やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。   作:春雨2

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今回のエピローグで完結になります。読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!


エピローグ だから、彼のアイドルプロデュースは終わらない。

 

青春とは嘘であり、悪である。

 

 

 

青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺く。

 

自らを取り巻く環境のすべてを肯定的に捉える。

 

何か致命的な失敗をしても、それすら青春の証とし、思い出の1ページに刻むのだ。

 

 

例を挙げーー

 

 

 

 

 

 

八幡「なんだ、こりゃ」

 

 

 

 

 

 

随分と、懐かしいものが出てきた。

 

確か、平塚先生へ最初に提出したレポート用紙だよな。再提出を言い渡されて、奉仕部やりながら書いたっけ。

 

 

たまには片付けをしようと机を漁っていたら、くしゃくしゃのレポート用紙。内容はリア充への犯行声明。

ふむ……

 

 

 

八幡「我ながら、なんと的を射た文面だろうか。とっとこ」

 

 

 

ぴしっと、レポート用紙のシワを伸ばし、改めて引き出しにしまう。

 

もしかすれば、こいつが日の目を見る時が来るやもしれん。万が一俺が自伝を書く時が来たら冒頭に載せることにしよう。

 

 

 

小町「なーにやってんの。お兄ちゃん」

 

 

 

声に振り返ると、そこには廊下から部屋の中を覗き込んでいる小町。

その格好は寝間着のままで、眠たげに目を擦っている。もしかして起こしちまったか。

 

 

 

八幡「おう。ちょっとヒマだったんで、部屋の片付けをとでも思ってな」

 

小町「……朝の5時に?」

 

八幡「朝の5時に」

 

 

 

外からはチュンチュンと鳥のさえずりが聞こえ、窓を見れば空は未だ薄ら暗い。ようやく白んできたと言ったところだ。

 

 

 

小町「……緊張して早く起きちゃったんだね」

 

八幡「別にそういうわけじゃない。ただ……」

 

小町「ただ?」

 

八幡「なんだか寝付けなくて色々してたら、いつの間にか朝だっただけだ」

 

小町「めっちゃ緊張してるよそれ」

 

 

 

ですよねー

いや、だって、仕方が無いだろ? 今日ばっかりは。

 

俺が口を尖らせていると、そんな様子を見て小町は呆れたように笑う。

 

 

 

小町「……それじゃ、朝ご飯用意するから」

 

八幡「いやいいぞ、そんな俺に合わせなくても」

 

小町「もう起きちゃったし。それに、何かしてないと落ち着かないんでしょ?」

 

 

 

どこまでも見透かされたかのようなその台詞。さすが、長年俺の妹をやっているだけある。

ここは、お言葉に甘えておこう。

 

 

 

八幡「悪いな」

 

小町「いえいえ。……っていうか、やっぱりそのスーツなんだ」

 

 

 

小町が言っているのは、今の俺の格好。

ワイシャツにスラックス。ネクタイをピンでしっかりと留め、ジャケットは既に椅子にかけてスタンバイ。もういつでも出れる格好だ。

 

 

 

小町「新しいのもう一着あるんでしょ? ネクタイも。そっち着てけばいいのに」

 

八幡「いいんだよ」

 

 

 

小町の提案も、今日くらいは断らせてもらう。

 

 

 

八幡「今日は、これでいい」

 

小町「……そっか」

 

 

 

小町は微笑むと、それ以上は何も言ってこない。

 

ホント、出来た妹だ。

 

 

 

小町が用意してくれた朝食をいただき、出かける準備をする。

と言っても、もう既にほとんど終わっているんだが。

 

両親はまだ寝ているようだが、もう出ることにする。なんだか気恥ずかしいしな。

 

 

 

小町「初日なんだから、しっかりね」

 

八幡「おう。任せとけ」

 

小町「言ってるのがお兄ちゃんだからなぁ。小町は不安です」

 

八幡「どういう意味だそりゃ」

 

 

 

言って、二人して笑う。

 

 

 

八幡「……見送り、ありがとな」

 

小町「お、お兄ちゃんがそんな素直な言葉を……! ちょっと気持ち悪い……」

 

八幡「うるせぇよ」

 

 

 

ちょっと素直にお礼を言ったらこれである。

……まぁ、日頃の行いがあれだからなんだろうけども。

 

 

 

小町「……今日くらいはね。私も見送りたかったんだよ」

 

八幡「小町……」

 

小町「なんだっけ? 門松はおめでたい、みたいな感じ」

 

八幡「……もしかして、門出を祝う、か?」

 

小町「そう、それ!」

 

 

 

いや全然似てねぇよ。お前ホントに高二?

