レナの兄貴に転生しました【完結】   作:でってゆー

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綿流し またの名を酒乱の宴

「わー!すごい賑やかだねお兄ちゃん!」

 

「だな、みんな楽しそうに笑ってる」

 

古手神社の境内の中に入ると、そこには多くの人で確かな賑わいを見せている。

設置されたテントの下では大人たちが豪華とはいかないまでも、手製の真心が込められた食事と多くのお酒に舌鼓を打っている。

今までダム反対運動で溜めてきた鬱憤を全て晴らそうかとするかのような騒ぎ様だ。

 

「前の時みたいに屋台がいっぱいあったりはしないけど、みんな楽しそう!」

 

みんなの幸せそうな顔を見て、俺も礼奈も表情が自然と緩む。

 

「お、来たね!お兄ちゃんに礼奈!こっちこっち!」

 

2人で場の雰囲気に浸っていると、聞きなれた少女の声が耳に届いた。

 

「あ、みぃちゃん!もう来てたんだね!」

 

声の主である魅音がこちらへとやってくる。

その後ろには詩音に悟史もやってくるのが見えた。

 

「向こうに私たち用のテントを確保してるからさ。あっちでご飯でも食べながら話そ!」

 

「うん!もうお腹ペコペコ!」

 

魅音の言葉を聞いた礼奈はお腹を摩りながら早く早くと魅音の手を握って先を急がせる。

そんな礼奈に魅音は苦笑いを浮かべながらもテントへと誘導していった。

 

「あはは、礼奈はいつも通り元気だね」

 

礼奈の後ろを見ながら魅音と同じように苦笑いを浮かべる悟史。

 

「今日は祭りで豪華なものが食べれるって聞いてお昼も食べずに我慢していたからな」

 

「あーそういうこと。もしかしてお兄ちゃんも食べてないの?」

 

「ああ、俺も礼奈に合わせてお昼食べてないからお腹すいたよ」

 

詩音の言葉に応えるように俺のお腹から音がなる。

それを見て詩音と悟史がクスリと笑う。

 

「じゃあ早くお腹に何かいれないとね。すきっ腹で飲むと後がひどいよ~。今日は作戦通り、いっぱい飲むんでしょ?」

 

詩音が意味ありげな言葉とともに悪だくみをするような笑みを浮かべる。

それを見て俺は同じように悪い笑みを浮かべ、悟志はいつものように苦笑いを浮かべる。

 

「ああ、今日はよろしく頼むぞ2人とも」

 

「「任せて!!」」

 

俺の言葉に同時に頼もしい言葉で応えてくれる2人。

俺の急な頼みに嫌な顔一つみせることなく手伝ってくれる仲間たちには本当に頭が上がらない。

 

「さぁ、はやくテントに行こ!梨花ちゃんと沙都子も待ってるよ!」

 

「わかった。早いとこ飯にしないとな、もういつ来てもおかしくない」

 

詩音の手に引かれてテントへと向かう。

彼女たちがいたテントは境内の一番端にあり、大人たちとは1つ離れた場所に設置されていた。

大人たちのテントからは物置で死角が出来ていてテント内の様子は見えないようになっている。

これから俺たちが何をしていても近づいてこない限りわからないだろう。

 

「あ、やっと来ましたわね!まったくご飯が冷めてしまいますわ!」

 

「みぃ、沙都子、それはもともと冷めてるので大丈夫なのですよ」

 

「え?ちょ、ちょっとした勘違いですわ!灯火さん笑わないで下さいまし!」

 

テントの下では梨花ちゃんと沙都子が仲良く座っている。

沙都子の憎まれ口はいつも通りだ、今日はその口であの二人をうまく誘導してくれることを期待するぞ。

 

「俺の分の弁当はあるか?昼飯食べてないからな、正直そろそろ限界だ」

 

「魅音さんと礼奈さんから聞いていますわ、灯火さんの分はこれですわ」

 

梨花ちゃんと沙都子の隣に腰を下ろして弁当を受け取る。

村の女性たちが握ってくれたたくさんのおにぎりが弁当の中に敷き詰められていた。

おかずは・・・・やけにカボチャが多いな。

 

「おい沙都子、俺の弁当の約半分がカボチャで埋め尽くされてるんだが、何か言うことはあるか」

 

「あらあら、ずいぶん素敵なお弁当ですわね。羨ましいですわ」

 

