誰かこの小生意気なガキ、じゃなくて沙都子を止めてくれ。
「あらあら?そこにいるのは引っ越したはずの灯火さんじゃありませんこと?」
「・・・・」
耐えろ、今は耐えるしかない。
「不思議ですわねーどうして引っ越したはずの灯火さんがこんなところにいるんでしょう?」
「・・・・」
耐えろ、ニヤニヤを笑う沙都子の頭をチョップを入れたいが我慢だ。
ていうか本当にこいつは意地悪な笑みが様になってやがる。
「もしかして偽物さんですの?本物は今頃茨城のはずですものね?」
「・・・・本物です」
「あら?本物ならどうしてここにいるんですの?私たちとお別れして茨城に行ったはずでは?」
「ぐっ・・・・」
俺の言葉を聞いてさらに追い込んでくる沙都子。
そんなこと聞かせたくてもわかってんだろ。
「ということはここにいるのは偽物ですわね。通りでブサイクで品も何もありはしないと思いましたわ」
「ぐぉぉぉ!」
ブサイク?美少女である礼奈の兄である俺が?
ちくしょう、ちょっと自分が可愛いからって人様の顔をブサイクというとは良い度胸だ!
だが、ここで沙都子をしばくわけにはいかない。
今回の件は全面的に俺が悪いのだから。
「あれだけの別れ方をしておいてやっぱり引っ越さないなんて。そんな間抜けなことをする人なんていませんわよね?灯火さん?」
「ぐぎぎぎ!」
「おーほほほほほ!」
「沙都子?それぐらいにしてやりなよ」
「はうぅ、お兄ちゃんが泣いちゃうよぉ」
ついに見かねて悟史と礼奈が止めに入る。
こっちだって恥ずかしいんだぞ!
めちゃくちゃ感動的に別れの言葉を済ませたのに、次の日にはやっぱり引っ越しなくなった☆とかギャグ過ぎるだろ。
「ふぅ・・・・これぐらいにしといてやりますわ」
悟史と礼奈が止めに入ったことにより俺へのいじりは止めになった。
「まったく人騒がせにもほどがありますわ」
ため息を吐いてジト目でこちらを睨む沙都子に俺も苦笑いを浮かべる。
「すまん。俺もこうなるとは思わなくて」
「いきなり魅音ちゃんが来た時はびっくりしたよー」
「ああ。いきなり家に押しかけて来た時は驚いたぞ」
両親に最上級のトラウマを与えてしまった。
でも結果的に茜さん達には感謝してもしきれない。
「大変だったね。でもね、やっぱり嬉しいよ」
「・・・・悟史」
「沙都子もね。あんな風に言ってるけど、礼奈から聞いた時は涙を流して喜んでたよ」
礼奈と笑いながら話してる沙都子を見ながら悟史が当時の状況をこっそり教えてくれる。
泣くほど喜んでくれたのか、なんとも可愛い奴め。
「あのツンデレめ」
「あはは」
茜さん達には本当に感謝しないとな。
あの人たちのおかげでこうして悟史達と笑いあえてるんだから。
「そういえばお兄ちゃん」
「なんだ?」
「梨花ちゃんには言ったのかな?かな?」
「ああ。朝一番に会いに行ったぞ」
◇
「というわけで引っ越しはなしになった」
「ちょっと待ちなさい」
この男はなにを言ってるんだ?
早朝から顔を出したと思えば第一声がそれだ。
というわけだって言えばこっちが全部理解できると思ってんじゃないわよ!
過程を説明しなさい過程を!
「だから引っ越しはなくなったんだって」
「どうやったら引っ越しがなくなるのよ!?お父さんとお母さんを脅しでもしたの!?」
「よくわかったな」
「・・・・はぁ!?」
まさかの肯定に思わず変な声が出る。
昨日の今日で何をやらかしたのよあんた!
