二人の淫らな女王   作:ですてに

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星詠みの力はすごい。白龍皇はもっとすごい。女王二人は言うに及ばずだ

「かつて俺がまだ天使だった頃、俺は星と星座の運行を司っていた。堕天使に堕ちて長い時を生きたが、星詠みの力は失ってはいない」

 

「それで、俺の今の状態に行き着いたというわけですか……」

 

「『究極の羯磨』の所持者、安倍久脩。元を辿れば、五大宗家の一つ『童門』家の祖──陰陽師・安倍清明の血脈を受け継ぎし者。何の因果か、この世の理の外にあったはずの神滅具を宿し……堕天使との力だけでなく、忌まわしき天使や悪魔の力をも己が内に取り込んだ。……見えた時には、俺の力が変質したかと疑ったものだ」

 

 久脩の少年期に幾度かアザゼルに命じられて幾度か稽古をつけたことがあったゆえに、コカビエルはアザゼルやシェムハザ達が伏せていた事実に行き着いた。

 

「皮肉なものだ。お前の存在が神の不在を明確に示している。本来は、天使と悪魔や堕天使の力を同時に宿せるわけがないのだから」

 

 バラキエルの家族を守り抜いて、死にかけていた人間。羯磨の力を使う度に昏睡しかけていたひ弱な者が、神滅具の力を使いこなし、こちらへ攻撃を届かせるようになっていく。無論、攻撃を受けてもダメージになるかは別の話だったが。

 アザゼルが飼っているあのハーフ悪魔とも違い、本当の弱者だった人間が多少は見られる域まで腕を上げたのを、コカビエルは記憶の隅にしっかり留めていた。

 

「ふん……神の不在を既に知っていたか。相変わらず可愛げの無い奴だ。俺はお前が通う学園で戦争への狼煙を上げる。ミカエルの奴が送り込んできた奴等は準備運動にもならなかったが、サーゼクスやセラフォルーの妹達を血祭りにあげれば、あいつ等も出てくるだろう」

 

「ぶっちゃけた話、はい、そうですかって言ってしまいたいんですけど。コカビエルさんは、この街ごと潰すつもりでしょう?」

 

「その通りだ。この街を灰塵と化し、戦争再開の合図としよう」

 

「それは流石に困るんですよね。別の街でやってくれたのなら、俺は見て見ぬ振りをしたでしょうけど。強者との戦いだけじゃ、やっぱり駄目なんですか」

 

「俺の元で勝利を信じ、死んでいった連中に、魔王共やミカエル達がのうのうと今後も生き続けていくから我慢してくれと、そんな戯言を墓前で報告しろとでも言うのか、小僧。お前とてバラキエルの娘を目の前で奪われたとして、その相手を一生許せるとでも?」

 

「……そうですね。許せるわけが無い……」

 

「俺の元に付くにせよ、イレギュラーの存在となったとはいえまだまだ弱々しい力で俺に抗うにせよ、駒王学園で待つ。少しは俺を楽しませてみせろ」

 

 イリナ達をあっさり撃退し、リアス達に戦争の再開を宣言したコカビエル。そのついでと言わんばかりに、彼は姫島神社の久脩の元へ立ち寄り、変質した彼の正体を看破していることを告げた上で、同じように戦争の再開を通告したのだ。

 

「何時間頂けますか? 大事な人とか避難させるんで」

 

「お前、自分の関係者だけ連れて逃げるつもりだろうが。させんぞ? 一時間だ。それ以上遅れれば、この街どころか日本列島をまるごと灰塵に化してやる」

 

 それほど接する時間が多くはなかったものの、コカビエルは久脩の性格を──搦め手万歳、罠や謀略ガンガン行こうぜ、戦う前に勝ち確定が最高!──そんな、真正面からのやり合いに意義を感じないことを分かっていた。

 

「この神社周辺は今組まれている結界の強度次第で残るかもしれんが、周辺が完全に海になっても意味はなかろう? 大人しく腹を括るんだな」

 

