の炎を消せないでいた。

それは今回の自らが仕向けた“遺跡調査”の任務だけではない、突発的に現れたある、考えたくもない可能性のせいであった。

 

「それにしても、この間の帝都でも獣人の事件は驚きだったな!」

 

ナーベと自分しかいない馬車ではあったが、ワーカー達の乗った馬車はすぐ隣を走っている。

王国と違って帝国は街道整備がきちんとされており、とりわけ帝都にほど近いこの街道は馬車が二台並走しても余裕があるほど整備されていた。なので安全面も考えてモモン達が乗った馬車は陣形を組んで目的地である国境近くの遺跡へと現在向かっている。

そんな事情もあり、意外と馬車同士の距離は近い。なので種族として聴覚に恩寵がないモモンであっても他の馬車の会話が漏れ聞こえてくるのだ。

 

「モモンさーーん。あの蛆虫どもの口に熱した鉛でも流しましょうか?」

「……いや、その必要はないナーベ。そして仮にも共に依頼に臨むのだ、もう少し言葉を選べ」

「はっ。申し訳ありません」

 

聞こえてきた話題にこちらの機嫌が悪くなったのを察したナーベ。その気遣いは些か以上にずれたものだったが、その心だけでモモンは苛立った気持ちが落ち着いた。

 

 

“漆黒”のモモンことアインズ・ウール・ゴウンことモモンガは、先日、かつての仲間に繋がるかも知れない情報を逃してしまったのだ。

モモンガが帝都に来る数日前、帝都を脅かしたという獣人。その獣人の頭が山羊のものであり、第三階位の魔法を使ったと聞かされた時の違和感。そしてそれが討伐されたと知った時の焦り。

モモンガは自分が何に心を動かされたのかをわかっている。山羊の頭をしている。その一点だけで心がざわつくのだ。それはかつて共に歩んだ仲間、ゲームの世界とはいえ心を通わせた友人を思い起こさせる特徴であった。

もちろんモモンガはわかっている。冷静に考えてその山羊の頭をもったものが彼の筈がないのだと。しかし、この異世界に来た時から夢に見ていたギルドメンバーとの再会。その可能性を感じてしまった。だからそれが叶わない事がーー確かめる術すらもない事が歯がゆい。

 

「ウルベルトさん本人ではなくともスキルで召喚した下位悪魔かも知れない。いや、その可能性は高い。少なくともプレイヤーが関わっていると考えて慎重に行動するよう心がけなければな」

 

モモンガはそう自分に言い聞かせる事でなんとか平静を保っていた。帝都周辺に今まで以上に僕を置くこと以外の具体的な手立てを立てれないことが、予想以上にモモンガの心を翳らせていた。

それにも増してこれからナザリックをこんなコソ泥連中に好きにさせる。自分で決断した事とはいえ気が滅入る。

 

「はあ。気がすすまないな」

 

故郷の空を思い出すこの胸のうちは、いっこうに晴れる事はなく、モモンガの内心とは別に一行はナザリックへの道を進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

アルシェはただただ逃げていた。

 

心臓はうるさいくらいになっていて、口の中はカラカラで。

 

でもこの夜空の彼方にはきっと、人類の希望である漆黒の英雄がいるのだと。

 

自分を逃す為に残った仲間達の行動を無駄にできないのだと。

 

<飛行>の魔法が続く限り、この悪夢のような所から逃げ果せるまで。

 

首から下げた大切な人からの贈り物を握りしめて、アルシェはひたすら進んだ。

 

 

 

<飛行>の魔法が切れる。

夢中で逃げていたアルシェはそれに気づかず地面に落ちる。

進んでいた慣性のままになんとか受け身を取りながら転がる。顔は守れたが、木々が鬱蒼と繁るこの場所の土はぬかるんでいて度重なる戦いに汚れたアルシェを更に泥まみれにした。

 

「うっ、……」

 

地面に手をついたまま、立つこともできずにアルシェは嗚咽をもらす。

こんなはずじゃなかった。

こんな事になるなんて思わなかった。

 

「う、え。うぅ」

 

両親が死んで色々と苦労したが、これから妹達と、カシュバと、みんなで幸せになるはずだった。この依頼が終わったら、そうしたらーー。

ぎゅっと首飾りを握りしめたままのろのろと立ち上がる。

そうだ。まだだ。まだ、まだ希望はあるはずだ。

 

口から漏れそうになる音を飲み込んで顔を上げる。

 

そこにはとても美しい少女がいた。

 

「……え?」

 

