あれからあっという間に三か月が過ぎた。
嘘ついた、めっちゃ長かったわ。
この三か月で色々変化があったけど、一番の変化をまずは言いたい。
俺の居住区が園崎の家から拷問部屋になった。
日光が、日光が足りない。
確かに部屋にいるのに飽きて脱走をしようとしたのは悪かったよ。
でもちゃんと周囲の確認はしたし散歩するだけのつもりだったんだ。
それを数回繰り返したら拷問部屋に送られた。
こんなとこに住んでるって言ったら母さんたちが卒倒するぞ。
一応母さんたちが来るときは上に出ていいけど、それ以外は本当にここで過ごしてる。
案外住むこと自体は快適、普通に生活できる。
拷問器具はもうインテリアにしか見えないし、魅音達もけっこうな頻度で泊まりにくるから退屈はしない。
でもいい加減外に出たい。
なんとかして脱出するために計画を練る必要があるな。
でも正規の扉は封鎖されてて俺では開けられない。
仮に外に出られても見張りがいるから脱出は難しい。
だが、正規ではない方法でなら脱出は可能だ。
俺は原作知識によってこの地下にある古井戸から外に出れることを知っている。
前に試しに途中まで降りてみたけど確かに梯子の途中で穴があったのを見た。
風も来てたし確実に外に繋がっている。
これで脱出自体は可能。
だがこれはあくまで最終手段だ、普通に頼んで外に出れるならそれでいいし。
「おっはよーお兄ちゃん。起きてるー?」
ちょうどタイミングよく魅音が降りてきたみたいだ。
魅音は詩音や梨花ちゃんと違って話を聞いてくれるから頼めばいけるかもしれない。
「お!ちゃんと起きてるね!ご飯持ってきたよ」
「ありがとう魅音、今日のご飯は誰が作ったんだ?」
「私の手作りだよ、おすすめは卵焼きだね」
魅音から朝食を受け取る。
魅音も一緒に食べるつもりみたいで食事をもって俺の横に座る。
「魅音、いい加減外に出してくれ。暇すぎて死にそうだ」
「あはは、私としてはやり過ぎだと思うし出してあげたいんだけどねぇ」
そう言って魅音は苦笑いを浮かべる。
魅音の言いたいことはわかってる、詩音と梨花ちゃんが許さないんだろ。
くそう、また礼奈たちが遊びにくるまで外は無理か。
これ以上ここにいるなら本当に脱出するぞ。
「そういえば雛見沢に東京から警察が来るみたいだよ。休暇中に家族でみたいだけど」
「・・・・東京から?」
魅音がご飯を口に運びながらそう口にする。
それを聞いて食事の手が止まる。
おいおいそれって赤坂さんじゃないか?
違うかもしれないが、前にまた来てほしいって言ったからな。
その約束を守るために遊びにきてくれたのかもしれない。
でも時期が悪い、よりによってこのタイミングかよ。
「やっぱりお兄ちゃん怪しいって思う?この時期に外から警察だもんね」
「え?いや待てお前ら何をする気だ?」
苦々しい顔を浮かべた俺を見て勘違いした魅音が何やら呟く。
そうか、確かに魅音達から見れば赤坂さんが味方と判断できないのか。
「とりあえず今は様子見かな、でも雛見沢に来たら接触してみるのも考えてる」
「その人はおそらく赤坂さんだ」
俺は赤坂さんの情報を魅音に伝える。
俺のせいで赤坂さんと園崎家がぶつかり合ったなんて笑えないぞ。
特に葛西、言っておかないと絶対二年前の件で赤坂さんに絡みに行きそうだ。
でも赤坂さんが雛見沢に来てくれた。
それも梨花ちゃんが殺される年よりも早く。
この機会を無駄にはしたくない。
「俺も赤坂さんに会いたい。魅音、だから俺も外に」
「ダメ」
俺の願いは魅音に即却下される。
さっきは悩んでくれたのに。
「その赤坂さんって人をお兄ちゃんは信用してるみたいだけど、私達はその人を知らないからね。悪いけど信用できない」
「・・・・」
「詩音たちには伝えておくよ。でも会うのは諦めて。今の時期は他所の人間と会うのはたとえ味方だとしても危険だよ」
「・・・・わかったよ」
真剣な表情でこちらを見る魅音に何も言えなくなる。
これは何を言っても出してはくれないな。
だが、この機会を無駄にしたくない。
「今日は礼奈が来るから地下から出られると思うよ。本当に悪いけどそれで我慢して」
「・・・・ああ」
「ごめんねお兄ちゃん、じゃあ私は一度上に上がるよ。また来るからね」
そう言って朝食を食べ終えた魅音が立ち上がる。
俺がそれを手を振って見送り、魅音が上に上がった後に考え込む。
魅音には悪いが、ここで赤坂さんと会う機会を逃すなんてことは出来ない。
悪いが脱走させてもらうぞ。
今日は礼奈が来るらしいし、その時に礼奈に赤坂さんへ伝言を頼めないだろうか?
