レナの兄貴に転生しました【完結】   作:でってゆー

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綿流し2

「にーにー!こっちですわ!」

 

沙都子が綿流しの祭りに集まった多くの人達の間を縫うように移動しながらこちらへと呼びかける。

僕は沙都子のように人混みの中をうまく通ることは出来ないので、苦労しながら人混みを通り抜けて沙都子のとこへと追いつく。

 

「もう!はやく行かないとりんご飴が売り切れてしまいますわ!」

 

「まだ始まったばかりなんだから大丈夫だよ」

 

早く行かないとりんご飴が売り切れてしまうと思っている沙都子が焦りながら先を急ぐ。

僕はどんどん先へと行こうとする沙都子の手を掴んで止める。

 

「慌てなくてもりんご飴は買えるよ。それに僕たちはお金を持ってないから行っても買えないんだから」

 

このまま沙都子が先へ先へと行ってはぐれてしまったら目も当てられない。

僕は沙都子を捕まえながら後ろからゆっくり歩いて来ている両親へと目を向ける。

 

「もう!お母さんもお父さんも遅いですわ!りんご飴が私を待っていましてよ!」

 

こちらへ追いつくのに手間取っている両親へ沙都子がはやくはやくと叫ぶ。

僕はそんな沙都子を苦笑いで見つめた。

沙都子がごく普通に両親を呼んでいることの幸せを噛み締めながら。

 

「沙都子、あんまり先へ行かないで。私達とはぐれたら大変でしょ!」

 

僕達へ追いついた母さんが沙都子を叱る。

母さんからの言葉を受けた沙都子はバツが悪そうな顔をしながら僕の後ろへと隠れる。

 

「まぁまぁ、ちゃんと待っていてくれたんだからいいだろ」

 

僕の後ろに隠れる沙都子をさらに叱ろうとする母さんと父さんが苦笑いを浮かべながら宥める。

 

「でも沙都子、母さんの言う通り迷子になったら大変だからゆっくり行こう。慌てなくてもりんご飴はちゃんと買えるから」

 

「・・・・うん」

 

優しく語りかける父さんに沙都子は申し訳なそうに俯きながら頷く。

父さんは俯く沙都子を見ながら沙都子の手を握る。

 

「はぐれると危ないからな、俺と手を繋いでいこう。待たせてしまったお詫びにりんご飴は二つ買ってあげよう」

 

それを聞いた沙都子は俯いていた顔を上げて嬉しそうに笑う。

 

「あ、ありがとう・・・・お父さん」

 

握られた手を見つめ、頬を染めながら父さんへとお礼を口にする沙都子。

それを見た父さんは感動したように沙都子の名を口にしながら固まっていた。

 

「うちの沙都子が可愛すぎる」

 

硬直から動き出したと思えば、母さんに真顔でそう口にする父さん。

それを聞いた母さんは無表情で口を開く。

 

「はいはいそうね。というかお金は私が持ってるんだからあなたは買えないでしょう」

 

「三つ買ってやってくれ。悟史君と沙都子にそれぞれ三つずつだ」

 

「食べきれるわけないでしょ。はぁ・・・・」

 

真顔で要求し続ける父さんを見て疲れたように手で顔を抑える母さん。

まぁ、今まで沙都子から拒絶され続け、ようやく自分に歩み寄ってくれたんだ。

父さんがこうなる理由も納得は出来る。

 

でも、強面な父さんがデレデレしているのは・・・・ちょっと、いやすごい違和感がある。

 

それを見ていた沙都子が悪い笑みを浮かべる。

 

「お父さん。私、りんご飴だけじゃなくてわたあめもチョコバナナもたこ焼きも焼きそばも食べたい」

 

「ええ、さすがにそれは食べきれないだろう」

 

沙都子が次々と要求する食べ物の数々にさすがに苦笑いを浮かべる父さん。

それを受けて沙都子は両手で父さんの手を握りながら目を潤ませる。

 

「・・・・ダメ?」

 

「買おう。母さん、財布を俺に渡してくれ」

 

沙都子の上目遣いのお願いに一瞬で撃沈する父さん。

いつの間にか沙都子が梨花ちゃんのような悩殺テクニックを覚えていた。

 

「・・・・まったく、この調子だとこれから一緒に暮らす時に大変だわ」

 

