今日から投稿を再開します。
ちょっとしたお知らせとかは活動報告に書いてますのでここでは簡潔に。
この作品はすでに完結まで書いております。
なのでもう失踪はない!
毎日朝7時に投稿しますので読んでくれると嬉しいです。
「・・・・え、ええ?何を言ってるのお兄ちゃん?」
おねぇの振りをしていた私にお兄ちゃんははっきりと私の名前を呼んだ。
それを聞いて顔を引きつるのをなんとか抑えながら魅音の振りを続ける。
バレた?なんで?
一瞬で私が詩音だと看破されたことで頭の中が真っ白になる。
私とおねぇの変装がバレたことなんて両親にすらないのに。
真っ白になった頭の中で昔の記憶が蘇っていく。
まだ幼かった頃、私とおねぇが灯火と初めて会い、次の日に家に招待した時の記憶。
灯火は私とおねぇの見分けをできるかと母に問いかけ、押し黙る母を横目に彼は一瞬で私達の見分けをしてみせた。
お兄ちゃんは私達の癖を見て判断したって言ったけど、あの時はてっきり偶然だと思ってたのに、もしかして灯火は本当に私たちの判別ができるっていうの?
「やだなぁ、私は詩音じゃないよお兄ちゃん。私と詩音を間違えるなんて、もう!私たちのお兄ちゃん失格だよ!!」
冷や汗を流しながら魅音の演技を続ける。
内容が内容だ。
彼が私が詩音なのか確かめるためにわざと言ったブラフである可能性だってある。
そうだとしたら、ここで不自然な行動を見せるわけにはいかない。
「魅音の振りはやめろ」
「いや、だから私は詩音じゃ」
「お前が詩音だってことはわかってんだよ!」
「っ!!?」
突然のお兄ちゃんの大声に思わず硬直する。
あくまで魅音の振りを続ける私にお兄ちゃんは睨めつけながら口を開く。
「・・・・なめんなよ詩音、お前らの見分けくらい完璧にできるようになってるに決まってるだろうが」
「・・・・っ」
「ずっとお前らのことを見てきた。最初は雰囲気みたいな漠然としたものだったけど、今じゃお前らそれぞれの仕草や声、そして癖を全部完璧に覚えてる。今更お前らを見間違うなんてことはないんだよ」
「・・・・」
灯火の言葉に無言のまま俯く。
彼は私が詩音だと確信してしまっている。
本当におねぇと私の区別ができるのだ。
そしてそれはつまり、それだけ私達のことを見ていてくれたということ。
両親でもわからない私達を見分けることのために、彼は何年も私達のことを見て、それぞれの声や仕草、そして癖を覚えてくれたのだろう。
本来であれば涙が出るほど嬉しいことのはずなのに、今はとてもそんな気持ちになれない。
今の私の中にあるのは歓喜ではなく、強い後悔だけだ。
私は選択を間違えた。
魅音の振りをして彼に嘘をついたらダメだったんだ。
昔のことをただの偶然だと気にも留めずに魅音の振りし、彼にバレた。
そしてその結果、私はお兄ちゃんを怒らせてしまった。
「詩音。さっき言ったのは魅音に言ってくれと頼まれたのか?嘘はつくなよ、魅音にもちゃんと確認するからな」
「・・・・」
彼の言葉に私は何も言えないまま俯き続ける。
「黙ってるのは詩音が勝手に言ったと判断するぞ・・・・あんまり言いたくはないが、自分が最低なことをしたって自覚してるか?」
「・・・・うん」
灯火の言葉に真っ白になった頭でゆっくりと頷く。
灯火の顔を見れば、悲しそうな表情をしていた。
それが私の中でさらなる後悔を募らせる。
「俺は魅音の気持ちはわからない。詩音が言ったことが真実かもしれない。でも、それは魅音が言うべきことであって詩音が言うべきことじゃない」
ましてや自分のために悪意を持って言うなんて最悪だ。
灯火は怒りと悲しみの両方を含ませながらそう私に告げる。
私が自分に嘘の魅音の気持ちを伝え、魅音を蹴落とそうとしたことに気付いているのだ。
そしてそれを行った私に悲しみと怒りを覚えている。
きっとお兄ちゃんは私に失望をしているだろう。
もう恋人にどころじゃない、私のことを妹とすら思ってくれてないかもしれない。
出会ってから初めて目にするお兄ちゃんの表情に心臓が凍り付く。
やめて、そんな目で見ないで。
そんな悲しそうな目で私を見ないで!!
「詩音」
「っ!!」
お兄ちゃんが私の名を呼ぶが、それに答えずに来た道を走って戻る。
これ以上彼から何か言われるのが怖い。
後ろから私の名前を叫ぶ彼の声が聞こえるが、私は耳を塞ぎながら来ないでと叫ぶ。
これ以上彼に嫌われたくない!嫌われたくない!!
