「これはまた、随分と田舎だな」
東京から数時間かけ電車で乗り継いでようやくたどり着いた場所。
雛見沢村。
緑豊かな土地で東京とはほとんど真逆と言ってもいい場所だ。
引っ越し先の場所を探している時にたまたま目に留まったのがこの村だ。
ちょうど引っ越し先を探し出した矢先にこの雛見沢村で分譲地が出たらしい。
一軒しかない分譲地、せっかくだからと見に来てみれば、予想以上に田舎で驚いた。
・・・・ここでなら俺達はやり直せるのだろうか。
夕暮れに染まる空を見上げながらそんなことを思う。
少し前、息子の圭一が事件を起こした。
通りすがりの子供たちに向かってモデルガンで撃って大怪我をさせてしまったんだ。
・・・・原因は勉強によるストレスだった。
俺は圭一がここまで追い詰められていることをこの事件が起こるまで気付けなかった。
俺は親失格だ。
事が起った後に俺は圭一を殴り、怪我をさせた子の家庭に行き土下座した。
もちろん慰謝料だって十分払った、だがこれで終わりにはならない。
圭一のためになると思って通わせた進学校、そして塾。
だが、俺達の期待が圭一にどれほどの重荷になっているのかわかってなかった。
家族でまたやり直すために俺は東京から離れて新たな場所で生活を始めることを決めた。
「・・・・ここが分譲地か」
売地であることを示す看板を見て目的地に着いたことを知る。
本当に何もない。
買い物に行くのだってここでは苦労するだろう。
遊ぶところだって少ない。
あるのは美しい大自然のみ。
それが悪いとは思わないが、東京とはあまりに生活環境が違い過ぎる。
今の生活環境とはあまりに違い過ぎるこの場所に圭一は耐えることが出来るのだろうか。
「こっちなのですー!」
「あうあうー!待ってほしいのですよー!」
「二人ともはしゃぐと転げますわよ!」
・・・・声が聞こえる。
声の聞こえた方へと歩けば、そこには分譲地の近くを走り回って遊ぶ子供たちの姿があった。
「はぅぅ!追いかけっこする梨花ちゃん達かぁいいよう!お持ち帰りぃぃぃ!」
「あうあうあう!?礼奈が来たのです!早すぎるのですよー!!」
「鬼で来ているのは礼奈さんだけ!誰か一人を犠牲にすれば逃げきれますわ!」
「みぃ、その一人はかわいそかわいそなのです。にぱー☆」
「それ絶対僕ですよね!?あんまりなのですー!!」
広い野原をはしゃいで走り回る少女たち。
その向こうから、また別の子達がやってくるのが見えた。
全員、圭一の年と多くは離れていないだろう。
後からやってきた少年たちは圭一と同い年にも見える。
鬼ごっこでもしているのだろう。
何もない田舎だからこそ、こういった自然の中を走り回る遊びが中心になっているんだ。
みんな、本当に楽しそうに笑っているのがよくわかった。
・・・・あんな風に笑う圭一をいつから見ていないだろう。
こんなことにすら俺は気付いていなかった。
もし、この子達が圭一の友達になってくれたら、圭一もあんな風に笑ってくれるのだろうか。
「ここは良い村なのですよ」
「え?」
近くで声が聞こえて思わずそちらを向く。
そこには先ほど走り回っていた少女の一人が俺の傍に立っていた。
他の二人を見れば、先ほど追いかけていた子に抱き着かれて頬ずりをされている。
「・・・・そうだね、ここには都会にはないものがある気がするよ」
ニコニコと笑う少女を見てそんな感想が漏れる。
そんな俺の言葉を聞いて少女は言葉を返してくる。
「そうなのです。そしてこの村にはないものをあなた達が持ってきてくれるのです」
「・・・・俺達が?そんなものあるかな」
「ありますですよ」
まるで、そうだとわかっているかのように少女は頷く。
少女の言葉を聞くと、不思議とそうなのだと思えた。
「あうー捕まってしまったのですよ」
「かぁいいモードの礼奈さんは反則ですわ」
少女と話していると、先ほどまで離れていた子供たちもこちらへとやってくる。
少し離れて見ていた少年たちもこっちへやってくる。
「あ、もしかしてこの分譲地を見に来たんですか?」
「ああ、そうだよ。タイミングよくここを見つけてね」
「そうなんですね!こんなに早く見に来てくれる人がいるなんてびっくりしました!あ、ここの土地を出したのってうちなんです」
「そうだったのか、君の家がここを」
圭一と同い年くらいの少女の言葉に驚く。
まさかこんなところで提供者の娘さんと会えるとは思わなかった。
「で、どうですかここ!もうここで決めちゃいません?実は今回かなり良い場所を提供したんですよ、すぐ決めないと他の人に取られちゃいますよ!」
「おねぇ、変な押し売りみたいになってるから」
「あはは、確かにここは良い場所だね」
少女たちの言葉に苦笑いを浮かべながら本心を告げる。
この場所でこんな素敵な子達がいるなら、圭一もきっと楽しんで暮らせるに違いない。
「君たちに一つだけ頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」
「みぃ、何でも言ってほしいのです」
俺の言葉に少女たちは笑顔でそう言ってくれる。
それにつられて俺も微笑みながらその頼みを口にした。
「私達がここに来たら、息子の友達になってくれるかな」
◇
「・・・・俺、一言も話せなかったんだけど」
嘘だろ、俺も話したかったのに梨花ちゃんと魅音に全部持ってかれた。
今のって圭一君のお父さんだよな。
それで今のやり取りって圭一君がここに来るかを決める、めちゃくちゃ重要な場面だったよね?
