レナの兄貴に転生しました【完結】   作:でってゆー

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綿流し

季節は巡り、再び夏の季節がやってきた。

 

真冬に地下室に戻されそうになって震えあがり、春に解放された喜びを噛みしめながら学校へ通った。

 

これで四度目になる綿流しの夜。

そしてこれは運命を乗り越えた数でもある。

 

あと一回だ、あと一回運命を乗り越えればすべてが終わる。

 

そしてそれは仲間たちとなら絶対に出来ると確信している。

この世界での信じる力というのは、本当に存在するんだから。

 

さて、カッコいいセリフはここまでにしてまずは自分の運命に抗うことから始めよう。

大きな運命の前にまず、目の前の運命に立ち向かわないといけない。

 

「はい、じゃあこれに着替えてねお兄ちゃん」

 

「・・・・」

 

綿流しの会場に到着した直後に魅音に渡された物を凝視する。

フリフリのスカートに大きく開いた胸元、そしてカチューシャ。

 

どう見てもメイド服だ。

 

おかしい、俺はもうこいつ(メイド服)とは決別したはずなんだ。

昨年の綿流しの時、罰ゲームで負けた俺は確かにメイド服を着ることになった。

 

しかしその後すぐに両親がいる診療所へ向かい、罰ゲームはうやむやになった。

ズルい気がするが、それでも俺は昨年メイド服を着ていないんだ。

 

今までの毎年着ていたメイド服だが、ついにその法則は打ち破られた。

だから今年はもうないだろうと安心していたのに!

 

「去年、結局お兄ちゃんはメイド服を着てないよね?だから今年はその分最初から着てもらうよ」

 

「・・・・」

 

どうやら今年の綿流しは初めからフルスロットルのようだ。

嘘だろ、一年前のことだぞ。普通に考えて時効だろ。

 

「ほらほらお兄ちゃん早く着替えて、祭りが終わっちゃうよ」

 

詩音に急かされながらメイド服を押し付けられる。

ちくしょう!去年のことを言われたら何も言えないだろうが!

 

「はうぅぅ!お兄ちゃんかぁいいよう!お持ち帰りぃぃぃ!!」

 

「・・・・あとでお持ち帰りされるから今は落ち着け」

 

メイド服に着替えた俺を見て暴走した礼奈をなだめながら会場を歩く。

逆に考えるんだ、すでに罰ゲームを受けている俺は無敵なんだと。

 

俺がもし今日行われる罰ゲームを受けたとしても、これ以上俺を辱しめることは不可能なんだ。

 

「灯火、それは前向きなようで全然そうじゃないよ」

 

「・・・・お前がメイド服を着れば礼奈がお待ち帰りをしてくれるかもしれないぞ」

 

「・・・・着ないから」

 

一瞬悩んだな。

俺の横を歩く悟史にジト目を向ける。

 

・・・・原作では今年の犠牲者は悟史だ。

 

雛見沢症候群を発症した悟史が叔母を殺し、行方不明になる。

 

行方不明になった悟史は入江診療所の地下で治療を受けているが、それを妹の沙都子を含めて周りの人たちには知らされていない。

 

これが圭一の疑心暗鬼のきっかけの一つになるんだが、この世界ではありえない。

 

「にーにー!リンゴ飴を買いに行きますわよ!お金を出してくださいまし!三個は買いますわよ!」

 

「待って沙都子、そんなに買ったらお父さんからもらったお金がなくなるよ」

 

悟史の手を握って屋台へ引っ張る沙都子に苦笑いを浮かべる悟史。

この世界には二人を守ってくれる両親がいる、それによって叔母はもちろん鉄平だって近づきようがない。

 

悟史達の父親は鉄平より強いからな、あの人がいる以上悟史達は安全だ。

おまけに公由さんとも仲が良いし。

 

最近仲が良すぎて公由さんは自分の孫や親戚を悟史と沙都子とくっつけようと計画しているように見える。

 

それに二人とも困ったように笑っていたが、どうなるのかね。

 