「・・・・昨日、お魎さんと茜さんが家に訪ねてきたんだ」
それだけ聞いてなんとなくどうなったか察した。
灯火は当時を思い出しているのか遠い目をしている。
「それで引っ越しをやめるようにうちの両親をおど、お願いしたんだ」
「・・・・そう」
状況は理解したわ。
まさかそんな強硬手段に出るとは思わなかったけど。
「俺も驚いたんだぞ?でも一番の被害はうちの両親だな。お魎さんに脅されて、帰った後は腰が抜けてた」
「・・・・それは御愁傷様」
村長の公由だってお魎には敵わないんだ。一般人の灯火の両親が反論を言うなんて無理に決まっている。
「まぁおかげで引っ越しがキャンセルになったんだ。感謝しなきゃな」
「・・・・そうね、これはすごいことだわ」
今までの世界ではレナは必ず引っ越していた。それが灯火の存在によってその運命が変わった。
彼は早くも定められていた運命を変えてしまった。
「・・・・あなたなら本当に運命を変えられるのかもしれないわね」
「どうしたんだよ急に?」
「ふふ。あなたには期待してるわ」
「期待には応えるさ。楽しみにしてな」
「そうさせてもらうわ」
灯火と話してると自然に笑みを浮かべていることに気付く。
ここまで未来のことを明るく話せるなんて思わなかった。
羽入以外で初めて素で話してるし。
「そういえば羽入は?いるのか?」
「ああ、あの子は」
「あうーどうすればー」
灯火が聞いたタイミングで居間の奥から羽入の声が聞こえてきた。
「羽入?」
灯火は声に反応して居間の奥に行ってしまう。
まぁ見た方が早いわね。
「灯火が行ってしまうのです、そんなのはいやなのですよ」
「どうすれば、こうなったら僕が灯火についていって」
「ダメなのです、梨花がいるのです。でも最近梨花はキムチばかり食べて僕を虐めるのです」
「少しぐらい離れてもバチは当たらないのです!梨花には僕のありがたみを少しはわかるべきのです!」
「そうと決まれば早速準備なのです!」
「羽入?」
「あう!?」
私が声をかけるとビクっと肩を上げる。
「り、梨花?いたのですか?」
「あ、俺もいるぞ」
「灯火!!?」
灯火に気づきさらに驚く羽入。
「で?なにをしようとしてたのかしら羽入?」
「えっと、それは・・・・」
「灯火についていくんですって?」
「あうあうあう!違うのです梨花。冗談なのですよ」
「あらいいわよ?行きたければいけばいいわ」
「え?」
「その代わり毎日キムチを食べるわ」
「僕が梨花から離れるわけがないのです!」
「よろしい」
「あ。羽入聞いてくれよ」
「灯火?なんですか?」
「実はな」
◇
「良かったのです!本当に良かったのですよー!!」
灯火の話を聞いた羽入はワンワンと泣きながら喜んでいる。
気持ちはわかるけど少し落ち着きなさい。
見てるこっちが恥ずかしいじゃない。
「ありがとう羽入。これからもよろしくな」
灯火は泣いている羽入に微笑みながら頭を撫でる。
なぜだが面白くない。
「・・・・いい加減離れなさい羽入。みっともないわよ」
強引に2人の間に入り引き離す。
「ていうか俺、普通に羽入の姿が見えてんだけど」
「あ。僕の姿を灯火にも見えるようにしたのです」
「そんなことできるのか」
「えへへ。灯火は特別なのです」
頬を染めながら笑う羽入。
乙女か。
「はぁ・・・・やってられないわ」
今すぐワインを飲みたくなってきた。
両親がいるから飲めてないのだ。
「これで俺も物語に全部関わることができるな、今日はそれを言いに来たんだ」
「なにが始まるかわかってる?」
「ああ。ダム反対運動。北条家の迫害問題。赤坂の問題。とりあえずこの三つだな」
「ええ」
「ダム反対運動は園崎家に恩があるから強制参加だな。ついでの悟史たちも巻き込んで親から引き離す。残るは」
「赤坂ね」
「あうあうあう、大変なのです」
羽入が焦ったように騒ぐが気持ちはわかる。
これまで何回も赤坂には警告してきた。妻が転落事故で亡くなるのを阻止するために東京に帰るようにいった。
でも。それが運命だというように赤坂の妻は亡くなった。
「・・・・変えられるのかしら、この運命を」
私は運命に屈してばかり。
何回も抗った。その度に殺され、絶望した。
「・・・・私には運命を変える力なんてない」
「・・・・梨花」
羽入も私と同じなのだ。
同じだけ希望を抱き絶望した。
だから、どうしても自信が持てない。
「それは違うぞ梨花ちゃん」
「え?」
「運命は変えられる」
「それは・・・・あなただからよ」
灯火は特別だから。
私とは違う、強い人だから。
「私はあなたとは違うの!私は・・・・弱い」
「弱いのがいけないのか?それで運命が変えられないって?」
灯火は笑みを浮かべて私の言葉を一笑する。
「俺だって弱いよ。今まで何回泣きそうになったか数えきれない、妹の前じゃなきゃ漏らしてたことだってあった」
「・・・・どんな目にあったのよ」
「俺から見れば梨花ちゃんの方がよっぽど強いよ。俺だったら耐えれてない。だから自信を持っていい。梨花ちゃんは強いよ」
灯火は私を目をじっと見つめながらそう告げる。
その言葉に胸の奥が暖かくなるのを感じた。
・・・・あなたって人は。
「これから始まる物語に悲劇はない。俺が好きなのはラブコメなんだ」
「なによそれ」
自然と笑みが生まれた。悲劇のない世界。そんな世界があるならラブコメでも大歓迎だ。
でも灯火なら本当にできる気がした。
竜宮灯火。
今まで現れなかったイレギュラー
彼の存在は悲劇で染められた物語を大きく変える。
この世界は私が今まで見たことがない物語。
願わくば、とても優しい物語となりますように。