今回は魅音のメインのお話です。
次話からは本編へと戻ります。
礼奈たちと協力して人形を元に戻したあの日から3日が過ぎた今日この日。
俺は今・・・・何もできない無力な自分に泣きそうになっていた。
目の前には俺の無力さを味わわせている元凶が静かにこちらを見据えている。
「くそっ!!うおぉぉぉぉ!!!!」
腹の底から声を出しながら地面を蹴って目標へと駆ける。
狙いは敵の服を掴んで体勢を崩すことだ。
体勢を崩して地面へと転がし、マウントをとることが出来れば勝敗は決したも当然だ。
頭の中で次の動きのシミュレーションをしながら相手へと迫る。
頭の中でシミュレーションした通りに相手の体勢を崩そうと相手の服へ手を伸ばす。
俺の手が相手の服を掴もうとした瞬間、相手の姿が俺の視界から消失する。
目標を失った俺の手は空を掴む。俺の動きは相手に完全に見切られていたようだ。
消えた相手を探す間もなく背中に衝撃が走り、地面へと組み伏せられる。
背中に重みを感じて払い除けようと動こうとして、身体が自由に動かないことに気づく。
完全に俺の重心を抑えて身動きをとれなくされてしまったようだ。
「・・・・参った、降参だ」
あっさりと俺の考えの上を行かれたことに悔しさを噛み締めながら降参を告げる。
降参を告げた瞬間、俺の背中から重みが消えて身体に自由が戻るのを感じる。
俺は相手が離れたのを確認して起き上がるのではなく、そのまま反転して仰向けになって地面へと寝転んだ。
「・・・・手も足も出なかった、本当に強いな」
自分の情けなさと相手への純粋な尊敬を込めてそう口に出す。
「あはは!昨日から武道を習い始めたお兄ちゃんに負けるわけにはいかないよ!」
俺の言葉に、先ほどまで手合わせをしていた魅音が笑いながらそう答えた。
場所は園崎家の敷地内にある道場のように広い空き家。
ここには地面に倒れる俺とそれを見て笑う魅音、そして暇そうにしてたので見学に誘った礼奈と梨花ちゃんがいる。
礼奈と梨花ちゃんは魅音の洗練された動きにおー!と目を輝かせながら拍手を送っている。
小学生の女の子に手も足も出ずに負けた・・・・
いくら魅音が武道を習っているとはいえ、日頃から兄貴風を吹かしていてこのざまは情けなさすぎる。
「それにしてもいきなり空手でもプロレスでも何でもいいから戦い方を教えてほしいと言ってお兄ちゃんがうちに来た時はびっくりしたよ」
「・・・・魅音が園崎家のみんなから色々しごかれてるって聞いたからな。男なら武道とか興味持って当然だろ」
本当の理由を隠すために言い訳を口にするが、三割くらいは本音だったりする。
魅音が園崎家次期当主として素手の戦い方はもちろん、銃器の使い方まで習っているらしい。
そんなことを聞けば男として気になるに決まってる。
まぁそれはあくまでついでのようなものだ。
残る七割はもちろん来たる運命に対抗するのに必要な力を付けるために決まっている。
この前の誘拐事件で頭に傷を負ってしまっただけでなく、俺のせいで葛西に大怪我を負わせてしまった。
あの時の光景を思い出すだけで胸を締め付けられるような痛みが走る。
もう非力な自分のせいで誰かが傷つくなんてことは絶対にごめんだ。
そのためなら素手での戦い方、銃の撃ち方、役に立つならどんなことだって覚えてやるさ。
園崎家に気に入られているとはいえ、素手での戦い方はともかく銃の使い方まで教えてくれるか不安だったのだが、真剣な顔で頭を下げる俺に、拍子抜けするくらいの気軽さで許可が下りた。
というよりはダム戦争が落ち着いたら言われずとも俺に全て教え込むつもりだったようだ。
自分から言うとは嬉しいねぇと笑顔を浮かべる茜さんに引きつった笑顔を浮かべてしまったのはしょうがないと思う。
というか頼みにいったその日に銃の使い方を叩き込まれると誰が思うだろうか?
もちろん真剣に覚えようと頑張ったが、小学生に何を教えてるんだこの人はと何度も頭の中でツッコミをいれてしまったのはしょうがないことだろう。
興が乗った茜さんが車両の操縦までさせようとした時は白目を剥いて気絶するかと思った。
ハンドルとアクセル、ブレーキに手と足が届かないということで断念されたが、いくら広大な私有地を持っているとはいえど、小学生に運転をさせようとするのはバカすぎではないだろうか?