よく総武高に受かったなと、今更ながら呆れてしまう。

 

本番に強いってのは、何とも小町らしいが。

 

 

 

八幡「そんじゃ、行ってくる」

 

小町「うん。行ってらっしゃい」

 

 

 

玄関の前で手を振る小町を背に、俺は歩き出す。

 

 

さて、気合い入れて行きますか。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

八幡「し、失礼しまーす……」

 

 

 

恐る恐る、中を覗き見る。

 

既に入り口は開いていたので、誰か人はいると思うんだが……

 

 

 

八幡「……変わってねぇな」

 

 

 

相変わらず受け付けらしい物も無く、広いとは言えないオフィス。

ちょこちょこ物の配置は変わっているが、基本的には俺がいた時と一緒だ。

 

しかし、人の気配は無い。さすがにちょっと早過ぎたか。

 

 

 

八幡「…………ちょっとその辺で時間潰してk…」

 

ちひろ「おはようございます♪」

 

八幡「おぁっ!?」

 

 

 

突然の背後からの挨拶に、思わず飛び退くほど驚く。

いや、今気配も音も無かったんだが……

 

振り返れば、そこには事務員の千川ちひろさんが笑顔で立っていた。

 

……この人も、まるで変わらない。

 

 

 

八幡「ち、ちひろさん。えっと……お、おはよう、ございます……」

 

ちひろ「ええ。今日は早いですね、比企谷くん」

 

八幡「そう言うちひろさんこそ」

 

 

 

俺がそう言うと、ちひろさんはやけに嬉しそうにする。

 

 

 

ちひろ「待っていたかったんですよ。……おかえりなさい、比企谷くん」

 

八幡「……別に、この間も面接の時会ったじゃないですか」

 

ちひろ「もう! こういう時くらいは素直に、ただいま、って言ったらどうなんです?」

 

 

 

ぷんぷんと、全く怒ったように見えない怒り方をするちひろさん。

 

……まぁ確かに、今の言い方は我ながら捻くれていた。ただ気恥ずかしいのは勘弁してほしい。

 

 

 

八幡「あー……」

 

ちひろ「……………」

 

 

 

待ってる。ちひろさんめっちゃ待ってる。

 

……仕方ねぇなぁ、ホント。

 

 

 

八幡「…………ただいまです。ちひろさん」

 

 

 

俺がそっぽを向きつつ、何とかそうひねり出すと、ちひろさんは満足げに微笑んだ。

 

こういう所も、相変わらずだな。

 

 

 

社長「おー比企谷くん! 来てたのかね!」

 

 

 

と、そこで奥の方から社長もやって来る。こっちはこっちで相変わらず黒い。

 

 

 

社長「今日からよろしく頼むよ。……よく戻ってきてくれた」

 

八幡「……はい。こちらこそ、本当にありがとうございます」

 

 

 

深く礼をして、感謝を告げる。

本当に、礼を言っても言い足りない。こんな俺を、また引き受けてくれたんだからな。

 

そしてなんかちひろさんが「私の時より素直……」みたいな非難めいた顔をしているが、スルーしておく。

 

 

 

社長「これからは、きっと前以上に大変な事が待っている。やれるかね」

 

八幡「ええ。承知の上です。……それに、やり残した事も沢山ありますから」

 

 

 

思えば以前の俺も、ここへ戻ってくるまでの俺も、支えられて、与えられたからやってこれた。

なら、少しずつでも、それを返していこう。

 

正社員として、ここから俺は再出発するんだ。

 

 

 

八幡「……飲みに行く約束も、忘れてませんしね」

 

社長「っ! ……それは、嬉しいことを言ってくれるね」

 

 

 

そう言って社長は快活に笑う。

飲める年齢まではもう少しかかるが、それでもその時は必ず付き合おう。これも約束だ。

 