月の光の様に白い肌。夜の森に溶け込む様な黒のドレス。艶やかな髪は上品にまとめられて結い上げれていた。

それがもし、有力な貴族の舞踏会ならば違和感など無いだろう。アルシェはそういったものとは縁の遠い日々を送っていたが、最低限そういった場所に赴いた事はある。美しい少女だとは思うし、見惚れてしまうだろうがそれだけだ。

しかしここはあの化け物達の巣。

ならばこの少女もーー。

 

「逃げるのはもう終わりでありんすか?」

 

 

少女はニンマリと笑う。

アルシェはそれに本能的に恐怖を感じてその場にへたり込んでしまった。

 

「存外つまらない幕引きでありんすが、まあ、このナザリックを汚した愚か者の最期としては納得といったところでありんしょう」

 

口に裂けたような笑みを浮かべておきながら、少女の目は凍えるように冷たい色をしていた。

それに我慢できずに尻餅をついたまま後ずさる。

 

「もっと楽しもうかとも思いんしたが。こんな泥まみれじゃあ乗り気になりんせんし、アインズ様のお言葉通りの慈悲を与えんす」

 

少女の顔からも瞳からも表情が消える。

アルシェは直感した。次の瞬間には自分は殺される。

殺される。

こんなところで。

こんなところで、死ぬわけにはいかない!

 

気がついた時には手の中のものを投げつけていた。

そんな抵抗に一切の驚きを見せる事なく、少女の姿をした化け物は投げられたものをはたき落とす。

 

その直前に、なぜかその化け物は目を見開いた。

 

「なんで!?」

 

少女の見た目に相応しい悲鳴は、しかし投げつけられはたき落とされた首飾りの壊れる音に隠される。

高く響く澄んだ音と、浮かび上がる奇怪な模様。それに何故か見入り、口元をわなわなと震わせる化け物。一瞬、アルシェの頭に逃げるのならば今では無いのかという考えが浮かぶ。しかしそれは行動に移す前に激痛によって遮られた。

 

「ぃっ! い、いたいいぃ」

「答えろ小娘 っ! 今のものをどこで手に入れた!?」

 

肉のひしゃげる音は自分の両の腕から聞こえた。それに伴う痛みでアルシェは獣のような唸り声を上げる。

 

「何故お前が至高のお方の品を持っている!? 嘘だったはずだ! アインズ様にお前達は嘘を言っていたはずだろう!!」

 

追求の言葉は激しさを増し、それに比例して痛みも増す。

とうとう痛みに耐えきれなくなったアルシェは糸の切れた人形のように意識を手放した。

 

残されたのは白蠟の肌を更に白くさせ、相手の意識がない事に気づかずまくし立てるシャルティアだけだった。

 

 






懐かしい匂いだ。
アルシェは揺らめく意識の中でそう思う。
それはまだアルシェが幼く、父が役人として帝国に仕え、貴族だった頃、包まれていた香りだった。
清潔なシーツの香り。
アルシェはそれだけで酷く幸福な気持ちになった。ここは安心できる。だって自分はまだ幼く、貴族として立派な両親に愛されている。
そうだ。きっとそうだ。歯車が歪んだのは父が貴族ではなくなったからだ。その頃の父は確かに、帝国貴族として正しいあり方の男だった。そしてその頃の自分はそんな帝国貴族の娘として愛を受けていた。
だから。
だからこの匂いに包まれているのならば自分は何も心配いらない。

ずっと遠くから声が聞こえる。
無機質な、感情の温度が感じられない声だ。
アルシェはその声聞き馴染み無いが、彼は安心できる人物だ。だって親友なのだから。
その声がこちらに質問をする。アルシェは当然それに答える。
だって親友なのだから。


声は聞く。


お前が持っていた首飾りはどこで手に入れた?


「あれは貰い物。家族からの贈り物」


声は尋ねる。


その家族はどこで手に入れたと言っていた?


「人から貰ったと言っていた」


声は問う。



その者の名前は?


「…………。……」


声は繰り返し問う。


名前は?


「カシュバはアインズ・ウール……。ウルベ……・アレイン……ドル? と言っていた」



……カシュバ、というのは?


「私の家族。言ったこと無かったっけ?」



声は言葉を投げかける。



どこにいる?