集合場所を決めて、俺は井戸を通ってそこに向かう。
人気のない場所を選べば山狗はもちろん、他の人にだって見つからない。
出る場所も山の中みたいだし、人に見つからずに移動するのも容易だ。
あとは念のため時間稼ぎをしてくれる味方がほしい。
具体的には俺がいない間に俺の振りをしてくれる人だ。
中には定期的に人が来るからな、人の気配がなければ怪しまれる。
「・・・・そうなると誰に頼むかだな」
俺が外に出ると知ったらほとんどの人が止めるからな。
頼みを聞いてくれるのはせいぜい悟史くらいか。
都合よく悟史が遊びに来てくれたら頼めるんだが。
「あうあうあうー灯火、遊びに来たのですよ」
可愛らしい声をと共に上空から羽入が登場する。
羽入は透過できるからな、ここまで簡単に来れる。
そのおかげでもっとも頻繁に俺のところに来てくれてる。
・・・・ふむ、羽入か。
この三か月でもっとも変わったのは羽入だ。
まず詩音に姿を見えるようになってから他の全員に自身の姿を見えるようにした。
そして自身の口から自らのことをみんなに伝えたのだ。
自分がオヤシロ様と呼ばれる存在であること。
ずっとみんなを見ていたこと。
そして、俺たちの仲間になりたかったこと。
羽入は緊張からか震えて涙を浮かべていたが、それでも自分の本心をみんなに伝え、もちろん俺達はそれを歓迎した。
最近は姿を見えるようにするだけでなく実体化をしてみんなで遊んでいる。
俺が外に出れないから家でトランプとかをして遊んでいる時だけだが。
早く羽入も連れて外でみんなで遊びたいものだ。
さて、話は逸れたがこの俺の身代わりの役割、羽入はどうだろうか?
羽入は悟史と一緒でなんやかんやで俺が変なことをしても協力してくれる。
なんというか心配はしてるけど、それ以上に信頼してくれてるって感じ。
詩音たちはその逆。
羽入なら俺の脱出に協力してくれるかもしれない。
ていうかシュークリームで取引できるんじゃね?
「・・・・羽入、ちょっと実体化してこっちに来てくれ」
「はい、なんですか灯火?」
俺の言葉に何も疑うことなく実体化して近づいてくれる羽入。
羽入はそのまま俺の目の前までやってくる。
そして俺は近づいた羽入の両肩に両手を置く。
「あう?あうあうあう!?と、灯火!?まだ子供の灯火にそういうのは早いと思うのですよ」
何か盛大な勘違いが起きているようだが気にせず口を開く。
「羽入、実はどうしても頼みたいことがあるんだ。これは羽入にしか頼めない」
「あうあうあう!?ぼ、僕にしか!?」
真っ赤な顔の羽入、真剣な表情で彼女の肩を掴む俺、状況は2人きり、場所は人気のない場所でしかも布団の上。
一体羽入はこの状況で何に勘違いしているというんだ。
うん、気が付いたけど面白いから黙ってよ。
「ああ、でも簡単だ。羽入はこの布団の中に入ってくれているだけでいい。あとは俺に任せてくれ」
「ええええ!?あとは俺がやるって!?あうあうあう!?」
真っ赤な顔に加えて目も回し始める羽入。
しまいには頭から煙がでそうだ。
そろそろ誤解を解いておこう。
この悪ふざけを続けて羽入の機嫌を損ねるのはよくない。
「実は羽入、もうすぐ雛見沢に赤坂さんが来る。そして俺はここから抜け出して赤坂さんと話がしたいんだ」
羽入に真剣な表情で伝える。
電話で話すことも出来るだろうけど、俺が赤坂さんと話す内容を考えると直接が望ましい。
何より赤坂さんとは誰にも聞かれない場所で二人っきりで話したいんだ。
今回は俺は赤坂さんに鷹野さん達に関わる情報をほとんど話すつもりだ。
それこそ未来の情報すら含めて。
これは雛見沢とは関係ない、言ってしまえば部外者の赤坂さんだからこそ話せる内容だ。
