二人の淫らな女王   作:ですてに

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混沌と悦楽は加速する

「黄色い太陽だぁ……」

 

 まさか自分がリアルにこの言葉を吐くなどとは。よくぞ、よくぞ生きて朝を迎えたと自分を誉めてやりたいと彼は思う。

 

 ……そんな生きる喜びを噛み締めながら、久脩は縁側で上半身を朝の光に晒していた。頬が痩け、肌がかさかさに乾いた感覚はあるが、とにもかくにも彼は生き延びたのだ。

 襖一枚を隔てた向こう側には、嗅ぐだけで劣情を刺激されそうな激しい情事の残り香漂う和室で、肌艶が異様なまでに輝く二人の女性が寝息を立てている。

 

「ま、まさか朝焼けまでぶっ通しとは思わなかった……」

 

 互いに初めての夜だ。やり方の拙さで長引くことはあれど、彼女達にどれだけの量を吐き出す羽目になったのか。否、搾り取られたのか。女は尋常ならぬ痛みに動くことすらままならないこともあるとライザーからは聞いていたが、真っ赤な嘘だと彼は確信していた。

 実は彼女達に苦痛を出来るだけ感じて欲しくないという久脩の無意識の願いを受け、羯磨が所有者の意向をこっそり叶えていたせいだとは彼は気づいていない。なお、女性二人は神器の力のお陰だと勘付いていたが、奥ゆかしさも大切だと考えるために口にすることは無かった。奥ゆかしさの定義とは何だったのか。

 

「今日も病欠だな、うん」

 

 彼は今日から学校復帰のはずが腰回りに幾重にも重りをかけられたような疲労感があり、境内から階段を降りるのすら億劫に過ぎると感じていた。自分の神器のある種の万能さに助けられ、絶倫状態になって昨晩は切り抜けたものの、その分、後から来る疲労が洒落にならないことになっている。

 

 赤と白が混じり合い、理性を打ち消す効能のある液体が二つの壺の中でかき混ぜられ続ける中で、あの二人はずっと恍惚とした笑顔を浮かべていた記憶がある。女は魔性というか、あれでは魔物ではないかと思うが、二人は既に魔の住人であったことや自分もその枠に加わる準備をしていることを思い出し、自分の考えの浅はかさに笑えてしまう久脩である。

 

 究極の羯磨が鈍く光り、その度に記憶が濃厚な香りと熱に塗り潰され混濁していき、羯磨がまた光ったと認識する。そんな繰り返しだったように思うが、記憶がどうにもあやふやだ。彼女達の愛の囁きと熱量と質量、そして、幸せだと嬉し涙を流していた表情がしきりに脳裏に焼きついている。

 

「ありがとな、お前がいなかったら確実にお陀仏だったよ」

 

 相棒の待機状態にある神滅具を撫でるようにして、久脩は呟く。と次の瞬間、両肩にもたれ掛かる感覚と昨晩に何度も脳に刻まれた甘い香りが鼻をくすぐる。

 

「もう少し寝ないとしんどいぞ?」

 

「だって、ヒサくんの温もりがなくなってたんですもの。目も冴えますわ」

 

「ねえ、一緒に寝直しましょう、久脩くん」

 

 いかに姫島家の敷地内とはいえ、二人の一糸まとわぬ姿を晒したいとは思わない。提案通り、再び和室へと戻り、二人の抱き枕状態になって瞳を閉じる。

 四つの暖かな膨らみに挟まれるのには、やっと慣れてきた。それでも反応する時はしてしまうのが若さだ。仕方のないことだと、そう彼は割り切るように心掛けていた。

 

「おやすみなさい、あなた」

 

「おやすみなさい、旦那様」

 

 朱乃の『あなた』呼びに対抗して、椿姫が妙な呼び方をしてるな……と思いつつ、緊張状態から脱した彼の身体はすぐに眠りへと落ちていく。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「え? 朱乃も椿姫も休み? やっと私が復帰できたというのに……」

 

「安倍くんが昨日退院したとは聞いているのですが、まだ看病が必要な状況なのかもしれません」

 