「みぃ、あっちに美味しそうな食べ物があるのですよ」

 

「どれですか梨花?って見るからに激辛なのですよそれ!?」

 

「あら、だからいいんじゃない」

 

「あうあうあう!やっとみんなと一緒に回れる綿流しなのですよ!なのにいきなり離脱させられるのはあんまりなのですー-!!」

 

少し離れたところでは梨花ちゃんと羽入が二人で屋台の前で騒いでいる。

 

今回この綿流しを一番楽しみにしていたのは羽入だ。

今までずっと俺達を見ているだけだった羽入、しかし去年全員の前に姿を現して自身のことを説明した。

 

それから羽入は実体化で過ごすことが多くなり、本当に楽しそうに俺達と遊んでいる。

 

いきなり現れたことになる羽入だが、不思議と村のみんなからは受け入れられていた。

村の住民は羽入がオヤシロ様であることを無意識に感じ、敬意を払っているのかもしれない。

 

「お兄ちゃんどこから回る?いやどこから見られにいきたい?」

 

「まぁ結局全部回るんだけどね、お兄ちゃんのこの姿を村中に見てもらわないといけないし」

 

「いっそのこと、夏の風物詩にしちゃわない?」

 

メイド服の俺を見てからかいながら両腕に抱き着いてくる魅音と詩音。

詩音も去年から雛見沢症候群を発症していたが、今ではもう雛見沢症候群の影響は見られない。

 

結果として俺の考えすぎだったのだろう。

 

昨年の綿流しの時から詩音はずっと雛見沢症候群の特有の暴走をすることなく落ち着いたままだ。

 

羽入の協力による効果もきっとあったに違いない。

何度か梨花ちゃんが悪ふざけでタバスコ入りのシュークリームをお供えで渡し、気付かず食べた羽入を悶絶させていた。

 

あと詳細はわからないが、魅音と詩音は二人でハーレム計画なるものを進めているという話を聞いた。

 

・・・・圭一君の早期の来訪を俺は心待ちにしている。

 

男としてハーレムは好きだ。

でもそれが全員妹っていうのはちょっとね、うん。

 

圭一君が来ればひとまず礼奈と魅音は落ち着くはずだ。

 

まぁそれはそれとして兄として二人を渡すつもりはないが。

 

っとまぁ、全員が大なり小なりこの一年で色々なことあった。

濃くなかった年なんてないが、それでも俺の中でこの一年がもっと印象深い年になるだろう。

 

なんてたって()()()が生まれたんだから。

 

「あ!お父さんとお母さんだ!」

 

礼奈の声が聞こえて振り返る。

振り返った先には俺と礼奈の両親である二人が見えた。

 

いや二人じゃない、三人か。

 

母さんの押すベビーカーを見て頬を緩める。

 

「・・・・灯火、あなた何て恰好をしているの」

 

母さんの視線を受けて頬を引きつらせる。

 

そうだ、今の俺はメイドだった。

ぐあぁぁぁぁ!母さんに見られた死にたい!!

 

「あらでも意外とセンスがいいわねそのメイド服、今度こういうデザインを考えてみようかしら」

 

「灯火、そんなのが着たいなら父さんに言ってくれれば」

 

「やめて!冷静に観察しないで!!あと父さんも勘違いしないで」

 

これで両親はメイド服のデザインに目覚めたりしたら笑えないぞ。

いや目覚めてもいいんだけど試着は全部礼奈にしてほしい。

 

ていうかメイド服はどうでもいいんだよ!