父さんの様子を見てため息を吐きながらそう言う母さん。

これから一緒に暮らす。

何気なく母さんは言ったけど、それは僕たち全員が望んでいることなのだろう。

 

園崎の人達にケジメとして村の手伝いをするように言われてからもう半年以上が過ぎている。

今も村の人達の態度は決して良好とは言えないけれど、それでもこうして祭りに来ても嫌な顔をされずに過ごすことが出来るところまで関係は改善されている。

この半年間、父さんと母さんが村のため、住民のために頑張ってきた結果なんだ。

 

もう半年頑張れば、両親は許されて村の一員になることが出来る。

そうすれば家族で一緒に住んで、今度こそ本当の家族になるんだ。

 

少し前までは到底出来るわけがないと諦めていた夢がほとんど現実になろうとしている。

公由さんに灯火、そして礼奈。

僕達のために協力してくれた人たちには必ず恩返しをすることを誓う。

 

「にーにー!早く行きますわよ!」

 

父さんと手を繋いで先へと向かっている沙都子が僕を呼ぶ。

僕はその声に応えながら先へと急いだ。

 

 

 

 

 

「うぅ、食べすぎましたわ」

 

「そりゃあ、あれだけ食べればそうなるよ」

 

椅子に座ってうずくまる沙都子の背中をさすりながら口を開く。

沙都子の策略によって財布のひもが緩くなった父さんが沙都子がほしいものを次から次へと買っていたのだ。

それで調子に乗った沙都子が食べ過ぎた結果、このざまだ。

その様子を見た母さんが呆れながら沙都子を叱る。

 

父さんは沙都子のために追加でまだまだお菓子を買いに行ってしまったけど、僕も沙都子ももうお腹いっぱいだ。

それらは灯火達を見つけて食べてもらうしかないだろう。

 

「そういえば、まだ灯火さんと会っていませんわね。今日の綿流しは来るとおっしゃっていましたのに」

 

腹痛の峠を越えて楽になった沙都子が周りを探しながら口を開く。

それを聞いて僕は薄く笑みを浮かべる。

灯火達じゃなくて灯火ね。これは重症かもしれないな。

 

「ねぇ、沙都子」

 

「なんですの?」

 

ラムネを飲みながら返答する沙都子に問いかける。

 

「灯火のことが好きなの?」

 

「ぶふぁ!!?」

 

僕の問いかけに沙都子はラムネを口から盛大に吐き出すことで答える。

沙都子は一瞬で顔を真っ赤にしながら僕を睨みつけてくる。

 

「な、なんでそうなりますの!?私はただ今日はまだ灯火さん達に会えていないからそう言っただけですわ!」

 

「うんうんそうだね」

 

「そんな適当な返事をしないでくださいまし!私は灯火さんのことは好きでもなんでもありませんわ!」

 

顔を真っ赤にしながら否定されても残念ながら説得力は皆無だ。

でもそうか、これで僕と沙都子は兄妹揃ってあの兄と妹に惚れてしまったようだ。

僕はもう自分の思いをしっかりと自覚している。

あの日礼奈が僕に素直になっていいと言ってくれた日。

僕はあの子に恋をしてしまったんだ。

おそらく沙都子もそうなんだろう。いや、もしかしたらもっと前からなのかもしれない。

 

僕達はもしかしたら一生あの2人には敵わないのかもしれないね。

 

「ほんと、あの兄妹には敵わないなぁ」

 

僕は叫び続ける沙都子を宥めながら小さく呟いた。

礼奈には一生敵わなくていいけど、灯火には勝たないとなぁ。

お兄ちゃん大好きな礼奈に惚れてもらうには僕が灯火を超えるしかない。

日頃の礼奈と灯火の様子を思い出し、心の中で大変そうだとため息を吐いた。

 

「あらあら、今日はご家族で一緒なのねぇ」

 

僕と沙都子が話をしている最中に聞き覚えのある女性の声が耳に届く。

 

「あ、鷹野さんですの」

 

沙都子が女性の正体を口にする。

振り返れば沙都子の言う通り、診療所でナースをしている鷹野さんがいた。

その隣には入江さんと毎年雛見沢に来ているカメラマンの富竹さんも一緒だ。

 

「悟史君に沙都子さんこんばんは。祭りは楽しんでいますか?」

 