目から大粒の涙を流しながら走り続ける。
そのまま全力で走り続けるうちに人通りが多い道が視界に入る。
彼の視界から消えるために人通りの中へと飛び込む。
そして隙間を縫うようにしてがむしゃらに走る。
人とぶつかった衝撃でおねぇの振りをするために結んでいた髪が解ける。
しかしそれを気にすることなく体力が続く限り走り続けた。
やがて息が切れて足を止める頃には、彼の姿は見えなくなっていた。
「・・・・どうしてこんなことに」
荒い息を吐きだしながらそう呟く。
私の目から涙が落ちて地面を濡らす。
人ごみを避け、建物の端に移動してその場に座り込む。
座り込む私を周りの人が時折ちらりと見てくるが、そんなことなど気にする余裕はない。
頭にあるには彼の悲しそうな表情だけ。
私の頭が現実逃避をしようと今日のデートの出来事を思い出そうとするが、すぐに彼の悲しげな表情が蘇り、その他を塗りつぶす。
「・・・・お兄ちゃん」
座り込んだまま自身の膝に顔を埋めて小さく呟く。
そんな私の声に誰の声が応える。
「あら、そこにいるのは詩音ちゃんかしら?」
「・・・・え?」
聞き覚えのある女性の声に顔をあげる。
顔を上げた先には予想通りの人物が私を見下ろしていた。
「魅音ちゃんじゃなくて詩音ちゃんよね?こんなところでどうしたかしら?」
「・・・・鷹野さん」
今日は診療所を休んでいるのかいつもにナース服ではない私服の姿だ。
鷹野さんは笑みを浮かべながら私に手を差し出す。
「立てる?こんなところに座り込んでたら他の人の邪魔になるわ」
「・・・・はい」
差し出された手に捕まりながら立ち上がる。
身体に力が入らず気を抜けばまた座り込んでしまいそうだ。
「泣いていたの?かわいい顔が台無しよ」
そういって鷹野さんはバッグからハンカチを取り出して私の顔へ当てて涙を拭う。
私は抵抗する気も起きずされるがまま動かずにいた。
「これでいいわね。詩音ちゃんこの後時間はある?よかったらカフェにでも行かない?静かな場所を知ってるの」
「・・・・行きます」
鷹野さんはハンカチをバッグに戻しながら私の手を取りそう提案してくる。
私はその提案に深く考えずに頷いた。
そこにいけばお兄ちゃんとは会わずにすむだろう。
とにかく今は他の人と会いたくなかった。
「じゃあ行きましょう、こっちよ」
提案に頷いた私を見て鷹野さんは笑みを浮かべて私の手を引いて案内してくれる。
私はその手に抵抗せずに引かれるまま無言でついていった。
◇
「そう、彼とのデートで失敗しちゃったのね」
「・・・・」
私の話を聞いた鷹野さんは頼んでいたコーヒーに口をつけたそう言葉を漏らす。
私はその鷹野さんの言葉に黙ったまま目を伏せる。
落ち着いたカフェの雰囲気に私も落ち着くことが出来たのか、気が付けば私は今日のことを鷹野さんに話してしまっていた。
この人が聞き上手なのか、私が誰かに話したかったのか、あるいはその両方か。
鷹野さんは私の話に相槌を打ちながら最後まで聞いてくれた。
「残念だったわね。彼とのデート楽しかったんでしょう?」
「・・・・はい、とっても」
今回のデート、お兄ちゃんに私のことを好きになってもらうために一生懸命計画を立てて実行したものだった。
そして計画通り、いやそれ以上に楽しかったし、お兄ちゃんも楽しんでくれていたと思う。
私の計画では最後も上手くいくと確信してた。
実の両親でさえ変装した私達を見破ることが出来たことはなかったんだから。
なのにお兄ちゃんはおねぇに変装した私に気が付いた。
そしてバレた結果がこれだ。
もう、私はお兄ちゃんに嫌われてしまった。
「・・・・・っ」
先ほどのことを思い出してまた涙が目からこぼれる。
もう私にはこの世界で生きていける気力がない。
手元にナイフでもあれば今すぐにでも自分の心臓に突き刺してしまいたい。
「大丈夫よ、落ち着いて」
俯いて涙を流す私の手を鷹野さんはそっと握りしめてくる。
不安定な状態の私に対して鷹野さんは落ち着いた声を私に届ける。
その声が少し私を落ち着かせてくれた。
「別に詩音ちゃんが落ち込むことはないわ。だってあなたは悪いことなんてしていないもの」
「・・・・どういう意味ですか?」
鷹野さんの言葉に思わずそう聞き返す。
その言葉に対し鷹野さんは目を細めて口に笑みを浮かべながら答える。
「言葉通りの意味よ?だって詩音ちゃん、悪いことをしたなんて思ってないでしょう?」
「・・・・」
「彼に対して間違った選択をした、それによって彼を怒らせてしまった。それに対する後悔はあっても魅音ちゃんに悪いことをしたなんてことは思っていないでしょう?」
「・・・・それがどうしたんですか?それは落ち込むことと関係ないです」
鷹野さんの言葉に私は思わず睨みつけながらそう返す。
確かに私はおねぇに変装してお兄ちゃんを騙そうしたことを後悔しているけど、おねぇに悪いと思ってはいない。
おねぇだってしたかったら私に変装して同じことをすればいいんだ。
これぐらい躊躇う気持ち程度でお兄ちゃんを手に入れようなんて甘いにも程がある。
でも、そう思ってもこの手段はとってはいけなかった。
今更後悔しても遅いけど。
「さっきも言ったけど泣くほど落ち込む必要はないわ。その姿を見れば彼も詩音ちゃんが反省していることがわかるでしょうし、私からもちゃんと彼に説明してあげるわ」
「・・・・でも、今日のことでお兄ちゃんは私を少なからず幻滅した」
確かにお兄ちゃんなら私が謝れば許してくれるんじゃないかと思う。
でも、許してくれたとしても確実に私の印象は悪くなかった。
その印象の悪化によってもうお兄ちゃんは私を異性として好きになってくれないかもしれない。
そう思うと、どうしようもなく不安になってくる。
「そうねぇ、だったら良い方法があるわ」
「・・・・良い方法ですか?」。
「ようするに彼を誰かに奪われたくないのよね?だったら簡単よ」
鷹野さんは優し気に目を細め、そして口を歪めながら言葉を口にした。
「
可笑しそうに、そして何でもないように鷹野さんはそう口にした。