「それで、これからどうする気?」
梨花ちゃんがこちらにそう問いかけてくる。
場所は梨花ちゃんの家。
そして俺と梨花ちゃんと羽入によるいつもの作戦会議の時間。
「正直、梨花ちゃんの両親が狙われる理由はないかなって思う」
「ええ、それは同意見」
俺の言葉に梨花ちゃんは頷く。
去年、悟史と沙都子の母親が雛見沢症候群を発症して以来、梨花ちゃんの両親は鷹野さんに協力的なままだ。
原作では二人が女王感染者である梨花ちゃんの協力を止めさせようとしたため鷹野さんに殺された。
つまり、今の鷹野さんは二人を殺す理由なんてない。
「・・・・一応気を付けるべきなのは沙都子の母親がもうすぐ退院するってことね。私の母は彼女を救うために協力してたから」
「退院したら協力をやめるかもしれないってことか?」
「いえ、その可能性は低いと思うわ。ただ今ほど積極的ではなくなるでしょうね」
「・・・・それぐらいなら問題ないだろ」
梨花ちゃんの言葉を聞いて考えるが、協力をしなくなるわけじゃないんだ。
しかし梨花ちゃんは表情を明るくせずに再び自分の考えを口にする。
「確かに私の両親を狙うことはないでしょうね。でも、両親を積極的にさせるために餌を作る可能性があるわ」
「餌?お金でも渡すとか?」
今は悟史達の両親を助けるために無償でやってる状態だが、これからはお金を払うことで協力を取り付けるとかか?
「わかったのです!シュークリームなのですよ!報酬にシュークリームをいっぱいあげるのです!」
「おバカは黙ってなさい」
元気よく挙手をして答えた羽入に冷たい視線を送る梨花ちゃん。
そして落ち込む羽入を見て、ため息を吐きながら自分の意見を口にした。
「もっと効果的なのがあるでしょう?助ける人がいなくなったのなら作ればいいんだから」
「・・・・代わりの患者を用意するってことか」
梨花ちゃんの言葉を聞いて答えを見つめる。
新たな雛見沢症候群の患者が入院すれば確かに梨花ちゃんの母親もその人の助けになろうとこれまで通り積極的に協力をしていくだろう。
「で、でも!そう都合よく雛見沢症候群を発症している人が入院するとは限らないのですよ!」
「別に本当に発症していなくてもいいのよ。普通の状態じゃない人を入院させて雛見沢症候群だって言えばいい。専門知識のない母親たちにそれを嘘だって見抜くことは出来ないわ」
「確かにそれだけならいくらでもやりようはあるな」
治療用に使っている薬だって使い方を間違えれば精神や肉体を壊すんだ。
人に異常を引き起こすくらい鷹野さん達には簡単なことだろう。
研究のために人殺しを行った鷹野さんだ。
研究のために人を薬物で壊すようなことをしてもおかしくはない。
一応、この世界ではまだそういったことをしてはいないと思う。
でも、だから大丈夫だろうと楽観視はできない。
「も、もしそんなことを鷹野がするのでしたら、その相手は誰なのでしょう」
「「・・・・」」
梨花ちゃんの言葉を聞いて呟いた羽入の言葉に俺と梨花ちゃんはそれぞれ黙り込む。
もし鷹野さんがそれを実行する場合、もっとも可能性の高い人は誰か。
そんなもの、考えるまでもない。
「まぁ、可能性の話だ。鷹野さんだってそれを行うリスクを考える。現状が安定しているのだからリスクを背負ってまでする可能性は低い」
「話を終わらせようとしないで」
この話題を終わらせようとする俺に梨花ちゃんが詰め寄る。
この時点で梨花ちゃんが俺と同じ考えであることを察した。
「もし鷹野がこれを実行する場合、真っ先に選ばれるのは灯火、あなたよ」
「っ!?梨花!どういうことなのですか!?」
梨花ちゃんの言葉を聞いた羽入が目を見開いて叫ぶ。
どうやら羽入は俺が狙われるとは思ってなかったようだ。
「あんたはあの場にいなかったわね。私の目の前の男は一度鷹野に喧嘩を売ってるのよ」
「っ!?何をしたのですか灯火!!」
かつてないほど真剣な表情の羽入に問い詰められて言葉がつまる。