「はいもちろん、入江さん達は富竹さんとお知り合いだったんですね」

 

入江さんの言葉に頷きながら意外な組み合わせに少し驚く。

雛見沢の住民ではない富竹さんが診療所の2人とは仲が良かったなんて知らなかった。

 

「そういえば言ってなかったかな。鷹野さん達とは以前に知り合う機会があったね。それ以来ここに来るときは仲良くさせてもらっているんだ」

 

僕の言葉を聞いて富竹さんが事情を教えてくれる。

 

「へー知りませんでしたわ。あ、わかりましたわ!富竹さんは鷹野さんを狙ってたんですわね!」

 

「ええ!?」

 

富竹さんの話を聞いた沙都子が富竹さんにそう指摘する。

先ほどまで恋愛話?をしていたからか沙都子の推理は恋愛寄りになっている。

 

「い、いやまさか、はははは!」

 

頭をかきながら誤魔化すように笑う富竹さん。

一瞬だけ鷹野さんのほうを見て、彼女が僕たちの母さんと話をしていて、こちらの話を聞いてないことを確認して胸をなで下ろしていた。

あれ?意外と沙都子の推理は的を射ているのでは?

 

「あらあら、誤魔化すのが下手ですわね!もう告白はしたんですの?鷹野さんは美人ですから急がないと誰かに取られてしまいますわよ」

 

僕と同じ考えに至った沙都子が面白そうに富竹さんを追及する。

 

「い、いや本当に違うよ!入江先生からも2人に違うと言ってあげてください!」

 

困った富竹さんが入江さんに助けを求めるが、先ほどまでここにいたはずの入江さんがいつの間にか姿を消してしまっていた。

 

「入江さんなら誰かが私を呼んでいるとか何とか変なことを言ってどこかに行ってしまいましたわ」

 

いつの間にかいなくなっていた入江さんを見ていた沙都子が富竹さんにそう説明する。

呼んでいる気がするって一体だれが入江さんを呼んでいるんだろうか。

 

直感だけど、灯火達が関係している気がした。

こういう変なことには、ほとんど灯火が関わっているからだ。

綿流しという大きなお祭りの場で灯火達が何もしないとは思えないし。

 

「富竹さん、2人と楽しそうに話しているわね。何を話していたのかしら?」

 

再び沙都子が追及しようとしていると、いつの間にか母さんと話を終えていた鷹野さんが僕たちのところへとやってきていた。

 

「い、いやなんでもないよ!入江先生がどこへ行ってしまったみたいだから探しに行こう!」

 

鷹野さんの登場で慌てながら話を誤魔化す富竹さん。

鷹野さんは富竹さんの気持ちに気付いているのか、いないのか、小さく笑みを浮かべながら富竹さんの言葉に頷く。

 

「じゃあね悟史君に沙都子ちゃん。お祭りを楽しんでね。他の子達にも会えたらよろしく言っておいて」

 

そう言って鷹野さんは富竹さんと共に人混みの中へと消えていく。

そして鷹野さんと入れ替わるように両手に食べ物を持った父さんが帰ってくる。

 

うん、どう考えても僕達だけでは食べきれない。

父さんの両手にある袋の量を見て自分たちで完食することを即座に諦める。

 

どこかで灯火達を見つけて合流しないといけない。

笑顔でこちらへとやってくる父さんにすごく申し訳ない気持ちを抱きながら灯火達を見つけるために椅子から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・灯火」

 

「・・・・何も言うな。悟史が言いたいことはわかってる。でも何も言わないでくれ」

 

見るも無残な姿になってしまった灯火の言葉を聞いて何も言えなくなる。

灯火達を探して回った結果、祭りの終盤である川への綿流しになってようやく僕達は灯火達と合流することが出来た。

 

しかし、そんな僕達を待っていたのはすごく個性的な衣装に身を包んだ灯火だった。

明らかに女性が着る服で胸元が大きく開け、背中にはなぜか羽が付いている。

 

僕の記憶が確かなら、以前の綿流しの日に灯火が着ていた服とは違っている。

こちらも以前の服に引けを取らないほどすごいものだけど。

 

「今回も負けて罰ゲームをさせられたの?」

 

以前の記憶から灯火がみんなとゲームをして負けた結果、この服を着ることになったのではと推測する。

 

「・・・・まぁな」

 

