あれから材木座、小町、小町が呼んだ川崎に手伝ってもらい二人を会長にしない方法を考えた。戸塚はテニス部の部長ということもあり、忙しかったのか参加できなかった。俺もテニス部の練習に参加しつつでの話し合いなので時間は限られたものであった。
「あの二人以外に会長を作るっていうのが話は早いよな」
「そうだね」
「うむ…しかし、あの二人に勝てる器などいるのか?」
超人雪ノ下とトップカーストに所属する由比ヶ浜に勝てる逸材などあまり聞いたことがない。というか、ボッチの俺らにはその手の噂は入ってこないのだ。一旦俺らは会長に適任であろうメンバーをあげることにした。
「こんなところか」
「おお!思ったよりも多いですね!これなら頼み込めば一人ぐらいは!!」
「だがな小町、この作戦には大きな穴が一つある」
「え?」
「俺ら全員ボッチだということだ、説得するどころか知らない奴に話しかけられない」
全員から「あ」という声が漏れた。おいおい気づかなかったのかよ、俺だけじゃなくてお前らのことでもあるんだからな?おい小町、哀れみの目でこの場を見渡すんじゃない。
「…この作戦は一度白紙に戻そう」
「はい…」
誰かを新しく会長に祭り上げる、それ以外であの二人の会長就任を阻止する方法。考えろ、きっと見落としがある筈だ。それこそ、もっと簡単な方法が…
「あ」
どうしたと言わんばかりに3人が顔を覗き込んでくる。二人の会長就任を無かったものにし新しい会長を作る必要のない方法、それは…
「一色を会長にしよう」
あれから数日が経った。俺は現在奉仕部の部室で雪ノ下と由比ヶ浜に一色が会長をする旨を伝えている。一色が会長になる、つまり依頼自体取り下げれば二人が生徒会長になる必要も無くなるというわけでそれも付け加えて説明した。
一色を生徒会長にするのは困難を極めた。まず本物の署名を集めることから始まり、俺自身は一色との直接対決をする羽目になったのだ。会長になるメリットと一年生という立場上デメリットも少ないことを伝える。一色が不安を唱えれば俺がその不安を解消するという応酬を繰り返し、やっと承認してくれた。
「そういうわけだ、これでお前らが会長になる必要も無くなった。違うか?」
「そう…ね」
「うん…すごいじゃんヒッキー」
これで俺は小町の依頼もクリアしたわけだ。良かった良かった、これにて大円団。
だけど。
この違和感はなんだ?
「それじゃあ、私は平塚先生にその旨を伝えてくるわ」
「よろしくね、ゆきのん!」
「…比企谷君」
扉の前で立ち止まった雪ノ下はこの前とは打って変わって、柔和な表情を俺に向ける。
「貴方、今回は誰も傷つけずやってのけたのね。私の思いも伝わったかしら」
「そうだよヒッキー、約束守ってくれたんだね!」
「約束?」
「修学旅行の時言ったじゃん!こういうのもう無しねって」
あぁ、約束ね。約束…
違和感は疑念へと変わり始めて。
「奉仕部の自覚もやっと芽生えてきたかしら。遅すぎじゃないかしらダメ企谷」
「ゆきのん言いすぎー」
疑念は確信へと変化し。
「認めたくないけど、今回は貴方の手柄ね。今の貴方なら戻って来てもいいのよ?」
「そうだよヒッキー戻って来なよ!」
やめろ…
「だって貴方は」
「だってヒッキーは」
やめてくれ…
「奉仕部の一部なんだから」
確信は、黒い感情へと変化する。
「勝手すぎやしないか」
「…え?」
「俺は今まで俺なりのやり方で依頼をこなしてきた。褒められたやり方じゃなかったかもしれないがな。お前らが出来なかったことをやってきたんだよ」
おい止まれよ、これ以上喋るな。
「気に入らないやり方を否定すると思えば、今度は戻ってこいだと?笑わせんなよ」
「比企谷君…?」
「あーあ、俺は奉仕部の一員だと思ってたんだけどな。まさかお前ら…」
それを言うな。止まれって、やめてくれよ。俺は戻りたいんだよ!
