「しつこいですわよ、椿姫」
「あら、悪魔も堕天使の世界も重婚は認められているのでしょう? だったら、私が久脩(ひさなが)くんと連れ添ってもいいはずでしょう」
「そもそも、ヒサくんは人間です。ヒサくんの隣は私が既に埋めていますので、他を当たって下さいな?」
これは、堕天使の幹部を父に持ち、四神が一柱である朱雀を司る姫島家の巫女を母に持つ、姫島朱乃を中心とするお話。この世界の正史では幼い頃に彼女は母を喪い、紆余曲折の果てに悪魔へと転生するのだが、今、一人の女性と口喧嘩をしているこの世界線はイレギュラーの存在の介入があったため、彼女は堕天使と人のハーフのままである。
この世界は普通に天使や堕天使、悪魔といった超常的な力を持った種族が普通に存在する世界であり、実は聖書の神が既に失われており、代わりにということなのだろうか、神の力の一部を体現する神器や、神をも超える力を持つと言われる神滅具が存在しているという。
力を持つものは厄介事をより引き付けやすいのがこの世界であり、母を喪わずに済んだものの厄介事からはなかなか逃げられないのである。
「諦めるつもりはありませんよ? 会長と同じく、彼が私の恩人であることには何も変わりはないのですから」
「それならば、ヒサくんと共に貴女に自由な身を確保するために奔走した私にも感謝して、恩人の幸せのために身を引いてはいかがですか……?」
「久脩くんは私のアプローチを否定していませんわ。束縛が過ぎる朱乃と常に一緒にいては、息が詰まってしまいますもの。内縁の関係でもいいからと彼に迫るのはあまりに重た過ぎるのではありませんか?」
「なっ、その話は誰から……!」
「いつもの総督さまですわ、お酌をして差し上げた際に色々と教えて下さいましたから」
「おじ様……あとで消し炭にして差し上げますわ」
朱乃が目下、自身の強力なライバル──肉感的な肢体という点も含めて──と、火花を散らしている頃、その対象である彼、安倍久脩は自分が通う生徒会の業務を手伝っていた。理由はそう難しくない。朱乃と火花を散らす真羅椿姫は朱乃と同じく、一つ年上の生徒会副会長であり、彼女の友人である彼が尻拭いをしていただけのことである。
◇◇◇◇
「いや、その理屈はおかしい」
「?……壁に向かって何を言ってるんだよ、ヒサ」
「いや、確かに椿姫とは付き合いも長いし、眼鏡美人だし、朱乃と同じ綺麗な黒髪だから見てるだけで凄く目が幸せになるけどもさ」
「お、おう。いきなり惚気か?」
「ちげーよ、元士郎。俺が言いたいのはそこじゃない。その親しい椿姫とはいえ、なんで俺が副会長の仕事を代行するのが当たり前になってるってことが言いたいんだ!」
「え、すげー今更じゃないか。二人の間で情報共有もしっかりしてるから、実質副会長二人体制だし。むしろ、二大お姉様の一人と副会長を侍らすお前が責任を取るのは当然まである」
「ホウレンソウは当然だろ組織人として……って、侍らしてねーよ! 第一、二人とも彼女でもないんだぞ!」
「はいはい、事実婚乙。会長がいいって言ってるだし、お前の仕事ぶりを考えたら、普通に影の副会長とか言われてるぜ、お前。クラスでも聞いてみろよ」
「なん、だと……」
事実はもっとひどく、正式に生徒会名簿には副会長代行という役職で既に彼は名前が載っているのだが、それは知らぬが花である。
「しっかし、なんで手ぇ出さないんだよ。まさかお前、ネタになってる木場と出来てるんじゃ……」
「ふざけんな。そもそもズリネタを完全管理されて、毎晩泣いてる俺に謝れ」
「え、やっぱり事実婚じゃん」
年頃の旺盛な性欲があるとはいえ、ネタに自分を使ってもいいと言われて、素直に使える度胸はなかなかないものである。彼が生徒会の業務を手伝う理由には、その辺りから来る原因もあり──。
「出たな、安倍っ! 俺達と変わらない変態嗜好でありながら、お姉様美女二人を侍らす男の敵めっ!」
「そっちこそ出たな、変態三人組。今日もお宝は没収させてもらったのに、まだ懲りないのか」
今日のお宝はロリコン向けのDVDに黒髪ばいんばいん娘のイチャコラ本であった。DVDは生徒会として没収して焼却炉にくべられており、イチャコラ本は久し振りの夜のお供として個人的に没収していた。
「貴様がほんとはおっぱいやお尻大好きであることは分かっている! 大人しく同志になれぇ!」
「え、やだって。お前らみたいにどこでもリビドーを解き放てるほど人間辞めてないし」
