将軍が行く!   作:イチ

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第5話

 かつて暴政を振るう大臣オネストと唯一、渡り合った良識派の大臣チョウリの政界復帰は帝都にて息を潜めていた反オネスト派の者たちに大きな希望を投げかけた。

 

 これまでオネストの邪魔者を排除する操り人形に過ぎなかった幼き皇帝は、オーレリアやチョウリを始めとする改革派の者達の助言の下、改革派の行動を邪魔建てしようとするオネストの動きを公の場における立場関係を利用して抑えた。

 これにより改革派の内政官達は以前のように政策に口を出し処刑されるということが無くなり、チョウリを始めとする改革派の人間はオネストが差し向ける裏の刺客による襲撃のみに気を払えばよいこととなった。

 

 そしてその裏の刺客による襲撃から改革派の政務官達を護衛する役目を承ったのがオーレリア・グラディウスが率いる精鋭の騎士達。彼らはオーレリアの指示の下、二十四時間体制で改革派の政務官の護衛に就き、オネストが差し向ける裏の刺客達から改革派の政務官を守り抜いていた。

 

 幼き皇帝と彼を支えるチョウリを始めとする政務官。そして彼らを外敵から護るオーレリアを始めとする騎士達。

 

 帝国の魂と頭脳、そして剣による絶妙なコンビネーションにより、必要以上に重い税の減税、帝都に溢れ返る失業者のために道路整備などの公共事業の展開。それによる雇用の増加など帝都の政治は僅かずつではあるが、確実に、着実に、改善されていた。

 

 幼き皇帝は積極的に街に繰り出した。同じ過ちを犯さぬよう、今度は自分の耳で直接、民の声に耳を傾けるために。

 自分の目で、真実を見るために――。

 

 「ではオーレリア将軍には帝国西端の国境付近を侵攻している西の異民族の制圧をお願いする……ということでよろしいですかな?」

 

 帝都宮殿、会議の間にてオネストが告げたその言葉に、玉座に腰掛け、文官同士による会議の様子を見守っていた皇帝は目を見開いた。

 

 「なっ!?」

 

 思わず身を乗り出す皇帝。オネストのこの言葉の意味が理解できない皇帝ではなかったのだ。

 

 どうにかせねば――。しかし皇帝が口を開くその前に、オネストがさせないと言わんばかりに重ねて口を開く。

 

 「陛下、エスデス将軍は先の北の制圧任務で消耗しております。城の防衛をブドー将軍が務めることとなると……西の制圧にはオーレリア将軍が出向くべきかと存じあげますが……」

 

 ――何か不都合な事がございますかな?

 オネストのその言葉に、幼い皇帝は返す言葉を見つけられなかった。

 

 (ふふふ……所詮は陛下も子供。少し圧をかければ言葉を失ってしまう未熟者です。オーレリア将軍が改革派の連中に付けている護衛は彼女たちが勝手にやっている事――つまり国の命令に従った公の任務ではない。つまり公には彼女は現在、何の任務にもついていない暇人ということになる。そんな状況での国の命に則った制圧任務――断れる理由がありませんよねぇ……)

 

 内心、ほくそ笑むオネストを前に立ち上がった男の姿があった。――先日、オーレリアに命を救われ、無事に政界に復帰した大臣のチョウリである。

 

 「オネスト大臣」

 「なんですかな、チョウリ大臣」

 「大臣はここ最近の帝都の治安の悪さをご存じですかな。――実は私を始めとする何人かの政務官が闇夜に紛れて何者かに襲撃されるという事件が起きているということを」

 「おやおや、そのような事件が起きていたとは……初耳ですねぇ……」

 

 オネストのわざとらしいその言葉にどの口がそれを言うかと言わんばかりにチョウリは一瞬眉をひそめるが、怒りを鎮めるように息を一つ吐き出すと、再度口を開く。

 

 「幸いにも事前に察していたオーレリア将軍が就けてくださった護衛のおかげで今のところは犠牲者は出てはおりませんが、将軍の機転がなければどうなっていたか……」

 「それで、チョウリ大臣は何がいいたいのですかな?」

 

 正面から自分を睨み見据えるチョウリをオネストはにたりとした笑みを浮かべたまま受け止める。

 

