将軍が行く!   作:イチ

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第3話

 帝都近郊。寂れた集落を通り過ぎる一組の馬車の姿があった。

 

 「この村もまた酷いな……民あっての国だというのに……」

 

 馬車の窓から愁いを帯びた瞳で生気の抜けた民衆を見やるのは白髭を蓄えた初老の男。かつてこの帝国において大臣の職に就いていた男――チョウリであった。

 

 「そんな民を憂い、毒蛇の巣である帝都へ戻る父上は立派だと思います」

 

 そんなチョウリに声を掛けた、彼の隣に座る少女はこのチョウリの一人娘――スピアであった。槍の名手である彼女は父親であるチョウリの護衛も務めていた。

 

「命欲しさに隠居している場合ではないからな。このままでは国が滅ぶ。こうなったらワシはあの大臣(オネスト)ととことん戦うぞ!」

 

 一度は隠居を選んだこの身であったが、今の帝国の暴政はこれ以上、黙って見ていられなかった。たとえこの命に代えてもこの国を変えなければならないと、正義感の強いこの男が自分の村を出発したのはこの一週間ほどのことだった。

 

 「父上の身は私が守ります!」

 

 そう意気込む愛娘の姿を見て、チョウリは親馬鹿な笑顔を見せる。

 

 「いい娘に育ったのう。……勇ましすぎて、嫁の貰い手がいないのが玉に瑕か……」

 「そっ、それは今、関係ないでしょう!」

 

 父親のぼそっと呟かれた後半のセリフをムキになって否定しつつも、図星だったのかスピアはがっくり項垂れる。

 

 「……別に勇ましいんじゃないですよちょっと槍が使えるだけで私だっていい人がいればそれはもうすぐにでも結婚でき……ぶつぶつ……」

 「……なんかすまん」

 

 親の言葉に思いのほか心を抉られた娘にチョウリが謝ったところで、不意にスピアが何かを感づいたのか、俯けていた顔を上げた。同時に歩みを進めていた馬車も止まる。

 

 「なんだ……?」

 

 馬車が止まったのは、進む前方に三人の男が立ち塞がっていたからだ。

 

 「また盗賊か!? 治安の乱れにもほどがある!」

 

 改めて帝国の衰退を認識させられ、愕然と声を上げるチョウリを余所に、護衛を務めるスピアの反応は早かった。

 

 「今までと同じように蹴散らす! 油断するな!」

 

 馬車を飛び出し、周りを護衛していた三十名強の護衛兵たちに指示を出す。

 そんなスピアたちを他所に、三人組の中央に立つ、小柄な少年が、無邪気な声を上げる。

 

 「コイツらでいいんだよねぇ? エスデス様の命じられた暗殺対象って?」

 

 その言葉に彼の右隣に立つ、髭を生やした男が頷いた。

 

 「ああ、そうだ」

 

 そんなやり取りを交わす彼らを前にスピアをリーダーとするチョウリの護衛兵たちが、各々の武器を構えた。

 

 「行くぞ!!」

 

 凛々しい掛け声とともに、スピアたちは一斉に三人組に向かい、突進する。

 しかしその光景を前に彼らは何の動揺も見せず、髭を生やした男が斧を持った大男に顎をしゃくる。

 

 「ダイダラ」

 「おう」

 

 頷いた大男――ダイダラはそのまま携えた大斧を振りかぶり、そして――。

 

 +++

 

 帝国の誇る三大将軍の一人――エスデスには、従える三人の帝具使いがいた。

 彼らは三獣士と呼ばれ、エスデスの片腕として恐れられる存在であった。

 

 この度、北の異民族の制圧を完了したエスデスは帝都への帰路の最中に大臣より伝令を授かった。その内容はかつて帝国に仕えていた大臣――チョウリという男の暗殺。

 しかし、エスデスは今、機嫌が悪かった。期待していた『北の勇者』は実際、対峙してみると、吹けば飛ぶような()()()()()()()()()()、少し民や兵をいたぶり、拷問してやっただけであっけなく壊れてしまった。今まで長らく帝国を苦しめていた北の異民族共も、エスデスの前ではただ蹂躙されるしかなかった。

 