 

 

ちひろ「え、なんですか飲みに行くって。それ、私も入ってます?」

 

 

 

私聞いてないとばかりにちひろさんがしゃしゃり出てくる。いや、あなたはちょっと……

この人も誘うと、なんだか他の酒豪アイドルたちも寄ってきそうでなぁ……それは勘弁してほしい。

 

社長は一つ咳払いをすると、仕切り直すように改めて話し始める。この人も流したな……

 

 

 

社長「それじゃあ、比企谷くんに今日一日の仕事を今ここで命じよう」

 

ちひろ「あれ、今私スルーされました?」

 

社長「それはズバリ……」

 

 

 

勿体ぶる社長に、俺も何となく身構える。

 

俺の、初仕事。

 

 

 

社長「手始めとして、今日一日アイドルとの交流をするんだ!」

 

八幡「……ん?」

 

 

 

アイドルとの、交流?

 

 

 

社長「もうしばらくすれば、アイドルたちもどんどんと事務所へやってくる。積もる話もあるだろう。よろしくやってくれたまえ」

 

 

 

社長はそう言うが、それはつまり、ほとんど自由にしていいってことだよな?

初日にいきなり、そんな事をしてて良いのだろうか……?

 

俺の不安が通じたのか、社長は不適に笑う。

 

 

 

社長「安心したまえ。明日からはビシバシ働いてもらう。期待してるよ、君」

 

 

 

そりゃまた、何とも安心できない言葉だ。

しかし社長がそう言うのであれば、謹んで受けよう。

 

俺の、初仕事。

 

 

 

ちひろ「……あの子も、すぐに来ますよ」

 

 

 

そう言って微笑むちひろさん。

 

……それじゃあ、情けない姿は見せられないな。

 

 

 

今日から、俺はプロデューサーなんだから。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

未央「ヒッキ~~! 待ってたよー!!」

 

 

 

会うや否や、ぐわーっと、しがみつきにかかって来る元気娘。

思わず相手がアイドルということも忘れてアイアンクロー。しかしそれでもなお向かってくる。くっ……こ、こいつ……!

 

 

 

八幡「こ、この、そんな寄るんじゃない……!」

 

未央「そんなこと言わずに~」

 

卯月「わ、私も……」

 

 

 

一緒にいた卯月まで手をもじもじさせているので、絶対に来るんじゃないと目で制す。そんな可愛くしょぼんとしたってダメ! つーか、お前は無駄に力強ぇな!

 

なんとかかんとか、ひっぺがす。

 

 

 

八幡「ったく、お前らも変わんねぇな」

 

 

 

その遠慮が無いとことか。

 

 

 

卯月「八幡くんも、お元気そうで何よりです」

 

八幡「お前らと会ったら体力が減ったけどな」

 

未央「またまた~目の保養になったからプラスの方が多いでしょ?」

 

 

 

それ自分で言う?

 

……まぁ、見た目が良いのは間違いないから何も言えん。っていうか、口が避けても言ってやらん。

 

 

 

八幡「まぁ、なんだ……」

 

卯月・未央「「?」」

 

 

 

そんなキョトンとしやがって……

言わなくもいいと思ったが、初日だからな。面倒な上に気が乗らないことこの上ないが、一応言っといてやる。

 

 

 

八幡「……改めて、これからよろしくな」

 

 

 

そう俺が気恥ずかしさMAXで言うと、二人は目を丸くし、お互いを見て、盛大に吹き出した。舐めてんのか。

こんだけの覚悟を持って言ってやってんのに、酷い奴らだよ。

 

けどま、

 

 

 

未央「うん! これからもよろしく!」

 

卯月「よろしくお願いしますね♪」

 

 

 

と、本当に良い笑顔を見れたんだから、チャラにしといてやろう。

 

……むしろ、プラスの方が多いくらいだしな。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

瑞樹「そうね。わかるわ」

 

 

 

どこか遠い所を見つめ、何とも哀愁漂うオーラの川島さん。

 

 

 

瑞樹「月日の流れっていうのは、本当に早いわよね。……残酷なくらい」

 

レナ「本当、その通りね」

 

 

 

なんで兵藤さんまで……と思ったが、そうか。そういう事か。

 

つまり、この人も……

 

 

 

早苗「年齢なんて、アイドルには関係ない、関係ないのよーー!!」

 

 

 

思った通り、荒れに荒れている。

何年ぶりにお会いしましたね~なんて、そんな話題を振ったのがいけなかったらしい。俺のせい?