少し間があったけど、僕の推測を肯定する灯火。

後でどうしてこうなったのか礼奈達にこっそり聞いてみよう。

 

「・・・・それで、そっちは楽しめたか?」

 

「すごく楽しかったよ。沙都子も食べ過ぎて苦しくなるくらい父さんにたくさん買ってもらってたし」

 

僕は今日の出来事を灯火へと話す。

 

沙都子が梨花ちゃんみたいな甘え方で父さんにたくさん買わせたこと。

父さんが沙都子を可愛がり過ぎて少し引いたこと。

入江さん達がやってきたこと。

富竹さんが鷹野さんを好きなんじゃないかってこと。

 

灯火は僕の話を笑いながら楽しそうに聞いてくれた。

灯火も自分達のほうであった出来事を話してくれる。

 

猫のお面の話に、メイド服事件。

入江さんが消えた理由も灯火の話を聞いてわかった。

 

「次はさ、悟史達も一緒に祭りを回ろう。両親も一緒にみんなで」

 

話を終えた灯火が締めくくるようにそう口にする。

来年の出来事を想像しているのか、口元には笑みが浮かんでいる。

 

「そうだね。あ、でも今度は個別で回るのも面白いかもしれないよ。例えば僕と礼奈が一緒に回って灯火と沙都子が一緒に回るとかさ」

 

「ペアを組んで一緒に回るってことか?確かにそれも面白そうだ」

 

僕の提案に灯火は楽しそうに賛同してくれる。

それから僕たちは来年の綿流しはこうしたら面白そうだとか楽しそうなどを話し合った。

僕達の話は綿流しを終えたみんながこちらへやってくるまで続いた。

 

「2人で楽しんでいるところ悪いんだけど、お兄ちゃん自分の着てる服のこと忘れてない?2人が並んでるとお兄ちゃんの悪目立ちがすごいよ?」

 

「・・・・」

 

魅音からの無慈悲な言葉に先ほどまで楽しそうに笑っていた灯火の表情が無表情へと変わる。

灯火はそのまま無言で立ち上がり、僕たちを置き去りに川のほうへと走っていこうとする。

 

「お兄ちゃんダメだよ!川に飛び込んでも逆に服が引っ付いてすごいことになるだけだよ!」

 

「離せ魅音!だったらたとえ半裸になろうと俺はこいつを脱いで川に叩きつけるだけだ!」

 

川へ向かおうとする灯火を魅音が抑える。

今まで必死に気にしないようにしていた羞恥心が魅音の言葉で爆発したようだ。

 

必死に拘束から逃れようと暴れるが、魅音の巧妙な拘束技術の前に抜け出せずにいる灯火。

というか暴れることでただでさえ際どい服がはだけてすごい煽情的な感じになってしまっている。

男の灯火だからいいけど、女の子がしたら確実にアウトな姿だ。

男の灯火がしている時点で別の意味でアウトだけど。

 

「はうはうはう!いいよ!いいよみぃちゃん!そのままお兄ちゃんをヤっちゃって!」

 

「おねぇ頑張って!もう少し!もう少しですごい格好のお兄ちゃんが見れるよ!」

 

「みぃ、こんなこともあろうかと富竹を呼んでおいてよかったのですよ。間違いなく今日のベストショットなのです」

 

灯火と魅音の様子を見て興奮したように叫んでいる礼奈と詩音。

その横では梨花ちゃんと富竹さんがすごい勢いでカメラのシャッターきっている。

 

「うわぁ、すごいことになってますわね」

 

僕の隣にやってきた沙都子が灯火達を見ながら感想を漏らす。

そう言いながらも2人を見る沙都子の表情は楽しげだ。

 

やっぱり最後までみんなと一緒に過ごすのが一番いい。

いつか礼奈と二人っきりで回ってみたいけれど、結局最後はみんなで過ごすんだろうなぁ。

僕は確信したように未来を想像しながら苦笑いを浮かべる。

 

早く次の綿流しを過ごしてみたいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん、母さん。今日は本当にありがとう。すごく楽しかったよ」

 

綿流しを終え、後は帰路につくだけとなった僕は両親と別れの挨拶をつげる。

このまま2人と一緒に帰ることは出来ない。

父さん達が一年間の謝罪を終えるまで僕たちはこのまま公由さんの家で過ごす約束だから。

 

