楓の木の下でまた貴方に恋をする   作:かえるくん

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 聲の形見てきました。面白かったです。


第三話

 指を離した後私達は石段を下りた。太陽はもうほとんど傾いていて、見えはしないがおそらく沈み始める頃だろう。西の空は明るい赤紫色をしており、うっすらと浮かぶ巻雲を同じ色に染め上げている。たまに吹く風は少し寒い。

 

 先輩は石段の傍に停めてある自転車のカゴに鞄を置くと鍵を外し、階段を下りたところで待っていた私のところまで自転車を押して来る。

 

「ほら、鞄カゴいれていいぞ」

「ありがとうございます。気が利きますね」

「別に普通だよ」

 

 カゴがちょうど私の前にきたタイミングで先輩がそういってきたので、お言葉に甘えて鞄をカゴにいれた。

 

 自転車を押して歩く先輩の隣にならんで、来たときの道を逆に進む。暗いせいか、来たときとは逆であるせいか、全く見知らぬ道に見えてしまう。私達は特に口を開くことはせず、私の耳には自転車のチェーンがたてるカチカチという音だけが届く。この無言の時間がなんだか面白くて自然に顔が綻ぶ。

 

 山沿いの道の終わりが来ると、ブロック塀に挟まれた細い道に入る。流石に自転車がある状態で二人ならんでは歩けないので私が前に出た。右側にある塀の家からは料理する音が聞こえてくる。それと同時にいい匂いも漂ってきた。

 

「美味しそうな匂いですね。焼き魚かな」

「たぶん。腹、減ってきたな」

「確かに」

 

 軽く言葉を交わしているうちに、夕食が焼き魚であろう家は通りすぎる。すると次は左側の家から違う匂いがした。

 

「あ、こっちはカレーですね!」

「おい、あんま大きい声出すと周りの家に丸聞こえだぞ」

「はっ」

 

 先輩の注意を聞いてぱっと口を両手で覆う。つい楽しくなって声が大きくなってしまった。そのまま静かに細い道を抜ける。

 

「そういや一色の家はどこだ? もう遅いから近くまで送る」

「そんなに遠くないですよ。あの神社にそこそこ軽く遊びに行けるくらいの距離です」

「そうか。なら家に着くのが極端に遅くなることは無さそうだな」

 

 太陽はもうほとんど沈んでしまったのか辺りはだいぶ暗くなってきた。道の所々にある街灯もぽつぽつとつき始める。私の案内で住宅街を進んでいき、もうすぐ行けば家が見えてくるところまでやって来た。

 

「ここまでで大丈夫ですよ。これ以上は先輩も遅くなりますし」

「俺は自転車だからそんな心配はいらないんだけどな」

 

 私の言葉に先輩は笑いながら答える。近くの街灯が私達二人を照らす。

 

「でもこの辺迷いません?」

「いや、いつも俺が通る道から少しそれたところだから大丈夫だ」

「そうですか。じゃあ、ここで。あ、鞄ありがとうございました」

「おう、気を付けてな」

 

 私は鞄をカゴから取り出し、軽くお辞儀をして家がある方へ歩く。ちょっと行ったところで振り向くとまだ先輩はこっちを見たままだった。ふと聞きたいことを思い出して駆け足で戻る。

 

「先輩!」

「なんだ? 忘れ物か?」

 

 不思議そうな顔を先輩はうかべる。

 

「いえ、先輩はいつもあの神社にいるんですか?」

「いつもって訳じゃないが…。晴れてる日ならだいたい。もう部活にも行かないしな」

 

 それを聞いて私は先輩の服の腕の部分を掴み食いぎみに言う。

 

「なら明日、晴れたら神社に会いに行くので! その…、ちゃんと待っててくださいよ?」

「ああ、約束したしな。ちゃんと待ってるから」

「……ありがとうございます」

「俺も、ありがとな」

 

 私は少し恥ずかしくなって視線を下に落としたまま先輩から手を離す。

 