「これ絶対お前の分の弁当だろ!俺のと交換しやがったな!」

 

「うっ、だって村の皆さんが私のお弁当に自分のカボチャを入れてくるんですもの!これが沙都子ちゃんの好物なんじゃろ?って悪気なしに渡してくるんですのよ!意味がわかりませんわ!!」

 

俺が問い詰めると涙目になりながらそう口にする沙都子。

どうやらこの大量のカボチャは大人の人たちからプレゼントされたものらしい。

 

「どうしてカボチャが私の好物になってるんですの!むしろ逆なのに!野菜が大好物なんて偉いねーなんてみんなが褒めてくるものですから申し訳なくてまともに否定すらできなかったんですのよ!」

 

こちらに噛みつくような勢いで言葉を吐き出す沙都子。

ちなみに沙都子がカボチャが好きという情報を流したのは村長の公由さんと悟史である。

沙都子の好き嫌いをなくすためとはいえ、なかなかえぐいことをする。

 

「まぁいい、それより今日は頼むぜ。特に沙都子、お前には最高の働きを期待している」

 

「おっほっほっほ!任せなさいですわ!」

 

俺の言葉に対して高笑いと共に自信満々に応える沙都子。

 

「みぃ、僕も頑張るのですよ!にぱ~☆」

 

「ああ、一緒にあの二人をぶっ倒そうぜ」

 

梨花ちゃんとハイタッチをしながらお互い歯を見せてニヤリと笑う。

 

さぁ来るならいつでも来い。

今日は寝かせないぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「梨花、灯火!二人が来たのですよ!」

 

境内の向こうから今日までずっと診療所を監視してくれていた羽入が飛んでくる。

これまでずっと監視してくれていた羽入の話では鷹野さんたちは作業員たちに非人道的な検査や実験は行っていないらしい。

羽入がわからないだけで彼らの検査をして雛見沢症候群について研究は行っていたのかもしれないが、少なくとも身体には害がないものなのだろう。

つまり、鷹野さんたちが何か行動を起こすのなら今夜である可能性が高い。

診療所は葛西が監視してくれている、そして俺たちは今夜鷹野さんをここに足止めする。

今日さえ越えれば作業員たちは退院し、鷹野さんもそれ以上何もできないはずだ。

 

「みんな、入江さんと鷹野さんが来たぜ!予定通り頼む!」

 

「「「「りょうかい!!」」」

 

みんなには本当の事情を伏せてここから帰らせないようにしたいということだけ伝えている。

大した理由も説明していないが、みんな深く聞かずに協力をしてくれた。

本当にありがたい。

 

「魅音、例の酒の準備は?」

 

「ここにあるよ!お母さんのお気に入りの物だからね。やばい度数してるよ」

 

「いや、確実に二人をしとめるためにはそれくらいのものは必要だ」

 

魅音からラベル入りの瓶を受け取る。

ラベルのタイトルは鬼殺し。

何というか・・・・俺たちには非常に相性の悪そうな名前だ。

 

「まぁお酒のラベルってこういうタイトルの多いし、気にすることないか」

 

度数さえ高ければどんなものでも構わない。

こいつをあの二人にたくさん飲ませて今日明日は二日酔いでまともに動けないようにしてやるぜ。

 

「灯火さん、入江さんと鷹野さんがこちらに来ましたよ」

 

沙都子の声を聞いて振り向くと、こちらのテントへとやってくる入江さんと鷹野さんの姿があった。

 

「みんな、ここにいたんですね。大人たちのところにいなかったからどこにいたのかと思いました」

 

「こんばんは、みんなお酒を飲んで盛り上がってるわね」

 

「あはは、みんなダム反対運動で鬱憤が溜まってたからね!入江さんも鷹野さんも今日は思いっきり飲んでってよ!!」

 

「ありがとうございます魅音さん、しかし私はお酒があまり得意ではないので」

 

魅音の誘いに申し訳なさそうに断る入江さん。

残念だけど入江さん、あんたがそういうだろうと思ってたぜ。

すでにあんたを攻略する手は打ってある!