 

 

 

八幡「そうか。三人とももう、さn…」

 

楓「ストップよ比企谷くん。それ以上はいけないわ」

 

 

 

無駄に切なげな顔で諭すように言う楓さん。

 

しかし止めるのが遅かったのか、早苗さんは素早く俺の首をホールド。というかロック。技の衰えを感じさせない。ってか絞まってるぅーー!

 

 

 

早苗「女性に、年齢の話を、するなって、言ったでしょうがー! おかえり比企谷くん!!」

 

八幡「だ、だから、言い出したのはそっち……!」

 

 

 

つーか、最後のは締めながら言うことじゃねぇ! ギブギブギブギブ!

 

 

 

楓「……これで、また飲みに行けますね。ふふっ」

 

 

 

何やら楓さんは嬉しそうに笑っているが、そんな事より助けてほしい。この人なんとかしてー!

 

 

 

瑞樹「若いって、良いわね……」

 

レナ「あれ止めなくてもいいの?」

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

パシャリ、と。スマホから音が鳴る。

 

 

 

莉嘉「もっかいもっかい! 次はアタシのケータイね!」

 

美嘉「オッケー、それじゃ別の角度でー…」

 

 

 

イエーイとばかりに、もう一枚。

 

忙しなくスマホを弄りつつ、さっきからあっちへこっちへ色んな角度で写真を撮りまくっている。つーか、いちいちケータイ変えんでも後で送ればいいだろ。

 

 

 

八幡「なぁ、もういいか?」

 

 

 

いい加減うんざりしてきたので、鬱陶しさを隠そうともせずにそう言う。

 

しかし姉はともかく妹の方は未だ満足できていないようで…

 

 

 

莉嘉「えー! 好きなだけ撮ってやるって言ったじゃん。まだダメだよ!」

 

美嘉「だってさ」

 

八幡「さいですか……」

 

 

 

久々に会ったからと言って、何をそんなに撮る必要があるのか。八幡、誰かと写真を撮るなんて経験が無いので分かりません。……ここ、笑うとこだぞ。

 

 

 

莉嘉「……だって、八幡くんがまたいなくなっちゃったら、撮れないかもしれないじゃん」

 

八幡「……っ」

 

 

 

俯き、そんなことを言う莉嘉に思わず口を噤んでしまう。

 

……ったく、んなこと言うなよな。自惚れちまうぞ、俺。

 

 

 

八幡「……別に、今日じゃなくたって大丈夫だろ。そんな心配する必要ねぇ」

 

莉嘉「え?」

 

八幡「ここに来れば、いつでも俺なんて会える。見たくなくたって顔見ることになんだから、覚悟しとけ」

 

 

 

我ながら捻くれたもの言い。

だが、それでも莉嘉には充分だったようだ。

 

 

 

莉嘉「……えへへ。ダメだよ、今日もいっぱい撮るし、これからも嫌になるくらい撮るんだから!」

 

美嘉「……だってさ」

 

八幡「そうかよ」

 

 

 

正直それは本当にマジで勘弁してほしいが……まぁ、千葉のお兄ちゃんはみんなシスコンだからな。

たとえ妹っぽいってだけの女の子でも、その力を遺憾なく発揮してやろう。仕方なくな。

 

と、そこで不意に袖を引かれる。

 

 

 

美嘉「ねぇ、さっきの台詞……」

 

八幡「あん?」

 

美嘉「アタシも、信用していいんだよね?」

 

 

 

小悪魔的な笑みで、ジッと俺を見てくる美嘉。そ、その訊き方はちょっと卑怯じゃないですかね。

まぁ、俺の返す答えなんて決まりきってはいるんだが。

 

 

 

八幡「ああ、骨を埋める覚悟だよ」

 

 

 

あんだけ働きたくないと言っていた俺が、まさかこんな台詞を吐くことになろうとは。

昔の俺に聞かせてやりたいぜ。

 

