二人の淫らな女王   作:ですてに

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ただし、一人は女王(予定)。


強化済の女王たち

「あらあら、うふふ。どうして鍵を閉めるのかしら」

 

「真羅は異形を身に宿し操る一族ですが、司る霊獣は白虎……金属を示します。起源に立ち返れば、鍵の一つや二つこうして開けることは造作もありませんね」

 

「いやその理屈はおかしい」

 

 この台詞は本日二回目だと現実逃避する久脩である。この引くことを知らない女性二人はバスタオルだけでしか自分の身体を隠していない。いけいけどんどん、つまりイケドン。イケメンを壁ドンするのか、だが彼女達は美少女から美女へと羽ばたこうとする二人だ。食べられる側と思いきや、捕食者であった。恐ろしい世界である。大人しく彼はもげればいいのだ、きっと。

 

「三人分、タオルは用意しておくわね~。ごゆっくり~」

 

 朱璃は娘の味方であり、女性の味方である。あまりに関係性の進まない状況にいっそ椿姫を巻き込んででも進展があればいいのだと判断を下していた。

 なお、朱璃はグリゴリの技術は世界一ぃぃぃ、ということで近々、堕天使化を済ませる手はずを整えていた。バラキエルは今後も朱璃の支配を受ける夜を何千年過ごすと決まったわけだが、彼は喜びに震えていたらしい。筋金入りである。

 

「朱璃さぁん、そんな支援はいらなかったぁ!」

 

「さあさあ、身体が冷えてしまいますから。ヒサくん、早く背中を流しましょう」

 

「そろそろタオルを取りますよ。大人しく背中を見せるか、それともしっかり見て頂けますか?」

 

 くるりんっ、と無駄のない迅速な動きで二人に背を向ける久脩。朱乃と椿姫は顔を見合わせ笑みを一つこぼしてから、石鹸を泡立てて、まず自分の身体へと塗り込んでいく。

 ここで逃げる選択肢もあるのに、二人が本気で落ち込むのを分かっている彼がそれを選ばないことを知っているし、だからこそ二人は諦めるつもりはない。

 

「うふふ、柔らかいだけじゃなくて、ちゃんと堅くなってる部分があるの、分かる?」

 

 うっかりタイルの反射や視界の片隅に鏡が入って見えてしまうことがないようにと目を固く閉じているのだ、触覚や聴覚が鋭敏になっているため、言われなくても分かっていた。

 

「我慢しなくてもいいんですよ……? 身体はとても素直な反応なのに、どうしてそこまで頑なに耐える必要がありますか……?」

 

 自分でもここまで誘惑されておいて、どうして我慢しているのだろうと思うが、二人の誘惑を撥ね退け続けてもう四年ぐらいになる。

 自分は人間だ。彼女達は堕天使のハーフであったり転生悪魔である。一線を超えてしまえば、結局、彼女達を置いていくことになる。朱乃を守りきり、彼女の笑顔を失わないように命を張った自分が、彼女や椿姫に深い悲しみを覚えさせるのは真っ平だった。

 

 ──たとえ、思春期の身体が意思とは裏腹に暴走して、欲望を解き放ったとしても。

 

「ふて寝してしまいましたね」

 

「ヒサくんの羞恥心に染まった顔、うふふ、愛らしかったですわ……」

 

「やり過ぎは嫌われる元ですよ、朱乃」

 

 ドSな一面を隠すつもりがない朱乃は恍惚とした表情を浮かべるが、椿姫の一言で我に戻る。ただ、似たようなことは過去に何回もあり、彼が彼女達を拒絶することはなかったため、そこに強い悲壮感はない。彼が寝息を立てる中、縁側に出た二人は涼を取りながら、やはり彼のことを話題にしていた。

 

「年頃の男の子があそこまで身体が正直な反応をするのに、なぜ心が耐えられるのでしょうか。女と違って、行為に及んだからといっても子供を宿すわけでもなく、相手の女の子は受け入れると言い切っているのに」

 

「先に逝くのが分かっているから、先に老いて死ぬのが分かっているから……深く悲しませるぐらいなら、手を出さない。突然姿を消しても、私達が深く悲しむのも分かるから、私達が諦めるのを辛抱強く待っているのよ」

 

 朱乃には久脩の本心はお見通しだった。ゆえに朱乃は折れないし挫けない。

 自分の命を、家族を、皆の笑顔を、久脩は命をかけて守ってくれた。その後も何かしら理由を付けては父の不在時には必ず近くにいてくれる。

 心身を守り続けてくれた自分だけの英雄。椿姫も同じようなことを思っているが知ったことではない。彼のために全てを懸けるのは朱乃の中で当然だったし、彼を幸せにするのは自分の生きる道だと定めている。

 

「うふふ、ヒサくんがいない世界に意味なんてないのに。ヒサくんが私にとっての世界の中心なんだから」

 

 自分が重たい女であるなどとっくに自覚している。彼のためなら家族以外どうなろうが知ったことではないと思う辺り、歪んでもいるんだろう。でも、彼は自分を否定しないし、変わらず傍にいてくれる。