 かくして、星詠みの堕天使コカビエルと雌雄を決する戦いに順調に巻き込まれる久脩であったが、転生して十数年が経過したとはいえ、起こり得る出来事の未だ大よその流れは覚えていた。幼少期に記憶として残したノートは今でもたまに読み返す。朱乃とかに盗み見られたこともあったが、幼少期のぐちゃぐちゃな文字なので、自分以外まともに読めないのがかえって功を奏していた。

 

 つまり、手は打っていたのである。

 

「そうか。ならば俺の出番だな。この街の周辺には、守るべきラーメン屋が多数ある。ソウルフードを失わせるわけにはいかないな」

 

『ヴァーリぃぃぃいぃぃ! 違うだろう! そうじゃないだろう!』

 

「何を言っているアルビオン、魂の食事はとてもとても大切なものだろう。それにこの二週間あまり、俺との手合わせを何度もこなし、数々の名店へと連れていってくれた久脩に報いなければいけない」

 

『おのれ小僧! 貴様のせいで闘争が生きがいのヴァーリが変わってしまったではないか!』

 

 仕方がないことだったのだ。白龍皇をこちらに長時間滞在させるのには総督の許可も勿論のこと、彼の興味を引き続けることが重要だった。そのために、彼との命がけの手合わせをこなし、毎晩違うラーメン屋に連れ回すという、彼の心を満たし続ける日々を過ごしてきたのだ。

 

 ただ、黄色い太陽を見るよりも、この二週間のほうが生きた心地がしたのは何故だろうか。久脩はつとめて考えないようにしている。

 

「ヴァーリの本質は変わってないよ。ただ、ちょっとソウルフードを今まで以上に大事にしているだけで」

 

『目を逸らしている奴の言うことかぁあああああああああ!!!!』

 

 伸び盛りで元々、麺類好きな要素を持っていたヴァーリに、醤油、塩、味噌、とんこつ……果ては家系と呼ばれる豚骨醤油ラーメン。久脩はヴァーリを麺の虜へと変え、かつ自作のスープを取って、二人で改良に勤しんだ。

 カロリー摂取量がとんでもないことになったため、『半減』の力を使ったり、走り込みの量を倍にしたのも今では笑い話だ。なお、アルビオンは日々追い詰められていったのだが。

 

 ……こんな締まらないやり取りの感にも、コカビエルの前にヴァーリは進み出て、白龍皇の鎧をまとう。

 

「白龍皇! 貴様が既に派遣されていたとは……!」

 

「お仕置きの時間だ、コカビエル。この二週間、久脩は一度も昏睡しなかった。ふふふ、確かにまだまだ俺やお前には及ばないが、加速的な早さで強くなってきている。さて、お前はどの程度持ってくれるのかな?」

 

「あ、ごめんヴァーリ。やるなら駒王学園でやってくれ。今、転移で飛ばすから。今、スープのベースを煮込んでるからさ」

 

「!……む、それはまずいな。よし、すぐに飛ばしてくれ」

 

『ヴァーリィィィィィイィィ、ぐぉぉぉぉぉん!』

 

 アルビオンの犠牲により、本来の流れよりも被害を抑えられた状態で聖剣争奪に関わる騒動は解決を見るのだった。なお、校舎の損壊もシトリー眷属だけでなく、久脩や朱乃も転移後にそのまま結界維持を担ったため、休校になる事態を避けられている。

 

「では、任務も終わったことだし、グリゴリに戻るとしよう。しかし、学園からの戻り際、美猴の誘いは魅力的だった。君がいなければ、恐らく乗っていただろうな」

 

「おっそろしいことを言わないでくれよ。まぁ……思い止まってくれたことを後悔させないように、頑張るけどさ。強くなることも、あとレシピの改良も」

 

「君は……変わった奴だよな。ま、美猴の奴は君にも興味があるようだから、今後も付きまとってくるだろうが」

 

 言葉にしなくても、面倒臭いと表情がハッキリ物語る。学園から神社へ戻る途中に『禍の団』への誘いを受けたのだ、ヴァーリともども。

 

「俺は朱乃や椿姫を守るために強くなりたいんであって、強者との闘いに興味があるわけじゃないよ。ヴァーリはものすごく強いよ、君に追い縋るだけで俺は精一杯だし、実際強くなれてる実感もある。あと、闘いばかりやってたら、新しい店の発掘も出来ないし、スープの改良もままならないじゃないか」