それなのに一言も話せずに完全に背景になってたんだけど。
話してないの俺と悟史だけじゃん。
圭一君の男友達になるんだったら俺達の話を聞きたいって思うだろ。
梨花ちゃん達と話し終わったらこっちに話に来るかなって期待してたのに、なんかすごく満足そうな顔で帰っていったし。
あんな風に帰られたら話しかけられないじゃん!
「・・・・まぁいいや、ここに来てくれるなら」
「お兄ちゃん、ここを分譲地にするのにすごい苦労してたもんね」
「・・・・すごく苦労なんてものじゃないぞ魅音」
事の発端は一か月前。
綿流しも終わってさぁこれからだって時にふと思った。
あれ?圭一君って来るの?ていうか来れるの?
圭一君が来るためには必要なものがある。
土地だ、圭一君たちが住むための家を建てるためには当たり前だけど土地がいる。
そしてこの雛見沢は現在、他所から引っ越したいと思ってる人に対して土地を提供していない。
なぜならお魎さんが余所者が嫌いで雛見沢にその人たちが来るのを拒んでいるからだ。
原作では悟史が失踪したことで魅音がお魎さんに泣きながら叫んだ。
北条家ってだけでどうして悟史達がこんな目に遭わないといけないのかと。
その魅音の涙ながらの叫びにお魎さんも村の空気の入れ替えが必要だと感じ、外から村以外の価値観を持つ人間を招くことを決意して土地を提供したんだ。
だけどこの世界では悟史は失踪していない。
それに北条家と村の確執もすでに解消されていて村は一致団結している。
だからお魎さんも村の空気入れ替えるために新しい人を入れる必要があると感じていない。
それによってもちろん土地だって提供されていない。
おまけに山狗との騒動のせいで村全体が余所者に敏感だ。
・・・・やばくね?
いや本当にまずいぞ!?このままじゃ圭一君が雛見沢に来ないんだけど!?
しかも半分以上俺のせいで!
すぐにこのことを梨花ちゃんと羽入に相談し、そして三人同時に頭を抱えた。
「な、なんてこと。圭一が来れないですって!?」
「あうあうあう!?これは想定外なのですよー!」
三人で阿鼻叫喚の状況を作りながらも作戦を練る。
圭一君には絶対に来てもらわないと困るんだ!
そうじゃないと魅音と詩音が止まらない!
今だって食われるまで時間の問題なんだぞ!
最近二人のハーレム計画が露骨なんだよ!すごい誘惑してくるんだからな!
