「じゃあ行ってくる!二人は俺が戻るまでホテルにいてくれ」
「わかったわ、気を付けて」
「パパー?」
ホテルに戻った俺は急いで動きやすい服装に着替えて再び外に出る。
ホテルを出る時に美雪が不思議そうに首を傾げながら呼んでくる。
「美雪、パパは少し外に出てくるから良い子にしてるんだよ」
「みゆきもいくー!」
「ごめんな、美雪はママとお留守番しててくれ。なるべく早く戻るから」
「ぶー!」
頬を膨らませて抗議する美雪の頭を撫でて外に出る。
もしあそこに灯火君がいるのなら尾行には注意しないといけない。
灯火君がリスクを冒してまで俺と会おうとしているんだ、俺が尾行されて敵にバレたじゃあ話にならない。
・・・・今のところ敵意ある視線は感じられない。
だがここからはより神経を研ぎ澄ます。
とりあえずホテルの正面からは出ずに裏口から出る。
そして遠回りになるが、何度も迂回を繰り返して進んでいこう。
しかし興宮はそれでいいとして、問題は雛見沢に着いてからだ。
なるべく人に見られたくないが、狭い雛見沢でそれは中々に難しい。
よっぽど土地勘があればそれも可能かもしれないが、俺があそこに行くのはまだ二回目だ。
さて、どうしたものか。
「・・・・・」
移動方法に悩んでいる最中に近くで俺を見ている気配を捉えた。
仕事上、敵意がある人の視線はわかりやすい。
・・・・しかしどうしたものか。
前回はこれで勘違いしてしまったからな。
敵意があるからと言って本当に敵だとは限らない。
また向こうが俺のことを勘違いしているのか、それとも二年前の件なんか。
とりあえずこのままにはしておけないな。
わざと迂回を繰り返して相手の視界から消える。
本来なら一気に制圧するところだが、敵じゃない可能性がある以上、力での制圧はなるべく避けたい。
相手の気配からおそらく少し離れたところから見ている。
・・・・ひとまず相手の正体を確かめるか。
相手がいるであろう場所から障害物を利用して死角に入る。
そしてそのまま相手の視界に映らないように注意し、かつ素早く移動を開始する。
相手はおそらく一人か二人。
撒くのは簡単だが、仲間を呼ばれるのは面倒だ。
「・・・・」
俺を追っているならここまで来るはずだ。
その場合通ってくるルートから俺の場所は死角になっていて見えない。
一人、二人程度なら物の数じゃない、敵なら一瞬で制圧できる。
「・・・・来たか」
相手も慎重に移動しているためゆっくりとした足取りだ。
だが、ある程度進まないと俺の場所は見えない。
やがて相手がこちらへと近づき、相手の姿が俺の視界に入る。
「っ!?君は」
視界に入った者の正体に思わず声を上げてしまう。
「っ!!そこね!!」
俺の声を聞いた相手が手にもっていたスタンガンを構えてこちらへと接近してくる。
スタンガンから明らかに普通では出せないほどの電撃が洩れている。
あんなのくらった大人でも気絶するぞ。
「待つんだ!俺は敵じゃない!」
「じゃあこれをくらって大人しくしなさい!」
俺の制止の声を無視して相手は突っ込んでくる。
この子は俺の勘違いじゃなければ園崎魅音、園崎家の次期当主になる女の子じゃないか。
二年前に一度会っているが、大きくなってるから一瞬わからなかった。
「仕方ない」
彼女は右手に持つスタンガンをこちらに突き付けてくる。
だが腕の速度は一般女性のそれで躱すのは簡単だ。
「っ!はやいわね!」
俺は彼女の突進を躱して距離をとる。
下手にこちらからアクションをするのはよくない。
正直言えばスタンガンは何とかしたいが、彼女も攻撃手段を持っていた方が余裕があって話を聞いてくれるだろう。
「落ち着いてくれ。もう一度言うが俺は敵じゃない」
「しらばっくれるな。さっきペットショップでお兄ちゃんのことを探してたでしょ」
お、お兄ちゃん?あ、灯火君のことか。
それにペットショップでの様子もバレているようだ。
さて、どうするか。
彼女はどうやら灯火君が俺に礼奈ちゃんを経由して集合場所を伝えたことを知らないらしい。
伝えるべきか?
上手くいけば俺が敵じゃないという証明になるかもしれない。
だが灯火君の状況がわからない以上、彼女にこの情報を伝えることを望んでいないかもしれない。
・・・・いやここは正直に話すか。
彼女とこれ以上敵対したくはない。
ここで無理やり撒いてさらに誤解されたら本当に命がけになるかもしれない。
それに雛見沢まで誰にもバレずに行くことは難しいと思っていたからな、地元民の彼女と一緒ならそこはなんとか出来るだろう。
灯火君も彼女なら一緒に来ても問題ないだろうし。
・・・・それに、俺の視界外からあの男が俺を狙っているだろうしな。
どこからか刺すような殺気が届き、冷や汗を流す。
俺がもし彼女に何かすれば、弾丸が飛んでくることだろう。
「今から事情を説明する」
覚悟を決めて彼女に事情を説明する。
◇
「・・・・ちょっとついてきて」
俺から事情を聞いた彼女は無表情になってどこかへと移動していく。
俺も無言で付いていき、やがて公衆電話へと到着する。
そのまま彼女は電話ボックスの中に入ってどこかに連絡を入れる。
俺は外にいるから聞こえないが、仲間と情報を共有して状況を把握しているのだろう。
「・・・・少しこのままここで待って」
少しして連絡を終えた彼女が電話ボックスから出てきてそう告げる。
電話ボックスから出てからずっと俯いていて表情は見えないが、雰囲気がさっきと明らかに違っている。
・・・・これは、もしかして俺は選択を間違えたか?
