「さーてどこから行く?」
魅音を先頭にして人ごみの中を進む。
灯火は結局置き去りしたままだ。
きっと今頃お魎と仲良くお茶をしている最中でしょうね。
震えながらお茶してる姿が目に浮かぶわ。
でも、この状況は今の私にはちょうどいいわね。
彼がいない間にみんなに彼について聞くことが出来る。
「もうお腹いっぱいですわ」
私の隣では少し苦しそうにお腹をさする沙都子がいる。
一番最初に聞くにはちょうどいい。
「沙都子、少し聞きたいことがあるのですよ」
「え?なんでございますの?あ!新作のトラップについてですわね!」
「違うのです、灯火についてなのですよ」
「灯火さんのことぉ?」
あ、あからさまに嫌な顔したわね。
まぁさっき二人が話してるのを見ていると、まるで圭一と沙都子が話しているかのようだった。
きっと彼は圭一と同じように沙都子をいじって遊んでいるのだろう。
「一言で言うなら・・・・ゴキブリですわね」
聞く相手を間違えたかしら。
「嫌な男ですわ!かばちゃを私に食べさせてきますしデコピンもしてきますし!どうして礼奈さんや魅音さん達が彼を兄と呼ぶのか謎ですわ!にーにーのほうが百倍かっこいいですもの!」
ええ、私も魅音達については謎だわ。
まぁ沙都子の反応については予想通りね、いえゴキブリは予想外だったわ。
「ま、まぁでも、あんなのでもにーにーの親友ですし、しょうがないから仲良くしてあげますの・・・・たまにカッコいいですし、極たまにですが!!」
そう言って顔をそむける沙都子。
その横顔は真っ赤になっている。
・・・・灯火、私の親友を誑かすとか良い度胸ね。
謎の怒りが私の中に生まれる。
・・・・まぁいいわ、次に行きましょう。
「悟史」
「梨花ちゃん?どうしたの?」
次の私が話しかけたのは沙都子の兄である悟史。
・・・・悟史と話すのは不思議な感じね。
私が前にいたカケラでは悟史は行方不明になっていなかった。
最近はここまで過去に戻れていなかったから悟史と会うのは本当に久しぶりだ。
・・・・いえ、たとえ会っていたとしてもあまり話さなかったでしょうね。
どのカケラでも彼は必ず行方不明になっていて、何より日々暗くなっていく彼を見ているのはとても辛くて、私は彼と深く関わらずにいた。
でも今の彼に、私の記憶にあるような暗さはない。
むしろ私が見たことがないほど明るい。
・・・・これも彼のおかげなのでしょうね。
「灯火について聞きたいのです。悟史は灯火の親友だって沙都子が言っていたのですよ」
「あはは、なんだか照れるね。でも灯火についてかぁ、それならむしろ梨花ちゃんが一番詳しいんじゃないかな?灯火が一番最初に出会った子は梨花ちゃんだって言ってたよ?」
「・・・・そうなのですか?」
悟史の言葉に目を見開く。
彼と一番最初に出会っていたのは私だったのね。
・・・・彼は記憶のない私に何かしてないでしょうね。
もう!この世界の記憶があればこんなに苦労しないですんだのに!
「梨花!そんなに当時のことが知りたいなら僕が教えてあげるのですよ!この世界の梨花はそれはもう灯火に懐いていて、将来は灯火のお嫁さんになるんだって毎日のようにお母さんに言って」
「なんだか次はすごく辛い物が食べたいのですよ」
「辛い物か。わかった、魅音に聞いてみるよ」
「後生なのです梨花ぁ!!それだけはやめてほしいのですよぉ!!」
うるさい!黙って辛さで悶えてなさい!!
くぅぅ!灯火!あなた記憶のない無垢な私に手を出すとは良い度胸してるじゃない!絶対許さないわ!
羞恥で顔が熱くなる。
まさかあなた、女の子なら片っ端から口説いてたりしないでしょうね!?
今のところ私を含めて全員が手を出されてるわよ!
・・・・もういいわ、諦めて次に行きましょう。
正直魅音と詩音に灯火について聞いてみたいけど、なんというかあそこまで謎だと聞くのが怖いから後回しね。
なにがあったら二人がお兄ちゃんって呼ぶようになるのよ。
とりあえず園崎家で何かやらかしたのは確実ね。
じゃあここは本命に行きましょう。
「レナ、聞きたいことがあるのですよ」
「はう?レナ?」
しまった、レナじゃ伝わらないわね。
「嚙んじゃったのです。礼奈って言いたかったのです」
舌を少し出して間違えたことをアピールする。
これから礼奈って呼ばないといけないのね、気を付けないと。
「はぅ!舌を出す梨花かぁいいよう!!お持ち帰りー!!」
もう!話が前に進まないじゃない!