 久し振りに登校したものの、話をしたいと思った二人は不在。おまけにソーナの女王まで欠席と聞き、リアスは肩透かしを食らったような気分だった。

 

「椿姫からは明日には揃って登校出来るとのことですから、念のためというところなのでしょうね」

 

 真実は全く違うところにあるのだが、知らぬが花。大人の階段登るので休むと言うわけもなく、ソーナの推測も妥当な所に落ち着いている。

 

「ソーナ、これでいいわけ? 女王が側にいない状況ってある意味異常よ?」

 

「公的な場には必ず一緒ですし、私と椿姫は王と女王という立場だけれど、実際は親友のような関係だもの。私は椿姫を信じているし、あの子の幸せを願っているわ」

 

 リアスにはリアスの考えがあるように、ソーナにはソーナの考えがある。確かに椿姫はソーナの傍にいる時間が減っているが、彼女を介すことでまだまだ秘めた力の謎に包まれた神滅具を持つ、久脩の近しい友人という立場を得られていることをソーナは大きなメリットと捉えていた。

 共有の鍛練場所を持つことで、彼の力の一端がさらに見える機会もあるだろうし、戦いに対して覚悟を持っているあの三人との鍛錬は、自分や眷属達を成長させてくれるはずだと。

 

「でも……。あら? 珍しい、グレイフィアからメール?」

 

「私もお姉様からメールですわ。珍しい、いつも電話連絡が多いのに……え?」

 

 くしくも二人へ送られたメールはほぼ同じ内容のもの。まず、文面を読んで騒ぎ立てることの無いように厳重な注意から始まり、その後、今晩、姫島神社にてセラフォルーとアジュカの現職の魔王二名と、堕天使の総督アザゼルが緊急の会合を開く旨と、駒王町の管理者に対するリアスに対してのその通知と立会いの命令だった。

 

「なんてこと……!」

 

「私にも可能な限り、立ち会うようにとの命があるわ。リアス、今日は早退しましょう。眷属を集めて知らせねばなりませんし、姫島さんや椿姫に少しでも情報を聞き出さないと……!」

 

「……ソーナ、遅かったみたいよ。もう一通やって来た追伸のメール、読みなさいな」

 

「夕食会を兼ねているので、安倍くんと姫島さんと椿姫はそちらの準備に回ってもらっ──!?」

 

「うん、驚くわよね。私も驚き過ぎて声が出なかっただけだから」

 

 珍しく狼狽するソーナの口元をそっと手で押さえ、リアスは冷や汗が流れるのを感じていた。兄が同席しないということは、おそらくセラフォルー主導の会合とは推測が出来る。ただ、そこにアジュカ・ベルゼブブという魔王が同行する時点で、四大魔王公認の正式な会合だ。

 

「正式な会合なのに、食事会ってどういうことなんでしょう……」

 

「ソーナ、考えたって無駄よ。こういう時は堂々と出席すればいいんだから。さ、行くわよ」

 

 そして眷属を引き連れて、少しでも早くと姫島神社の境内へと続く階段を登る一行だが、妙な寒気を感じてふと階段の終わりを見上げる。そこには舞う天使の羽。六対十二枚の翼を持つ一組の男性と女性の姿をした「熾天使」の姿が確かに存在していた。

 

「やべえ、あのおっぱいこそが万物たる乳の頂点……! 俺には分かってしまったっ!」

 

 あまりにいつも通りの性龍帝に皆の強張りは解け、最小最短の動きで小猫が反射的に彼の鳩尾に掌底を見舞う。『ドゴゥっっっっ!』などと、出てはいけない轟音と共に悪は倒れていった。

 

「あら、うふふ、面白い方のようですね」

 

 ウェーブのかかったブロンドで、おっとり風でスタイル抜群の天界一の美女がくすりと笑みをこぼすのを見ながら遠くなる意識の中で、イッセーはやりきった満足感と美女の微笑みに本当に昇天しかけるのだった。

 

「んで、なんで俺がアルジェントさんと一緒にお前の治療してるかなー。確かに俺もさ、アルジェントさんと似たようなことは出来るけどさ」

 