いやまぁ、アクセルを踏もうと届かない足を必死に伸ばす俺を見て茜さんは爆笑していたので、冗談で運転させようとしていただけなのかもしれないが。
「みぃちゃん本当に強いんだね!お兄ちゃんが何度も掴みかかったのに全部かわしちゃうんだもん。テレビで見た空手のプロの人みたいだったよ!」
「みぃ、女の子に負けた灯火はかわいそかわいそなのですよ!にぱ~☆」
そう言いながら俺の頭を撫でる梨花ちゃん、きっと心の中で惨敗した俺を鼻で笑っていることだろう。
先ほどの立ち合いを思い出しながらこの世界のレベルの高さを思い出してため息がでる。
物語によっては後半になると、割とハードな戦闘が発生することがある。
一歩間違えば死にかねない戦闘を俺の仲間たちは次々と類まれなる戦闘センスによって突破していくのだ。
魅音の動きを見て驚いていた礼奈だって、全力を出して戦えば魅音といい勝負をすると俺は確信している。
最後の最後でみんなの足手まといにならないためにも今から戦闘訓練をしておくことに越したことはない。
「ふぅ、やっと来れた。あっちゃーおねぇとお兄ちゃんのバトル見逃しちゃった」
魅音の強さもわかったし、体術の練習法を魅音に習おうと思っていると、扉の方から息を切らせた詩音が入ってくるのが見えた。
「少し遅かったな。俺としては情けないところを見られずによかったがな」
すでに礼奈と梨花ちゃんに見られてしまっているのでよかったも何もないのだが、これ以上傷口に塩を塗り込むのは避けたい。
「あ、やっぱりお兄ちゃん負けちゃったんだ。おねぇはめちゃくちゃ強かったでしょ」
「ああ、手も足も出なかったよ。もしかして詩音も強かったりするのか?」
魅音と瓜二つの詩音なのだ、戦闘センスがあることは間違いないだろう。
なんならダム戦争の時、誰よりもやんちゃしていたのが詩音だったりするのだ。
毎回毎回やんちゃして警察署で怒られている詩音を迎えに行ってたので間違いない。
普通こういうのって大人の仕事のはずだよね、警察の方もさっさと追い返したいのかも知れないが適当すぎる。
「お母さんから言われた部屋の掃除はちゃんと終わったの?してないのがバレたら後が怖いよ~」
「ちゃんと終わりました~おねぇこそ押入れに詰め込んで片づけた気になってると後で痛い目みるよ」
「うっ!そ、それでも詩音みたいに散らかってないし!お母さんにも注意されたことないもん!」
どうやら詩音がここに来れなかった理由は部屋の片付けが出来てなくて茜さんに怒られたからのようだ。
茜さんにそういうのを気にするイメージがなかったため、少し意外だ。
それともよっぽど詩音の部屋が散らかっていたのだろうか?
「そういえば魅音と詩音の部屋って入ったことないな」
ここに来るときは大広間か客室で話しているので行く機会がなかったのだ。
「私はみぃちゃんとしぃちゃんの部屋行ったことあるよ!お兄ちゃんが大人の人たちとお話してる時はしぃちゃんの部屋にいたから」
「たまにおねぇの部屋でも遊んでたんだよね~おねぇの部屋っていっぱいゲームを置いてるから飽きないし」
「みぃ~僕も会議に飽きた時によく抜け出して二人と遊んでいたのですよ。にぱー☆」
なるほど、俺が親族会議でストレスで吐きそうになっていた時に詩音と礼奈と梨花ちゃんは3人で楽しく遊んでいたというわけか。
なにそれずるい!!
ていうか梨花ちゃん!たまにいなくなっててどこに行ったかと思えば二人のとこに行ってたのか!