 

「入江さん?私のついだお酒が飲めませんの?」

 

「みぃ、僕のついだお酒も飲んでほしいのですよ」

 

いつの間にか接近していた沙都子と梨花ちゃんが入江の両腕をとってテントへと招く。

 

「さ、沙都子さんに梨花さん!こ、これは大変萌える状況なのですが、お酒はちょっと」

 

「え~入江さん、私たちのお酒を飲んでくれないんですか?」

 

「はう~私のついだお酒を入江さんは飲んでくれないのかな?かな?」

 

沙都子ちゃんと梨花ちゃんの攻撃にうろたえる入江さんに詩音と礼奈が追撃を加える。

 

「「「「さぁ入江さん、私たちのお酒を飲んでください」」」」

 

沙都子、梨花ちゃん、詩音、礼奈の四人の手が入江さんの目の前に差し出される。

もちろん全員の手にはお酒がコップ一杯に入った状態の物が握られている。

 

「い、いただかせていただきます!」

 

彼女たちの勢いに押されて梨花ちゃんからコップを受け取った入江さんが観念にしたようにお酒を口に入れる。

 

「いい飲みっぷりですわ!ささ、次は私のを飲んでくださいませ」

 

勢いよく飲み干した入江さんに休む間を与えることなく追撃を行う沙都子。

沙都子の表情はかつてないほど生き生きとした笑みを浮かべている。

ああ、入江さんをいじめるのが楽しんだろうな。

 

「私のも飲んでほしいかな、かな」

 

「あら、私のも忘れないでね入江さん」

 

「僕も新しいのをついで来たのですよ、にぱー☆」

 

沙都子に続くように入江さんへとすり寄っていく三人。

なんというか、ああ見てると入江さんがいけないお店に迷い込んでしまったかのようだ。

 

「あ、おかわりの瓶はいっぱいあるから、安心してね入江さん」

 

魅音の両手に握られた瓶を見て絶望の表情を浮かべる入江さん。

どうやら入江さんについては彼女たちに任せて大丈夫そうだ。

 

となれば、残るは俺と悟史で鷹野さんを酔いつぶしてしまうだけだ。

 

「あらあら、入江先生ったらすごい人気ね」

 

頬に手を当てながら悲鳴を上げている入江さんを見てクスクスと邪悪な笑みを浮かべる鷹野さん。

へ、余裕な笑みを浮かべられるのも今のうちだぜ!

 

「鷹野さんもどうぞテントへ!鷹野さんにもいつもお世話になっていますから!今日は俺と悟史で全力で接待させていただきます!」

 

「あら、これはかわいいホストさん達だこと。じゃあ接待をお願いしちゃおうかしら」

 

俺と悟史の手で鷹野さんをテントの下へ案内する。

ホストか、隣の入江さんの状況と同じような雰囲気にするのならばホストがちょうどいい。

あんたを倒せるならホストだってなんだってやってやるよ。

 

「どうぞ鷹野さん」

 

「ありがとう悟史君」

 

悟史がついだお酒のコップを受け取って一息で飲み干す鷹野さん。

かなり高い度数のお酒だというのに顔色一つ変えずに飲み干すとは。

予想はしていたが、鷹野さんはかなりお酒が強いようだ。

 

「私だけで飲んでるだけだとつまらないわね。灯火君に悟史君、接待だというのなら当然私のお酒に付き合うのよね?」

 

俺の目の前になみなみに注がれたコップを差し出してくる鷹野さん。

小学生に平然と飲酒を勧めてきやがったぞこのナース。

 

「ありがとうございます、いただきます」

 

不敵な笑みを浮かべながら鷹野さんからコップを受け取る。

鷹野さんも俺が本当に受け取るとは思わなかったようで意外そうな顔をしている。

ふっふっふ!そういうことを言ってくることくらい想定してるぜ!

俺は前々から園崎家の食事会でお酒を飲んでいて、さらに自分がそこそこ酒に強いこともわかっている。

だからあんたがぶっ倒れるまで酒に付き合ってやる、覚悟しな鷹野さん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっふ、頭がくらくらしてきた・・・・」

 

飲み始めてから2時間が過ぎただろうか。

この間、何本もの瓶が空になったかわからないくらい飲んだ。

それも結構なペースで、時にはこっそり別のお酒と混ぜて度数をさらに上げたりもした。

 

「ごめん・・・・灯火、ぼ・・・く・もう・・・・限界」

 

消え入りそうな声と共に今まで俺と一緒に戦ってくれていた悟史がぶっ倒れる。

悟史・・・・お酒なんて今回が初めてだったはずなのに、よくこれまで戦ってくれた。

 

「あらあら、もう限界なの?こっちはまだまだ飲み足りないわ」

 

 

ぶっ倒れた悟史を見てそう呟く鷹野さんは未だに余裕の笑みを保ったままだ。

バカな、俺らよりも倍に近いペースで飲んでたんだぞこの人、なのに顔色一つ変えやがらねぇ!

