事の始まりは綿流しから次の日のことだ。
結局、診療所に行った後に俺と礼奈は綿流しには戻らず、そのまま家へと帰ってきた。
梨花ちゃんもなんとか奉納演舞には間に合ってみたいで綿流し自体は問題なく終了、今年も表面上は何も起こってはいない。
しかし裏の舞台では色々なことがあった。
詩音の雛見沢症候群の発症。
そして鷹野さんの策略。
あの人、詩音に余計なこと言って詩音に俺を殺させようとしやがった。
それは一応なんとかなったけど、すぐに山狗どもが詩音を捕らえるために来やがったし。
相手は俺達が子供だからって油断してくれていたのが幸いだった。
あそこにもし葛西がいたなら姿を現すことはなかったかもしれないが、危険を冒してでも強行手段に出た可能性もある。
その場合は向こうも武装を持ってきてるだろうから面倒なことになってたな。
いやでもよく銃なんて貸してくれたな。
まぁ・・・・それだけ信用してくれてるってことだよな。
この信頼を裏切るようなことにならないようにしないと。
さて、とりあえず今はそれは置いておくとして。
「はうーはうー礼奈がお姉ちゃん。礼奈がお姉ちゃんになるぅ」
いい加減この子をなんとかしないと。
「礼奈、正気に戻れ」
俺の部屋に来てすぐにトリップした礼奈に声をかける。
生まれるのはまだ十か月は先だぞ。
「はっ!?礼奈は何を」
「よし、正気に戻ったか」
頭に数回チョップを入れて正気に戻す。
これはあれか、かぁいいモードのその先の世界なのか。
トリップするほどの集中してるみたいだし、これを操ることができるなら。
いや、わけがわからないな。
「ほら、礼奈が来た用事はこれだろ?」
礼奈に勝手に俺の部屋に侵入してきた者を渡す。
毎度おなじみの呪いの人形(笑)だ。
こいつ、前に俺が櫛で髪をとかしてあげたのが気に入ったのか定期的に櫛をもって俺の部屋に来るようになった。
朝起きたら目の前にこいつがいて、その横には櫛が置かれている。
いや、普通にホラーだわ。
文字通り無言の圧力を感じて今日も櫛で髪を整えるしかなかった。
今に見ていろ、赤ちゃんが生まれたらお前を渡して遊び相手にさせてやる。
赤ちゃんに弄ばれるがいいわ。
「ありがとうお兄ちゃん!またいなくなってて。そういえば聞いてお兄ちゃん、礼奈ね、お姉ちゃんになるんだよ」
「うんうんそうだな」
もう五十回は聞いた。
「えへへ、礼奈がお姉ちゃん、はうぅ、はうぅ。赤ちゃんかぁいいよう、お持ち帰りぃ」
いかん、またトリップしやがった。
「灯火ー園崎さんから電話が来てるわよー」
「んん?りょうかい、今そっちにいくよー!」
母さんからの電話の連絡が届いて立ち上がる。
礼奈はもう放置でいいな。
三十分もあれば再起動するだろう。
「もしもし、お電話代わりました」
「あ、お兄ちゃん。おはよー」
母さんから受話器を受け取って耳に当てると魅音の声が聞こえる。
相手は魅音だったか、一応茜さんかと思って敬語だったけど必要なかったか。
「どうした?電話なんて珍しいな」
いつもは用件があれば直接来るからな。
結局そのまま遊ぶからいいんだけど。
「ちょっとお兄ちゃんに用事があってさ。今からうちに来れない?」
「ああ大丈夫だ、俺も行くつもりだったし」
まぁ十中八九、綿流しの時の件だよな。
あの夜に狙われたのは俺だけじゃなくて詩音もだ。
きっと詩音が事情を説明したんだろう。
大事な娘が狙われたんだ、話を聞くのは当然だろう。
あの後、診療所で詩音と葛西にはすぐ帰るように伝え、家に帰った後に電話で状況を確認してた。
ただ昨日は徹夜することになった。
あの状況で寝られるかこの野郎。
昨日は俺の我儘で家族全員川の字で寝たけど俺だけ何度もこっそり布団から周囲を伺ってた。
さすがに日が昇ったら眠気に負けて部屋に戻って寝たけど。
待て。ってことはあの人形!朝に俺の部屋に侵入してきやがったのか!?
確かに部屋に入った時は何もなかったぞ。
朝でも動けるのかよ!怖いわ!!
「じゃあ今から迎えに行くね。すぐ行くから準備してて」
「わかった」
魅音からの連絡に頷いてから電話を切る。
詩音も昨日は興宮に帰らずにこっちに泊まってるから一緒だろう。
さて、正直まだ眠いがそうは言ってられないな。
気合を入れるために自身で頬を叩く。
そしてほんの数分で家の前に車が到着する。
・・・・早すぎだろ。
これ絶対俺の家の近くにいたやつだ。
「母さん父さん、ちょっと魅音達の家に行ってくるから」
慌てて準備をして両親に出かけることを伝える。
礼奈は、うん放置だな。
この話を聞かせたくもないし。
そのまま礼奈に伝えずに外に出て、止めてあった車の乗り込む。
「若、おはようございます」
「葛西だったのか、おはよう。昨日はありがとう」
「いえ、お気になさらずに」
葛西は静かにそう告げて車を発進させる。
まさかあの後からずっとここで見張ってくれてたとかじゃないよな?