くそ。俺と礼奈、同じ兄妹なのにどこで間違えてしまったのだ。
俺も詩音と礼奈と梨花ちゃんと一緒に遊びたかったよ。
「あ、なんなら今からおねぇの部屋でゲームしようよ!知らないゲームもいっぱいあるから楽しいよ!」
「ちょっ詩音勝手に決めないでよ!いやまぁいいんだけどさ」
「私もいいよ!かぁいいゲームはあるかな?かな?」
「みぃーどんなゲームがあるか楽しみなのですよ」
完全に雰囲気は魅音の部屋で遊ぶ感じになっており、もうなんでここにいるのか忘れてしまっているようだ。
一応俺の鍛錬のためにこの部屋を借りたのにもう出番終了ってのはさすがにちょっと。
今日は鍛錬を頑張るぞと来たというのに、これはあんまりではないだろうか。
「ちょっと待った。今日は鍛錬をしに来たんだからな!時間はたっぷりあるんだから少しはやらせろ!」
強くなるのは割と死活問題なんだ。来たる決戦の時のために、そして今後の兄の威厳のためにも最低限の努力はしておきたい。
「私は別にそれでもいいけど、みんなが退屈だろうから・・・・あ、じゃあ今日はみんなに護身術を一つ教えてあげるよ!」
「「「「護身術?」」」」
俺と詩音と礼奈と梨花ちゃんの声が重なる。
みんなもいるということで誰でも使える簡単な技を教えてくれるのかもしれない。
「見せた方がわかりやすいね。お兄ちゃん、ちょっとそこに立っててよ」
「え?お、おう。優しく頼むぞ」
俺を使って実演をしてくれるようだ。どんな技を見せてくれるのかは楽しみだが自分が体感するとなるとさすがに少し怖い。
「人間の肘の骨ってさ、かなり硬く尖っているんだよね。だから拳みたいに鍛錬する必要もないし、怪我することだって少ない部位なんだよ。特に女の肘は細く鋭いからね。こうやって肘を曲げてから相手の顎を下から突き上げれば!」
「へ?ぶふぁっ!!?」
説明を聞いて油断していたところに下から魅音の肘が顎に入る。
綺麗に顎を突き上げられた俺は何も抵抗をすることも出来ずに背中から地面へと倒れてしまった。
手加減はしてくれたようで痛みはないが、顎を突き上げられた時、一瞬頭が真っ白になって気が付いたら地面に倒れる寸前だった。
「届かない時は肋骨に打撃を与えるのもいいね。骨と骨の隙間を狙う感じでやれば相手に相当のダメージを与えられるよ」
「「「おー!!!」」」
魅音の実演を見て感心したように揃って声を上げる礼奈たち。
確かにすごいのだが、そのおかげでまた情けない姿を見せてしまった。
なにが、ぶふぁっ!?っだ!やられるにしてももう少しかっこよくやられたかった。
俺の見事なやられ具合に興味を失ったのか、倒れる俺に見向きもせずに魅音の周りに集まる礼奈たち。
みんなのためにやられ役をしたのだから、少しくらい労ってほしいと思うのは欲張りではないはずだ。
次はこいつらを習う技のやられ役にしてやろうと心に決めて俺も魅音に教わるためにみんなの輪の中に入った。
「よし!じゃあ少し休憩!外に水飲み場があるから喉が渇いてる人はそっちで飲んでね!」
魅音の一声によって習った護身術の練習をしていた礼奈たちが地面へとへたりこむ。
練習を始めて一時間程は経っただろうか。全員が予想以上に練習に熱中してしまい、夏の暑さも合わさって汗だくになってしまっている。
「護身術の練習楽しいね!こんなことならお兄ちゃんみたいに動きやすい服で来ればよかった」
「さすがにその恰好じゃあ、動きにくいよな」
現在の礼奈は涼しげなワンピースを着ており、とても似合っているのは間違いないのだが、運動に向いているかと言われれば向いていないだろう。
「汗もかいちゃったし、ちょっと家に帰って着替えてくるね!」
「あ、僕も汗が気持ち悪いので一度家に戻るのです」
幼いとはいえ少女である二人は汗をかいた状態は避けたいのだろう。
大急ぎで家へと帰る支度をして部屋から走っていってしまった。
ちなみに詩音は暫く俺たちの練習を見ていたのだが、すぐに飽きて途中でお風呂に行くと言って出ていってしまった。
「お兄ちゃんお疲れ様、はいタオルとお水」
「ありがとう魅音、汗が鬱陶しかったから助かるわ」
タオルと水をもってきてくれた魅音にお礼を言って受け取る。
すぐに水を飲んで、動き回って不足していた水分を補給する。
「にしても、みんなセンスがいいな。教えてもらったその日に完璧にできるなんて驚きだ」
礼奈が動けることは知っていたが、まさか梨花ちゃんまであんなに動けるとは思わなかった。
彼女にもらった肘鉄の味に俺の身体がぶるりと震えた。
それに比べて俺の運動センスのなさには涙が出そうだ。
魅音に何度も丁寧に教えてもらったにも関わらず、未だに上手く動くことが出来ない。
「・・・・ごめんな魅音。せっかく教えてくれてるのにうまく出来なくて」