 

「灯火君もフラフラね。うふふ、私の相手をするには10年ほど早かったようね」

 

邪悪な笑みを浮かべながらこちらを見下ろす鷹野さん。

言い返したい、なのに口が動かない。

 

いやそれよりも、このままでは鷹野さんがここから帰ってしまう。

 

鷹野さんが余裕がある状態で帰らせるわけにはいかないのだ。

気力を振り絞って酒の入った自分のコップを口へと運ぶ。

 

しかし、口に入る前に俺の嗅覚が酒のアルコール臭を認識した瞬間、喉元から強烈な吐き気がせり上がってくるのを感じた。

 

「っ!?うぷっ」

 

慌てて飲むのを中断して手で口元をおさえる。

しばらく吐き気に耐え、なんとか危機を脱する。

 

「あまり無理はしないほうがいいわよ、その歳でそれだけ飲めれば十分よ。もうゆっくり休みなさい」

 

俺の頭を撫でて立ち上ろうとする鷹野さん。

ああ、くそ、鷹野さんがテントの外に出てしまう。

立ち上がりを阻止しようと手を伸ばそうとするが、身体がうまく言うことを聞いてくれない。

 

 

ここまでなのか・・・・

俺たちの力では、鷹野さんに勝てないのか。

この運命を変えることは出来ないのか。

 

「灯火、よくやったわ。後は任せなさい」

 

強大すぎる敵に絶望しそうになる俺を包み込むかのような優しい声が届いた。

その声を聞いて振り返ると、不敵な笑みを浮かべて俺を見つめる梨花ちゃんの姿があった。

 

梨花ちゃんの右手に持っている新しい酒の瓶がきらりと光る。

そうか、俺たちにはまだ彼女がいた!

この梨花ちゃんなら、もしかしたらあの鷹野さんを倒すことが出来るかもしれない!

 

 

ドンッ!!

 

勢いよく鷹野さんのいる机に持っていた瓶をたたきつけるように置く梨花ちゃん。

その小さな姿が俺には非常に大きく、頼もしく見えた。

 

「鷹野、僕と飲み比べの勝負をしようなのです」

 

満面の笑みを浮かべながら鷹野さんに勝負を待ちかける梨花ちゃん。

その笑顔と内容に、さすがの鷹野さんも冷汗を流しながら頬を引きつらせる。

 

「り、梨花ちゃん?えっと、灯火君や悟史君ならともかく、彼らより幼い梨花ちゃんにお酒を飲ませるわけにはいかないわ」

 

というか梨花ちゃんの背中から般若が見えるわ!私何かした!?

鷹野さんが小声でそう呟くのを俺は聞き逃さなかった。

 

うん、俺にも見える。

あの笑顔の仮面の裏からとんでもない殺気が漏れてるのを感じる。

間違いない、梨花ちゃんは殺る気だ。

 

「みぃ、鷹野は僕との飲みが嫌なのですか?」

 

「そ、そういうわけじゃないのよ?ただ梨花ちゃんにはお酒はまだ早いんじゃないかしら。もう少し大人になってからにしましょ、ね?」

 

「・・・・あんたのせいで私はずっと大人になれてないのよ」

 

「え?何か言った?ごめんなさい、よく聞こえなかったわ」

 

「みぃ、なんでもないのですよ。にぱー☆」

 

鷹野さんの言葉で一瞬だけ素の梨花ちゃんが顔を見せたがすぐに取り繕う梨花ちゃん。

しかし鷹野さんの意見は正論だ。

男の俺たちならともかく、まだまだ幼い女の子にお酒を飲ませるのに抵抗を覚えるのは常識ある大人なら当たり前だ。

 

「・・・・僕に勝ったら、こっそり祭具殿の中へ案内してあげるのですよ」

 

「やりましょう」

 

訂正、鷹野さんは常識ある大人ではなかった。

いや、だがうまいぞ梨花ちゃん!鷹野さんが祭具殿の中身に興味があることを使うとは思ってもみなかった。

 

「僕に勝ったらのお話なのですよ?にぱー☆」

 

「うふふふふふ!お酒をなめてると痛い目を見るわよ梨花ちゃん。すぐにギブアップさせてあげるわ」

 