・・・・ありそうだ、本当に葛西には頭が上がらない。
そのまま葛西は俺一人を乗せて園崎家へと向かう。
さぁて着いたらなんて説明するべきか。
まず詩音が魅音達にどう説明したかだな。
そもそもあの時は必死だから詩音に状況を説明できていなかった。
詩音にはどうして自分が狙われたのはわけがわからない状況だったはず。
それをそのまま魅音達に伝えているだけなら俺がその詳細を説明できる。
でもあの時の詩音は末期ではないとはいえ、雛見沢症候群を発症していた。
その詩音の頭の中であの襲撃の理由をどう解釈したかは不明だ。
上手いこと詩音から話を聞いて状況を説明しないと。
「若、到着しました」
「ありがとう」
葛西に礼を告げて園崎の広い敷地内に足を踏み入れる。
今はもう慣れたけど広いよな。
ここにいればとりあえず山狗でも監視は難しいだろう。
詩音にはしばらくここにいてもらったほうがいいな。
・・・・さらに安全なのはここの地下だな。
前に行ったことはあるけど、拷問器具とかある物騒な場所だが安全なのは確かだ。
あの場所があるところを一瞥して園崎家の室内に入る。
「おはようお兄ちゃん。ごめんね急に呼び出して」
「いや、俺も用があったからちょうどよかった」
室内入ると魅音が迎えてくれる。
そのまま魅音の案内に従って廊下を進む。
「詩音は?」
「寝てるよ、ずっと起きてたからね。それと梨花ちゃんも来てるから」
「梨花ちゃんも?」
梨花ちゃんがここにいることに首を傾げるが、まぁちょうどいいか。
梨花ちゃんにも事情を説明しないとって思ってたからな。
そのまま深くは聞かずに魅音の後をついていき、やがて一つの部屋に到着する。
・・・・これはいつものパターンだな。
絶対この中に茜さん達がいるやつだ。
「・・・・失礼します」
部屋のふすまを開けて中に入る。
そのまま視線を中に向ければ予想通りいるのは茜さんだ。
「おはよう灯火、昨日は大変だったらしいね」
「いえ、茜さん達のおかげで問題なかったです」
「それは何よりだ、座って話そう」
「・・・・うっす」
覚悟を決めて茜さんの対面に座る。
ひとまず茜さんから借りていた物を返すか。
「とりあえず、これをお返しします」
懐に入れていた銃を取り出して茜さんの前に置く。
これには本当に助けられた。
けど、ずっと待ってるようなものじゃない。
持ってると安心する反面、けっこうストレスもたまるんだよな。
「ふむ、それを返してもらうかはこれから決めるよ」
茜さんは俺が置いた銃を一瞥してからそう告げる。
「事情は詩音から聞いたよ。昨日の夜にあんたと詩音を狙った奴らがいたそうじゃないか」
「・・・・はい」
やっぱり詩音から聞いてるか。
だがこれで話はしやすい。
「これで二度目だね。あんたが狙われるのは」
「・・・・二度目?」
一度目はなんだ?
鷹野さん達にはっきりと狙われたのはこれが初めてのはずだが。
「だいたい二年前かね、あんたと葛西が病院に運ばれたのは」
「・・・・そうでしたね」
まぁ確かに狙われたみたいなものか、あれは俺が自分から首を突っ込んだだけだけど。
山狗が大臣の孫を攫ったのを何とかするために自分から突っ込んだんだ。
「あの時、入院中のあんたの前で相手に落とし前はつけさせるって言ったが、もう二年近く経っちまった」
「・・・・」
「それで今回のことだ。あっはっはっは!相手も随分と私達をコケにしてくれるじゃないかい!」
そう言って笑う茜さんだが目は笑っていない。
どうやら茜さんの中で前回と今回は同じ敵だということで確定のようだ。
そして、それは間違ってはいない。
「しかもうちの詩音にまで手を出そうとしやがった」
茜さんは笑みを消して鋭い眼光で今もどこかにいる相手を睨みつける。
「今回ばっかりは絶対逃がさないよ。必ずケジメをつけさせる」
やべぇ、茜さんが本気でキレてる。
しかしこれは非常に頼もしい。
これで山狗も迂闊には動けなくなるぞ。
上手くいけば、そのまま山狗を東京に追い返すことだってできるかもしれない。
これはこのビッグウェーブに乗るしかない!
「だったら俺も手伝いを!」
なるほどな、だから銃を返すかをこれから決めるってことか。
そういうことなら銃はこれからも持ってないとな。
「あんたはダメ」
「おっと?」
俺の言葉をきっぱりと断った茜さんに思わず声が出る。
てっきり俺もその山狗を追い詰めることに参加するものだって思ってたんだけど。
「あんたは安全が保障できるまでここにいてもらうよ。当然あんたの両親にも確認するけどね」
「・・・・しばらくここに泊まるってことですか?」
「そこら辺はあんたの妹たちから話を聞きな。私はこれから忙しくなるから失礼するよ」
そう言って茜さんは立ち上がる。
そしてそのまま襖をあけてどこかへ行ってしまった。
残されたのは俺と、俺が置いた銃だけ。
「泊まらないならこれを持てってことか」
銃を手に取って眺める。
・・・・本当に重いなぁ。
「灯火」
じっと銃を眺めていると後ろから俺の名を呼ばれる。
振り返れば、そこには梨花ちゃんの姿があった。
「梨花ちゃん、ちょうどよかった」
「・・・・」
ここで話すのはあれだが、話せるなら早い方がいいだろう。
梨花ちゃんは俺の名前を呼んだっきり黙り込む。
陽光が影になって梨花ちゃんの顔がよく見えない。
「梨花ちゃん?」
反応のない梨花ちゃんに首を傾げているとゆっくりと座る俺へと近づいてくる。
黙ったまま俺の目の前まで来た梨花ちゃんは、そのまま両腕を俺の肩に乗せる。
そして押し倒された。
・・・・んん?
ちょっと待って。お兄ちゃん、こういうのはまだ早いと思うの。