 「……現状、オーレリア将軍に西の制圧に赴かせる余裕は無いということです。少なくとも夜道も安心して歩けるような治安になるまではオーレリア将軍には帝都を中心とした治安維持に務めていただいたほうがいいと存じあげまする。……西の制圧には他の将軍を向かわせればいい」

 「なるほど、言いたいことはよくわかりました。しかし西の異民族にはここ近年随分とてこずっておりましてな……並大抵の実力の将軍ではジリ貧になってしまうのも時間の問題なのですよ」

 

 それからしばらく思考を凝らす素振りを見せた後、ではこうしましょうとニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。

 

 「国としてはこれ以上の西の被害を被る訳にもいかない。しかし帝都の治安維持も必要不可欠……それならばエスデス将軍にこの帝都の治安維持に務めさせ、気力の充実しているであろうオーレリア将軍にはやはり西の制圧に向かってもらうというのは」

 「むぅ……」

 

 確かにこれ以上、西の被害を被る訳にもいかない。悔しいことにオネストの言っている言葉も一理ある。西を侵攻してくる異民族が帝国の民を苦しめているのもまた事実だ。

 そして並みの将軍では西の異民族に苦戦するというのもまた、事実だ――。

 

 (だがエスデス将軍はオネスト大臣側の人間。彼女に治安維持を任せるということは即ち、自分たちを丸裸にしてしまうことと同じこと……)

 

 民があっての国なのだ。西の民を見殺しにする訳にもいかない。だがこの帝国を変えるためにも、自分たちが今ここで死ぬ――殺されるわけにもいかない。

 どうすればいい。

 どうすれば――。

 

 「……しかしエスデス将軍は北の制圧を終えたばかり。消耗しているといったのはオネスト大臣ではありませぬか。そのエスデス将軍に新たに帝都治安維持の任務を与えるのは……」

 

 苦し紛れに口を開くチョウリにダメ押しと言わんばかりにオネストが声を上げる。

 

 「チョウリ大臣が仰っていたことが本当ならこの帝都の治安は最悪なものなのでしょう。そしてその被害を抑えていたのがオーレリア将軍……。

 エスデス将軍がオーレリア将軍、ブドー大将軍に並ぶ帝国の三大将軍であることはチョウリ大臣も知っての通りでしょう。任務といっても制圧任務よりは遥かに軽い……楽な任務であることは明白です。この帝国の事を思えばエスデス将軍も喜んで承諾してくれることでしょう。

 そしてオーレリア将軍の後釜にエスデス将軍ほど相応しい人物もいない。……そうは思いませんか、チョウリ大臣?」

 

 ニタァ、と悪魔のような笑みを浮かべてワザとらしくエスデスはチョウリに問いかける。

 

 「……」

 

 もっとも、実際に()()エスデス将軍が消耗しているかと問われれば、戦いに快楽を求め、戦乱を何より愛するあの女のことだ……仮にもしこの状況で西の制圧を命じられたとしても断るということはない――むしろ喜々として引き受けることであろう。

 

 だがオネストにとって自分を含めた帝国改革派の者たちは邪魔な存在であり。邪魔な存在を片づけるためには自分たちを守護しているオーレリアを帝都の外に追いやらなければならない。

 

 そして西の制圧も視野に入れなければならないこの状況下において、オーレリアを西に向かわせ、エスデスを代わりに帝都に置くというオネストのこの言葉は……悔しいことに表向きの話としては筋は通っている。

 オネストが自分たちという邪魔者を排除しようという明確な証拠がない今、オネストのこの言葉を否定することはできない。むしろ変に食って掛かって、自分たちの立場を悪くしてしまう訳にもいかない。まだこの帝国の政界における最大勢力はオネストの派閥であり、まだ自分たちにはその勢力と真っ向から対抗できるほどの力がある訳ではないのだから。

 

 「ぐっ……」

 

 皇帝の助太刀をすべく立ち上がったチョウリも言葉を失った。そんなチョウリを始めとする帝国改革派の者達を前に、オネストは満足気にニヤリと笑った。

 