「きっと魔法省。優秀な魔法使いだから入省が決まったって手紙が来た」



私は声に答え続けた。
親友なんだから当たり前だ。家族の話をするのも自然な事だ。
何よりここはとても安心できる。



そうか。
もう良いぞ、私はこれから帝国へ行く。
後はお前達に任せる。もうしばらくは苦痛なく生かしておけ。


甲高いガラスの割れる音。
それが頭に響くとアルシェの視界は開け、そして目の前の存在と自分のやったことに青くなる。
どうしてこの化け物を親友だなんて思っていたのだろう。きっと強力な魔法を使われたのだ。そうでないと自分があんな、家族を売る事を言うはずがない。
叫び、暴れ、涙を流しながら今の言葉は嘘だと喚く。
腐った死体の様な腕が口に絡みつく。それでも音を出そうと震える喉。暴れ気を引こうとする手足。
それに一瞥すらもなく、墳墓の主は部屋を後にした。






「カシュバという人間は、ついこの間あったばかりなのだ」

<異界門>が開くまでの待ち時間、アインズは側で控えるアルベドにそうこぼした。
万一のことを考えて<異界門>が使えるシャルティアを先行させ、帝都にある魔法省へと乗り込む算段となっている。その為、シャルティアが帝都へ着き、安全が確保されるまでの短い時間ではあるが空いた時間ができた。
至高のお方の盾として久々の出番に張り切っていたアルベドは、そのいつにも増して感情の薄い声色に寒気を覚えた。

「報告を受けております。例の山羊頭の魔法使いの重要参考人として“漆黒のモモン”としての立場で面会をされましたね」
「そうだ。そうなのだ! にもかかわらず!! 私は……! 俺は! ウルベルトさんの気配を! もっと早く見つけられた筈なのに!!!」

激昂と沈静。いつにもましてその振り幅が顕著であり、そんなアインズの様子はアルベドの心を掻き立てる。
深い叡智を持ち、端倪すべからざる御方のその乱れた心を癒して差し上げたい。貴方様は何も悪くはない。そう言ってかき抱きたい。
不敬な心を抑えて、表面を取り繕う。アルベドはアインズが今自分にそんな事は求めていないのだとわかっている。だから自分は求められている言葉でそのお心をお慰めする。

「アインズ様、ウルベルト様は強いお方です。きっと何か考えがお有りになっての行動だと推察されます。私の不十分な考えでは到底及ばない事ではございますが、この状況こそウルベルト様の求めたものではないでしょうか?」
「……どう」

アインズの言葉の途中で目の前の空間に揺らぎがおきた。
シャルティアの準備が整ったのだろう。
折角の時間を邪魔されたアルベドの眉間に深い皺が刻まれる。兜の下のそんな表情の変化など気づくはずもないアインズ。そんなアインズの行くぞという短い声かけに返事をしてアルベドは盾としての役割を果たす為、先に<異界門>をくぐった。


転移先はフールーダが所有する研究用の部屋の一室だった。そこには刺々しい雰囲気のシャルティアとひれ伏すフールーダ。そして何が起こったのかわからずに目を見開く人間がいた。
アルベドは外見は知らないが、この人間が今一番自分の愛しい人の興味を引いている存在なのだろう。この特別美しくもない、ただの人間が至高の存在である御方の興味を引くなどおこがましい。見ればれるほど凡庸なその存在はなるほど、こちらの人間にしては多少は強い様だった。

「な、なんなんだあんたら。フールーダ様、これはーー」

人間ーーカシュバの言葉は途中で止まった。息すらできない殺気がカシュバを襲い、言葉が出なかったのだ。
その殺気を叩きつけてきたのは全身鎧に身を包んだ騎士だった。手には身の丈程もある斧を持っている。これ以上下手な言葉を言えばその手にある斧でカシュバの首は胴体と別れを告げる事になるだろう。

「躾がなってないのではない、フールーダ」

殺気がほんの少しだけ弱まる。カシュバなんとか眼球だけ横に動かすと、頭を床に擦り付けていた稀代の大魔法使いが脂汗を流しながら小さくなっていた。
それにカシュバは絶望的な思いを抱いた。
フールーダが逆らえない人物。つまりは英雄より上位の、魔神などと称される存在が目の前にいると言う事だ。
カシュバの心は黒い墨で塗りつぶされた。よくわからないが致命的にまずい事態な事だけはわかる。緊張で張り付いた喉。止まらない汗。呼吸は自然と早く、浅くなっていく。

そして闇が現れた。

「よい、アルベド。シャルティア、苦労をかけたな」
「いいえ。アインズ様の為でしたらこの位のことなんでもありんせん」

数分前、フールーダから引き合わされた美少女はその闇と言葉を交わす。カシュバはその光景に一気に現実感がなくなるのを感じた。

カシュバの目の前には豪奢な服装の異形がいた。生者を憎む不死者。そんな本来狩られるべき対象が圧倒的な力と共にカシュバの目の前に現れた。

「少し待たせてしまって悪かったな、人間。私はアインズ。アインズ・ウール・ゴウンという者だ」

その圧倒的な存在はそう名乗った。
その声と音の響きは懐かしく、カシュバの喉は自然と声をこぼした。人生で初めて紡いだはずの音なのに、それはひどくカシュバの唇によく馴染んだ。

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