「ふ、古手梨花が亡くなっていたですって!?」
「ええ、先ほどそう情報が入ってきました」
私は山狗部隊の隊長である小此木からの言葉に思わず叫ぶ。
うろたえる私に小此木は情報を続ける。
「入ってきた情報ですと古手梨花がなくなったのは三日前、今まさに雛見沢で葬儀が行われてるそうです」
「み、三日前!?そんなはずないわ!だとしたら今頃村中で雛見沢症候群が発症してパニックになってるはずよ!」
私は頭の中に緊急マニュアル34号の内容が思い浮かぶ。
女王感染者が死んだ場合、雛見沢症候群に感染している村人全員が発症する。
それを避けるため、48時間以内にレベル2以上の患者を処分しなければならない。
お祖父ちゃんの資料を基に作り上げた緊急マニュアルだ。
もし古手梨花が死んでいるならお祖父ちゃんの資料通り、村中が発狂してないとおかしい!
「すぐに情報の真偽を確認しなさい!入江所長にも確認を!」
「入江所長は今は東京です。それに確認はやってみますが、うちの部隊も今回の件でもう数人しかいません。園崎家に監視もされてますし、今の雛見沢に行って確認するなんてことはできやせんよ」
「・・・・っ!それでもなんとかしなさい!」
そう言って強引に電話を切る。
東京に頼んで確認をしてもらうしかない、でも今の状況で東京がわざわざ調べてくれる?
「っ!なんてタイミングなの」
もし万が一これは本当なら女王感染者が死んでも集団発症は起きないことになる。
それではお祖父ちゃんの研究が嘘だったことになってしまう。
今まさに組織の重鎮と話をしようって時なのに、これがバレれば話しなんて聞いてくれない。
「っ!東京がこの情報を知る前になんとか古手梨花が生きていることを証明しないと!」
でも私も入江所長も東京にて現場にいない、それに山狗は村に入れない。
なんなのよこれは!まるで図ったようなタイミングじゃない!
「・・・・今はこのことを伏せて組織の重鎮と話をするしかない」
今日の話し合いの場を逃したら再びこの機会を作れるなんていつになるかわからない、現場は向こうに任せて私はこっちで出来ることをするしかない。
◇
「・・・・入江機関副所長、鷹野三四三等陸佐で御座います。この度は貴重なお時間を割いていただき誠にありがとうございます」
部屋に集まった組織の重鎮四人、私は彼らに対して頭を下げる。
古手梨花の件は一旦頭の外に追いやる、今はこの場に集中する。
しかし、私が挨拶をした時、相手からの反応は私の予想と違っていた。
「ああ、別に君のために時間を割いたんじゃないよ。うまいウニを食わせてもらえるって話でねぇ」
「ま、ただでウニが出てくるわけではないですからね」
「面倒な話はさっさと済ませてもらってその後でゆっくり食べに行きましょう」
そう言って四人は笑う。
・・・・この人たちは私の話に欠片も興味を持っていない。
ただ紹介者の顔を立てるためにやってきただけ。
正直言えば殺したいほどムカつくけれど、彼らは新理事会に影響力を持つ面々。
彼らが入江機関の命運を握ってる。
だからこれから説明をして彼らに私達の研究の価値を理解してもらわなければならない。
「それでも雛見沢症候群について説明させていただきます。お手元の資料をご覧ください」
彼らが資料に目を落としたのを見て説明を開始する。
研究を知らない者にもわかるように何日もかけて資料を作成した。
それを元に私は懇切丁寧に彼らに研究の価値を説明する。
人間の脳を操る寄生虫というかつてない存在。
人間の思想や宗教すら、その寄生虫によるものかもしれない。
これは人類の常識を覆す、ノーベル賞ですら讃えきれない偉大な発見。
かつてお祖父ちゃんがその生涯を捧げた研究の価値を。
「わっはっはっはっは!こりゃ傑作だ!!」
・・・・っ。
「いやこれは失礼、しかしねぇ君、これは。脳内に住む寄生虫が人間の思想や人格のコントロールをしているなどど」
「あっはっは!こりゃ大変ユニークだ!」
「いやぁ、こんな妄想のために莫大な予算を投じて研究を行っていたなんてね」
彼らは私が作った資料を片手に笑う。
手に持った資料を机に叩きながら私を嘲笑いながら口を開く。
「っ!資料にあるように雛見沢症候群は既に病原体も確認されています」
「この雛見沢症候群というのは確かに実在しているようだし、その治療や根絶はしなければならないだろう。しかし宗教などまで全てが寄生虫の仕業などと、それはいくら何でも妄想が過ぎるだろう」
「しかし!高野一二三先生の論文にあります通り雛見沢症候群にははっきりとその可能性が!」