同志と主張する彼らと同じ嗜好であることは否定しない久脩である。朱乃と長い付き合いでありながら、椿姫のアプローチをきっぱり否定できずに来ているのはつまりそういうことであった。
「お前ら顔は整ってんだし、変態行動を自重するだけで絶対変わってくるってのに……」
「愛らしい幼女への愛! 叫ばずにはいられないっ!」
「ぶれないなぁ、元浜。まぁ、いいや。とりあえず、廊下の端で静かに一時間ぐらい『正座』しとけ」
久脩が言葉を発し、胸元にかけている四葉のクローバーに似たペンダントに触れた途端、ペンダントは淡く光を発した。ただ、その光を彼らは認識できずに、口を硬く閉じて正座しなければならない強迫観念に駆られて、廊下の端に揃って正座の体勢を取ってしまう。
「お前達の煩悩がこの程度でなくなるとは思えないが、少しは懺悔の心持ちを持つこった。俺も人のことは強く言えるもんじゃないが、やっぱり不快な思いはさせたくないもんな……」
「相変わらず、なんつーか不思議な神器だな、それ。相手に反省する考えを強制できる力っての?」
「まぁ、あいつらの記憶でも、俺に真剣に言われたら、振り返るにはいい機会だったからってあくまで自立的にやったことになるみたいだしな……強く自省を促す力だと思っているよ」
実際はそんな生易しい力ではないことを、久脩自身は良く知っている。神滅具【究極の羯磨(テロス・カルマ)】……本当の正体を知るのは、彼以外には朱乃達家族と堕天使の総督、そして椿姫のみである。周りには仮名称『懺悔の羯磨』、相手の行いを一定時間自省させる程度の能力──そういう認識になっている。
朱乃の母親である朱璃と朱乃が姫島家の裏切り者として、父親の不在時を狙われ襲撃された時に、齢一桁の少年に過ぎなかった彼が、バラキエルが異変に気づき増援に来るまで耐え凌げたのはその神滅具の力を不完全ながら行使し続けたからだ。
『貴方が死んだら──! ヒサくんが死んだら意味なんてない! 私だって貴方を追って死んでやるんだから!』
今振り返れば、同じ一桁の女の子とは思えない強い感情をぶつけられたものだった。創造物の世界が元になっていようと、朱乃が目の前の現実として泣き、笑い、そして自分への感情をぶつけているのだと、抱きついてきた彼女の温もりを感じながら、久脩は転生者だった自分が初めて世界の一部になれた気がしたことをよく覚えている。
『ハイスクールD×Dの世界で、幼少期の朱乃と朱乃の家族を守り切れる力を下さい』──転生時の条件をなかなか粋な形で叶えてくれたものだと彼は思う。大好きなキャラクターだった、自分の前世での理想のタイプだった彼女が、影のない笑顔で微笑んでくれる毎日が何より嬉しいと。
ただ、依存傾向の強い彼女は元来、世界の主人公たるイッセーに対してではなく、久脩自身にその情念を一心に向けてしまっていた。また、特殊な仕事についている彼の両親は元々不在がちであって、その事情を知った朱璃や朱乃から家族ぐるみの付き合いになるのは予定調和でもあり、姫島家に彼の着替えが一式、常に揃っているぐらいには、姫島家にお世話になっていたのである。
「自分より強い相手には効かない力さ、だから鍛錬は欠かせないわけだな。っと、支取会長。見回りから戻りました」
「戻りましたっ、会長!」
「お疲れ様です、安倍くん、匙。安倍くんはそろそろ上がって頂いて大丈夫ですよ」
お疲れ様ー、と他の生徒会メンバーから声がかかり、姫島先輩が待ってるよーと茶化す声もかかる。はいはい、と受け流し、久脩は早々を生徒会室を退出するのだった。
◇◇◇◇
「なんか、クラスメイトと馬鹿話やグラビアの話もしてるんだけど、結局、安倍くんは姫島先輩なんだなーって思っちゃうよね」
「そうそう、おっぱいだお尻だってあの変態三人と言っていても、結局姫島先輩のことでしょ、って思っちゃう」
「口では軽薄な発言をしたとしても、態度や行動が結局分かりやすいからな、久脩は。だから、元士郎もそう敵意を剥き出しにしないしな」
「いや、だって、アイツものすごく分かりやすいでしょ。姫島先輩を常に優先っていうか。副会長もかなり頑張ってますけどそれでも割って入れるかどうかで、姫島先輩を押し退けられないだろうなっていうか」
「よく見てるじゃないか、元士郎」
「手は止めないようにね、皆。……ただ、安倍くんは確かに姫島さんのことが優先だもの。椿姫も悪魔勢力に彼を繋ぎ止める意味でも頑張ってもらいたいけれど。リアスのやり方はちょっと強引に過ぎるところもあるから」