「にぱー☆・・・・・痛い目を見るのはあんたのほうよ」

 

二人の視線がぶつかり合って火花が散っているかのような錯覚を覚える。

二人の間に置かれている酒のラベルには、神殺しと記されていた。

度数は・・・・鬼殺しよりもさらに高い。

 

「と、灯火!後生なのです!梨花を止めてほしいのですー!!」

 

俺が神殺しの度数の高さに戦慄していると、青ざめた表情の羽入がこちらへと飛んでくる。

 

「あんなものを飲んだら僕が死んじゃうのですよ!いつも梨花が飲んでるやつでもヘロヘロになるのに、あんなのを梨花が飲んだらどうなるか。あうあうあうあう!?」

 

俺が見ていた酒を見つめながらガタガタと震える羽入。

そうか、味覚などを羽入と梨花ちゃんは共有しているから酔いも同じく共有してしまうのか。

 

「灯火、梨花を止めてほしいのです!僕が言っても梨花は無視するのです!梨花を止められるのは灯火だけなのです!!」

 

瞳に涙を浮かべながら俺に必死に頼みを伝える羽入。

 

「羽入・・・・」

 

「灯火・・・・」

 

優しく微笑む俺に羽入は徐々に顔を喜色に染めていく。

そんな彼女を見て俺は。

 

「ごめん・・・・!!」

 

逃げ出すように梨花ちゃんと鷹野さんのいるテーブルから距離をとる。

ごめん羽入!俺には梨花ちゃんを止めるなんてことは出来ない!

悪いが戦いに犠牲はつきものなんだ!!

 

「と、灯火ぁぁぁぁぁ!?逃げるなんてあんまりなのですぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

羽入の魂の叫びが耳に届くが応えることは出来ない。

今度シュークリームを買ってあげるから許してくれ!!

 

 

 

 

 

「・・・・うう、本当に頭が痛くなってきた。誰か、水を」

 

梨花ちゃんと鷹野さんの席を離れて水を飲むために彷徨うように移動する。

彼女たちの戦いを見届けるためにも早く体調を元に戻さなくては。

 

「はい、お水だよお兄ちゃん」

 

「おお、助かったぞ礼奈」

 

水を探す俺にちょうどいいタイミングで礼奈が俺に水を渡してくれる。

さすが礼奈だ、気が利いているぜ。

 

「これで少しはマシに、ぶはっ!!?」

 

礼奈から渡された水を一気に喉に流し込み、そして盛大にむせた。

 

「こ、これ酒じゃないか!?れ、礼奈!今はいたずらに応えれる状態じゃないんだよ!」

 

「ええー?さっきのはお水だよ、だってこんなにおいしいんだもん」

 

「れ、礼奈?」

 

なんだか様子がおかしい礼奈に怪訝な表情を浮かべる。

よく見たら礼奈の目はトロンとしており、頬は紅潮し、息も荒い。

 

「お前、まさか酔ってるのか!?」

 

「酔ってないよー。あれ?お兄ちゃんが三人いる?どうしてなのかな?かな?」

 

酔ってんじゃねぇか!!

なんということだ、入江さんに酒を飲ませる間に間違えて飲んでしまったのか。

礼奈がこの状態になってるってことは、まさか他のみんなも。

 

「はうー!!三人ともお持ち帰りー!!」

 

「ちょっ!?」

 

いきなりこちらに抱き着いてきた礼奈を受け止めることが出来ずに倒れる。

嫌な予感がする。早く礼奈をのけて入江さんたちの様子を見なくては!

 

「あー!お兄ちゃんこんなところにいた!」

 

「探したよ!私たちと一緒に飲もうよ!」

 

礼奈の拘束からもがく俺に追撃をするように魅音と詩音がやってくる。

二人とも頬が紅潮してうつろな目をしている。

お前らも酔ってんのかよ!!

 

「れ、礼奈!早く俺を離すんだ!俺は入江さんのところに行かなきゃいけない!」

 

「え?ナス?ナスなら私も食べる!」

 

意味わかんねぇよ!!