 

 

美嘉「……そっか」

 

 

 

うんうんと、何をそんなに満足しているのか頷いている美嘉。

 

 

 

莉嘉「ほらほら二人とも、次撮るよー?」

 

美嘉「オッケー! ほら、もっと笑って。……は、八幡」

 

 

 

言って、みるみる顔を赤くしていく美嘉。

 

 

 

美嘉「あ、つ、次はアタシが撮るから、二人で並びなよ、ほら!」

 

莉嘉「お姉ちゃん、照れるくらいなら言わなきゃいいのに」

 

八幡「本当にな……」

 

 

 

こっちまで恥ずかしくて、そっち見れねぇよ。畜生め。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

光「やっぱり、Wの世界観と繋がってるんじゃないかと思うんだよね」

 

八幡「まぁ、確かに見た目もそれっぽいし、財団Xあたりが絡んできそうな気もするな」

 

光「でしょ? ……あ~でもビルドも楽しみだけど、エグゼイド終わっちゃうのか~」

 

八幡「最初は正直ゲームと医者ってどうなんだと思ったが、予想に反した面白さだったな。正直俺の中では、平成二期だとかなり上位に入る」

 

光「アタシもだ。くぅ~……最後どうなんのかなぁ」

 

麗奈「……アンタたち、何の話してんの?」

 

 

 

呆れたように言う小関。いたのか。

 

 

 

光「あ、今度映画一緒に行こうよ! 麗奈も一緒に!」

 

麗奈「いや、アタシは別にそういうの興味ないし」

 

八幡「つーか、お前まだ見に行ってなかったんだな。意外だ」

 

光「ううん、行ったよ! 2回!」

 

 

 

まさかの3回目。好きだなホント……俺も特典目当てで何回か行くことはあるけどさ。主にアニメ映画。

 

 

 

光「じゃあ約束な!」

 

麗奈「いや、アタシ行くって言ってn…」

 

八幡「本当はあんま良くないんだがな。変装はしっかりな」

 

光「おう!」

 

麗奈「聞けぇ!」

 

 

 

諦めろ。こうなると光は折れない。

 

 

ヒーローは、諦めないのが常だからな。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

李衣菜「だーかーらー、こっちの衣装の方が絶対ロックだってば!」

 

みく「別にロックである必要もないでしょー!? もっと可愛い方が絶対良いにゃ!」

 

 

 

ぎゃーぎゃーわーわーと、姦しく何やら言い争っている二人。

 

まぁ、意見をぶつけ合うのは良いことだ。少なくとも、ろくろを回すような手つきで延々と話し合いしてるよりかはな。……だが、もうちょい静かにやってほしい。

 

 

 

八幡「……いっつもこんな感じなんすか」

 

夏樹「まぁな。ユニット組んでからはよく目にする光景だよ」

 

 

 

苦笑しつつ、その様子を眺めている木村先輩。

特に仲裁したりもしない所を見るに、もう慣れたもんなんだろうな。

 

 

 

菜々「はいはい、コーヒーをお持ちしましたよ~」

 

 

 

と、そこへ安部さんの差し入れ。この人も相変わらず変わらんなぁ……今いくつなんだろうか。

 

 

 

夏樹「二人とも、コーヒー飲まないか」

 

 

みく「ネコミミはアイデンティティーなの! これは絶対なの!」

 

李衣菜「そんな取り外し出来るアイデンティティーなんていらないよ!」

 

みく「にゃっ!? と、とってつけたようなロックよりはマシでしょー!?」

 

李衣菜「なんだとー!?」

 

 

夏樹「……ダメだこりゃ」

 

菜々「あ、あはは」

 

 

 

まぁ、変わらないようで安心したよ。……したのか?

