将軍が行く!   作:イチ

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第4話

 「リヴァ……ニャウ……ダイダラ……たかだか元大臣の暗殺任務で……なんというザマだ……」

 

 まだ真新しい三つの墓の前でエスデスは一人呟く。

 

 「死んだ、ということは、お前たちは弱かったということ。弱い者は淘汰されて当然……仕方のない部下どもめ」

 

 帝都に帰還したエスデスを出迎えたのは、任務を完遂した三獣士(自分の部下)の報告ではなく、既に埋葬の終えられた三人の墓だった。

 

 誰に殺られたのか。その情報はまだエスデスの元には届いていない。ただ一つ、言えるのは彼ら(三獣士)はエスデス率いる軍の主軸を担っていて。彼らを倒したその何者かは、帝具使いでもある彼ら三人を相手にして勝利を収められるほどの実力の持ち主だということだ。

 

 (噂に聞くナイトレイドはたまた別の誰かか……)

 

 墓の前に花束を置いたエスデスは静かに立ち上がる。自分の至らぬ所で勝手に殺された挙句、帝具まで回収されるとは、本当に……仕方のない部下だ。

 

 「仕方がない……だから私が仇を取ってやろう」

 

 それは静かながらも力強い意志の込められた言葉だった。

 エスデスは身を翻す。散っていった部下どもの墓を訪れるのは今日が最初で最後だ。もう二度と、この場所を訪れることはあるまい。

 これ以上の弔いの言葉は敗者には不要であり。散っていった彼らもまた、これ以上の言葉を望まないだろう。

 

 (だから私に遠慮せず、永久(とわ)の眠りにつくがいい)

 

 それがエスデスなりの……忠義を果たした配下に対する答えだった。

 

 +++

 

 かつて政界においてオネストと唯一、渡り合った男――チョウリ。そんな彼の政界復帰は、帝都に大きな波紋を投げかけた。

 ショウイによって僅かながらに、けれども確実に改善されてきた政策に対し、喜びというよりは疑念と戸惑いを抱いていた民衆も、かつての帝国きっての良識派の大臣の復帰に希望を見出し、宮殿内でも彼の復帰に今まで報復を恐れ身を潜めていた反オネスト派の政治家たちが一人、また一人と名乗りを上げ始めたのだ。

 それほどまでにこの度政界に復帰したチョウリという男の存在は大きかった。

 

 まだ()()()()はオネストの権威を脅かす程のモノではない。それでも自分に楯突く対抗勢力を誕生させてしまったという事実は変わらない。

 

 (完全に誤算でした……まさか、エスデス将軍がチョウリ暗殺の任務をしくじるとは……)

 

 濃い目に味付けされた肉を噛み千切りながらオネストは、ギリギリと拳を握りしめる。

 

 オーレリア・グラディウスが帝都に向かうチョウリ護衛の為に、直々に出向いたことは、チョウリがこの帝都に辿り着いた際、彼女が共にいた現場を目撃されている事からも、もはや明らかだった。

 

 (オーレリア将軍が自ら出向くとは……彼女の行動力を侮っていました……)

 

 皇帝に()()()()()()吹き込んだその時点で、彼女の行動力の高さには気づいておくべきだったのだ。それは完全に自分のミスだ。

 せめてエスデス自ら出向いていれば、結果は違ったのかもしれない。国で最強と称される将軍(オーレリア)を倒すには、同じく国で最強と称される将軍(エスデス)でないと、話にならないからだ。帝具使いを倒せるのは同じく帝具使いだけ、とよく言われるが、()()()()()使()()ではブドーを始めとする帝国の三大将軍を倒すことは不可能だ。

 

 しかしだからと言って、今回、自ら出向かなかったエスデスを責めるのはお門違いであるということをオネストは理解していた。

 

 なぜなら普通に考えれば()()()元・大臣の暗殺任務なのだ。故に普通に考えれば将軍であるエスデスが自ら出向くような任務ではないし、同じく将軍であるオーレリアもまた然り……なはずだった。そういった点では自らの忠臣である三獣士を動かしたエスデスは、やる気の乗らないなりに最大限の考慮をしてくれたと言える。……考慮をしてくれたといえるのだが……。

 

 (しかし結果として三獣士は殺され、彼らが所有していた帝具もまた回収された……帝具を回収したのはオーレリア将軍でしょうが……渡せと言って素直に応じるとは思えませんしねぇ……)

 

 食卓に並べられた豪勢な食事を貪りながら、オネストはさらに考える。

 

 (あくまで一介の内政官でしかないショウイと違って改革派の中心的存在であるチョウリ大臣は一刻も早く始末しなければなりません。彼の存在は改革派の中でもかなり大きい。逆に言えばかれさえ始末できれば再びその勢いを削ぐことができるはずです……)