 要は物足りなかったのだ。エスデスは戦いを、闘争を何よりも好む。それが過激であればあるほど尚、良い。

 しかし、此度の戦は拍子抜けするほど呆気なく終わってしまった。敗残兵を拷問して幾分か気分は晴れたが、それでも頭の中のモヤモヤは晴れなかった。

 そんな中でただの暗殺の依頼を頼まれたところで乗り気など起こらない。絶対的な強者との血湧き肉踊る闘争ならともかく、戦闘能力的には一般人と何ら変わらない男の暗殺など、面倒でしかなかった。

 

 しかし、あの大臣の直々の依頼を無視する訳にもいかず、エスデスは先述した三獣士――リヴァ、ニャウ、ダイダラにチョウリ暗殺の任務を任せたのだった。

 

 ダイダラの所有する帝具――二挺大斧(ベルヴァーク)の横薙ぎの一閃で、三十人近くいた護衛兵は呆気なく身体をその鎧ごと叩き斬られて殺された。生き残ったのは槍を犠牲にかろうじて攻撃を回避したスピアのみだった。

 

 「へぇ、お姉ちゃん、やるねぇ……ダイダラの攻撃で死なないなんて」

 

 膝をつくスピアの前にしゃがみ込み、無邪気な声でそう告げたのは小柄な少年――ニャウだった。

 ニャウはその懐から鋭い輝きを放つナイフを取り出しながら、天使のような笑顔で笑いかける。

 

 「でもこれから君に起こることを考えると……死んどいたほうがらくだったかもね」

 「ひっ……」

 

 その言葉にこれから自分の身に降りかかるであおる残虐な行為にスピアは息を飲み込む。

 

 (死ぬの……私……死ぬの?)

 

 いい人を見つけて、結婚することもできずに。

 大好きな父親を守ることもできずに。

 ただこうして、惨たらしく殺されることしかできないのか?

 

 (嫌だ……そんなの嫌だよ……!)

 

 スピアはきつく目を閉じた――その時だった。

 

 「キャッ!?」

 

 何かが地を穿つ轟音が鳴り響く。恐る恐る目を開くと、スピアの眼前には一振りの剣が突き刺さっていた。

 まるで満点の星空の光をそのまま凝縮させたかのような剣だ。いや、それは剣という形を取った光そのものなのかもしれない。

 とにかく美しい剣だった。そのあまりの美しさに思わず手を伸ばそうとして。その剣はまるで主以外に触れられるのを拒むかのように光の粒子となって消え去っていく。

 

 一方で、光の剣による投擲をかろうじて回避したニャウは、そのまま距離を取り、光の剣が投擲されたその方角を見やる。

 

 やがてゆっくりと、濃霧の向こうから現れたのは、ドレススカート型の戦装束に黄金の鎧を身にまとった一人の騎士の姿だった。鮮やかな金髪に琥珀色の眼差しを無感動なまでに光らせ、ゆっくりと歩を進める。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、その帝具を扱う、一人の帝国の将軍の名を。

 

 しかし、有り得ない。なぜあの人物がこの場所にいる。このような辺境の地に、わざわざ帝国の誇る三大将軍の一人が出向くなど、普通に考えれば有り得ない。

 

 「オーレリア・グラディウス!! お前がなぜここにいる!!!」

 

 そのニャウの問いかけに、オーレリアはにこやかな笑みで応える。

 

 「おや、善良なる民を襲撃する蛮族を撃ち抜こうとしてみたら、エスデス将軍直属の三獣士の皆さんでしたか。北の異民族の制圧に出向いていたはずのあなた方がなぜこのような地に?」

 

 その言葉にニャウの隣に進み出たリヴァが言葉を返す。

 

 「それを言うならこちらのセリフです。()()()国の将軍ともあろうお方がなぜこのような辺境の地にわざわざ足を運んでおられるのですか?」

 「なに、ここ最近の帝都の治安の悪さはあなた方もご存じでしょう? 大切な()()をより安全に、そして確実に迎えるには私自らが出向くことが最善と判断したまでですが?」

 

 ()()()()()()()とオーレリアは言葉を続ける。

 

 「これは一体どういうことですか? この者どもは私が帝都に招待したお客人なのですよ? 何故あなた方は私のお客人を襲撃したのですか?」

 