「も、問題ないわ!古手家で土地を提供する!よく知らないけどうちだって御三家なんだから余ってる土地くらいあるはずよ!」
「それは確認してもらうとして、問題はお魎さんの説得だ。あの人がうんって言わなきゃ土地があっても住めない。くそう、俺は一体何回あの人を説得すればいいんだ」
「よかったわね、あなたの得意分野じゃない」
「得意じゃないわ!もう悟史達の時でお魎さんの説得はお腹いっぱいなんだよ!」
「あうあうあうー!?急にこんなことになって何が何やらなのですよー!?」
三人で目を回しながら話し合い続ける。
結局古手家で土地の提供は出来ず、俺がお魎さんに土下座して何とか、本当になんとか提供してもらえることになった。
◇
そんなわけでなんとか圭一君をこの雛見沢に呼ぶことに成功した今日だが、俺にはまだやるべきことがある。
俺はその人物がいる場所を目指して歩く。
その人物は今日もカメラを片手に雛見沢を歩いていた。
「こんにちは富竹さん」
「灯火君じゃないか、綿流し以来だね」
富竹さんは俺に気付いて笑顔を向けてくれる。
俺もそれに笑顔を返しながら口を開く。
「綿流しの時は鷹野さんと一緒でしたね。実際今どうなんですか?」
「い、いやぁ、あっはっはっは!仲良くはさせてもらってるよ」
「付き合ってるんですか?ていうかもうエッチとかしてます?」
「いやすごくグイグイ来るね!?」
当たり前だ、今日は半分以上今の二人の関係を聞きに来ただけなんだから。
「ていうか前々から気になってたんですけど、鷹野さんのどこに惚れたんですか?」
「ええ、本当に今日はグイグイ来るね」
「やっぱりおっぱいですか?」
「断じて違う!」
違ったのか、半分以上本気だったんだけど。
「・・・・まぁ気が付いたらって感じだね。僕にこういう経験がないというのもあるけど、鷹野さんは本当に凄い人なんだよ、あそこまで情熱をもって何かに没頭できる女性は初めて見た」
そう言って鷹野さんとの出来事を話してくれる。
自分のカメラ談義を飽きずに聞いてくれることや困らせられることもあるけどそれがまた愛嬌があって良いとか。
うん、完全に初心でオタクな富竹さんが悪女な鷹野さんに弄ばれてる。
いやでも詩音の話では鷹野さんは恋愛経験ゼロで変な恋愛知識だけある残念な人って言ってたし、案外お似合いなのか?
「灯火君は鷹野さんのことが苦手かな?」
「・・・・わかります?」
「顔に出ていたよ」
俺の言葉に笑いながら教えてくれる富竹さん。
苦手に決まってんじゃん、何回あの人にビビらされたことか。
「鷹野さんは怖い話が好きだからね、それで灯火君たちを怖がらせているんだろう?前に鷹野さんが教えてくれたよ」
「・・・・そうですね。俺は鷹野さんに散々イジワルをされました、だから今度はこっちがしてやろうって思ってます」
「え?灯火君がかい?」
「はい、鷹野さんにイジワルをしようと思うんです」
俺の言葉に富竹さんは不思議な顔をする。
今まで散々やられてきたんが、今度はこっちの番だ。
綿流しの時は鷹野さんに笑われたけど、俺は本気だぞ。
鷹野さんの過去を知ってるから同情はある。
けど容赦は一切するつもりはない。
俺は容赦できない、だからこそこうして富竹さんに会いに来た。
「きっと俺がイジワルをすると、鷹野さんは泣いちゃうと思うんです」
「・・・・」
「だから富竹さんにお願いがあります」
俺が富竹さんにお願いする役目。
それは東京から山狗を鎮圧する部隊呼ぶことでも一緒に戦ってくれることでもない。
「泣いてる鷹野さんの涙を止めてあげてください」
原作であなたが鷹野さんを救ったように。
この世界でも鷹野さんを救ってほしい。
俺は全力で鷹野さんに勝ちに行く、容赦なんてする余裕はない。
でも救えるなら救いたいって思ってしまう。
この世界は信じる力、思いの力が運命を変える。
だから俺はあなたを信じたい。
あなたなら鷹野三四を救い出せると。
「わかった、もし鷹野さんが君に泣かされてしまったら僕が慰めるよ」
富竹さんは俺の言葉に微笑んで頷く。
今は本気だとは思ってないだろう、所詮は子供の戯言だ。
「・・・・富竹さん、これを」
「手紙?」
「雛見沢で何か大きな出来事が起きたら開けて読んでください。それまでは読まないで持っててほしいんです」
「・・・・わかった、じゃあこれはこのまま開かずにもらっておくよ」
俺の渡した手紙を富竹さんはポーチの中に入れる。
これで俺の役割は終わった。
あとは富竹さんと鷹野さんに任せるだけ。
終わりの時は近い。
この長い長い物語の終わりが。
願わくば、この物語の結末で梨花ちゃんも鷹野さんも、全員が笑っていますように