「その高野さんね、こんな説を信じる三佐や小泉先生もアレだが、やはり問題なのはこの第一発見者のこの高野という男でしょうなぁ」
「期待と妄想が入り混じっていてこれは論文というより妄想ですな、私の友人に出版社の社長がいてね、彼なら喜んで読んでくれますよ」
そう言って彼らは笑い続ける。
同じだ・・・・あの時と。
過去の記憶が蘇る。
笑う男達とそれを聞いて悲しそうに俯くお祖父ちゃん。
またお祖父ちゃんが馬鹿にされてる。
またお祖父ちゃんの研究が否定されてる。
おじいちゃんがあんなに頑張っていたのに。
どうして・・・・どうして。
子供の私はただ涙を流すしかできない。
おじいちゃんが一生懸命用意した論文が無造作に床に放り捨てられる。
「少し失礼、お手洗いに」
「っ!!」
男は笑いながら論文を踏みつけて出て行こうとする。
それを見て私は飛び出した。
「ふまないで」
「え?」
「ふまないでえ!!」
私はおじいちゃんの論文を踏みつける男の足に飛びつく。
「な、なにを」
「ふまないで!ふまないで!!おじいちゃんの大事な論文なんだから!今日まで頑張ってきた論文なんだから!」
涙が止まらない。
子供の私は泣きながら男の足に抱き着いて叫ぶことしか出ない。
「お願い!お願い!!おじいちゃんにひどいことしないで!!」
「た、鷹野君?」
男の困惑した声が耳に届く。
私はぐちゃぐちゃの心を涙と共に声に出す。
「おじいちゃんの論文をふまないでぇ、お願い・・・・お願いです」
室内にはただただ私の嗚咽が響いた。
◇
あれから、どうしたんだったかしら。
数々の店のライトが照らす東京の道を何も考えずに歩く。
もう何も考えられなかった。
古手梨花の死の真偽すら確かめる気力が私にはない。
頭の中に響くのは先ほどまでいた組織の重鎮たちの笑い声。
今まではみんな、あんなにこの研究を評価してくれて、厚生省や防衛省だって協力を申し出てくれた。
それなのに、小泉先生が死んでから全員が手のひらを返したように冷たくなっていった。
「・・・・ご機嫌とりだったんだ」
全員、小泉先生のご機嫌取りになるから評価している振りをしていただけ。
誰も論文そのものを評価なんてしていなかった。
「なんだ・・・・そういうことだったんだ」
私達の研究なんて、最初からどうでもよかったんだ。
どうでもよかったものだったから抹消する。
もう利用価値すらなくなったから雛見沢症候群ごと闇に葬る。
病原体はなくなり、その研究成果を発表する舞台も失われる。
もうお祖父ちゃんの論文が日の目を見ることは二度となくなる。
両親が死に。
祖父が死に。
私はいつも神のサイコロに弄ばれた。
その度に私は抗ってきたけれど、もうやれることが見つからない、立ち上がれない。
「私にはもう・・・・何も出来ない」
今日で何度も流したはずの涙がこぼれる。
身体から力が抜け、地面へと膝をつく。
周囲の人はそんな私を気にもせずに通り過ぎていく。
そんな中、誰かが膝をついて俯く私の前に現れたのがわかった。
私はその誰かを見るために顔をあげ、そして。
◇
「梨花ちゃん、どうしてこんなことに!」
俺の目の前で眠る梨花ちゃんを見ながら叫ぶ。
「耳元で騒がないで」
「あ、ごめん」
眠る梨花ちゃんから小声でそう言われて謝る。
場所は梨花ちゃんの家。
現在村中総出での梨花ちゃんのお通夜の真っ最中だ。
もちろん梨花ちゃんは生きてる。それはもう元気いっぱいなくらい。
「・・・・もう少ししたら鷹野さん達にも伝わるかな」
入江さんから聞いた限りじゃ、そろそろと今日くらいが鷹野さんが東京で話し合いをしているはずだ。
「あうあう、本当にこんなことをしてよかったのですか?」
隣で心配そうにそう告げる羽入に笑いかける。
原作を知らない羽入からしたら困惑するのも当然だろう。
「問題なし、このまま梨花ちゃんは死んだことにする。それで向こうは詰みだ」
「灯火の話はわかっているのです。鷹野が行うことになる終末作戦、それを阻止するために梨花を死んだことにするのですよね。でも、そんなにうまくいくものなのですか?」
「ああ、別にバレてもいいのさ」
羽入の言葉にそう自信満々にそう返す。
重要なのは向こうに古手梨花が死んだにも関わらず、村中が発狂していないということを一度認識させること。
結局のところ、鷹野さんを利用した組織の連中の目的は梨花ちゃんの死を利用しての村の皆殺しを起こさせることだ。
それが出来ないとなれば相手は一度計画を考え直すしかない。
梨花ちゃんの死が偽装であったとしても相手はこう考えるはずだ。
どうしてこのタイミングで古手梨花の死の偽装が起きた?