 

 しかし言わずもがな、チョウリ大臣にはオーレリアの護衛がついている。というより、対抗勢力――帝国改革派の人間にはもれなくオーレリアの護衛がついている。始末するのは容易なことではない。

 

 エスデスをオーレリアにぶつけるか?――いや、ダメだ。今、帝国内部で揉め事を起こせば、それこそ革命軍や西や南の異民族に付け入る絶好の機会(チャンス)を与えてしまう。ただでさえストレスが溜まっているというのに、これ以上、面倒事を増やしたら、ストレスのあまり、さらに食事の量がふえてしまうかもしれない。

 

 「随分と苛立っているようだな」

 

 そんなオネストの下に、いましがた考えていた張本人――エスデスの姿が現れる。

 

 「これはエスデス将軍。北の制圧、ご苦労様でした。陛下への謁見はもうお済みになられたのですか?」

 「ああ。褒美として受け取った黄金一万は既に北に残してきた兵たちに送ってある」

 「相変わらず部下にはとことん優しいのですな」

 「心服すればするほど兵は命惜しまず戦うようになる。――私の部隊が最強の部隊が最強の攻撃力を持つといわれている理由の一つだ」

 

 エスデスはオネストの向かい側の席に座ると、ワインを注ぎ、グラスを揺らしながらつまらなそうに口を開く。

 

 「それはそうと私がいない間に帝都は随分と変わったようだな」

 「と申されますと?」

 「なんというべきか……ヌルくなった。このワインのように」

 

 その言葉にオネストは「わかりますか?」と困ったように告げる。

 

 「実は最近、私に楯突く対抗勢力が現れましてなぁ。あの男――チョウリが加わった今となってはほとほと困っているのですよ」

 「あぁ、その件に関しては申し訳ない事をしたな。まさか三獣士を退けるとは、私も想定外だった。我が軍からしてみても予想外の損失を被ってしまったことになるな」

 「言ってしまえば帝具使い三人の損失ですからねぇ……人員の補充は必要ですかな?」

 「ソレについては元々、頼むつもりではいたが……そんなことよりだ」

 

 ――知っているんだろう?

 

 エスデスは冷たく微笑みながら、オネストに問いかける。

 

 「知っている……とはどういうことですかな?」

 「私の部下を殺した者の事だ。仮にも帝具を保有するあの三人を倒したのだから、それなりの強者である事は間違いないだろう。あいつらを倒したのは噂に聞くナイトレイドか?」

 「……」

 

 オネストの頬を冷や汗が伝っていく。

 

 この流れはマズイ。もし真実を話せばこの女のことだ、国の現状などお構いなしにあの者に戦いを挑む可能性がある。

 そしてオネストの考えとしては現段階でソレは避けたい。先にも行ったが、この状況での内輪揉めは、革命軍や異民族などの外部からの脅威に付け入る隙を与えてしまうことになる。

 そしてさらにエスデスがオーレリアに勝利を収めるならまだいい。敵味方問わず、()()()戦力的に、総合的な損失が一番大きいのは両者共に相討ちという結果だが、それにしても改革派における守りの要であるオーレリアを始末できるならそれも良しとしよう。

 

 オネストにとって最悪なのは、万が一、オーレリアが()()()()()()()()()()。もしオーレリアがエスデスに勝つようなことがあれば、今度はオネストを守る武力的な後ろ盾が完全に無くなってしまう。

 

 無論、エスデスが最強であることは百も承知している。総合的に見ても、エスデスとオーレリアどちらが上かと問われれば、帝具の相性もあるが、僅かにエスデスに軍配が上がるだろう。

 しかしそれも確実ではない。それほどまでに両者の実力は拮抗しているのだ。

 

 オネストとしてはどちらに転ぶかわからないそんな危険なギャンブルを今、ここで行うのは避けたかった。

 

 「知って、どうするつもりですかな?」

 「なに、あいつら(三獣士)を倒すほどの実力者であるなら、少なくとも『北の勇者』よりは私の退屈も癒してくれるのではないかと思ってな。知ったからと言って、深い意味はない」

 「……」

 

 いや、違う。彼女の考えていることはそんな生温いものではないことは、これまでの付き合いで嫌でもわかってしまう。

 

 たしかにこのエスデスと呼ばれる人物は超がついてもなお足りないほどの生粋のサディストで、生温い平和よりも血みどろの闘争を何よりも好んでいる。エスデスが自分に対し、力を貸してくれるのも、自分が一番、彼女の望む環境を生み出すことに適しているからだ。

 

 つまりエスデスとオネストの関係はまさにギブアンドテイクで成り立っている訳だが、しかしだからと言って彼女が血も涙もない冷酷無比な者かと問われれば、一概にそうとも言い切れない。