「俺ことを奉仕部の道具だと思ってたなんてな」
「私は一部と言っただけで、それは勝手な解釈じゃ…」
「黙れよ」
言ってしまった。この場において最も残酷な一言を。
「俺は今やテニス部の一員だ。ここは辞めさせてもらう」
「ちょっと待ってよヒッキー!」
「じゃあな」
扉を閉める。扉越しに由比ヶ浜が肩を落とした気がしたが、俺にはもう分からない。
「ヒッキー…」
比企谷君を道具として扱っていた?そんな事ないわよ、私はただ比企谷君に戻って欲しかっただけで、あれは言葉の綾で…
「邪魔するぞ」
「平塚先生…」
「話は大体廊下で聞かせてもらった。比企谷も視界の狭い奴だな、反対側に居たとはいえ私に気がつかなかったからな」
はははと笑い、先ほどまで比企谷君が座っていた椅子に腰をかける。
「雪ノ下、お前らは何故比企谷をここに呼び戻したい?」
「それは…まだ彼の更正は終わってないので…」
「そうそう!ヒッキーボッチだし…」
「こう言っちゃあ何だがな、あいつはテニス部で上手くやっているらしい。つまり、私の依頼はほぼ完了したと言ってもいいだろう」
意外だった。まさか比企谷君が他人とコミニュケーションを取るだなんて…。私達以外と上手くやれているだなんて…
「もう一度聞こう。お前らは何故比企谷を呼び戻したいんだ?」
「それは…」
「すぐには答えは出ないか…」
答えられなかった。何となく、浮かんでくるものがあるのだけれどそれを言葉にして口にする事は出来なかった。
「そこを踏まえてだ…お前らに依頼者が来ている」
「え?」
「入ってくれ」
「失礼します」
「貴方は…」
やってしまった、小町がくれたチャンスを盛大に棒に振ってしまった。今思い返してもあれは俺が悪い。雪ノ下の言っていたことも、所謂言葉の綾ってやつだろう。時間が経てば経つほど罪悪感が重くのしかかる。
「…謝るか」
俺にしては随分前向きな考えであった。やはり、テニス部で運動することで多少なりとも変わっているのか?
「おーい比企谷」
「悪い、遅くなった」
コートの入り口で俺に気がついた八木君が声をかけてきた。あれから二週間ほど経ったが、俺は意外なことにテニス部で上手くやれていた。相変わらずキョドってばかりの俺にも、どいつもこいつもしつこく話しかけて来るもんだから気がつけば冗談の言い合える仲まで発展していたのだ。これが青春…?やだ、八幡リア充の仲間入りなの?
「こいつがお前に話があるってよ」
「はちまーん!」
この小太りシルエット、まさか…
「材木座?」
「勇気を出して来てみれば、八幡も戸塚氏もいないから我寂しかったぞー!」
「戸塚は?」
「職員室に用事だってさ」
なるほど、部長は相変わらず忙しいんだな。俺に泣きつく材木座を引き剝がし要件を聞く。
「材木座、何しに来た」
「我もテニス部に入りたいのだ!」
「はぁ?」
「八幡最近楽しそうだし、ずっと戸塚氏と一緒にいて我寂しいのだ!だから我もテニス部に入りたいのだ〜!!」
テニスがしたいんじゃないのかよ。とはいえ、こいつが勇気を出してテニス部の門を叩いたことは褒めてやりたい。人見知りが激しい分ここに来るのは勇気が必要だったろうし、何よりこの爽やかイケメン八木君に話しかけるのは寿命も縮まる思いだったろう。
「どうする?俺は入れてやりたいんだが…」
「八幡!」
「いいんじゃないか?来るもの拒まず、だぜ」
このイケメン野郎ぉ…!白い歯を見せ親指を立てる彼は眩しすぎた。目眩がする…!
「まぁ、そういうことだ。良かったな材木座」
「わ、我頑張るぞぉ〜!」
そんなこんなで材木座の入部が決まった。こいつ、こんななりでちゃんと動けるのか?八木君や他の部員に絡まれてキョドる材木座を見ていると不意にコートの入り口から声がかかった。
「邪魔するぞ」
「平塚先生…?」
そこにいたのは平塚先生、それと何故か雪ノ下と由比ヶ浜まで。一体なぜ…?