駒王町の管理者悪魔であるリアス・グレモリー。そのため、他神話勢力の関係者である朱乃やその関係者である久脩には早くから接触している。現在の悪魔勢力の大幹部でもある彼女の兄からは、堕天使勢力と懇意である姫島家とは相互不可侵の契約を結んでいる旨は早くから伝えられており、敵対するわけではなく、何とか自分の眷属に取り込めないか、熱心にアプローチをかけていた。
「二人ともオカルト研究部に籍は置いていますけれど、それほど活動熱心ではないですからね。バラキエル殿が不在時のお母様を守るのが最優先だから、と」
建前だけではなく本音も交じっているので、リアスもそこまで強引にやれないのが実情だと支取生徒会長もとい、ソーナ・シトリーは考えている。自分も駒王学園の管理を任される悪魔であり、自身の眷属で右腕である椿姫を通じて、久脩との関係は良好なものを築いている。
『私がもし転生悪魔になるとするならば、それはヒサくんが転生悪魔になるのを決めた時です』
彼は人間である以上、堕天使とのハーフである朱乃との寿命差は絶対的なものがある。一度、ソーナが仮定の話で問いかけた際に、朱乃が返した答えがそれであった。
リアスは朱乃を気に入っているが、朱乃を悪魔化させるのは久脩を納得させる必要があるが……実はリアスと久脩があまり噛み合わないところがある。
「あれですよね、『朱乃はアンタの所有物じゃねえぞ……!』って安倍先輩がグレモリー先輩に啖呵を切った事件! あの一件もあって、やっぱり安倍先輩は姫島先輩の旦那様なんだって言われてますからね~」
「そうね、留流子。あの後、自分に堂々と啖呵を切って、大事な幼馴染を守るのはちっぽけな男の意地だって言い切った彼を、グレモリー先輩は彼を気に入ってしまったんだけど、二人ともまとめて自分のモノになれって言い方が気に食わないって話でしょ。元ちゃんもこの話は聞いてるんじゃないの?」
「……アイツは安い挑発に乗って、姫島先輩に迷惑かけてしまってるのが情けねえって言ってたなあ。なんで、これで付き合ってないとか言うんだろ、アイツ」
そもそも副会長就任時に、内々で久脩へのアプローチを優先してよいとソーナが認めており、また久脩の性格上、代行する以上仕事はしっかりこなす読みもあったため、運営には全く影響は出ていない。
◇◇◇◇
「お帰りなさい、あなた」
自宅へ帰るよりも姫島家に帰る回数が多い久脩だが、自宅へ帰る日であっても先に朱乃が帰っていて、こうして玄関先でお出迎えする風景は変わりがない。そして、玄関先で交わすやり取りも。
「朱乃がそこまでやることはないんだぞ、毎日さ」
「うふふ、私がやりたくてやっていることだもの。私はずっとこうしてこれからもヒサくんにお帰りって言うんだから」
久脩がブレザーを脱ぐのを手伝いそのまま預かり、ハンガーに掛けていく朱乃は幸せそうな笑顔のままだ。朱乃の中では十年近く前に彼に自分や家族の命を救われ、力を振るった反動で彼が生死の境を彷徨い続けた一週間をずっと看病して過ごす中で、自分のこれからの生き方を定め、確固たるものへとしてしまっていた。
「あなた、晩御飯にしますか? それともお風呂? それとも、私?」
「えいっ」
「あうっ」
「恋人にもなっていない男にそんなこと言うんじゃない。俺ぐらいの年だとこの場で襲い掛かってもおかしくないんだぞ?」
「襲って欲しいもの。ヒサくんならいつでも待ってるんだから」
真剣に自分の女にしてくれと言い切る朱乃に久脩は首を振り、お風呂にする旨を伝えた。少し膨れ顔の朱乃もその決定に異を訴えるわけではなく、そのまま浴室へと向かう。
「いやいや、なんで当然のように入ってくるかな」
「背中を流すのは妻の役割よ?」
「いや、妻じゃねーし。というか、うわぁ、さっさと脱ぐなよ!」
黒に白地の刺繍模様が彩られたブラジャーに包まれた見事なたわわ二つが堂々と晒されている。目を逸らすように横にやれば、今度は淡い緑に花の模様があしらわれている、朱乃の大きさに迫るやはり見事なたわわがそこには……。
「椿姫さん!? アンタまで何してるんだ! というか早く服を着ろぉ!」
「帰れって言いましたよね、椿姫?」
「あら、そんなこと仰いましたか? それに朱乃のおじ様にも激励して頂いてますから。二人のどちらでもいいから、早く久脩くんを男にしてやれと……」
久脩はキャットファイトを始める二人を尻目にさっさと浴室へ入り、鍵を閉めたのだった。
いやぁ、濡れ場ばかり書いているともたないの。
はい、ごめんなさい。逃避行動です。