 

「違いない。それに君の一杯はなんというかホッとする味だ。失うわけには行かないからな。美猴の奴が余りしつこいようなら、そのスープを飲ませてやれ。きっと大人しくなる」

 

『違う、違うぞヴァーリぃぃぃぃい!』

 

「アルビオン、お前は少し落ち着きを覚えるべきだ。俺は確かに闘い好きだが、心静かに過ごす時間も必要だと知っている。あのスープを啜っていると、俺は無心になれる……」

 

『小僧! 小僧のせいだぁああ! 赤龍帝はおっぱいおっぱいと叫んでいるし、ぐぉぉぉぉん!』

 

「なんか、すまん、アルビオン」

 

 ヴァーリの禍の団入りを防ぐことにも成功してしまっていた久脩だったが、アルビオンは深い悲しみの中にある。尊い犠牲を払い、本来の道筋と外れた流れを歩みつつあるこの世界である。

 

「ヴァーリくん。これ、お酒のアテだけど『飲み過ぎないようにね』という言葉と一緒に総督にお持ちしてくれる? お使いに使って申し訳ないけど」

 

「ああ。確かに預かった。この二週間、世話になった」

 

「また、いらっしゃいな。ふふ、息子が二人に増えたみたいで、私も楽しかったわ。いってらっしゃい、ヴァーリくん」

 

「新しい店をまた探しておくよ。俺も、この二週間楽しかった。ヴァーリ、『必ず』また行こうな」

 

「!──ああ、また」

 

 ヴァーリの瞳が、揺れた。ただ、その揺らぎは決して悪い方向への揺れではないと久脩は思った。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「分かってはいましたけど、この二週間すごく寂しかったし、欲求不満だったのよ。ヒサくん」

 

「男二人で楽しそうにやっていましたけど、時折、命に関わりそうな所で羯磨の力を使いかけたりしましたよね? その度にどれだけ私や朱乃が心配しているか、久脩くんは本当に分かってくれていますか?」

 

 薄手の肌襦袢を着ただけの二人は肌の色合いまで──そう、胸部の濃い色合いの部分までしっかりと──確認できる状況だが、気にする様子も見られない。見せてんのよ当ててんのよのノリであるし、それで久脩の理性を削り、獣に戻せたら二人の思惑通りなのである。

 恋をする年頃の女の子。裏腹に既に成熟した身体。悪魔や堕天使としての人の枠を外れた体力。この条件が揃った状態で、自分が気持ち良くなることよりも、パートナーが悦楽を得ることに精神的満足感を強く得る性質の相手に心行くまで愛される悦びを知ってしまえば……盛りのついた猫状態になってしまっていた。なお、決して搭や城や白や黒は関係の無い例えである。関係は無いと言ったら無い。

 

「聖剣が奪われたって話を聞いてから、確実な手立てを打ちたかったんだよ。でも、そのせいで二人に辛い思いをさせたんだな。……ごめん」

 

 圧倒的な質量や弾力を押し当てられたままでも、日常会話が継続できる程度には彼の心は鍛えられていた。ただ、完全に気にしていない様子ではなく、首筋や頬にほんのりと赤みが差しており、その反応に朱乃と椿姫は可愛さすら感じていた。

 興奮を隠して平静を装っているものの、自分達の色仕掛けに反応していることを隠しきれていない。押し倒してしまいたい程に内心は高揚してしまうが、愛する男が真剣に話しているのである。しっかり聞いて、その想いを受け止めるのが恋人の役割であると承知していた。ただ、胸にしな垂れかかるぐらいは許されると、勝手に妥協してしまっていたが。

 

「ヒサくんに考えがあることは感じていました。でも、私の身体も心もヒサくんにもっと触れて欲しい、愛して欲しいって想いが止められなくて……我侭な女で、私こそごめんなさい」

 

「頂いたこの指輪のお陰で、確かに久脩くんといつでも話が出来ますし、すぐに隣に跳ぶことが出来るようになって──余計に我慢しなきゃいけない時間が長く思えて……嫌な女ですよね、白龍皇の彼に嫉妬するなんて」