まさか、自分たちの計画が洩れているのか?
これはその警告なんじゃないか?
相手は敵対派閥が支持している雛見沢症候群の研究で村で皆殺しというトラブルを起こし、その責任を取らせて敵対派閥を潰すことが目的だ。
もちろんそんなことを企んでるとバレたら自分の方が終わる。
そして今回のことで漏れているかもしれないという疑念が生まれる。
そんな中で自分の生涯が終わる可能性がある計画に賭けることが出来る人が何人いるか。
それが大きな組織になるのなら猶更だ。
大きな力を持つ連中ほど、それを失われることを恐れる。
少しでも失敗する可能性が高くなるなら出来るわけがない。
それにバレる可能性だって低い。
この梨花ちゃんの死の偽装は原作よりも派手にやってるからな。
なにせ雛見沢住民二千人がグルだ。
梨花ちゃんの死の原因は古手神社の階段からの転落ということになっている。
そしてそれを何人もの住民が目撃している、ということになっている。
これに事件性はない、梨花ちゃんが一人で転げ落ちて亡くなった。
村の全員がそういうんだ、たとえ嘘でも真実になるさ。
今でも梨花ちゃんのお通夜に何人もの人が訪れている。
全員、眠っている梨花ちゃんが生きていることは知っているが、それでも演技で悲しそうな顔をしている。
何人か迫真の演技で泣いてる人もいる。
村のみんなには梨花ちゃんの死の偽装理由は俺と詩音を狙っていた連中が今度は梨花ちゃんを狙っているためだと伝えている。
そのため梨花ちゃんを死んだことにして守る。
そう園崎家を通して伝え、全員がそれで梨花ちゃんの死の偽装に協力してくれている。
オヤシロ様の生まれ変わりとして敬われる梨花ちゃんが狙われるんだ、みんな必死に守ろうと動くさ。
あとは園崎家がよく使っている話の分かる病院の医者に頼んで古手梨花は死んだと嘘の診断をしてもらった。
そして大石さんには赤坂さんに協力してもらいながら事情を説明して調査の調整をしてもらった。
階段にはそれっぽく事故の後をつくり、大石さんにはそこらをうまい具合に調査した振りをしてもらってる。
これで真偽を確かめるには直接梨花ちゃんの遺体を見るしかないが、それは村が一致団結して阻止する。
今の雛見沢は余所者の侵入を絶対に許さない。
梨花ちゃんまでたどり着きたかったら村の住民二千人を倒してみせるんだな。
「・・・・これ、もし私の死がバレない場合はいつまで死んでればいいのかしら」
「え?まぁ一年くらいじゃね?」
布団の中で死んだふりをする梨花ちゃんがそんなことを言い出すので答える。
「俺だって拷問部屋に監禁されてたんだ、梨花ちゃんだってもちろんやるよなぁ?」
「・・・・この作戦に賛同したのは早まったわね」
俺の言葉に梨花ちゃんは顔を引きつらせる。
まぁでも、そんなことにはならないと思うけどな。
・・・・これで鷹野さんはより追い詰められる。
もともと俺が何もしなくても鷹野さんは追い詰められていた。
研究の中止を指示され、再び支援を得るために動くも全てが無駄に終わる。
そうして心の弱った鷹野さんに組織の人間が悪魔の提案をするんだ。
だが、今回の梨花ちゃんの死で悪魔が携えていた知恵は白紙に戻る。
少なくとも鷹野さんとの接触には猶予が出来た。
それが俺が考えたこの作戦の成果。
このわずかな時間の猶予。
鷹野さんを救うために作り出したわずかな隙。
・・・・ここで何とか鷹野さんを救ってください。
富竹さん。
◇
「鷹野さん」
「・・・・ジロウ、さん」
私の前に現れたのは、ジロウさんだった。
「遅くなってごめん、でももう大丈夫だ」
彼は私と同じように地面に膝をついて手を差し出す。
いつものように、私に優しく微笑みながら。
「君の涙を止めに来たよ」