礼奈に抱き着かれながら心でツッコミを入れる。
礼奈の頭にチョップをくらわせるが効果はない。
くっ、やっぱりこれを止めることが出来るのは彼だけなのね。
・・・・それにしてもあのレナが妹ね。
なんというか一人っ子のイメージが強いから新鮮ね。
「礼奈は灯火のことをどう思ってるのですか?妹から見た灯火について聞いてみたいのですよ」
「お兄ちゃんのこと?んーお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだけど」
そう言って難しい顔をする礼奈、うまく言語化か出来ないのかしら。
私からしたらレナに兄がいるのは違和感があるんだけど、今の礼奈からするといるのが当たり前。
いきなりそれについてどう思うと言われても答えるのは難しいか。
「うーんお兄ちゃんはすっごく優しくてカッコいいの!でもね、時々すごく難しい顔をしてる」
「・・・・難しい顔をですか?」
前半は置いておいて後半の内容が気になる。
何かに悩んでいるのかしら?
でも今の年齢の子供の悩みなんてたかが知れてると思うけれど。
「顔に出ているわけじゃないの、ただ礼奈がそう思うだけ。礼奈はお兄ちゃんのことが大好きだから悩んでるお兄ちゃんの力になりたい。でも聞いても教えてくれない」
「・・・・」
「きっと私が妹だからなんだと思う。お兄ちゃんって私の前だとすごくカッコつけるから。だからお兄ちゃんの悩みを聞けるのは悟史君と、そして梨花ちゃんなんじゃないかな」
「・・・・みぃ?僕もなのですか?」
悟史はわかるけど私も?
羽入の話を聞く限り、私も彼には妹のように扱われてそうなのだけど。
「うん、なんていうか今日の梨花ちゃんは雰囲気が違う気がする。今の梨花ちゃんならお兄ちゃんも話をしてくれるんじゃないかな」
「・・・・」
内心で冷や汗を流す。
相変わらずレナの勘の鋭さには驚かされる。
でもその礼奈が灯火が悩んでいるっていうのだからきっとそうなのでしょうね。
・・・・女の子について悩んでいるだけじゃないでしょうね。
「だから出来たらでいいの、お兄ちゃんの力になってあげてほしい。もちろん梨花ちゃんが悩んでたら私が力になるよ!」
「・・・・ありがとうなのです礼奈。僕も灯火に聞いてみるのですよ」
「うん!あ、みぃちゃんと悟史君がこっちに来たよ」
礼奈につられて目を向ければ、確かにこちらに歩いてくる二人が見えた。
悟史が何か持ってるわね。
「梨花ちゃん!辛い物探してきたよ」
「ふっふっふ!私おすすめの激辛麻婆豆腐だよ!」
そう言って悟史の手にある物に目を向ける。
紙皿の上に真っ赤な麻婆が鎮座している。
なんてもの祭りで売ってるのよ。
「あ、あうあうあうあうあうあう!?ダメなのです!それを梨花に渡してダメなのですよー!!」
「みぃ、ありがとうなのです。いただくのですよ」
横で泣きながら私を止めようとする羽入を無視して麻婆豆腐を口に入れる。
祭りの会場に羽入の叫び声が響き渡った。
◇
「さぁてそろそろ何かゲームでもしたいねぇ」
激辛麻婆豆腐を完食したところで魅音はそう呟く。
魅音らしい提案につい頬が緩む。
「んー罰ゲームもいるし何にしようか。激辛麻婆豆腐は梨花ちゃんが食べちゃったし・・・・なんともないの?」
「みぃ、美味しかったのです」
「ま、まだ口の中の感覚がないのです」
私の隣で死んだように俯いたまま浮かぶ羽入は無視。
「あ、おねぇ。だったら面白いこと考えたよ!」
「ん?なになに?」
そう言って詩音は笑いながら魅音の耳に小声で何かを伝える。
そして話を聞いた魅音はニヤリと笑った。
「いいね、じゃあさっそく用意をしてくるよ!みんなはここで待機ね!すぐに戻ってくるから」
「私も用意してくる」
そう言って姉妹両方がそれぞれ反対方向へと消えていく。
一体何をするつもりなのかしらあの二人。
そしてほどなくして二人は戻ってくる。
魅音は手に何か持っているわね。
でも詩音は何も持っている様子はない。
「おまたせ!みんなにはゲームを用意したよ!名付けて!逆ロシアンルーレット!」
・・・・またろくでもないのが来たわね。
魅音の手にある物へ目を向ける、そこにはあるのはたこ焼きだ。
「ここに七つのたこ焼きがある!このたこ焼きの中の七つの内六つがタバスコ入りの激辛たこ焼きになってる。みんなには一個づつ食べてもらって普通のたこ焼きを食べた人が負け!罰ゲーム決定だよ!!」
「それはどっちにしろ罰ゲームではなくて!?」
沙都子が全員の声を代弁する。
たこ焼きを注意してみれば、所々赤く変色している。
隠す気ないわね。
要するに罰ゲームを回避するために激辛たこ焼きを食べるか、激辛たこ焼きを回避するために罰ゲームを受けるか、そのどっちかってこと。
「ふっふっふ!さっきの激辛麻婆豆腐よりさらに強力だからね!さすがの梨花ちゃんでもやばいと思うよ」