「おお、比企谷か。丁度いい、お前に話があったんだ」
「一体何すか?」
「お前、テニス部辞めろ」
瞬間、場の空気が凍る。
材木座をイジっていたやつらもイジるのをやめ、気がつけばテニス部全員が俺らの話に注目していた。
「どういうことすか…?」
「お前この二人に啖呵を切ったようじゃないか」
顎で後ろにいた彼女らをさす。さっきの話だろうか。それについてこの二人が怒っていると、そういうことだろうか。
「その話なら…」
「おっと、謝って済むと思うな。私はな、腹が立っているんだ。元々お前を入れたのは更生のためだと言ったよな?それが終わっていないのに何勝手に辞めてるんだ。余計なことをするな、お前は奉仕部にいればそれでいい」
何を言ってるんだ…?俺の中で平塚先生が崩れていく。俺はこの人に憧れてたのか?俺が憧れた平塚先生はこんな人間だったのか?
「教師命令だ、テニス部を辞めこちらへ来い」
「勝手なのはそっちだろ!比企谷がやめる必要なんて」
「お前も逆らうのか?ならば、お前も教師権限で辞めさせてやろう」
血の気が引いた。まさか、俺以外の奴が巻き込まれるだなんて…!八木君は悔しそうに唇を噛み後ずさる。この時テニス部員全員が平塚先生の気迫に押されていた。俺でさえ、ここまで迫力のある平塚先生は見たことがない。
「まぁ、チャンスをやらんわけでもない。比企谷、奉仕部と対決しろ」
「は?」
「お前の得意なテニスで勝負をつけてやると言っているんだ」
テニス対決だ…?頭が痛い、もうこの人が何を言っているのかさっぱり分からない。
「三対三の団体戦だ。どうだ?面白そうだろ?お前らが勝てばテニス部を続けてもいいぞ。奉仕部を辞めてもいい。ただし負けた場合、比企谷以外にも参加した生徒にテニス部を辞めてもらおう」
「そんな!」
「おいおい比企谷。何被害者ぶってるんだ、元はと言えば調子に乗り私を怒らせたお前が悪いんだぞ?それで、いないのか?比企谷と心中するやつは?」
振り返ると皆目を背け俯いていた。無理もない、俺だってそうする。彼らを責める義理は、俺には無い。
「僕がやります」
「ほぉ?戸塚か」
いつの間にかに戻ってきていた戸塚が手を挙げた。
「八幡は僕と一緒にテニスをしてくれるって言ってくれたんだ。そして僕を…テニス部を変えてくれたのだって八幡なんだ!みすみす辞めさせるわけにいかない」
「そうかそうか、それで?他に一緒に比企谷とやってくれる奴はいないのか!おい!!」
まだ二対三だ、あと一人足りない。沈黙がテニス部を支配する中、俺は諦めていた。まだ俺は完全にテニス部員ではなかったのだからここで辞めても大して痛くは…
「わ、わ、我がいるぞおおおおおお!!!!!」
「材木座⁉︎」
「八幡をいじめる奴は!例え教師だろうと!雪ノ下嬢であろうと!由比ヶ浜嬢であろうと!ゆ、ゆ、ゆ、許さないんだからな!!!!」
キョドりながらも、声を張り上げる材木座。声だけでなく足も震えていたがまっすぐ平塚先生を見上げていた。
「これで三人か…いいだろう。勝負は1ヶ月後だ。このコートで行う。お前らが負けたら私たちの言うことを何でも聞いてもらうからな。ま、精々思い出でも作っていてくれ」
そう言い残し平塚先生は去って行った。材木座は力が抜けたのか地面に座り込み、八木君は俺のところにやってきた。
「ごめん…!」
「ど、どうしたんだよ」
「あの時、お前を守ってやれれば良かったのに…辞めさせるって聞いた時、俺、頭が、真っ白になって…!」
本当にいい奴だ。まだ入って二週間しか経たない俺の事を思ってくれている。それから口々に他の部員も謝ってきた。
「俺らは試合に出れないが、全力でお前をサポートする。お前を…お前らをみすみす辞めさせてたまるかよ!!!」
俺はテニス部だって辞めたくない。短い期間だったが俺の居場所になっていたことは変わりないのだ。残り一ヶ月、全力で食らいついてみせる。
それにしても…
「何故雪ノ下嬢も由比ヶ浜嬢も一言も話さなかったのだろうな」
「分からん、ついでに言えば平塚先生のこともだな」
いつの間にか復活した材木座が俺に問いかけてきたが、それは俺にも分からないことである。彼女らはどちらかと言えばついて来させれた感じがあった。平塚先生、あなたは一体何を…?
「ところで材木座」
「なんだ八幡」
「お前、テニスの経験は?」
「自慢ではないが、我生まれて一度もスポーツ経験が無いのだ!」
頭が痛くなってきた…。