「じゃ、今度こそ、また」

「おう、またな」

 

 先輩に背を向け歩き出す。先輩もそれと同時に自転車に乗り方向転換した。

 

「明日!」

 

 突然の先輩の声に振り向く。先輩は地面に片足をつけて思いきり上半身を回してこちらを向いていた。しかし街灯の照らす輪からは既に出ていて表情までは確認できない。

 

「明日、晴れるといいな!」

 

 それを聞いて何かが込み上げてくる。先輩も私と同じ気持ちだったのかと思うと嬉しくなった。

 

「はい! 晴れるといいですね!」

 

 私は少しだけ早くなる鼓動を感じながら、そう返した。先輩は軽く手をあげると、正面に向き直りそのまま去っていく。それを見送って私も家への道を急ぐ。気付けば、足音は軽快なリズムを奏でていた。そんな私の頭上で無数の星は光る。

 

 

   _____________

 

 

 

 カーテンが締め切られた部屋に薄く朝日が差し込む。目覚まし時計の秒針が刻む音と少しの布の擦れ合う音しかしないそこへ、扉ごしに油の跳ねる音、ドタドタと誰かの足音、ちょっとした男女の会話の声が入ってくる。ついでに卵の焼ける美味しそうな香りも。

 

 そんな穏やかな空気の中、静かに電子音が鳴り始める。次第に大きくなっていくそれは他の音を次々と塗り潰してしまう。ベッドの上のこんもりとしたピンク色の掛け布団がもぞもぞと動いたかと思うと、ぬっと手が生える。その手はあっちこっちと寄り道をしたあげく、けたたましく鳴り続ける目覚まし時計を上から鷲掴みにした。一瞬の静寂が訪れた後、掻き消されていた音達が息を吹き返し部屋を満たしていく。それを確認したかのようなタイミングで、目覚まし時計を襲った手はのそのそとピンクの塊へと戻った。

 

 すると突然掛け布団は宙に舞い、中から亜麻色のぼさぼさ頭をした少女が現れた。彼女は両手で正面にあった目覚まし時計を両手でひっつかむ。

 

「え? 目覚まし?!」

 

 そして寝起きとは思えない声をあげた。

 

 

   _____________

 

 

 

 目覚ましを止めた私は病み付きになりそうな温もりの中微睡んでいた。自然と二度寝をする流れに乗っていたのだが、ふと違和感を感じる。私は今目覚ましを止めた。つまり、目覚ましに起こされたということだ。それを認識した私は飛び起き、正面にあった目覚まし時計を掴み大声を出してしまった。それは6時5分を指していた。

 

 目覚まし時計で起きるのは普通のことだ。でもそれは普通なら、である。ここ最近私はずっと不思議な夢を見てはうなされ飛び起きていた。それに慣れ始めていたといっても過言ではないだろう。要するに、今日目覚ましで起こされたということは、私はあの夢を昨晩見ていないということだ。

 

 手に持っていた目覚ましをもとの位置に戻す。目元を触ったり、ベッドを確認したりしてみるが泣いた後と見受けられるような痕跡はない。ぺたりとそのまま座り込むとベッドがキシキシと音をたてた。勝手にため息が漏れる。

 

「でも、何か見ていた気がするんだよなー」

 

 後ろに倒れ仰向けになり、天井を眺めながらしばらくぼうっとする。けれども思い出す兆しは一向に見えてこない。こうしていても埒が明かないので学校に行く支度を始めることにした。

 

 ベッドからそっと下り、部屋に1つしかない大きめの窓に近づくとカーテンを開ける。朝の優しい光が部屋にどっと流れ込み、私は急な明るさの変化に眉をひそめる。目が慣れるのを待って窓を開け放ち、頭を外に少しだけ出し空模様をうかがう。

 

「やった。ばっちり晴れてる」

 

 嬉しくなって思わず声が出てしまった。笑みが漏れる私の顔を秋のちょっぴり冷たい朝の空気が包む。昨日のことを思いだし、徐々に熱を帯始める私には心地よい冷たさだった。

 