部外者である赤坂さんは鷹野さん達の死角になり得る。
赤坂さんに頼むのは外からの監視と調査、相手が動き出そうとした時にプレッシャーを与え、迂闊に行動できなくさせる役割だ。
そのためには赤坂さんには俺の持ち得る情報を共有しておきたい。
そしてその内容に雛見沢症候群すら含まれる。
だから魅音達には教えられない、自分の中に寄生虫がいるなんて話、知らないならその方が良いに決まってる。
羽入に俺のこれからすることを伝えて協力を頼む。
最初は顔を赤くさせてしていた羽入だったが、すぐに真剣な表情に変わった。
「わかりました、僕に任せてくださいなのです」
「ありがとう羽入、もし梨花ちゃん達が来てバレそうになったら逃げてくれていいからな」
俺が羽入に頼むのはあくまで一時的な時間稼ぎだ。
もし羽入が代わりをしていることがバレたら梨花ちゃん達が羽入に俺の居場所を聞き出すために何をするかわからない。
「大丈夫なのです。見つかっても僕と梨花の仲なのです。たとえバレても謝れば許してくれるのですよ」
盛大なフラグのような気がするが気にしないでおこう。
まだ魅音達に見つかった方が羽入は助かりそうな気がしてならないが、気にしちゃダメだ。
よし、これで俺がいなくなってからの時間稼ぎは羽入がしてくれる。
あとは集合場所を決めてそれを礼奈に伝えてもらうだけだ。
◇
集合場所に決めた小屋の中で赤坂さんを待つ。
中はあれから修理をしたのか綺麗になっている。
ちょうど椅子があったので腰かける、夕方くらいまで待って来なかったらいったん帰らないとな。
羽入の時間稼ぎもいつまで持つかわからないし。
っ!ドアノブが回った!!
万が一の場合を備えて懐にある銃に手を置いておく。
ここに来るまでに誰にも見つかっていない自信がある。
だからここに来るのは場所を伝えた赤坂さんだけだ。
緊張を表には出さずに自信満々の笑みのまま相手を迎える。
扉が開き、相手の顔が視界に入る。
精悍な顔立ちに真面目そうな表情。
俺の知る赤坂さんだ。
よし!ひとまず賭けには成功!!
あとは赤坂さんに俺の持ってる情報を共有して今後の鷹野さん達の戦いに協力してもらえるように頼むだけだ!
「ふ、さすが赤坂さん、よく来てくれました」
緊張が解けて、かつ会えたことが嬉しくて変なテンションになる。
我ながらここを集合場所に選んだのはまさに天才の発想だったな。
さぁ、早速赤坂さんと現在の状況の共有を。
「「「お邪魔します」」」
その声を聞いた瞬間、俺は反射的に逃げ出そうと動く。
しかし足を組んでいたせいで動けずに無様に椅子から転げ落ちる。
バ、バカな!?どうして詩音たちがこの場所に!?
あ、赤坂さん!?
「・・・・すまない」
信じられないような目で俺は赤坂さんを見ると、赤坂さんは小さくそう呟いて俺から目を逸らす。
どうやら赤坂さんに伝えた俺の言葉は三人にも伝わってしまったようだ。
待て、ということは羽入は。
「・・・・あの子なら先に逝ったわ」
そうか、羽入は先に逝ったか。
やっぱり許されてないじゃないか羽入。
今、空を見れば満足そうな笑みの羽入の姿が浮かんでそうだ。
だが安心しろ、俺もすぐに逝くから。
「「・・・・お兄ちゃん」」
魅音と詩音が床に転げ落ちた俺に至近距離まで近づく。
その目には明らかに怒気が宿っていて、これから訪れる未来を簡単に想像させてくれる。
そしてその後ろにはさらに深い黒に瞳を染めた梨花ちゃんが俺を見下ろしている。
ふと梨花ちゃんの両手を見ると何かを持っているようだ。
その手にあるのは
なんてものを持ってるんだ梨花ちゃん。
俺の居住区が拷問部屋から犬小屋になりそうな予感。
・・・・どっちがマシなんだろうな。