プロローグ
『…あなたのやり方、嫌いだわ』
『人の気持ち、もっと考えてよ…』
修学旅行を終え、無事帰宅してからというもの、別れ際に二人が放った言葉が耳からこびり付いて離れない。
俺は、何か選択を間違えたのだろうか。
席に着くなり、机に突っ伏し、特に音の流れてこないイヤホンを耳に装着する。
少し状況を整理してみよう。
竹林と灯籠が創り出す、幻想的な雰囲気の中、戸部を遮っての嘘告白。
あれは、欺瞞に満ちたあの状況を、解決に導いてくれるような好手では無かったかもしれない。もっと他に、周囲が納得して円満に解決するような策があったのかもしれない。
だが、それは結果論というものだろう。結果が出てしまった、既に終わってしまったからこそ他の策を模索できるのであり、ひいては俺のとった行動を否定できるのである。
あの状況。関係性を変えたい依頼者がいて、関係性を変えたくない依頼者がいた。…落ち着いて考えてみれば分かる。
2つの条件を同時に満たすなど、できるはずが無いのだ。
故に、俺はあの事態に直面したとき、問題の解消という手段を選んだ。それが自分の、『比企谷 八幡』の打てる最善の手であり、最も効率の良い手だと判断したからだ。
自分を否定した『雪ノ下 雪乃』。その姉、才色兼備、傍若無人とも評される彼女ならば、また違った未来を提示できたのかもしれない。
だが、それでは役者が違う。駒が違うのだ。
ある状況下における好手とは、誰にでも指せなければ好手ではない。
…将棋で敗北しそうなとき、状況を解決したいからといって、Queenを打ち込むことなど、できるはずがないのである。
よって、あの状況下における俺の判断は悪くは無かったはずだ。
事実、葉山グループは何事もなく、今日も歓談の真っ最中のようだ。あっ、戸部は煩いからもう少し声の音量を下げて過ごしてくれてもいいんですことよ?いや、戸部の場合、発言回数もずば抜けて多いんだよな。いつ見ても、っべーって言ってるし。なんなの?もしかして発言する度にお金でも貰ってんの?なにそれ、羨ましすぎて無口になるまである。…それは元からってツッコミは無しでオナシャス!
話は大幅にズレたが、やはり俺の取った行動が糾弾される謂れはない筈である。ましてやあの二人は、今回の依頼に関しては俺より貢献度が低いと言えるだろう。その上、実質的に依頼を引き受けると宣言したのは俺ではない。他ならぬ彼女たちなのだ。
そう奉仕部の二人に恨み事を募らせていると、根本的な疑問が浮かび上がってきた。
【…なぜ俺は、他人に否定されたくらいでこんなにも悩んでいる?】
他人に肯定され、他人とコミュニケーションを取り、他人だらけのコミュニティに属す。
そんなモノは高校に上がる際に見限ったはずではなかったのか。途端に自分が情けなくなり、ガリガリと頭をかく。
いつの間にだろう。
俺は、奉仕部の二人に依存し、中学のときのように身勝手な理想を押し付け、そして期待していたのだ。
ーーもしかしてこいつらは、俺を理解してくれているのではないか、と。
そんなつまらない、ちっぽけな幻想。
そんなものに価値などありはしないのに。
それに気づいた俺が、奉仕部に通うことは二度と無かった。