 

   _____________

 

 

 

 静かな教室に黒板とチョークがぶつかる音が響く。先生が説明する声はどこか遠い。手元、つまり自分の机の上に目を落とせば広げられたノートににょろにょろと細い線が引かれている。消ゴムを筆箱から取り出しそれを消す。シャープペンに持ち変えて黒板の文字を写そうと試みるが視界は次第に狭まり、そして真っ暗になった。手からペンが転がり落ちる。

 

 

 

 

 ざわざわと葉が擦れる音がする。何かが揺れているのがぼやけて見えるが、しだいにピントが合いそれが楓の木であることに気付く。紅の葉がはらはらと次々に地面へと落ちる。

 

「ここは、昨日の神社?」

 

 社があるであろう場所に目を向けると確かにあった。ただ昨日見たものより少しだけ綺麗に見える。鳥居も確認するが明らかに張り付いている苔の量が少ない。

 

 そしてまた、昨日と同様動けなくなる。楓の木の下にいたのだ、膝を抱えた少年が。今回は離れていても少年だとわかった。いつも夢で見ていた少年そのものだったからだ。

 

 私はそっと近づき手を伸ばす。一瞬いつも弾かれるところで手を止めるが何も起きない。再びゆっくりと手を進めていく。そして、触れた。

 

 少年が顔をあげ始める。もうすぐ顔が見える、というところで突然頭に衝撃が訪れる。

 

「へ?!」

「おい、授業中に堂々と寝るとはいい度胸だな」

 

 そこは教室だった。見上げると教科書を持った先生がいる。周りも私に注目する。あれ、夢?

 

「す、すいません」

「気を付けろよ」

「はい」

 

 先生は教卓へと戻っていく。少しだけ教室がざわめいた。先生は静かにと一言だけ注意すると授業を再開する。私はノートの上に転がっているペンを持ちノートをとり始める。しかし書いている内容が頭に入ってこない。

 

 さっきの夢、いつものものとは違った。場所がはっきりしていたこと、少年に触れられたこと、この二つだ。惜しくも彼の顔を見ることができなかったが、昨日の先輩の姿とかぶる。やはりあの少年は先輩なのだろうか。しかし歳があわない、となると昔の先輩?

 

 私は少し強く頭を振る。はっきりしないことが多くてこんがらがっていくのをなんとか止める。今はいくら考えてもダメなのだろう。とはいっても手がかりは夢の中にしかない。自分ではどうすることも出来なさそうだ。そういえば今日見ていた夢もこれだったのだろうか。

 

 私は諦めて板書を写すのに集中する。一通り終わらせるが、面白くない話を聞く気にはならなかった。ここで窓際の席なら外でも眺められるのだろうが、生憎私の席は窓際の列の隣だ。しばらく何かあるか模索するが、結局先生の話に耳を傾けることにした。

 

 

 

 チャイムがなる。やっと終った。こういう時は時間が過ぎるのが遅い。昼休みになったので教室の中がいつもより一層うるさくなる。しかし多くの人が飲み物や昼食を買いに購買や自販機に向かい、その喧騒は少しだけ収まる。私は鞄から弁当を取り出し食べ始める。

 

 ふとやらないといけないことを思いだし携帯を取り出す。葉山先輩に今日の部活を休む連絡をしなくてはならない。どうせ選挙にはでないといけないだろうから理由は選挙の準備でいいだろう。ついでにしばらく行けないということにする。最後に謝罪を軽く一言いれ送信ボタンを押す。

 

 それから少し経って携帯が震えた。葉山先輩から、大丈夫とのこと。これでしばらくはいいだろう。私は弁当の再びつつき始める。

 

 今日は会ったら何を話そうか、選挙の手伝いをしてもらおうか、どんな顔するだろうか、放課後に思いを馳せる。窓の外に目を向けると、青く澄んだ空が見えた。きっと今日の夕日も綺麗だろう。

 





 ではまた次回に。

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