 

「以前の私なら、朱乃は歪んでいますというところなんですが……私も相当、拗らせてしまっているようです。彼がいない世界など、意味はありませんよね」

 

 恋敵であり、価値観を共有する戦友でもある椿姫。負けるつもりはないが、悪態を吐きながらも強引に退けることもない。まず、どちらかが彼を陥落させてしまわないと──いっそ同時でもやむを得ないが、その先を争うことすら出来ないと二人は痛感しているのだ。

 ゆえに、攻める時は二人同時であることが多い。圧倒的質量を持って、彼の防御網を突破するために。それは場所を問わないため、学校でその攻撃に抗い続ける彼は同性愛者なのだとか、既に不能なのだとか色々言われているが、彼に変な虫をつけないことも目的であるため、あえて二人はその広がる噂をそのままにしている。

 

「なんでおっぱい差し出されてるのに揉まないんだよぉーっ! 安倍ぇ、お前やっぱりホモかよぉ!」

 

 とある性龍帝、もとい赤龍帝の叫びに対しては毎回おしおきの雷鳴が轟き、さらに最近では突然現れた鉄球が顔面にぶつけられることもあるらしい。誰と誰は言わないが、守られるだけを良しとせず、日々鍛えている結果が出ていると言えよう。

 

「貴女とヒサくんのことを語り合うのは、悪くない時間だとは思っているわ」

 

「奇遇ですね、私もです。ただ、最後に彼の隣を確保するのは私ですが」

 

「ふむ……お嬢様方、少し失礼するよ。こちらから濃厚な神器と同類の匂いがしたものでね」

 

 頭部にシルクハットを被り、紺色のコートを着用した屈強な風貌をした男が突然、縁側から見渡せる境内に入り込んでいた。

 

「神社は本来日本の神話勢力により、悪魔や堕天使が入れないはずだが……どうやらココは事情が違うようだな」

 

「あら、堕天使さん。何か御用ですの?」

 

「この街がグレモリー家の次期後継者が統括する街と知ってのことでしょうか」

 

 朱乃と椿姫は突然の来訪者に慌てることなく、また相手の正体をすぐに看破していた。彼女達の後ろには、愛しい者が休息の一時を過ごしているのだ。この程度の些事、二人で片付けられなくてどうするのか……と。

 

「ふむ、我はドーナシーク。この場限りの縁であろうが、一応名乗っておこう。神器持ちは我らの組織にとって危険そのものだからな。そちらの……なるほど、混ざり物の娘のようだが共々、排除させてもらう」

 

 一対の漆黒の翼が広がり、ドーナシークは手のひらに生み出した光の槍を構え、間髪置かずに椿姫の心臓目掛けて投擲する。その間、朱乃も椿姫も反応できずに一歩も動けないように彼には見えていた。

 

「──『追憶の鏡』」

 

 ──が、たった一言を椿姫は呟けば良かった。彼女達の前に現れた鏡。破壊された時にその衝撃を倍化して相手へ返すカウンター系の神器だ。ほどなく鏡は割れ、光槍はドーナシークの腸へと突き刺さる。

 

「あら、衝撃だけ倍にして返すのではなかったの?」

 

「それでは、神器をただ使っているだけではないですか。やはりそのまま自分の攻撃で苦しんで頂くのが一番かと思って、色々進化を試みたのですわ。朱乃の雷を放ってみなさいな、意外なものが見れます」

 

「……娘どもぉ! 貴様ら、混ざり物や下級悪魔ごときがこの俺を見下すなど──!」

 

 深い傷を負い激高する堕天使へ、朱乃は指を一つ指し示し、告げる。

 

「見下すなどと。敵は躊躇いなく駆除する、それだけですわ。……雷火よ」

 

 放たれた雷は炎を纏っていた。椿姫が神器を進化させていたように、朱乃は父の雷、母の炎を合わせ放つ域へと到達していたのだ──。

 

「あら、なるほど。反射の際に、金属の特性を付与したのですね」

 

 雷火は刺さったままの光槍へと吸い込まれ、外から雷と内から炎に焼かれ……最後の言葉も残せぬまま、突然の侵入者は灰になって風に攫われていく。

 

「そちらこそ、いつの間に姫島の炎を雷光に合わせるようになったのですか。まったく油断なりませんね」

 

「守られるだけではなくて、隣で共に戦える女でいたいとは思わなくて?」

 

「同意します。さて、今の音で久脩くんが目を覚まさないといいのですが……」

 

「妙な気配に目は覚めたよ。しかし、本当に強くなったね、二人は」

 

 二人の後ろには久脩の静かな笑みがあった。そんな彼を振り返る二人もまた笑顔であった。

 

「心をいつも包んでくれているんだから、身体ぐらい自衛しませんと」

 

「足手まといになるつもりはありませんから」

 

「いや、足手まといは俺のような気がするんだが……」

 