「いや、なんかすまん。いづづづづづ……」

 

「イッセーさん、まだ動いちゃ駄目ですよ」

 

「初対面の美女に対しておっぱいを叫ぶお前は本当にどうしようもない変態だし、塔城さんの一撃はお前を滅するための最高の一撃だった。最後の最後で手加減をしたようだが、残念でならないよ」

 

「てんめぇ! しょうがないだろ、この世のものとは思えない、天使の翼を広げたおっとり系美女のおっぱ……あれ? 天使?」

 

「おせーよ、阿呆。というか、俺も戸惑ってるんだがな。この前のレヴィアタン様やアザゼル殿が動いてくれてるって話、覚えてるか。その結果が今日の会合だとよ」

 

「え?」

 

 理解不能だ、といった顔のイッセーに同じく困惑顔の久脩。アーシアに至っては熾天使と対面すること自体が夢を見ているような話だ。

 

「昼飯を食べてる頃に、急な連絡があってな。朱璃さんや出張先から強引に連れられてきたお袋、朱乃に椿姫が並んで楽しそうに夕飯の支度をしてるよ、今。バラキエルさんと親父は既に縁側でちびちびやり始めてるし」

 

「あれ、そういえばお前の両親って特殊な仕事で殆ど家にいないんだったか……?」

 

「一言で言えば、裏家業の人間だよ。だから、三大勢力やらそういうのも知ってる側だ」

 

 アザゼルと一緒に帰ってきたバラキエルには、黙って一発殴られた後、強く頭を撫でられた。娘を任せた、という言葉と共に。朱璃はこれからは堂々と私の息子だと言えるわねと微笑まれた。

 なお、椿姫もこれからは娘扱いなのだそうだ。息子の久脩のもう一人の妻になるから、私の娘でもあるという無茶振りだ。朱璃が一度言い出したからにはもう変えることはないし、久脩の母は二人の母親がいると思えばいいとあっけらかんとしたものだった。

 

「俺は今日の会合の目的を聞いたが、各勢力の幹部がはっちゃけたとしか思えない。俺にとっての大きなメリットになるのは確かなんだが、レヴィアタン様の茶目っ気が感染したに違いない……」

 

「え? 重要な会合で、部長が街の管理者だからって緊張してたんだけど……おい、久脩。瞳から光消えてんぞ」

 

「……朱乃や椿姫が作ってくれる晩飯楽しみだなぁ。うん、ご飯にだけ集中しようそうしよう」

 

「久脩ァ! ひ、姫島先輩ーっ! 真羅先輩ーっ! 衛生兵ーっ! メディィィィィッック!」

 

 衛生兵ではないが、回復担当は目の前にいるというのに、突然光と表情を失った友人にイッセーは大慌てである。基本いい奴なのだ、変態だが。

 

「あらあら、どうしました?」

 

「大変、魂が抜けかけてますね」

 

「むはーっ! 学園の美女二人の割烹着! これはもう神器扱いに違いない!」

 

 そして変態の行動指針はぶれない。友人よりも目の前の美女達を脳裏に焼き付けることが優先であった。だが、朱乃や椿姫の行動指針もぶれることはなく……。

 

「ヒサくん、貴方の朱乃が来ましたからもう大丈夫。怖いものなんてありませんわ……」

 

 むにゅん。

 

「久脩くん、大丈夫。貴方を悩ます者は私達が近づけさせません。外法でも何でもあらゆる手段を使って排除しますから……」

 

 むにゅむにゅん。

 

「あう……お二人、躊躇い無く、その胸で挟んで、頭を、押し付けるみたいに……」

 

 呂律の回らないアーシアの説明だが、賢明な紳士にはこれ以上の説明は不要だろう。人前であろうが、名実ともに彼のモノとなったと自認する二人は、癒しの象徴で癒しを与えるのは当然のことだと思っている。脳髄レベルまで刻まれた温かさと柔らかさと匂いに、久脩が正気に戻るのはそう時間はかからない。ただし、彼の両腕はがっちりとロックされたままだ。

 

「さ、参りましょう。下味をつけ終わったので、念のため味見をして頂きたいですから」

 