ダメだ、もうまともに言葉が通じないくらい礼奈は酔ってるようだ。

 

「ねぇお兄ちゃん、私たち頑張ったんだよ!入江さんにお酒をいっぱい飲ませたんだよ!」

 

「そうそう、もう無理って入江さんは言ってたけど、それでもお兄ちゃんのためにいっぱい飲ませたんだからね!」

 

入江さん死んでたりしないよね?お酒の飲ませすぎで死んだなんて洒落になってないぞ。

 

「・・・・ちなみに入江さんはどこ行ったんだ?」

 

「あっちにいるよ」

 

魅音の指さす方に視線を向ければ、曇った眼鏡をかけたまま何かを呟いている入江さんの姿があった。

 

「ここがメイドの国ですか?ずいぶんと殺風景なところですねぇ。メイドの妖精さん、本当にここがメイドの国なのですか?え、字が違う?メイドではなく冥途?あはは、面白い冗談ですね!」

 

何もない空間を見ながらそう呟く入江さん。やばい、予想以上に魅音たちが飲ませてしまったようだ。

ぶつぶつと何かを言っている入江さんの近くでは沙都子が身体を丸めるようにして眠っている。

 

「「さぁ、私のついだお酒を飲んでお兄ちゃん」」

 

目の前に差し出される二つのコップに頬を引きつらせる。

勘弁してくれ、これ以上飲んだら入江さんと同じ場所に逝っちまう。

くそう!静かに眠っている沙都子が唯一の癒しだ。

 

「あう~!目が回るのです~!!!」

 

声に反応して夜空を見上げれば、真っ赤な顔の羽入が空をすごい勢いで飛び回っていた。

どうやら向こうの戦いは今も続いているようだ。

 

「お兄ちゃん?どこ見てるの?こっち見てよ」

 

「っへぶ!?」

 

顔を掴まれて無理やり魅音のほうへと向けられる。

右手には溢れそうなほどいっぱいに注がれたコップが握られている。

 

「詩音、礼奈。お兄ちゃんを拘束して」

 

「「りょうかい」」

 

魅音の指示に反応して2人が背中から俺を掴んで拘束をしてくる。

なんとか拘束を解こうと足掻くが酔いが身体に回っているせいか力が上手く入らない。

 

待て待て待て!これ以上飲んだら本当にまずい!

 

「さぁお兄ちゃん、観念して飲んで?」

 

徐々にコップを口元へと近づけてくる魅音。

コップが近づいてくる毎に血の気が引いてくるのを感じた。

そして目の前にコップがやってきて、そして。

 

「はい、あーん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここはどこだ?」

 

焼け野原って言えばいいのか?随分と殺風景な場所だ。

こんなところ雛見沢にあっただろうか?

 

「灯火君、よく来ましたね」

 

見覚えのない場所に困惑していると、すぐ近くで入江さんの声が聞こえる。

声をした方へと視線を向ければ、予想通り入江さんの姿がそこにあった。

 

なぜかメイド服を着て。

 

「・・・・・」

 

「驚くのも当然でしょう。ここは雛見沢ではありません、信じられないかもしれませんが、ここは冥途といわれる場所なのです」

 

「いや、俺が驚いているのはそっちじゃないです」

 

無言の俺を見て勘違いした入江さんがここの場所について教えてくれる。

違う、俺が言いたいのはそっちじゃない。

 

「ふっふっふ!私もここへやってきた時は驚きましたがここにいる死神たちと交渉をしましてね。この地にメイド服ならぬ、冥途服を布教することに成功したのですよ!!」

 

眼鏡を光らせながらニヤリと笑み浮かべる入江さん。

なるほど、さっぱりわからない。

 

「さぁ灯火さんも早くこれに着替えて下さい!二人でこの世界にメイド文化を広めていこうではありませんか!」

 

いつの間にか用意されていた冥途服をこちらに差し出してくる入江さん。

いや、礼奈たちが着るのなら大喜びで協力するけど、俺が着るのは違うと思うのだけど。

 

嫌な予感がして入江さんから徐々に距離をとったが、完全に離れる前に気付かれて一気に距離を詰められる。

 

それを見て慌てて走って逃げようとするが、いつの間にか現れた入江さんと同じ服を着た人たちが現れて俺を拘束していた。

 

「ひぃ!?入江さん落ち着いてください!正気に戻ってください!」

 

必死に呼びかけるが入江さんは笑みを浮かべるだけで何も答えない。

そして

 

「さぁ!早く!さぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ひぃ!?ひぃぃぃぃぃぃ!!?」

 

 

 

 

この後、遅れてやってきた羽入を加えた三人でこの世界にメイド文化を広めていくことになるのだが、今の俺にはそれを知る由もなかった。

 

 


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