「みぃ、腕が鳴るのですよ」
「鳴らないのです!そんなのを梨花が食べても鳴るのは僕の悲鳴だけなのですよー!!」
羽入の魂の叫びは残念ながら誰にも届かない。
恨むならこのゲームを考えたであろう詩音を恨みなさい。
「じゃあ全員で一斉にとるよ!みんな串はもったね?」
「「「「「・・・・・」」」」」
全員が冷や汗を流しながら串を持つ。
そして全員が同時にたこ焼きに串を突き刺した。
見れば、全員とったのは激辛たこ焼きだ。
罰ゲームが不明なのが怖いわね、だったら目に見える罰ゲームのたこ焼きに手を出したほうがマシ。
みんなそんな感じかしら。
「あうあう!?早まったらダメなのですよ梨花!!もしかしたら罰ゲームの方がマシなのかもしれないのです!」
無視。
魅音を含めて全員が汗を流しながらもたこ焼きを口に入れる。
瞬間、全員が口を抑えてもだえる。
「み、水!水はどこ!?」
「か、辛すぎますわ。小さいたこ焼きな分、辛みが詰め込まれてて」
「はう!涙が出てきたよぉ!!」
全員があまりの辛さに涙目で感想を口にする。
そして近くのテントに水を求めて駆け込んでいた。
羽入は・・・・気絶してるわね。
でもこれで余ったのは普通のたこ焼き。
誰も罰ゲームなしになる。
こうなってくるとどんな罰ゲームなのか気になってくる。
水を取りに行った魅音から受け取ったたこ焼きを見ながら心の中で残念がる。
「ああ、ここにいたのか。探したぞみんな」
ああ、ちょうどいいところに生贄が来たわ。
声をした方を見ればお魎との話を終えた灯火がこちらへ歩いて来ていた。
私は内心笑いながら灯火にたこ焼きを差し出した。
「みぃ、お疲れ様なのです。そしてどうぞなのです灯火」
「ん?たこ焼きをくれるのか?ありがとう」
私が差し出したたこ焼きを何も疑うことなく口に運ぶ灯火。
うん、うまいと感想を言っている。
魅音の言った通り、あのたこ焼きは普通だったようね。
「みぃ、これで灯火の負け。罰ゲームなのですよ。にぱー-☆」
「は?罰ゲーム?」
私の言葉に困惑している。
ふふふ、すぐにわかるわ。
「ふ、ふふふ!今私達でゲームをしてたんだよ。そのたこ焼きを食べた人が罰ゲームだったんだけど、お兄ちゃん食べちゃったねぇ」
水をもって戻ってきた魅音が悪そうな笑みを浮かべてそう告げる。
それで状況を理解したらしい灯火は顔をしかめる。
「・・・・まぁ変に足掻くのもかっこ悪いか。おっし!罰ゲームだな!何でもこいよ!!」
素直に罰ゲームを受けることを承諾した灯火。
灯火の言葉を聞いた魅音は笑いながら詩音に声をかける。
「じゃあお兄ちゃん、はいこれ」
魅音に声をかけられた詩音は笑みを浮かべて何かを灯火に渡す。
・・・・服?
何かの服を受け取った灯火は首を傾げながら見やすいように服を両手で広げる。
「・・・・メイド服じゃん。なぜか羽とかついてて布面積が死んでるけど」
灯火は死んだ目で服を見つめる。
あんなもの、どこで仕入れたのよ。
「はいじゃあお兄ちゃんはこれ着てね。綿流しは終わるまで脱いじゃダメだよ?」
「その場合俺の世間体が終わるんだが?」
「これからはお兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんって呼ぶね!」
笑顔でそう告げる詩音に灯火は頬を引きつらせている。
魅音を見れば、誰かに向かって手を振っていた。
そちらに目を向ければ知らないおじさんが魅音に手を振り返していた。
どうやらあの人が詩音に服を渡したらしい。
灯火もそれに気付いたようで相手に向かって叫ぶ。
「ってあんたかよ!?なんてもの渡しやがる!ていうかなんでこんなもの持ってるんだよ!?」
「ふ、娘に着てほしくて買ったんだが着てくれなくてな。しかもまだ怒って口もきいてくれねぇ」
「当然の結果ですわ」
おじさんの言葉に沙都子が即答する。
このおじさん、入江と気が合いそうね。
「この綿流しの日なら誰かが着てくれるんじゃねぇかと持ってきてたんだ。まさか本当に着る奴がいるとはな」
「着るのは男の俺だぞおっさん!?今からでも遅くねぇ、返してもらえ。ていうか返す」
「そいつはもうお前さんのもんだ。大事に着てやってくれ」
「なんでそんな感動風に言ってるの?なんで涙目になってるの?ねぇおっさんバカなんじゃねぇの?」
涙を拭きながら笑うおっさんに灯火がツッコミを何度も入れる。
同感だけど面白いから黙ってましょう。
「ほらほら罰ゲームを受けるって言ったのお兄ちゃんじゃん。早く着替えてきて」
「はうはうはう!お兄ちゃんはやくぅぅぅぅぅ!!」
かぁいいモードになった礼奈に強引に連れていかれる。
人気のない場所に連れていかれた灯火の悲鳴が聞こえてきた。
この日、綿流しに新たな伝説が生まれた。