 

 エスデスは敵に対しては一切の容赦がない。降伏した兵を惨たらしく拷問して殺す、極悪非道を地で行くような女だ。

 しかし意外なことにも優秀な部下に対しては寛大で、優秀でさえあるならば、彼女は身分の優劣など関係なしに最大限の敬意と礼儀を以て接する。そんな自分の認めた部下が殺されるような事があれば仇を取るために動く。それがエスデスという女だ。

 

 どうするか。オネストは考える。エスデスとオーレリアの衝突を防ぐなら、三獣士を倒したのがオーレリアであるという事実を、まず隠さなければならない。

 しかしだからと言って、今ここで何も言わないのは不自然だ。まだ犯人は捜索中ということにするか? いや、それで彼女自身に動かれたらさらに面倒なことになりかねない。

 

 と、そこまで考えたところでオネストの脳裏の妙案が思い浮かぶ。

 

 (そうです。エスデス将軍の言う通り、ナイトレイドが殺したと仕立てあげてしまえばいいのです!)

 

 帝都において自分の部下を悉く始末していく、革命軍の抱える暗殺者集団(ナイトレイド)の暗躍には随分前から煩わしいと思っていた。

 

 ここで犯人をナイトレイドに仕立て上げれば、エスデスの矛先はナイトレイドに向く。エスデスとオーレリアの正面衝突は避けられ、煩わしいナイトレイドは一網打尽にできる。まさに一石二鳥だ。

 

 (そうだ。これを機に念には念を入れてオーレリア将軍には西の制圧に向かわせましょう。そうすれば戦力的に彼女も改革派につけている護衛を引き離させざるをえないはず。彼女の出払っている間に改革派の連中を始末してしまえば、改革派の勢いも削げて一石三鳥……いえ、うっとおしい西の異民族も制圧できて一石四鳥です!)

 

 そんな大臣(オネスト)の一連の提案を聞いたエスデスはふっ、と笑みを浮かべ。

 

 「嘘はつくなよ、大臣」

 

 次の瞬間、オネストの首下には氷で造り出された短剣の、その鋭い切っ先が突きつけられていた。

 

 「う、嘘とは……?」

 「私の部下を殺したのはナイトレイドではないだろう? 私の部下を殺したのはナイトレイドではない別の何者かだ」

 「なぜそのようなことを?」

 

 オネストの問いかけにエスデスは答える。

 

 「私は始め、訊いたな? 部下を殺したのはナイトレイドかと」

 「え、えぇ……」

 「その後、お前はこう言った。知って、どうするつもりなのかと」

 「……」

 「なぜ、私の問いにワンクッション、間を開けた? 私の言う通り(ナイトレイドの仕業)なら、わざわざ知ってどうするのか確認することでもないはずだ。お前にとって、ナイトレイドは邪魔な存在で、今の私の問い掛けは私にやつらを始末するよう頼めるまたとない機会(チャンス)な訳だからな。――少なくとも私の知るオネスト(大臣)であるならば、間髪いれずに私の問いを肯定し、ナイトレイドを始末するよう頼んだはずだ」

 

 その言葉にオネストは苦笑いすることしかできなかった。長年付き合っていれば、相手の考えていることもわかってくるようなことを言ったが、それはエスデスにも言えることだったのだ。

 

 (しかし、そんな私の一言で嘘を見抜いてしまうとは、流石はエスデス将軍(帝国最強の将軍)といったところでしょうか)

 

 ここまで来たらもう腹を括るしかない。やれやれとため息を吐き、オネストは観念して口を開いた。

 

 「やはりエスデス将軍は騙せませんか。……仕方がない、正直に答えますよ」

 「そうしてくれた方が身のためだ。私は嘘をつかれるのが一番嫌いなんだ」

 

 心臓を鷲掴みにされるような眼光に、さすがのオネストもぶるっ、と身震いしてからエスデスに答える。

 

 「この度、帝国改革派のリーダーとして名乗りをあげたチョウリという男……かつて私と敵対していた元・大臣の男ですが、彼がこの帝都に到着した際、彼の隣に一人の将軍の姿が目撃されているのです」

 「ほう……それで、その将軍の名は?」

 「我が国が誇る三大将軍の一人――オーレリア・グラディウス。帝国改革派の人間を次々と自分の庇護下に置き、活動を促している彼女の姿が目撃されていたのです」

 

 そこまで説明すれば、このエスデスに理解できないはずもなかった。

 

 「そうか……()()オーレリア・グラディウスが……」

 