 「ではオーレリア将軍は準備が整い次第、西の国境付近を荒らす異民族共の制圧を。チョウリ大臣が仰っていた文官を狙った賊共への対応はエスデス将軍に任せる……ということで皆さんよろしいですね?」

 

 +++

 

 「どうする……どうすればいい! このままではオーレリア将軍は帝都から離れなければならなくなるぞ!」

 

 議会が終わり、無人となった会議の間にて、ついに不安を隠しきれなくなったのか、皇帝が切羽詰まったかのように声を荒らげた。

 

 「申し訳ありません、陛下……力及ばず……」

 

 そんな皇帝にチョウリは深々と頭を下げる。

 

 せめてここ数日の間に襲撃してきた刺客の裏を取れていれば、話は違ったのかもしれない。

 オーレリアの就けた護衛のおかげで犠牲者は出なかったものの、襲撃者の素性――即ちその雇い主を割ることができなかったのだ。

 無論、その雇い主がオネストであることは百も承知だ。だが証拠がなければただの空言でしかない。証拠さえ掴めていれば、その証拠を下にオネストを責め上げる口実を作れたものの、そこのところはやはりオネスト……一筋縄にはいかなかった。

 

 その時、口を開いたのは議会が終わるや否や、皇帝の元へ駆けつけた将軍――オーレリアだった。

 

 「陛下、私が西へ向かうことはもう決まってしまいましたし、変えることはもう叶わないでしょう。……変えることのできない過去を考えるなら、今、これから先の未来、変えられることを考えるべきだと思います」

 

 その言葉に皇帝ははっと目を見開き、そして気づく。

 そうだ。今、ここで自分が取り乱して何になる。民の上に立つ者として、どんな状況でも毅然としていなければ。

 

 「……皆、すまない。国の上に立つ余がこんな様では立つ瀬がないよな」

 

 自虐的な笑みを浮かべた皇帝のその言葉を、オーレリア即座に否定する。

 

 「そのようなことはありません、陛下。チョウリ殿から聞かされましたが、オネスト大臣が私に西への制圧任務を提案された時、すぐにその言葉の意味が成すことを把握し、どうにかしようと真っ先に口をお開きになろうとしてくださったそうではありませんか」

 「だが結局、余は大臣(オネスト)の圧力に言葉を失ってしまった……余が未熟なばかりに」

 

 ――大臣の言葉に返す言葉が見つけられなかった。

 

 そう告げた皇帝をオーレリアはただただ慈しみを込めた眼差しで見つめる。

 

 ついこの間までは大臣(あのデブ)の操り人形にしか過ぎなかった皇帝が自分の頭で考え、行動している。それがどれだけ素晴らしい出来事なのか、理解できないオーレリアではなかった。

 

 (ああ……それにしても憂い顔の陛下も中々にそそられる。本当に可愛らしい、愛おしい)

 

 しかし、それでも陛下には常にあの民を照らす太陽のような笑顔でいてくださるのが一番だ。

 オーレリアは幼い皇帝に目線を合わせるようにその場に膝をつくと、そっとその華奢な身体を抱きしめ、耳元で優しく囁く。

 

 「……そのようなこと、陛下が気に病む必要はないのです。陛下は自分の足で……意志で歩みを始めたばかり。未熟であることなんて、当然のことなのです」

 

 私だってそうでした、とオーレリアは皇帝の肩を優しく掴み、微笑みかける。

 

 「……将軍も、未熟だったのか?」

 

 まじまじと自分を見やる皇帝に、オーレリアは頷く。

 

 「ええ。私がグラディウス家の跡を継ぐため、そしてこの国の為に剣を取ると決めた時……私は戦いの「た」の字も知らない、これ以上無いくらいの未熟者でした」

 

 若くして帝国三大将軍の一人にまで昇り詰めた天才である彼女が。千の軍勢をたった一人で斬り伏せる最強の将軍が。

 信じられないと言ったように目を見開く皇帝にオーレリアは少しだけ苦笑気味の笑顔を見せ、「しかし」と言葉を続ける。

 

 「しかし未熟者ではあった私ですが、それでも努力だけは怠ったことはありませんでした」

 