 

 久脩の胸に顔を埋め匂いを嗅ぐだけで、二人は心の落ち着きと身体のざわめきを感じる。帰るべき場所に帰ってきた安堵と愛されたいという身体の欲求が同時に沸き出すから。左手に嵌めた彼の女王の証──小型化された彼の水晶周りの意匠と同じデザイン──を見れば、彼の女(モノ)だとその度に思い起こし、同時に隣へいないことへの違和感、喪失感を感じてしまう。

 依存だと分かっている。自立できない恋人の典型的な状態だと。それでも彼は命の恩人で、幼い頃からの自分にとっての英雄で、一番近しい男の子だった。自分達が描く未来図でも、彼の傍にいるのが当然で、彼の傍にいる自分は幸せそうに微笑んでいるのがすぐに想像できてしまう。

 

 ただ、一人だとあまりに重過ぎて、彼を壊してしまうんじゃないか。そんな懸念もずっと拭えずにあった朱乃や椿姫は互いを表向き排除しようとしながらも、結局こういう形に落ち着いたのだ。

 二人で互いの寂しさを訴え合えば、多少は我慢ができる。理不尽であってもずっと傍に居て欲しい、一時も離れたくない気持ちが止まらないと一緒に涙することもある。彼の好きなところを語り合えば時があっという間に過ぎていく。今晩はどんな風に愛してもらおうかと顔を寄せ合いながらの内緒話をして、リアスやソーナに怪訝な顔をされるのも大切な日常の中のひとこまだった。

 

「そんなことないさ。二人が俺のことを強く好きでいてくれているって実感できるから、思い切ったことだって出来たんだ。本当は二人が戦わなくてもいいぐらいに、強くなりたい。でも、今は二人に守ってもらってばかりでさ。ヴァーリは日々ちゃんと強くなってると分かれば、将来の強者を育てるのも悪くないとか言って、しっかり稽古をつけてくれるし、コカビエルさんを確実に止めるにはヴァーリに近くにいてもらうのが一番確実だったから」

 

 強者との戦いという意味では圧倒的に物足りなかっただろうが、ラーメン道という点で先達だった久脩にヴァーリは敬意を払ったのだ。また、姫島家の滞在時、朱璃がヴァーリを息子のように接していたことに、彼自身がどこか心の安堵を覚えていたことも、長期の滞在についても彼が受け入れていたことに繋がっている。

 アザゼルを父、鳶雄を兄、ラヴィニアを姉のように密かに思うヴァーリであるが、朱璃の存在は自分が共に暮らすことが叶わなくなった『母』の存在を思わせるものだった。駒王町に暮らす朱璃であるが、アザゼルを介して彼とは幾度か逢っているため、この辺りも元来の道筋と変わった影響の一つと言える。

 

「朱璃さんは俺の意図に勘付きながら、ヴァーリを俺と同じように息子と思って接していた。叶わないよ。やっぱり俺のもう一人の自慢の母親だ、朱璃さんは」

 

 朱乃や椿姫をしっかり守れる恋人であることに加えて、朱璃が誇れる息子であろう。ヴァーリが幻滅しないぐらいに強くなってみせよう。そんな目標を増やすことに、自分自身悪くないと思える、静かな高揚がある。

 

「ヒサくんは十分に私を守ってくれているわ。貴方の恋人でいられることが私の一番の幸せだもの」

 

「私の心をずっと守り続けてくれているじゃないですか、久脩くんは。貴方の背中に寄り掛かるだけじゃなくて、私だって貴方を守りたいの」

 

「二人にそう言ってもらえるのが、一番だよ。まぁ、無事終わったんだ。朱乃。椿姫。今は、二人に溺れてもいいよな?」

 

 自分達に心を預け、寄り掛かってくれることに強い歓喜を覚えながら、二人は久脩の愛撫に溺れていく。一つの大きな出来事が終わったという安堵感から、三人は何度も繋がり合い、少し休息しては互いへの想いを語り合って、まだ繋がり──薄っすらと外が明るくなる頃に、やっと寄り添って眠りについたのだった。




あと一話でひとまずおしまい。(多分

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