 悪魔の契約活動のための時間が迫り、久脩は朱乃と共に椿姫をシトリー眷属の住まう家へと送り届ける。送る途中で、堕天使を自称する黒紫色のボディコンスーツを着用した痴女に遭遇してしまったが、今度は久脩の神滅具の力により、強制的に見せたがりの変態であることを懺悔されられ、それでもなお神滅具の強制力で正座の姿勢を止められない中、グレモリーの魔法陣が現れたことで彼女の明暗は尽きたのだという。

 

「お手柄ね、久脩。私の管理地域に朱乃やその関係者以外の堕天使が入りこむなど……この件はアザゼルに突きつけるとするわ。彼女の身柄はこちらで預かる。ご苦労だったわね」

 

「アンタのためにやったわけじゃねーよ、グレモリー先輩。というか、自称じゃなかったんだな。自分の地域の管理ぐらいしっかりしてくれ。朱乃や椿姫達に危険が及んだらどうするんだ」

 

「ブレないわね、相変わらず。朱乃や椿姫達が無事なら他はどうでもいいわけでしょ」

 

「当然だろ」

 

「いやそこで胸を張るのはどうなのよ、もう。まぁいいわ。小猫、その簀巻きにした堕天使を運んでくれる?」

 

「はい部長。あ、安倍先輩。この前はご馳走様でした」

 

「ああ、ソーナ会長お菓子作り改善計画で出たあの大量のお菓子な。いや、こちらこそどう処理するかで困ってたんだ、また頼むかもしれん」

 

「はい、いつでも呼んで下さい」

 

 なにそれ聞いてないわよ! と叫ぶグレモリーの王はスルーして、椿姫から会長への報告も必要と早々に場を退散する三人であった。

 

「久脩と朱乃、二人ともいつか私の眷属にしてやるんだからっ!」

 

 駒王学園の二大お嬢様の片割れの遠吠えを背に、久脩達は支取邸への歩みを進める。椿姫単独であれば魔法陣で転移という方法も取れたが、こうやって夜の散歩を兼ねるのは三人にとって習慣でもあった。

 

「懺悔の強要だけで通じて良かったわぁ、俺より明らかに上位者だったら動きを鈍らせる程度の効果しかないもんなぁ」

 

「『究極の羯磨』……久脩くんの神滅具はなんというか、応用が利きすぎますものね」

 

 待機形態では四つ葉のクローバーのペンダントだが、起動させれば十字金剛とも言われるような三鈷杵を十字に組み合わせた形が正式なものである。

 そもそも羯磨という言葉自体が複数の定義を持っており、代表的なものが受戒・懺悔の作法、もう一つが行為・業・所作という何かを為す動きそのものを差す場合が多い。

 

 表向きは懺悔をせざるを得ないように心の均衡を著しく揺さぶり、敵対者の無効化を図る補助系神器となっているが……。

 

 羯磨の定義を知った転生者の彼が自重しなかった結果、各々が抱える業を一気に増幅させ、幻覚で個々が抱える原初の罪の形を見せて精神崩壊させたり、場面ごとに最も適した究極の行為を願うことで超常的な攻撃力や制圧力、防御結界を生み出したり……その分、生死の境をさ迷うような生命力や精神力の著しい負担を強いられるものだった。

 羯磨という言葉自体が仏教から来るものであるのに、聖書の神が生み出したという時点で矛盾に満ちる神滅具。持ち主の想像力によって、『聖母の微笑』に類似する効果を生むことすら出来る。

 

「わりと何でもアリだけど、対価は生命力や精神力だからよくよく考えて使えよーだもんな……。いや、よく生きてるよな、うん」

 

 結局、体力や精神力を鍛えないとそもそも神滅具を使いこなせないとなるため、生命の危険も関わるとなれば、鍛錬を欠かすわけにはいかなかった。所有者の成長に合わせて、神滅具の力も高まるという点では、まさしく神器である。

 

「私の時は『真羅椿姫は既に久脩くんに救出されている』という定義でしたよね。会長が考案し、朱乃が陽動するという救出計画がいい意味でご破算になったという……」

 

「丸一日の意識不明で済んだからな、うん。行為じゃなくて行為の結果を願うのは応用の範疇で負担も思った以上だったって奴だな。あれは久し振りに死ぬかと思った」

 

 自分の救出に命を掛けたとなれば、年頃の少女の心が惹かれないわけがあるだろうか。姫島の異端の娘だけでなく、魔に魅入られた真羅の娘を奪った神器持ちということで、五大宗家の襲撃をたびたび受けることになったのに、朱乃や椿姫が笑えるならそれが一番だと言い切った少年を。

 

「カッコつけ過ぎなの、ヒサくんは」

 

「意地張りたいのが男の子なの」

 

「だから、無茶する前に私や朱乃で障害を排除すると決めたんです、全く……」

 

 両腕に絡んでくる美女二名を邪険にも出来ず、到着した先で生徒会の皆に冷やかされたのは、当然とも言えるが予定調和である。




神滅具の定義は適当よー。
応用利くけど、願いによっては命を削るよー注意だーぐらいでおk。

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