 日の出と共に剣を握り、日が地平線の向こうにまで沈むまで剣を振るい続けた。

 日が沈んだ後には蝋燭の灯りを頼りに戦闘学を始め、政治、経済、建築、薬学……どのような状況、立場においても素早く、そして確実に対応するためにあらゆる座学を貪るように学んだ。

 

 「……陛下が私の事を特別だと、そう思いになられているのだとすればそれは誤解なのです。人は誰しも始めは未熟……しかし努力次第で人はどこまでも強くなれる。

 故に未熟は罪ではない……。必要なのは目的を成し遂げようとする強い『意志』と『覚悟』。ただ、それだけなのです」

 「強い意志と……覚悟……」

 

 オーレリアの言葉が皇帝の頭の中で反響する。

 未熟なことは罪ではない。彼女はそう告げた。では罪な行為とは一体何なのか。

 

 (決まっている! 努力を怠ること。鍛錬を放棄すること。未熟な己を許し、現状に甘えること……それが罪なのだ!)

 

 だが、自分を厳しく躾けるということは思いのほか難しい。誰しもが辛い過酷な鍛錬には根を上げ、地道な修練には飽きが生じ、気が緩むこともあるだろう。

 だからこそ強い意志と覚悟が必要なのだ。

 一度決めたことを最後までやり遂げる強い意志。その過程でどんなに辛い試練が立ち塞がったとしてもそれを乗り越える覚悟。

 

 自分にその意志と覚悟があるかと問われれば――その答えは言われるまでもない。

 

 (この国のために……民のために戦う。最後まで戦い抜く。それが皇帝である余の務めであり、責任! 何がなんでも成し遂げて見せる!)

 

 たしかに先の会議では自分の未熟さ故にオネストに先手を打たれ、成すすべなくオーレリア将軍の西方派遣が決まってしまった。

 だが嘆いている暇はない。嘆く暇があるならそれを糧にしてさらに前へと突き進め。

 失敗に挫け、努力を怠り、未熟な己自身を許してしまったら――その時点で自分の成長は止まってしまう。

 だが、未熟であっても己を戒め、前に進むことを止めなければ――人は未熟であっても構わない。その事を、目の前の将軍は自分に教えてくれたのだから。

 

 オネストに先手を打たれ、狼狽え、挫けそうになってしまった自分を優しく、心強く励ましてくれたのだから――。

 

 「……ありがとう、オーレリア将軍。お前のおかげで余は救われた」

 

 せめてもの感謝を伝えようと、皇帝は先ほどオーレリアにしてもらったように、その小さな身体で彼女の女性としての柔らかさを残しながらも日々の鍛錬で引き締められた身体をぎゅっと抱きしめ返す。

 

 「っ……!?」

 

 瞬間、ビクッと身体を硬直させるオーレリア。

 

 「へ、陛下……?」

 

 普段の彼女からは想像もつかないようなしどろもどろなその口調に皇帝の頭にはただ?マークが浮かび上がる。

 

 「いや、ただ感謝の想いを言葉だけでは伝えきれぬから、身体でも表現しようと思ったのだが……もしかして嫌だったか?」

 「いえ、そのようなことは断じてございません!」

 

 瞬間、悲しそうに目を伏せた皇帝の言葉をオーレリアは半ば食い気味に否定する。

 

 オーレリア自身からのスキンシップは今までも何度かあった。現に先日、陛下に帝都の案内をした時も、もし迷子になったら大変だからと何かと理由をつけて手を繋いだり、今もこうして陛下を励ますために抱き締めたりもした。

 そんなオーレリアがなぜ、陛下からの抱擁に身体を硬直させたかといえば……ひとえに陛下からのスキンシップには免疫がなかったということ。

 今まで自分からすることはあってもされたことがなかったオーレリアは、自身が受け身というこの状況下で、陛下のスキンシップに対し、どのように行動すればいいのか本当に分からなくなってしまっていたのだ。

 しかし敬愛する主からの抱擁が嬉しくないはずもなく。

 

 (陛下が自分から……まさか自分から抱きしめてくださるなんて……えへ、えへへへ……ああ、このままその髪に顔を埋めて思い切り深呼吸したい……ダメダメいくらなんでも超えてはならない一線というものがあってですね……)

 