 リヴァはギリリと歯を食い縛る。

 ()()()? この女は一体、どんなハッタリをかましているというのか。

 しかし、言われてしまえば否定することができない。今、この場で彼女の言葉を否定できる材料がないからだ。そしてオーレリアがなぜこのお客人をここまでして守るのか。その目的をリヴァは悟っていた。

 

 なぜならこの度、エスデスより暗殺を命じられたこのチョウリという男。彼はかつて帝都において政治活動を行っていた大臣の一人で、あのオネスト大臣に唯一対抗し得る男と言われていた。かつては、リヴァもまた民を第一に考えるその政治手腕を尊敬していたものだ。

 

 だが今のリヴァにとってはそんな過去の記憶は、もうどうでもよかった。 

 なぜならリヴァにとって、誰しもが恐れ焦がれるような絶対的な力で自分を救ってくださった、主たるエスデスの命令は絶対であるからだ。故に、たとえその命令が悪だとしても、エスデスが命じればそれは正義なのだ。

 

 しかし、どうしたものかとリヴァは考える。主の命は絶対――それがリヴァの絶対の信念である。そして、此度、主より与えられし命は、大臣(オネスト)の権威を脅かしかねない存在であるチョウリという男の始末。

 だが、今、眼前に対峙する敵はあのエスデスやブドーに並ぶ三大将軍の内の一人――オーレリア・グラディウス。グラディウス家に代々伝わる帝具を所有し、その実力は帝国随一との呼び声も高い。

 

 そんな彼女を相手に、任務を遂行することができるのか。そう考えてしまってからリヴァは、脳裏に過ったその考えを振り払うかのように首を横に振る。

 

 そう、主の命は絶対なのだ。主はこの男(チョウリ)を始末するよう命じになられた。ならば主に忠誠に誓った我々、三獣士はその命に従わなければならないのだ。

 そして、主の命に邪魔する者は取り除かなければならない。それがたとえ、あのオーレリア・グラディウスだったとしても。

 

 「忠誠心の強いあなた方のことだ。引き下がれと言って、引き下がってくれるはずもないですよね」

 「ハハッ、無論ですな」

 

 その心を読み取ったかのように告げるオーレリアの言葉に、リヴァは不敵な笑みを浮かべ、応える。既に隣にはデイダラとニャウがそれぞれの帝具を手に戦闘態勢に入っている。

 

 考えることは同じか――そんな二人を見て、リヴァは共に主に忠誠を誓う二人の同志の事を誇りに思った。

 

 「……この男はこれからの帝国に必要な人間なのです。彼を始末するというなら、たとえエスデス将軍の配下といえども容赦はしません」

 

 その言葉と共にオーレリアの背後に展開されたのは無数の光剣。その数は十――二十――いや、三十を軽く超える。その全ての切っ先がリヴァたち三人に向けられ、いつでもその命を奪えるよう、空間に装填された。

 

 見る者を圧倒するその神々しき光景にリヴァは気圧されることなく、ただ駆け出した。殺すチャンスは一瞬、彼女が光の剣を放つ、その一瞬しかない。

 

 「リヴァさん……かつては誰よりも強く、正しくあろうとした貴方が……残念です」

 

 その呟きと共に、パチンと指が鳴らされ――地を穿つ轟音のみが辺りに鳴り響いた。

 

 +++

 

 「生き残った者は……ワシとスピア……たった二人か……」

 「ゴメン、お父さん……私が……ひぐっ……私が弱かったから……」

 

 自分の力不足を悔やみ、泣きじゃくる愛娘を、チョウリはそっと抱きしめる。

 

 自分たちを救ってくれたあの金髪の女性は帝国の将軍で、オーレリア・グラディウスと名乗った。この腐敗した帝国の現状を変えようと、かつてあのオネスト(大臣)に正面から対抗した自分の元へ協力を要請しに来たのだ。

 自分たちを襲撃してきた(三獣士)と対峙した際、彼女は自分たちのことをお客人と言ったが、そのような事実はどこにもなかった。ただ、あの場で自らの正当性を主張するために告げられた、でまかせだった。

 

 もし彼女が現れなかったら――そう思うとぞっとする。彼女が現れなかったらおそらく――否、絶対に自分たちは全滅していただろうからだ。

 この世界で誰よりも大切な愛娘が無事でよかった。そう思うのと同時にチョウリはこれが今の帝国の現実なのだということを悟る。

 