梨花ちゃんの言っているのは去年の綿流しの後の出来事だろう。
悟史達の母親が診療所に運ばれた後、鷹野さんが悟史達の母親を研究材料にするんじゃないかと焦った俺が牽制のためにそれをやめるように伝えたのだ。
だが、言ってしまえばそれだけだ。
実際に行動に起こしたわけじゃないし、あれ以降に鷹野さん達と揉めたなんてことはない。
ウザイとは思われてそうだが、リスクをおかしてまで殺しにくるとは思えない。
まぁ、大臣の孫を誘拐してた時に邪魔したから山狗には恨まれてそうだけど。
俺がそう説明するが、二人の表情は晴れない。
むしろより真剣な表情でこちらへと近寄ってくる。
そして声を荒げさせながら梨花ちゃんが俺の服を掴む。
「ちゃんと理解して!今の考えを本当に鷹野がした場合、あなたは極上の餌なのよ!!」
「・・・・まぁわかるけどさ。俺ももし狙われるなら自分の可能性が高いとは思ってるよ。でもリスクをおかしてまでとは思えない」
俺を狙うよりも簡単な方法なんていくらでもある。
診療所には毎日雛見沢の住民がやってきているんだ。
薬を偽って渡して雛見沢症候群のような症状を出させることだってできる。
いや、そんなことをしなくたってすでに近しい症状の人がいたとしてもおかしくはない。
俺は診療所には通ってないから患者にするつもりなら襲うしかない。
だがそれは相手からしたらリスクがでかい。
雛見沢では有名な自覚はあるし、しくじれば面倒なことになることは向こうだってわかってるだろう。
何より俺一人だけを狙ってくるなら対応できる自信がある。
これでも園崎家では何年もしごかれてるんだ、俺を殺さず捕まえようとしても派手に抵抗して周囲の人に知らせることはできる。
多人数でとなると見つかるリスクが高くなる。
それで鷹野さんの秘密部隊である山狗の存在がバレればこっちのものだ。
富竹さんに連絡して強引に彼らを捕まえてもらえばいい。
「そのリスクをおかしてでもあんたを襲うかもしれないって言ってんのよ!」
俺の説明を聞いた後でも梨花ちゃんは引き下がらない。
そして俺へ叩き込むように口を開いて叫ぶ。
「あなたがもし雛見沢症候群を発症したら私の母は必ず助けようとするわ、それこそ沙都子の母の時よりずっと積極的になるでしょうね!それだけじゃないわ!あなたが倒れたら礼奈たちの精神面で大きな負荷がかかる、それこそ雛見沢症候群を発症してもおかしくないほどに!そしておまけとばかりにあなたの口封じもできる」
梨花ちゃんは俺の服を両腕で掴んだまま言葉を続ける。
瞳は揺れ、彼女の中の不安が俺に伝わる。
「今の鷹野がどれくらいあなたのことを邪魔だと思っているかはわからないわ。でも、これだけあいつにとって都合の良い状況になるのなら、いつあなたが襲われても全く不思議じゃないの」
「・・・・」
梨花ちゃんの言葉に黙り込む以外の選択肢がとれない。
正直気が抜けていた。
梨花ちゃんの両親が死ぬ可能性が低い時点で安心していた。
詩音のことは心配だが、結局のところよくある恋愛の悩みだ。
原作の様に悟史の問題をなんとかしようとして悩み、そして悟史が失踪してしまったわけではない。
詩音と園崎家の関係も原作よりは良好だ。
本来ではお嬢様学校に幽閉されているが、今は俺たちと一緒の学校にいる。
原作ではこれらによるストレスによって雛見沢症候群を詩音は発症した。
これらがない以上、今の詩音に原作ほどのストレスが溜まる要素はない。
そして俺が鷹野さんに狙われたとしても一人ならなんとかなると考えてた。
「・・・・悪かったよ梨花ちゃん。正直気を抜いてた、ちゃんと気を付けて行動するよ」
梨花ちゃんに頭を下げる。
今回ばかりは俺の考えが足りなかった。梨花ちゃんがしっかりと考えてくれていなかったら最悪の結果になっていたかもしれない。
「・・・・ダメ、許さない」
頭を下げた俺に対して梨花ちゃんは未だに服を掴んだままそう答える。
まさかの答えに思わず固まる。
え、もしかして俺が思ってる以上に怒ってる?
