「「・・・・」」
小屋の中と外で無言が続く。
俺の予想が正しければ、中にいるのは園崎の人間。
さらにもしかしたらあの時灯火君と一緒にいた男の可能性がある。
・・・・さぁ、どうしよう。
中にいるのが園崎の人間だとしたらこれ以上戦う意味がない。
というより戦えば戦うほどまずい状況になる。
どうにかして園崎の人間である確証がほしいな、中にいる人があの時灯火君と一緒にいた人間だとしたら話が早いんだが。
「・・・・中にいる人、聞いてくれ」
室内から声を頼りに狙撃されないように小屋の幹を盾にしながら話しかける。
「俺はたまたま雛見沢に来ていた人間だ。雛見沢が何かまずい状況なのは気づいているが、詳細は一切知らない。さっきはつけられていると気づいて攻撃してしまった、すまない」
「・・・・」
「雛見沢にはもう立ち寄るつもりはない。だから見逃してくれ」
今の状況で梨花ちゃんや礼奈ちゃんの名前を出すのはまずい。
相手が本当に園崎家の場合、彼女達の名前を出せば信じてくれる可能性が増すが、そうである確証がない。
もし中の人間が園崎家ではなく梨花ちゃん達が敵対している人間なら俺に利用価値があると判断される可能性がある。
だから言えるのはここまでだ、これで納得してくれ。
「・・・・」
俺の言葉に返答はなく静けさが続く。
耳をすませて室内の音を確認する、そして相手が引き金を引く音を捉えた。
「っ!?」
その音が聞こえた瞬間に小屋にもたれていた身体を外に投げ出す。
そのすぐ後に俺がさっきまでいた場所の壁から弾丸が貫通して地面へと埋まる。
くそっ!やはりそう簡単に終わりにはならないか!!
地面に受け身を取ってすぐに動き出せるように身構える。
弾丸が出来てきたのは俺の足があったあたりだった。
つまり相手は俺を殺すのではなく無力化するつもりだ。
だったらまだ話し合いの余地はある!
「聞け!あんたが園崎家の人間なら俺は敵じゃない!!身元の証明だってできる!だから話を聞いてくれ!!」
「・・・・」
変わらず相手からの返事はない。
しかし、小屋から相手が姿を現すのが見えた。
「っ!やっぱりあんたか。俺は赤坂衛、警察官だ、あんたとは二年前に会っているが覚えているか?」
「・・・・ああ」
室内から現れた男はやはりあの時灯火君と共にいた男だった。
よし、これで園崎家であることは確定。
後はこの勘違いをとけばいいだけだ。
「二年前、てめぇのせいで若が傷ついた。やっとその落とし前をつけれそうだ」
相手の言葉に思わず動きを止める。
「・・・・もしかしてそのために俺をつけてきたのか?」
そうなると話が違ってくる。
俺はてっきり園崎家が俺を敵の仲間だと勘違いして襲ってきたのだと思った。
しかし、そうことじゃなくて単純に二年前の因縁で報復に来ただけだったのか?
・・・・考えてみれば当たり前のことじゃないか。
どうしてその考えを見落としていた、相手はあの園崎だぞ。
「てめぇが奴らの仲間なのかは関係ない。俺はてめぇに若の件の落とし前をつけさせる、それだけだ」
「・・・・わかった。そういうことなら話は別だ」
姿を見せた相手に手を上げたまま立ち上がる。
あの件は完全に俺の落ち度だ。そのケジメをつけろと言われれば俺は拒むつもりはない。
さすがに命をとられるのは困るが、それ以外なら抵抗することなく受け入れる。
警察官として本来なら取り締まるべきところだが、これは警察官としてではなく俺個人の問題だ。
すまない、雪絵、美雪。
「・・・・」
俺が手を上げて動かないのを見て相手は銃口をゆっくりと俺へと向ける。
そして、手に持つ銃の引き金を相手は引いた。
「っ!?」
耳に届いた発砲音に固まる。
・・・・当たってない?
