「・・・・もうすぐ雛見沢か」
バスに揺られながら外の景色を眺める。
すでに景色には自然が溢れ、雛見沢が近いことを教えてくれる。
このバスには二年前にも乗ったな。
あの時は観光客に扮して雛見沢に来ていたけど、今回は本当に観光客だ。
いや、これからのことを思うと前回と大して変わりないかもな。
もちろん雛見沢の景色を見てみたいし、梨花ちゃんにも会いにいくのだけれど、本当の目的は大石さんの言っていた雛見沢の妙な雰囲気というものの調査だ。
もしその妙な雰囲気で困ったことになっているようなら力になりたい。
それに雪絵や美雪を雛見沢に連れてきたいからな、そのために一度雛見沢の様子を見に行くのは必須だ。
俺が今日一人で雛見沢に行くのを見送ってくれた雪絵。
美雪は自分も一緒に行くと頬を膨らませていたからな、早いところ雛見沢の問題をなんとかしないと。
そんなことを考えるとバスが停車する。
無事雛見沢についたようだ。
「・・・・」
バスを降りながら以前のことを思い出す。
前の時は観光客に扮して大臣の孫の調査をここでしていた。
その時に脅されたのが、たとえこの村で殺されたとしても村全員が口裏を合わせればバレないということ。
だからもしこの村が本当に大臣の孫誘拐に関わっていた場合、
俺がそれを調べにきたことがバレれば口封じに殺されるかもしれないと言われたな。
確かバスを降りてすぐに何気なくバスの方に目を向ければ全員が俺を見ていてびっくりしたな。
「「「・・・・」」」
そう、今みたいに。
窓からいくつもの目が俺を見つめている。
二年前のあの時は気のせいだと思っていたが、今回は違う。
「・・・・」
バスの中の人たちと目を合わせないように視線を外す。
あの時は驚きのあまり放心してしまったが、今は冷静だ。
大石さんが余所者に対して妙な感じがするというのはこのことだろう。
自分も今見て確信した。
今この雛見沢では確実に何かが起こっている。
バスが行ったのを確認してため息を吐く。
あまり長居するのはよくなさそうだな。
「さて、まずはどこから行こうか」
ある程度いろいろな場所の様子を見て回りたい。
そして可能なら梨花ちゃんと会いたいな。
梨花ちゃんなら今の雛見沢の現状を教えてくれるかもしれない。
「・・・・そういえば彼女達と初めて会ったのもここだったな」
目の前のあるバス停を見て当時を思い出す。
あそこに梨花ちゃんが眠っていて、灯火君が僕をからかってきたな。
当時のバス停にはダム建設反対に関するポスターが数多く張られていたけど、今は全ては剝がされているようだ。
「行こう」
バス停から目を離して村へと向かう。
「・・・・」
◇
懐かしい景色を楽しみながら村を歩く。
これで何もなければ本当に最高だったんだけどな。
「「「・・・・」」」
見られてるな。
表情には出さないが心の中で顔を引きつらせる。
大石さん、妙な雰囲気どころじゃないです。
大石さんはずっと前から興宮にいて雛見沢の住民とも顔見知りだ。
だからこれほど見られることはなかったんだろう。
住民達は意識していないようにしているつもりだろうけど、こちらからは見られていることはバレバレだ。
・・・・しかし、ここまでだと住民に質問とかは出来そうにないな。
せめて知り合いがいればいいんだが。
そう意味ではやはり梨花ちゃんに頼るしかないか。
もしかしたら一人で来たのは失敗だったか?