「いや、俺達のほうこそすごく楽しかったよ。もう暗いから気を付けて帰るんだぞ」

 

父さんが僕たちの頭を撫でながら優しくそう口を開く。

父さんの大きな手が僕の頭を撫でて少しくすぐったい。

 

「綿流しの時、2人が友達たちと楽しそうに過ごすのを見ていたよ。本当に仲が良いんだな」

 

「うん、みんな僕たちの大切な友達だよ」

 

父さんからの言葉にみんなを自慢するように答える。

父さん達には灯火達のことをもっと知ってほしい、そしていつか灯火達と両親もみんな一緒に過ごしてみたいと願う。

園崎家である魅音達が両親のことをどう思っているかわからないけど、僕たちが頑張れば魅音達もきっと両親のことをわかってくれるはずだ。

 

「・・・・お父さん」

 

沙都子が父さんに頭を撫でられながら名残惜しそうに声を上げる。

沙都子の声を聞きながら父さんも名残惜しそうに僕達の頭から手を離す。

 

「・・・・次ちゃんと会うときは俺達が許されて村の一員に戻れた時だ。その時はまた俺達と一緒に暮らしてくれるかい?」

 

「「うん!」」

 

沙都子と一緒に父さんの言葉に即答する。

それを聞いた父さんは嬉しそうに頬を緩めていた。

 

「さて、そろそろ戻らないと村長も心配してるだろう。なぁ、お前からも沙都子達に何か言わなくていいのか?」

 

さっきから黙ってしまっている母さんに父さんが問いかける。

母さんは父さんからの言葉を受けてゆっくりと僕達へ歩み寄り、そして抱き締めてくれた。

母さんの腕が僕たちを包み、心まで温まるを感じる。

 

 

母さんは僕たちの抱き締めた後、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「あなた達は騙されているわ」

 

 

 

 

「・・・・え?」

 

予想もしていなかった母さんの言葉に思考が止まる。

母さんは固まる僕たちを見ながら再び口を開く。

 

「一年村のために頑張れば許すなんて全部嘘よ。利用するだけ利用して、終われば私達を殺すつもりなんだわ。園崎も村長も村の人達もみんなそれを知ってる!今日だって村の人たちが全員が私達のことを見ながら笑っていたのが良い証拠よ!!」

 

「か、母さん?何を言ってるの?村のみんなが僕達を殺そうだなんて考えてるわけないじゃないか」

 

声を震わせながら母さんの言葉を否定する。

思考がぐちゃぐちゃになってうまく言葉が出てこない。

母さんは僕がそう言うと僕たちを掴む力をさらに強めながら荒々しく口を開く。

 

「だからそれが騙されてるの!!さっきあなた達が会っていた子供たちを使って信用させて、私達にバレないようしているんだわ!園崎家の子供があなた達と仲良くできるはずがないもの!」

 

「っ!!?お母さんやめて!魅音さん達は私達のことを騙そうとなんて絶対にしない!!村の人達だって殺そうとなんて考えてない!!」

 

母さんの言葉の意味がわからず混乱する僕の横で沙都子が叫ぶ。

父さんも母さんの様子がおかしいのを見て僕達から引き離すように動く。

 

「ダメだわ・・・・悟史も沙都子も洗脳されてしまってる」

 

「おい!さっきから何を言ってるんだ。少し落ち着け!沙都子達が怖がってるだろうが!!」

 

父さんに僕達から引き離されながら母さんは父さんの言葉に反応せずにぶつぶつと口を動かし続ける。

 

「殺されてなんてやるもんですか。せっかく掴んだ幸せなのよ、逃げるのが無理なら私が先に殺してやる」

 

父さんから離れた母さんは項垂れながら懐に手を入れて何を取り出す。

母さんから取り出したのは、抜身の包丁だった。

 

「っ!!?おい!!ふざけるのもいい加減にしろ!!そんなもん冗談でも沙都子達の前で見せるな!!」

 

母さんが包丁を取り出したのを見て激高する父さん。

しかし母さんはそれに一切動じることなく包丁を握り締めたまま離す気配がない。

 

「ひっ!!?」

 

沙都子が母さんの握る包丁を見て顔を青ざめながら悲鳴を上げる。

沙都子の声を聞いた父さんは僕たちの前に移動して庇いながら母さんへと口を開く。

 