視線を下に下げれば俺のいる地面から煙が出ている。
この距離がこの男が外すわけがない、だったらわざと外したのか。
「・・・・本当はお前の身体に風穴を開けたいが、若からやめろと言われてる。命拾いしたな」
そう言ってこちらに向けていた銃を下す。
どうやらまた灯火君に救われたらしい。
「・・・・てめぇが奴らの仲間じゃないのもさっきのでわかった。だからそのまま失せろ、そしてここにはもう来るな」
そう言って男は俺に背を向けて歩き出す。
俺が避けなかったことでそう判断したのだろう。
・・・・命がけだったが、結果的に俺に対する誤解を解くことは出来たようだ。
「・・・・人生って本当に上手くいかないものだな」
空を見上げて思わずそう呟く。
結局俺は、ここでは恩も借りもケジメも何もすることは出来ないのか。
◇
「そうですか、それは災難でしたねぇ」
「・・・・いえ、自業自得ですよ」
電話越しに聞こえる大石さんの声に苦笑いを浮かべながらそう返す。
今日は色々ありすぎて本当に参ってしまった。
俺は今日の出来事を大石さんと共有する。
俺に出来ることももうほとんどない、せいぜい出来るのは大石さんに情報を渡すくらいだ。
きっと大石さんなら灯火君たちの助けになってくれるだろう。
「貴重な情報をありがとうございます。このことは誰にも言いませんので安心してください」
「・・・・お願いします」
「んっふっふっふ!後のことは私に任せて赤坂さんは家族サービスをしてあげてください」
電話越しに大石さんの明るい声が耳に届き、少しだけ救われた気持ちになる。
大石さんならきっとうまくやってくれるだろう。
「・・・・そうさせてもらいます。大石さん、情けない限りですが後のことはよろしくお願いします」
「ええ、任せておいてください。明日はどちらに?」
「ホテルの方に聞いた観光名所を回ろうかと。あ、それと大石さん」
「なんでしょう?」
「雛見沢にペットショップってありますか?」
今日礼奈ちゃんが言っていたことを思い出して大石さんに尋ねる。
まさか本当にペットショップにいるとは思えないが、それでも念のためだ。
「ペットショップですか?いえ、雛見沢にはありませんね。興宮には一つありますよ」
「そうですか、ありがとうございます」
雛見沢にはないか。
念のため明日にでも興宮の方には行ってみるか。
いや・・・・やめておこう。
これ以上余計な事をして梨花ちゃん達の迷惑になりたくない。
「では私はこれで。赤坂さん、あまり気にしないほうがいいですよ。東京のあなたにここの問題は本来何も関係ないんですから」
「・・・・ええ、そうですね」
「んふっふっふ!今度会うときは麻雀に付き合ってもらいますよぉ」
最後に大石さんらしい言葉と共に電話が切れる。
・・・・これでいい。俺の出来ることは終わった。
受話器を戻しながら俯く。
出来ることなら梨花ちゃん達の力になりたかった。
でも、当本人達に必要ないと言われてしまった以上、俺に出来ることなんてない。
「あなた?電話終わったの?」
俺が電話を終えたのを見て雪絵が話しかけてくる。
俺もそれに気持ちを切り替えて答える。
「ああ、終わったよ。今日は一緒にいられなくてごめん」
「いいのよ、ここのホテル高かっただけあって施設が充実しててゆっくりできたもの」
「ならよかった。明日は一緒にいられるから観光名所を見て回ろう」
「いいの?何か用事があったんじゃ」
「いやもう終わったから大丈夫だ」
気を使ってくれる雪絵に感謝しながらそう告げる。
俺がこれ以上関わってもろくなことにはならないだろう。
梨花ちゃんの話では一年半後には落ち着くらしいから、その時にまた来ればいいさ。
「パパ、だっこー」
「はは、いいぞ。よいしょ」
こちらに両手を広げて抱っこの体勢をする美雪を抱き上げる。
ああ、やっぱり二人と一緒だと落ち着くな。
本当なら梨花ちゃん達に二人のことを紹介したかったが、こうなってしまった以上諦めるしかない。
「パパどこかいたいのー?」
「え?」
美雪が俺の顔をじっと見つめながらそう聞いてくる。
「パパーのいたいのーとんでけー!とんでけー!」
俺の顔を触りながら一生懸命そう言ってくれる美雪。
・・・・なんだか泣きそうだ。
「ああ、美雪のおかげで痛くなくなったよ。ありがとう」
そう言って美雪の頭を撫でる。
美雪は頭を撫でられながら嬉しそうに声を出して笑う。
まだ・・・・俺に出来ることはあるかもしれない。
礼奈ちゃんのあの最後の言葉。
あれは明らかに不自然だった。きっと礼奈ちゃん自身が考えた言葉じゃない。
誰かが礼奈ちゃんにあの言葉を言うように指示を出したんだ。
それは誰だ?
そんなのは決まっている、灯火君だ。
灯火君が礼奈ちゃんを通して俺に何かを伝えようとしたに違いない。
考えろ、灯火君の伝えたい何かを読み解くんだ。
礼奈ちゃんの言っていた言葉は『最近お兄ちゃんはペットショップがお気に入りみたいでよくそこにいるみたいです』だ。
ペットショップによくいる。
このペットショップは何かを変えた言葉に違いない。
きっとその変えた言葉の場所に灯火君はいるのかもしれない。
自身の居場所を伝えた、つまり俺にそこに来てほしいということなのだろう。
・・・・なんで俺が来たことを知ってるんだという疑問は無視しよう。
そのほうが俺の精神衛生上良い。
考えたら梨花ちゃん、俺が来るのを知ってた風だったなぁ。
いやまぁ、前の時も俺が来たことはバレてたからま、今更だ。
ペットショップか、ひとまず明日行ってみよう。
そこに何かヒントがあるのかもしれない。
「パパー?」
考え事に集中してしまっていた俺は美雪の言葉で我に返る。
「ああ、ごめんごめん。考え事をしてしまってたよ」
「またいたいのー?とんでけーするー?」
「いやもう大丈夫。美雪のおかげだよ」
「えへへー」
灯火君、俺が助けられることがあるなら教えてくれ。
必ず力になる。