雪絵や美雪と家族で来ていればここまで警戒されなかったかもしれない。
でも、何があるかわからないところに二人を連れてくるわけにはいかなかったからな。
「・・・・あの子は」
古手神社へ向かおうとしたところで前に見知った女の子を見つめる。
「・・・・あれは礼奈ちゃんだよな」
礼奈ちゃんとは二年前に会ったことがある。
向こうは覚えていないだろうけど、僕はよく覚えている。
園崎家の敷地内という印象のある場所で出会ってたし、可愛いらしい子だと思っていたな。
いや、もちろん子供としてね。
・・・・一体誰に言い訳をしているんだ俺は。
しかし、どうするか。
出来るなら礼奈ちゃんに話を聞いておきたい。
なぜなら彼女は灯火君の妹だ。
今の灯火君の現状を確認するのにこれほどの適役はいないだろう。
しかし今までの住民の様子を考えると藪蛇にならないとは言い切れない。
リスクを避けて礼奈ちゃんには話しかけずに梨花ちゃんの下へ急ぐという考え方だってある。
・・・・いや、ここは話しかけよう。
ここで逃せば彼女と話す機会はないかもしれない。
「こんにちは礼奈ちゃん」
「はう?」
俺が彼女の名を呼ぶと不思議そうに振り返ってこちらを見る。
そして可愛らしく首を傾げながら口を開いた。
「こんにちは、えっと・・・・」
「いきなりごめんね。僕は赤坂、君とは一度会っているのだけど覚えているかな」
「・・・・あ!お兄ちゃんが入院した時に大石さんと一緒にいた人ですよね!」
礼奈ちゃんはしばし俺の顔をじっと見つめ、思い出したように当時の状況を口に出す。
うん、その度は本当にご迷惑をおかけしました。
「思い出してくれてありがとう。ちなみに怪しい者じゃないからね、大石さんと同じ警察官なんだ」
「・・・・そうなんですね!でもどうして今日はここに?」
「ああ、久しぶりにここに来たくてね。仕事を休んでここに遊びに来たんだ。君のお兄さんは元気かい?」
納得いったように頷く礼奈ちゃんに灯火君について確認する。
俺は灯火君がここにいないということを知らないことにして、礼奈ちゃんから情報を得られないと試す。
「・・・・」
「灯火君や梨花ちゃんには二年前にここに来た時にお世話になってね。ぜひ会って当時のお礼を改めてしたいんだ」
口を閉じてじっとこちらを見る礼奈ちゃんに微笑みながらそう口にする。
内心では冷や汗が流れ始めた。
やっぱり藪蛇だったか?
「お兄ちゃんは今ここにはいません。服の勉強をしに遠くに行ったんです」
礼奈ちゃんの口から出たのは大石さんと同じ情報。
礼奈ちゃんの表情や口調を見て、俺は
・・・・これは嘘だ。でもそうなると話が変わってくる。
灯火君は雛見沢から出ていない?じゃあここにいるのか?
ここで礼奈ちゃんが嘘をつく理由はなんだ?
「そうなのかい!?それは残念だよ。いつ頃戻ってくるかわかるかな?」
内心で高速で考えが回りながらも驚きの表情を作って礼奈ちゃんからさらに情報を得るために口を開く。
さりげなくだ、聞いても不自然ではない質問を選んでそこから考察していく。
「・・・・」
礼奈ちゃんは俺の顔をじっと見つめながら口を閉じる。
その目はまるで俺の内心を見透かしているかのようだ。
しかし俺はあくまで純粋に灯火君の様子が気になるという表情を維持する。
「・・・・赤坂さんは何をしにここに来たんですか?」
礼奈ちゃんは俺の質問に答えずに逆に俺に質問をしてくる。
しかしその質問はすでに俺が答えていたものだ。
「え?さっきも言ったように久しぶりに雛見沢を見たくなってね。それに灯火君や梨花ちゃんにも会いたかったし」
不思議に思いながらも礼奈ちゃんにもう一度説明する。
それに対して礼奈ちゃんはじっと俺を見つめながらゆっくりと口を開く。
「・・・・嘘、じゃない。でもそれだけじゃないですよね?」
「え?なんのことだい?」
礼奈ちゃんの言葉に内心で猛烈に焦る。
うわぁ、やっぱり藪蛇になってしまった。
礼奈ちゃんはこちらから目を逸らすことなくさらに口を開く。
「・・・・赤坂さんがここに来たのはお兄ちゃんに何か用があるからじゃないですか?」
「えっと、確かに以前のことで謝ったり、これから仲良くなりたいから話したと思っていたけど。特別な用事があるわけじゃ」
「嘘だ」
俺の言葉を礼奈ちゃんは一言で切り捨てる。
引きつりそうになる頬を無理やり維持する。
なんというか流石灯火君の妹さんというだけあって普通の女の子ではないな。
異常に勘がいいのか?これは下手な嘘はつけないな。
どうする?もういっそのこと正直に言うか?