内心で冷や汗を流す。
俺のせいで灯火君を生命の危機に貶めていたりしないよな。
やがて俺と彼女のところに車が一台停車する。
彼女は止まった車に無言で乗り込み、俺にそこに乗るように言ってくる。
流れ的に灯火君のところに行くのだろうが、大丈夫だろうか。
内心心配しながら車の中へと乗り込む。
そして運転席へと目を向ければ、予想通りそこにいたのは昨日あったサングラスの男。
さっき俺を狙っていたのは間違いなくこの男だ。
「・・・・また会いましたね」
「・・・・ええ、どうやら若から何か言われたようで」
わ、若?あ、灯火君のことか。
いや灯火君、君は本当に何者なんだい?
「葛西出して、途中でおねぇと梨花ちゃんを拾って」
「わかりました」
え?梨花ちゃんも来るのかい?
それにおねぇって、どういうことだ?
困惑して状況に追いつけない俺を乗せて車は動き出す。
そしてしばらく無言のまま車が走り続け、やがて雛見沢に到着する。
そしてある場所で一度車は止まり、扉が開く。
「「・・・・」」
無言で梨花ちゃんが入ってきた。
その後に、あれ?なんで魅音ちゃんが?
前に乗っているはずの彼女を見れば、さっきまで結んでポニーテールにしていた髪を解いておろしている。
まさか姉妹だったのか?
そういえば病院でも二人いたような。
あの時は慌ていたから記憶が曖昧になってしまっている。
「り、梨花ちゃん?」
「・・・・」
無言で俺の隣に座る彼女に思わず声をかける。
俺の声に無言で俯いていた彼女はゆっくり顔をあげる。
「・・・・赤坂、手錠をもっていますか?」
「・・・・もってないかな、ほら今日はオフだから」
「・・・・みぃ、残念なのです」
「「・・・・」」
それきりまた無言になる梨花ちゃん。
手錠を手に入れてどうするつもりなのかは怖くて聞けない。
「しょうがないから、僕の手持ちで何とかするのです」
「・・・・」
梨花ちゃんの両手にそれぞれ握られている物が目に入る。
おかしいな、二つともさっき俺がいたペットショップにあったものだ。
明らかにこれから行く場所には必要ない。
俺は梨花ちゃんからそっと目を逸らす。
俺がいない間に本当に雛見沢に、いや梨花ちゃんに何があったんだ。
◇
「・・・・到着しました」
運転席の男の声と共に車が停車する。
梨花ちゃんを乗せてから車は再び走り出し、やがて目的の場所へと到着した。
「「「・・・・」」」
停車した車を彼女達三人が無言で降りる。
俺も頬を引きつらせながら車を降りた。
車を降りた先には以前、誘拐されていた大臣の孫である犬飼君を助けるためにここに来た小屋がある。
小屋を見て二年前の苦い思い出が蘇る。
・・・・俺の予想が正しければ灯火君はここにいるはずだ。
小屋の扉は閉まっていて中は見えないが、近くの地面には確かに誰かが通った跡がある。
「・・・・赤坂、お先にどうぞなのです」
「え、俺が行くのかい?」
扉を指さしながらそう告げる梨花ちゃんに思わずそう聞き返すが梨花ちゃんにそのまま頷くだけだ。
「わかった、じゃあ早速」
小屋に近づいてドアノブに手をかける。
特に鍵がかかっていない扉はあっさりと開く。
そして扉を開けると中の様子が視界に入る。
狭い室内には物はなく、中心に椅子が置いてあるだけだ。
そしてその中心に一人の少年が座っていた。
「・・・・ふ、さすがですね赤坂さん。よくここまで来てくれました」
「・・・・灯火君、久しぶりだね」
中にいたのは、やはり灯火君だった。
彼は椅子に足を組んだ状態で座って不敵に笑う。
「礼奈に伝えてもらったメッセージがちゃんと伝わってよかったです。正直来てくれなかったら困ったことになってました」
「・・・・困ったことって?」
「いやぁ、実はずっと前から妹たちに監禁されてまして、今日は何とか抜け出して来てたんです。だから赤坂さんが早く来てくれてよかった。遅いと大騒ぎになりますから」
「・・・・」
・・・・すまない灯火君。
笑顔で俺に事情を説明してくれる彼に思わず顔をおおう。
どうやら俺は盛大に選択肢を間違えてしまったようだ。
「まぁ、あいつらもここの場所はわからないでしょうから大丈夫です。ふ、我ながらナイスアイデアってやつですね」
足を組み替えて指を顎に当てる灯火君に何も言えなくなる。
カッコつけているところ本当に申し訳ないけど君はすでに詰んでいるんだ。
「じゃあとりあえず今の雛見沢の状況から説明を」
「「「お邪魔します」」」
ドガラシャ!!!
これは灯火君が盛大に椅子から転げて落ちた音だ。
小屋に入ってきた彼女達を見た瞬間、逃げ出そうとしたけど足を組んでいて動けず、そのまま椅子から転げ落ちてしまっている。
「な、なんでこの場所が!?あっちは羽入が囮でいるからバレるはずが」
「・・・・あの子なら先に逝ったわ」
信じられないようなものを見るように灯火君にそう告げ、梨花ちゃんが何やら不穏な言葉を返す。
「あ、赤坂さん!」
「・・・・すまない」
縋るようにこちらを見つめてくる彼に対して俺は目を逸らす。
「「お兄ちゃん」」
「ひぃ!!?」
彼に詰め寄るそっくりの姉妹。
その背後に凍えそうなほど冷たい空気を纏う梨花ちゃん。
両手には車で見た例の物達が握られている。
小屋の中に彼の悲鳴が響いた。