「いや、あれは礼奈と梨花ちゃんの運動神経が良すぎるだけだから。お兄ちゃんの物覚えが悪いわけじゃないから安心して」
「・・・・そう言ってもらえると助かる」
わかってはいたつもりだが、やはり俺はどこにでもいる凡人のようだ。
あの礼奈の兄だから凄い潜在能力があるのではと期待していたが、どうやらそんなものはないらしい。
地道に努力を重ねながらやっていくしかないだろう。
「それに・・・・謝らなくちゃいけないのは私の方だよ」
「魅音が?もしかして自分の教え方が下手くそだからとか言うなよ」
魅音は俺が理解しやすいように文字通り手取り足取りと一生懸命に教えてくれていた。
それを下手くそなんて魅音自身にだって言わせない。
「・・・・お兄ちゃんの頭の傷って誘拐事件に巻き込まれたからなんでしょ?」
突然話を前の誘拐事件に負った傷へと変える魅音。
なぜその話を今するのか疑問に思いながらも魅音の問いに答える。
「・・・・まぁな。でもこれは俺のドジの結果によるものだよ。誰かのせいにする気はない」
「・・・・でも、元をたどれば園崎家の私たちと関わったからだよ。お兄ちゃんが私たちと関わっていなかったら、そもそもそんな怪我しなかったはずだし」
ああ・・・・魅音が俺に謝ってきた理由がわかった。
魅音は俺の怪我を自分たちと関わったせいだと思ってしまっているのか。
「・・・・今回の怪我だけじゃないよ!私たちのせいで関係ないお兄ちゃんまで村のみんなに怖がられちゃってるし、これから先私たちに関わることでたくさん酷い目に遭うかもしれない!それこそ命に係わることだって!私のせいでお兄ちゃんが傷つくとこなんてそんなの絶対に見たくない!!」
「・・・・魅音」
「お兄ちゃんと初めて会った日、私たちを妹って呼んでくれて本当に嬉しかった、でも・・・・そのせいでお兄ちゃんが今回みたいに傷つくんだったら私は!私は・・・・・」
その言葉は最後まで続くことはなかった。
叫ぶように言っていた言葉は次第に小さくなっていき、最後にはすすり泣く声へと変わる。
魅音が言えなかった言葉の続きは想像がつく。
「魅音、顔あげろ」
「え?・・・・あうっ!」
泣きながらも俺の声に反応してゆっくりと顔をあげた魅音の額にデコピンを放つ。
「魅音、園崎家と関わらなかったら怪我もしてなかったし村のみんなからも怖がられなかったって言ったが、そいつは俺をなめすぎだ。もし魅音たちと関わっていなかったとしても俺は事件に自分から飛び込んだし、村で差別されてた悟史と沙都子のために村のやつら全員に嫌われようと全力で行動していたと確信できる!!つまり魅音たちが妹でもそうじゃないとしても結果なんざ大して変わらないってことだ!!」
これは本当にそう思う。
たとえ葛西の手助けがなかったとしても俺は寿樹君を助けようと現場に向かっただろうし、悟史と沙都子のためなら村中の人たちから嫌われようと二人の味方であり続けたと断言できる。
この世界に生まれてから全力で運命を変えると決めている俺なら必ずそうするはずだ。
「そ、そんなことわからないじゃん!私たちと関わらなければ誘拐事件なんて知ることも出来なかったはずだし、悟史たちのことだってお兄ちゃんなら誰にも嫌われずに出来たに決まってるもん!」
「事件に関しては大石さんたちから聞き出したかもしれないだろ、あと誰にも嫌われずってのは俺を過大評価しすぎだ」
「でも・・・・でも!」
「あーもう!でもじゃねぇ!」
俺の言葉を聞いてもなお食い下がる魅音に連続でデコピンを与える。
こうなったら納得するまで永遠にデコピンをし続けてやる。
「お前らを妹にしてるってことは!俺が自信をもって誇れることの1つなんだよ!だからお前はそのままでいいの!わからないんだったら煙が出るまでデコピン続けるぞこのやろう!」
恥ずかしいことを言ったと自覚しながらも言葉を続ける。
きっと今の俺の顔は真っ赤になっていることだろう。
「そっか、私たちが妹だってことがお兄ちゃんの誇れることの1つなんだ・・・・だったらしょうがないね!なーんだ!ずっと悩んでいた私がバカみたい!あはははは!!!」
俺の言葉を聞いて今までの悩みを吹き飛ばすように笑い続ける魅音を見て俺もつられるように笑う。
「よし!!いっぱい笑って元気でた!!お兄ちゃん練習の続きしよ!!次はプロレスの技を教えてあげるね!」
「プロレスか・・・・お手柔らかにお願いします」
はやくはやくと手を引っ張る魅音に苦笑いを受けながら練習を再開する。
その後、魅音の元気な声とプロレス技の餌食となった俺の叫び声が部屋に響き渡った。
妹にプロレス技をかけられて泣き叫ぶ俺が兄でいいのかと疑問に思ったのは秘密だ。
灯火の日課に鍛錬が加わりました。
どこまで強くなれるかはお楽しみです。