話してる限り礼奈ちゃんはこちらを警戒してはいるけど悪意のようなものは感じられない。
これは経験上のものだが悪いことをしてそれを隠しているような人間は見ればわかる。
そしてこれは完全に俺の勘だけど、次彼女に嘘をついてバレれば、もう話を聞いてもらえないような気がした。
「・・・・すまない、本当は灯火君に用事がある。最近雛見沢で妙な雰囲気がしているという話を聞いてね。彼が何か関係しているんじゃないかと思ったんだ」
周りに聞こえないように注意しながら礼奈ちゃんに俺がここに来た理由を伝える。
以前は任務上のためとはいえ、周りを騙した上でそれなのに自分は勝手に疑心暗鬼になってしまっていたからな。
前回と同じ轍を踏めないためにも、ここは礼奈ちゃんを信じて誠実でいよう。
「・・・・赤坂さんはお兄ちゃんに会ってどうするつもりですか?」
「彼が困っているなら力になりたい。雛見沢で何か良くないことが起こっているならそれを何とかするために手伝いたいんだ」
「・・・・」
礼奈ちゃんはじっと俺を見つめながら言葉を聞き続ける。
今の彼女達の事情はまったくわかっていない。
もしかしたらこの行動が礼奈ちゃん達の迷惑になってしまっている可能性だってある。
だが、ここでじゃあ何もしないというのは嫌なんだ。
「・・・・なんとなくですけど赤坂さんは悪い人じゃないように思います。でもお兄ちゃんについては教えられません」
そう言って礼奈ちゃんは俺に頭を下げてくる。
突然の謝罪に固めていた表情を崩して礼奈ちゃんに頭をあげてもらう。
「い、いやこちらこそ無理に聞いてすまない。無神経だった」
残念だが礼奈ちゃんからこれ以上話を聞くことは無理そうだ。
「・・・・最近お兄ちゃんはペットショップがお気に入りみたいでよくそこにいるみたいです」
「・・・・え?」
「それだけです、さようなら・・・・赤坂さんはもう帰ったほうがいいと思います」
その言い残して礼奈ちゃんは俺から離れてどこかへ歩いていく。
そして俺はそんな彼女に何も言えずに見送るしか出来ない。
ペットショップ?
一体どう意味だ?普通に考えれば茨城にいる灯火君がペットショップに行くのにハマっているという意味だけど、さすがに違うよな。
・・・・ダメだな、いくら何でも情報が足りない。
帰ったら大石さんにここら辺にペットショップがあるか聞いてみるか。
一度礼奈ちゃんと話して得た情報をまとめる。
・・・・収穫はあるにはあった。
まず灯火君はここにいる可能性がある。
そしてその場合、その事実は秘匿されている。
どうして灯火君をここにいないことにしているのかわからないが、この雛見沢の変化に灯火君は間違いなく関わっている。
「・・・・帰ったほうがいいか」
きっとそうなのだろう。
彼女は俺の身を案じていってくれたのだと思う。
これは俺の考えの一つだが、もし灯火君の身に何か危険が迫っていてそのため隠れているケース。
その場合、今の灯火君は危険な状態に置かれていることになる。
もし俺の考えが正しいなら、力になれる。
こういった時に鍛えた身体と得た経験なんだから。
「・・・・引くにしろ進むにしろ、梨花ちゃんに話を聞いてからか」
俺がいないほうがいいのなら戻るつもりだ、だがもし俺の力を必要としているなら絶対に助ける。
改めて自身の決意を決め、俺は梨花ちゃんがいるであろう古手神社へと向かった。