「今日の体調を考えて若干薄めにしていますが、貴方の好みの味付けが一番かと思いますので」

 

 牧場から市場へ売られていくかわいそうな子牛。それをイッセーもアーシアも幻視したという。頭にはあのもの悲しげな旋律が流れていた。

 

「なぁ、アーシア」

 

「なんでしょう、イッセーさん」

 

「俺、ハーレム王が目標だって言ったし、それは変わらないんだけどさ。傍にいて欲しい女の子は慎重に選ぼうって思った。久脩はたった二人なのに、なんかうん、捕食される側だなって、こう見せられるとさ」

 

「とっても、大変そうですよね……」

 

「俺、アーシアみたいな優しい子を選ぶようにするよ」

 

「え? 私は選んでもらえ……あっ」

 

「え?」

 

「あう……」

 

 ひょんなことがきっかけで、本来の流れよりも互いを意識するのが早まりそうな二人であった。王様涙目である。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「これが『和食』……! これは見ているだけでも心が温かくなりますね……」

 

「懐石などとは違い、和の髄を極めたようなものではありませんが。どうぞ召し上がれ?」

 

「ありがとうございます、ミセス朱璃。貴女の思いが、この一品一品に込められているように感じます」

 

「ガブリエル様、私だけではありませんの。久脩くんのお母様、それに朱乃や椿姫──私の娘達が少しでも口に合うように願いながら、作らせて頂いたものですわ」

 

「おう、朱璃! 今日も最高だわ! ポン酒に本当に合うよな、おぅ!」

 

「アザゼルちゃん、食事の後の話が本番だからね? 飲み過ぎたら、こっちで勝手に説明しちゃうよ? バラキエルちゃんは久脩くんのお父様と一緒に先にダウンしちゃったし☆」

 

「ふむ、この味付けはどこか、心を落ち着かせる……どこだ、特殊な効果をもたらす数式はどこに隠されている?」

 

「アジュカちゃんも数式数式って! 心を込めて作ってくれたんだから、ホッとするんでしょ?」

 

「セラフォルー、そんな簡単なものではないよ。天使、堕天使、悪魔……異なる種族が同じように感じる、憧憬にも似た不思議な温かさ。これを方程式で解き明かさなくてどうするというのだ……!」

 

「……あれ? アジュカちゃん、ひょっとして」

 

「セラフォルー、俺が水と原酒をすり替えておいたのさ! ガハハ! 飲みやすいのに、がつんとくるところがある日本酒はアジュカも慣れていないだろうからなぁ!」

 

 リアスはもう帰りたかった。本来は給仕役のグレイフィアが立会い役として、着物姿で近くに一緒に食事をしてくれていなかったら、本気で逃げ出していたかもしれない。何でも朱璃に強く勧められ、気づけば着替えされられていたとか。最強の女王を簡単に手のひらで転がす朱乃の母親に、リアスは戦慄を覚えていた。

 

「おいし……」

 

 義姉の頬には既にほんのりと赤みが差している。この混沌を招いている堕天使総督絶対塵にするウーマンになると心に決めながら、リアスはグレイフィアと共に目の前の料理に舌鼓を打つことに集中する。

 そもそも、朱乃に椿姫は久脩の左右に隙間無く寄り添い、交互に料理を食べさせ合うという堂々たるイチャイチャ振りを見せつけているのだ。ここは公の席に等しいのよと叫びたい気分に駆られるが、グレイフィアが何かを思い返すように微笑ましい目で見たままだし、イッセーからは久脩の瞳を見てくださいと言われ、色々察してしまっていた。

 

「誰得なのよ、この混沌……あ、この煮っ転がし、すごい好きな味付けかも」

 

 今は食事を楽しもう。セラフォルーが、グレイフィアはすごくお酒弱いのにと呟いたことなどもう聞こえない振りをする。こうしてただの親戚の集まりのノリと化した、ある種無礼講な時間はあっという間に過ぎていくのだった。




次回はちょっとだけ真面目な話じゃないかな、きっと。
ただ、首脳陣は暴走するけど(確定

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