 オーレリアの内面は決して他の者には見せられないくらいには緩み切っていた。現にその頬は懸命に緩んでしまうのを抑えるかのようにピクピクと引き攣っている。

 

 「嬉しいです……とても」

 

 しばらくして。

 胸の高揚を抑えるべく、まさに絞り出されたオーレリアのその言葉には幾重もの何とも形容しがたい葛藤が込められていた。

 

 「そうか……それならよかった!」

 

 しかし幸いにもオーレリアの内面の葛藤には一切気づかなかったのか、天使のような笑顔で嬉しそうに笑ってみせた皇帝は最後に一際強く、オーレリアを抱き締めるとようやくその身体を離す。

 

 「……」

 

 名残惜し気に皇帝を見つめるオーレリアの姿に気づいたのはその様子を見守っていた帝国改革派の大人達のみだった。

 

 +++

 

 「しかし実際のところどういたしますかな。このままでは我々の護りの要であるオーレリア殿は西に。オネスト大臣の息がかかった者がここぞとばかりに襲ってきますぞ」

 「うむ。どうにかオーレリア殿の代わりに我々の味方となってくれる将軍を見つけたいところではあるが……」

 

 それから間もなくして。

 告げられたショウイの言葉にチョウリは頷いた。

 

 「ブドー殿なら心強いことこの上ないのじゃが……じゃがあの男は……」

 

 ――よくも悪くも堅物だ。

 

 エスデス、そしてオーレリアに並ぶ大将軍ブドー。オーレリアと同じように将軍の家系に生まれ、その実力はまさに折り紙付きだ。

 だが『武官は政治に口を出すべからず』という代々の教えを忠実に守り、かつて自分が帝都にてオネストと真っ向に対立し、政治を行っていた時も……手を貸してはくれなかった。

 先軍政治、軍事政権、軍国主義――それは戦争を外交の主たる手段と考え、軍事力の増強を優先とする考え方だが、それは結局は民に苦難を強いり、国の衰退を招く。

 武官が政治に口を出すとその確率が高まるが故のその教えなのだろう。普通であるならば教えを守るブドーの行動は正しい。正しいのだがそれはあくまでも国の情勢が普通であればの話である。

 

 そして今、国の情勢は()()()()()()

 だからこそブドーの力が必要なのだ。

 

 (どうにかするしかあるまい……どうにかしてブドー殿の協力を得なければ……)

 

 間もなくして自分たちの守りの要であったオーレリア将軍は西の遠征に護衛に就けていた騎士団を連れて帝都を離れてしまう。

 オネスト大臣に肩入れするエスデス将軍が帝都に残るとなっては、いつ自分たちが殺されてもおかしく状況に陥りつつある。

 

 そんな状況を打破するには、エスデス将軍に並ぶ実力を持つブドー大将軍に協力してもらい、オーレリア将軍不在の間を乗り越える他に方法はないのだ。

 

 「……とりあえずブドー殿には私から話をしてみましょう」

 

 そう告げたのは、普段の凛々しい表情に戻ったオーレリアだった。

 

 「……説得できるのですか?」

 「確証はありませんが、考えはあります」

 

 オーレリアは宙を仰ぐ。

 

 「代々将軍の家系に生まれた者同士です。年齢や考え方は違えど帝国の繁栄を願う気持ちは……帝国の為に剣を振るうと誓った忠誠は……変わらないはずです」

 

  その言葉に帝国改革派に属する政務官の一人が、思わず口にしてしまった不安。

 

 「だがもしダメだったら? もしブドー大将軍が我々に協力してくださらなかったとしたら?」

 

 まさに思わず漏れ出てしまったというべきその言葉に、部屋には沈黙が広がる。

 

 自分たちはあのオネスト大臣に反旗を翻し、帝国の改革に努めてきた。

 しかし自分たちがオネスト大臣に反旗を翻せたのも、オーレリア・グラディウスという絶対的な存在が自分たちのバックアップに回ってくれたからだ。自分たちの後ろには帝国最強の将軍がいる、という事実から得られる安心感は思いのほか大きい。そんな精神的支柱が、帝都から離れざるを得ない状況に陥っているのだ。考えがあるといっても、不安はそう押し込めておけるものではない。ブドーが絶対に自分たちに協力してくれるという確証がないこの状況下では尚更だ。 