どうしよう、礼奈なら怒ってても頭を撫でたら簡単に機嫌を直してくれるんだけど。
「・・・・許してほしいの?」
「ああ、どうすれば許してくれるんだ?」
俯いたままの梨花ちゃんからの言葉にすぐに食いつく。
何を要求してくるつもりだ?
さすがにトウガラシを百個食べろとかはないだろ。
真面目な話だったし、きっと死なないでとか無事でいてなどのお願いだろう。
ふ、梨花ちゃんのような美少女にうるんだ瞳でそんなこと言われたら、全力で応えるしかないな。
「今日から綿流しが終わるまでここに泊まって。そして私から離れないで、絶対に」
予想以上に重かった。
「さ、策士なのです!梨花がいつの間にか僕もびっくりするほどの策士になっているのですよ!」
真面目な話の間にぶっこんできたのですよ!っと横で叫び声をあげる羽入。
とりあえず考える。
綿流しまで泊まる?綿流しまで1か月くらいあるんだけど。
「さ、さすがにそれは。ほら詩音の件もあるしさ、あんまりそう勘違いが起きそうなことは」
いくら梨花ちゃんが俺より年下だとしても誤解を受ける可能性は十分にある。
ただでさえ前の飲み会の時に面倒なことになっているんだ、ここで一か月も一緒にいたらもう取り返しのつかない事態になりえる。
「詩音ね。結局、あなたは彼女のことをどうしたいの?付き合いたいの?」
「・・・・わからん。俺は今のままで十分楽しいし、みんなとの関係も壊したくない。でも詩音が本気ならしっかりと考えたい」
正直のところ、詩音はどこかで悟史とくっつくだろうと思っていたんだ。
魅音だって圭一がきたらそうなるだろうと思ってるし、礼奈は血のつながった俺の妹だ。
だからみんなのことは妹としか見てなかったしそれで満足している。
ただそんな原作はすでに崩壊している。
悟史は礼奈に惚れてるし、園崎家と古手家で妙な取り合いが起きてるし、詩音は悟史ではなく俺に惚れているという。
あれか、妹としか見てないから下心がなくて逆に無自覚に口説いてる行動をしてたのか?
「とりあえず彼女達とは兄妹の関係がいいのでしょう?だったらこの状況を利用しなさい」
「この状況を利用?」
梨花ちゃんの言葉に頭にクエスチョンマークが生まれる。
「私と付き合ってることにすればいいのよ、そうすれば彼女達も引き下がるわ。泊まりこみの言い訳にもなるしね」
「・・・・まじで?」
梨花ちゃんの案に思わずそう答える。
ああ、だからあの飲み会の時に梨花ちゃんは俺が婿だとかを言い出したのか。
「心配しなくても、そのうち振ってあげるわ。そうすれば全部元通りでしょう?」
「・・・・いつ振るかは言ってないのです。やっぱり梨花は策士なのですよ」
小声で羽入が何かを言っているが小さくて聞き取れない。
確かに梨花ちゃんの案なら比較的なんとかなりそうではある。
飲み会の場でも羽入や沙都子に惚れていることにして難を逃れようとしたし。
「・・・・じゃあ」
っとその案で行こうと言いかけて口を閉じる。
待て、落ち着いて考えろ。
確かに良案に見えるがやばい落とし穴があるぞ。
この案の問題は相手が梨花ちゃんだということだ。
古手家の一人娘にしてオヤシロ様の生まれ変わりとして村から住民から大人気の梨花ちゃん。
そんな彼女と付き合って、さらに別れた日には村中から石を投げられてもおかしくはないんじゃないか?
いや、酷い場合は村中で結託して強制行方不明コースとかも。
あ、あぶねぇ!危うくガチ鬼隠しに遭うところだった。
「・・・・とりあえずそれはなしで。お泊りの件は一応両親に聞いてみるよ」
まぁ無理だろうけど。
「・・・・わかったわ。でも本当に気を付けて」
俺の言葉に梨花ちゃんは少し間を置いた後にそう答える。
妙な感じになったが今日はこれでお開きだ。
無理だろうけど帰ったら両親に泊まれるかだけ聞いてみるか。
◇
「え、梨花ちゃんの家にお泊り?じゃあ礼奈も行くね!!」
うん、これも知ってた。