 ぞくり、と寒気がするほど鋭利な笑みを浮かべるエスデス。その眼差しは部下を殺した復讐相手を見つけたことに対する悦びというよりも、まるで自分を楽しませてくれる宿敵を見つけたかのような感動という悦びに満ち溢れていた。

 

 オーレリア・グラディウス。三獣士を打ち倒したのが彼女であるというのなら文句はない。なぜなら彼女はエスデスが認めた数少ない絶対的な実力を持つ強者の内の一人だからだ。

 

 初めてだったかもしれない。勝てるかどうか、わからない、と直感が囁いたのは。それほどまでの圧倒的な覇気をエスデスは初めて対峙した時の彼女から感じたのだ。

 

 しかし――いや、だからなのか、その実力を認める一方でエスデスは前々から彼女のことが気に食わなかった。なぜ彼女は弱者のために剣を振るうのか。自分と同じ絶対的強者であるのなら弱者を蹂躙し、己自身の欲望に忠実に生きるべきだというのに。

 

 なぜ己を律する?

 ()()()()()()そんなものではないだろう?

 

 初めて出会った時からエスデスは、ずっとそう思っていた。

 

 「おもしろい……」

 

 ならば私が教えてやろう。力を持つ者の立ち振る舞い方と言うものを。

 蹂躙される苦しみを。

 蹂躙する悦びを――。

 

 自分と同じ絶対的強者を自分の色に調教するのもまた一興だ。

 

 「……あのー、意気込んでいる所、申し訳ないのですが、オーレリア将軍との決着は後々、ということにしていただけませんかねぇ……」

 「……」

 

 空気を読まないオネストの発言にエスデスはじろり、と彼を睨み付ける。エスデスに睨まれたオネストは、慌てたように追加説明を加える。

 

 「ほ、ほら、今、この帝国の周りには敵だらけじゃないですか! 今、あなたとオーレリア将軍に衝突されたら、奴らに付け入る隙を与えてしまうことになりかねないのですよ!」

 

 その言葉に興が削がれたと言ったように、肩の力が抜けたエスデスが、静かにオネストの意中を読み解く。

 

 「つまり、オーレリアとの決着は外部の敵を全て潰してからにしろ……ということか?」

 

 オネストは頷く。

 

 「ひとまず厄介者であるオーレリア将軍は西の異民族の制圧に向かわせます。その間に宮殿に蔓延る改革派の連中どもを始末し、脅かされつつある私の権威を取り戻します。

 あなたには帝都近辺に蔓延る賊の鎮圧、延いては帝都の影で暗躍するナイトレイドの殲滅をお願いしたいのですが……」

 「……オーレリアとの戦いを外部の敵に邪魔されるのも癪だ。いいだろう、お前の口車に乗ってやろう」

 

 ――ナイトレイドの面々にも多少は興味があったことだしな。

 

 そう言い残すと席を立ち上がり、その場を後にする。

 エスデスに嘘を見破られた時は一瞬、どうなるかと思ったが、結果的にうまくいってよかった。

 

 (帝国改革派の勢いも、ここまでです)

 

 エスデスが立ち去った後、一人、残されたオネストは、乱暴に肉を噛み千切り、歪んだ笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 「――そうだ、大臣。ナイトレイドの殲滅の件だが、奴らは帝具使いが多いと聞く。帝具には帝具が有効だということはお前もわかっているだろう。……という訳で、損失した人員補充も兼ねて帝具使いを六人集めておいてくれ」

 

 ひょい、と思い出したかのように顔を出したエスデスがオネストに向かい、それだけ告げると再び、その場を後にしていく。

 

 「て、帝具使い六人て……その要求はドS過ぎますぞ、エスデス将軍ー!!」

 

 宮殿内にオネストの悲痛な叫び声が響き渡ったのだった。

 




 エスデス
・皆さんご存知、ドSで愉悦な最強将軍。
・オネストの視点ではオーレリアよりエスデスの方がわずかに実力は上らしい。
・オーレリアの実力を認めている一方で、弱者のために剣を振るうその理念は理解できないらしい。
・オーレリアに部下を殺されたので、イェーガーズメンバー招集が最初から、欠員した人員補充のために行われることとなった。
・オーレリアとの決着を望み、その決戦に向けて邪魔者の排除に乗り出した。とりあえずナイトレイドの皆さんは逃げて!
・現段階で原作と異なり、オーレリアを西の制圧に向かわせるため、帝都に在住する期間が長くなった。

 オネスト
・ここ最近、改革派の影響でストレスが溜まる諸悪の元凶さん。エスデスの帝具使い六人集めろという要求にストレスはさらにマッハに。ざまぁ、としか思えないのはオネストがオネストたる由縁なのか。
・しかし自分の計画が上手くいけば、改革派の人間を一掃できるので機嫌自体はいい。

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