俺以外の全員が母さんの押してるベビーカーの中にいる子に夢中だし。

 

「はうぅぅ!菜央(なお)ちゃんかぁいいよう!お持ち帰りぃぃぃぃ!!」

 

「せっかく来たのに家に帰ってどうするのよ、もう本当にこの子は」

 

ベビーカーで眠る妹を見て暴走しかける礼奈、そしてそれを見た母さんがため息をつく。

 

菜央、それが俺たちの新しい家族の名前だ。

 

結局俺達が考えた名前は採用されず母さんと父さんが考えた名前になった。

名前を聞いた時は喜んだけど、ちょっとみんな悔しがってた。

 

この名前は母さんが考えたらしい。

 

なぜこの名前なのかと聞くと、思い浮かんだ瞬間、この名前しかないっと確信したと言っていた。

 

母さんにとって大切な人の名前なのだろう。

 

好きなアイドルとか思い出の人の名前を子供につけるなんてよくあることだし。

 

「みぃ、よく眠っているのですよ」

 

「やっぱり灯火と礼奈にそっくりなのです」

 

梨花ちゃんと羽入が菜央をじっと見つめてそう呟く。

ちょうど俺と礼奈の間、言ってしまえば可愛いよりも綺麗になりそうな感じ。

 

これはこの子の将来が楽しみだ。

 

まぁどこの馬の骨とも知らない野郎に渡す気はないが。

 

「・・・・灯火、また変なこと考えてるでしょ。はぁ、そろそろ妹離れをしなさい」

 

「無理」

 

母さんの言葉に即答する。

俺の言葉をわかっていた母さんがため息を吐き、全員が笑う。

 

本当に幸せな光景だ。

 

誰も失っていない、奇跡のような世界。

 

このみんなの笑顔を奪う権利がある奴なんてこの世にいてたまるか。

 

この幸せな世界を壊して地獄に変えるような奴がいてたまるか。

 

なぁ、あんたもそう思うだろ。

 

 

 

鷹野さん。

 

 

「あらあら、全員お揃いね」

 

振り向けばこちらを見て笑う彼女の姿が見える。

事情を知っている者達は鷹野さんに気付いて肩を跳ね上げる。

 

ほんと、何回あんたにビビらされたかわかったんもんじゃない。

 

「こんばんは鷹野さん、お久しぶりですね」

 

「ええ、本当に久しぶりね。茨城に服の勉強をしに行っていたんでしょう」

 

「ええ、まぁ」

 

ほんとは地下室にいたけど。

まさか鷹野さんも俺が地下の拷問部屋で暮らしていたとは思うまい。

 

「どうだったかしら?いい勉強になった?」

 

「そりゃもう、鷹野さんもびっくりしますよ」

 

「ふふ、今着ている服がその勉強の成果なのかしら」

 

「断じて違う」

 

そうだ、シリアスな感じになったけど俺は今メイド服を着ているんだった。

 

なんか鷹野さんと話す時っていつも締まらないんだよな。

 

「今日は富竹さんと一緒じゃないんですか?」

 

「いいえ一緒よ、今は屋台に並んでくれているの。私が食べたいって言ったら喜んで買いに行ってくれたわ」

 

富竹さん、完全に尻に敷かれてますね。

 

ここで二人が良い感じの雰囲気なら()()てもいいと思えるんだけど、これは怪しいなぁ。

 

富竹さんって初心だし、鷹野さんに完全に手玉に取られてる。

 

前に会った時に最後に女の子と手を繋いだのは林間学校のフォークダンスって言ってたし。

 

ひとまず鷹野さんが今日何かするなんてことはない。

というか出来ないはずだ。

 

今も周りには一般人に扮した園崎家の人が護衛してくれてるからな。

 

山狗たちも園崎家と赤坂さんの働きのおかげでいよいよ動けなくなってる。

 

笑ってるように見えるけど、今の鷹野さんの内心は穏やかではないはずだ。

いやそれとも富竹さんのおかげで本当に笑ってたりするのか?

 

「お邪魔しちゃ悪いから私はジロウさんのところに戻るわ、それじゃあね」

 

「さよなら、ああそうだ鷹野さん」

 

「なにかしら?」

 

()()()()()()

 

絶対に勝つ。

宣戦布告をさせてもらう。

 

来年の綿流しの時、勝ってるのは俺達だ。

 

「・・・・ふふ、よくわからないけれど、メイド服をそこまで着こなすあなたには負けるわ」

 

最後くらいカッコつけさせてくれてもいいじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 


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