 (大臣(オネスト)の邪魔になる者は容赦なく潰される……これが今の帝国か……)

 

 自分の為に護衛を買って出てくれた三十名の同志の亡骸は、遺体の腐敗による伝染病を防ぐために一ヶ所に集めて燃やし、そして大穴に纏めて埋めた。本当なら一人一人、しっかりと供養してやりたかったが、今は一刻を争う。こうしている間にも帝国の衰退は進み、民は苦しんでいるのだ。

 

 亡骸を埋め、木で作った十字架を立てた簡易の墓。その前でチョウリは誓う。

 

 「こんな老いぼれの為に命を賭して戦い抜いてくれて、感謝する。ワシは必ずこの帝国を変えてみせる。残された自分の人生全てを賭けてな。

 この国のために戦い抜くこと、それが戦いで散っていたお前たちに対する最大にして最高の供養になると、ワシは信じとる」

 

 ――だから、安心して、眠っててくれ――。

 

 娘の手を取り、チョウリは歩き出した。オーレリアもその後に続く。

 

 (間に合ってよかった……しかしこうも早く手を打ってくるとは、あのデブ(オネスト)も手段を選びませんね……)

 

 現れたのがエスデスでなくて良かった。氷を操るあの最強の将軍を相手に勝ちきれたか。負ける気は毛頭ないが、それでも決して断言することはできない。

 

 (……三獣士の死はすぐに伝わるでしょう。彼らが持っていた帝具は回収しましたが、オネスト(あのデブ)に徴収されないよう、注意を払わなければ……)

 

 しかし、それにしてもとオーレリアは思う。自分がもっと早く気づいていれば、間に合っていれば、ここまで犠牲者が増えずに済んだのではないのか、と。

 

 過ぎ去ってしまったことだ。今更考えた所で無意味だということはわかっている。

 

 しかし、それでも彼女は、そう考えずにはいられないのだ。

 

 

 

 

 リヴァ、ニャウ、ダイダラ、死亡。帝具はオーレリアが回収済み。

 三獣士――全滅。元・大臣チョウリ、娘スピア、生存。

 




 オーレリア・グラディウス
・三獣士を相手に無双。今回の話で光の剣を虚空に無数に展開する帝具を使用した。決して王の○宝じゃないよ?

 チョウリ
・原作三巻にて帝都に移動中に、三獣士の襲撃に遭い、リヴァに首を跳ね飛ばされて殺された元、良識派の大臣。本作では襲撃を受けていたギリギリの所でオーレリアの助けがあり、生存。このまま帝都に向かう。ショウイのおじさんが待ってるよ!

 スピア
・原作三巻にてニャンの手によって顔をはぎ取られ、殺されたチョウリの愛娘。本作ではオーレリアの助けがあり、以下省略。ちなみに槍の名手……って名前のまんまやん。

 リヴァ
・エスデスに忠誠を誓う三獣士の一人。かつては数々の戦で武功とあげた将軍で、大臣に賄賂を贈らない正々堂々とした真面目な人物だった。牢に幽閉されていたところ、その戦の才をエスデスに買われ、救われて以来、エスデスに忠誠を誓うようになった。
・使用帝具:水龍憑依(ブラックマリン)
 簡単に言えば水を操る帝具。氷を操るエスデスの帝具に似ているが、エスデスが無から氷を生み出すことができるのに対してこちらは予め水を用意しておかないと効果を発揮できない。今回は周りに水が無かったため、威力を発揮することなく終わった。

 ニャウ
・エスデスに忠誠を誓う三獣士の一人。名門貴族の出身だが、歪んだ家庭環境で残忍さに目覚める。オーレリアの不意打ちによる攻撃を避けたある意味凄い人。
・使用帝具:軍楽無双(スクリーム)
 簡単に言えば笛の帝具。いろいろ感情を操れるほか、自らをムキムキのゴリマッチョにすることもできる。

 ダイダラ
・エスデスに忠誠を誓う三獣士の一人。経験値稼ぎが好きな人。
・使用帝具:二挺大斧(ベルヴァ―ク)
 簡単に言えば斧の帝具。めちゃくちゃ重い。投擲することも可能。

 

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