「落ち着いてくれ、沙都子が怖がってる。お前がそんなに追い詰められていたことを気付けなくて本当にすまない。一度落ち着いて話し合おう。だから包丁から手を離してくれ」

 

「ダメよ!今のあなた達は洗脳されているの、話し合いなんてしても意味がないの!!このままだとみんな殺されるわ!私達が助かるには殺すしかないの!元凶の園崎家と村長を殺さればみんな混乱するわ!その隙にみんなを殺していくの!!」

 

母さんは父さんの説得を真っ向から切り捨てて血走った目で叫ぶ。

なんで、どうしてこうなったんだ。

さっきまで2人と綿流しを過ごして、寂しい気持ちを感じながらもお別れを言おうとしていたのに。

現実逃避をするかのように目が母さんから離れて周囲を向けられる。

 

そんな僕の視界に、公由さんがこちらへとやってくるのが見えた。

 

「悟史君、沙都子ちゃん。もう遅い、そろそろ家に帰っておいで」

 

帰りの遅い僕達を心配して向かいにきてくれたのか、公由さんがこちらへやってくる。

公由さんからは母さんが背中を向けているから様子がおかしいことに気付いていない。

僕が気付いて声を出すよりも先に母さんが公由さんへと振り返る。

 

「っ!?さっそく私達を殺しにきたようね!!一人で来るなんて、舐めるんじゃないわよ!!」

 

「なっ!!?」

 

明らかに様子のおかしい母さんに気付いた公由さんは身体を硬直させる。

公由さんが硬直している間に母さんは包丁を握りめて公由さんへと駆け出す。

 

「あんた達の思い通りになんかさせるもんですか!あんたを殺して私達は必ず幸せになってやる!!」

 

包丁を構えながら公由さんへと突進する母さんに驚いて立ち尽くしてしまう公由さん。

 

ダメだ、ダメだダメだダメだダメだダメだ!!!!

目の前の光景を止めようと加速する思考とは裏腹に身体が言うことを聞いてくれない。

このままだと母さんが公由さんを殺してしまう。

 

「まっ「やめるんだ!!!」

 

僕の声をかき消すように叫んだ父さんが母さんへ向かって走る。

駆け出した父さんは包丁を構えて突進する母さんと公由さんの間へと入り込み、そして

 

 

「・・・・・っ!!」

 

母さんの手にあった包丁が公由さんを庇った父さんのお腹へと突き刺さった。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

その光景を見て沙都子が喉を張り裂けるような大きな悲鳴を上げる。

僕は包丁が刺さった父さんの着ている服がどんどん赤く染まっているのを放心状態で眺めていた。

 

「あ、ああ、そんなどうしてっ!?」

 

刺した本人である母さんも父さんを刺してしまって震えながら後ずさり、そのまま腰が抜けたように地面へと座り込んだ。

 

「お、おい!大丈夫か!?な、なにがどうなってるんだ!?」

 

包丁が刺さった腹部を抑えながら顔を歪める父さんに慌てて駆け寄る公由さん。

混乱しながらも倒れそうになる父さんを支えていた。

 

「っそ、村長。驚かせてすみません。なに、ちょっと嫁が勘違いしてしてしまったいたようで。俺は何ともありませんので公由さんは沙都子達を連れて家に帰ってください」

 

「そ、そんなわけにはいくか!早く病院へ行こう!腹から血が出てるんだぞ!」

 

「いえ、本当に大したことではないので。どうかこのことはご内密に。こんなことで沙都子達と暮らせなくなるなん・・・て、いや・・ですから」

 

そう言った後、父さんは意識を失って地面へと倒れてしまう。

公由さんは父さんに必死に声をかけ、母さんはそれを呆然としながら眺めている。

 

「お、お父さん・・・・?」

 

沙都子が倒れる父さんを見つめがら小さく呟く。

そして倒れる父さんから流れる血を見て、精神が待たなくなってしまったのか不意に意識をなくして僕のほうへと倒れてくる。

 

僕へと倒れてきた沙都子を支えながら僕は未だに状況を受け入れられずにいた。

 

放心する僕をあざ笑うかのようにひぐらしの鳴く声が耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




すいません、もしかしたら皆さんが求める展開ではないかもしれませんが、とりあえずこのまま進めさせていただきます。

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