 

 だが誰もその未来を考えないようにしていた。負の感情に支配されてはならないと。皆が皆、前を向こうと必死に考えないようにしていた。

 しかし暗い現実を突き付けるかのようなその言葉は、必死に未来を変えようと足掻く皆の心に暗い影を投げかけてしまった。

 

 「……ぁ」

 

 完全に失言だった。今、投げ返てもいい言葉ではなかった――そう悟ったその政務官が慌てて謝罪の言葉を述べようとしたその時、オーレリアが先に口を開く。

 

 「――その時は私が全ての責任を負います」

 

 そう言って、オーレリアは皆を安心させるかのように微笑む。

 

 「せ……責任とは?」

 

 恐る恐る問うたチョウリにオーレリアは聖女のような微笑みを浮かべたまま首を横に振るう。

 

 「それはチョウリ殿が気になさることではありません。貴方たちはただこの帝国の為に――そして民のために前に突き進めばいいのです。それが私の……唯一の願いです」

 

 物腰は柔らかいが、それは明らかに拒絶の言葉だった。

 これ以上は自分だけが背負う領域。貴方が踏み込む必要はないという拒絶の言葉。

 

 それは明らかに自分たちに被害が及ばぬよう、自分たちを護る為に告げられた言葉だった。

 

 「では残された時間も少ないので私はこれで失礼します」

 

 オーレリアは身を翻す。その琥珀色の双眸に、凄絶なまでの覚悟を宿らせて。

 

 

 

 

 帝国改革派の存亡を賭けた一つの決戦が今、始まろうとしていた――。

 

 

 




 オーレリア・グラディウス
・剣を握ってまだ間もない頃は当然といえば当然なのだが未熟だった。
・戦闘学や政治学のほかにも経済、建築、薬学など様々なジャンルの学問を一通りは修めている。
・自分からはよくても皇帝陛下からのスキンシップには免疫がなかった以外にもピュアな人。しかし幼子の髪に顔を埋めてくんかくんかしたいとか考えるところ、彼女はもういろいろな意味で手遅れなのかもしれない。
・今話で露骨なフラグを立てた人。死亡・滅亡フラグでないことを祈りたいが、それは彼女の説得次第。

 皇帝
・オネストの策略に持ち前の聡明さで気づくが、幼い故の未熟であるが故に何もできなかった。
・未熟である自分に嫌気が刺し、自己嫌悪状態に陥りかけていたが、オーレリアが自分も未熟であった過去を話し、最強の将軍でも未熟だった時があったことを知り、励まされたことによって立ち直った。今後はさらに自己研鑽を怠らず、より加速的に成長していくことでしょう。
・オーレリアに言葉では足りないからと抱きしめる行動によって感謝を意を示した。こういった行為を無自覚にするのだから意外とタラシ属性があるのかもしれない(ただし無自覚)。
・なお抱き締められたオーレリアが抱いた様々な葛藤には気づかなかった模様。まだ幼いしピュアで大変よろしいことです。

 チョウリ
・オネストに気圧された皇帝に変わり、オネストの策略をどうにかしようと試みていた改革派の中心人物。しかし結局はオネストの策略に対抗できるだけの準備ができていなかったため、やむなく押し込まれてしまった。
・即考であそこまでオネストと渡り合うことができた上、税の減税、雇用の増加など僅かずつではあるが、確実に内政を良くしている。その実力の高さはやはり折り紙付き。

 思わず不安を口にした政務官
・チョウリが政界に復帰して間もなくして改革派に加わった政務官の一人。メタ発言をするならばモブ。
・思わず不安を口にしてしまったことからも性格は気弱なのかもしれないが、国を変える為に立ち上がった人間としての勇気と誠実さは持ち合わせているといっていいです。

 オネスト
・策略が上手くいき、ホクホク顔の諸悪の元凶さん。三獣士の一件を含め、意外と綱渡りなところもあるが、まだ権力にモノを言わせ、もみ消すことは可能。
・隙あらば改革派の人間を処理しようと刺客を送り込んでいたが、悉くオーレリアの護衛に跳ね返されていた。なお証拠は残さないところは流石諸悪の元凶さんです。

 

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