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

廊下を歩いていた時に急に声をかけられたのは驚いたが、その顔を見てもっと驚いた。まさか、向こうから話しかけられるなんてな。

 

 

 

モバP「就職おめでとうございます、比企谷さん」

 

八幡「ありがとうございます」

 

 

 

そう祝ってくれたのは、十時愛梨のプロデューサーだ。

 

廊下に備え付けてあるベンチに座り、話を聞く。

 

 

 

モバP「今日からもう仕事に?」

 

八幡「ええ。……と言っても、社長の計らいで今日は見学みたいなもんですけど」

 

 

 

自分で言って苦笑する。本当、こんなダベっているだけで良いんだろうか。

 

 

 

八幡「十時、相変わらず色んな所で見ますよ。さすがですね」

 

モバP「そう言って貰えると、嬉しいです」

 

 

 

お世辞でもなんでもなく、これは本当に思っていること。

 

かつて俺が参加した、『プロデューサー大作戦』という企画。そしてその優勝者、総選挙を行い見事一位となったシンデレラガール……

 

 

それが、十時愛梨だ。

 

 

十時自身もそうだが、その手伝いをしたこの人も、さすがと言うほかない。

 

 

 

モバP「……でも、凄いのはあなたもですよ」

 

八幡「え?」

 

モバP「あなたが担当していた彼女も、あなたがいなくなってからも、ずっと頑張っている。ずっと輝き続けている」

 

 

 

そう言う十時のプロデューサーは、笑っていた。

 

 

 

モバP「彼女が活躍するのを目にする度に、あなたに負けられないと僕はずっと思っていました」

 

 

 

その言葉に、素直に驚く。

 

まさか、この俺なんかのことをそんな風に思っていたとは。

 

 

 

モバP「これからよろしくお願いします」

 

八幡「ええ。こちらこそ」

 

 

 

同僚としてだけではなく、ライバルとして。

 

告げなくても分かる。お互いがお互い、負けたくないと思っている。

きっと、これも悪い関係じゃない。

 

 

 

愛梨「プロデューサーさーん、そろそろ出る時間ですよー?」

 

 

 

見ると、遠くの方で十時が手を振って呼んでいる。俺に気付くと、彼女はぺこっとお辞儀をした。

 

 

 

モバP「ああ! ……それじゃ、僕はもう行きます」

 

八幡「ええ」

 

 

 

この二人が、俺とあいつがいずれ超えなきゃならない相手。

そして、更にその先にも、超えるべき奴らが沢山いる。

 

一筋縄では、いかなそうだ。

 

 

 

愛梨「プロデューサーさん、なんだか今日は熱いですね~」

 

モバP「ちょっ、こら愛梨! こんなとこで脱ぐな!?」

 

 

 

……たぶん。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

鷺沢「比企谷さん……これを、どうぞ」

 

 

 

そう言って渡されたのは、何やらリボンの巻かれた包み。

形状と重さからして、恐らく中身は本だろうな。それもハードカバーの。くれたのが鷺沢さんなら尚更だ。

 

 

 

八幡「あの、これは……?」

 

 

 

本というのは分かるが、それを何故くれたのかが分からない。

困惑しつつ尋ねると、鷺沢さんは微笑みながら説明してくれる。

 

 

 

鷺沢「所謂……就職祝い、というものです。私のおすすめの本ですので、是非」

 

 

 

就職、祝い……?

 

一瞬、脳が理解しなかった。そうか、世の中にはそんなものが存在するのか。都市伝説だと思ってた。

 

 

 

美波「ごめんね、私は用意してなくて…」

 

 

 

一緒にいた新田さんが何やら申し訳なさそうにしているが、別に全く気にしていない。というか、わざわざ用意していた鷺沢さんに驚いたわ。

 

 

 

八幡「その、ありがとうございます。新田さんも、お気持ちだけで嬉しいです」

 

 

 

ここは素直にそう言っておく。デレプロきっての常識人二人だ。さすがの俺も皮肉の一つも言えやしない。

 

 

 

新田「ううん。今度、ごはんでもご馳走するよ。プロデューサーさんも一緒に♪」

 

八幡「それは、なんというか、できれば遠慮したいですね……」

 

 

 

あの金髪眼鏡の美人プロデューサー、苦手なんだよな……

まぁ、いつかお礼を言いたいとは思ってたけどさ。

 

 

 

鷺沢「読み終わったら、是非、感想を聞かせてくださいね……」

 

八幡「ええ。……そういう約束でしたからね」

 

鷺沢「っ! ……はい」

 

 

 

笑顔で頷く鷺沢さん。

この人がおすすめする本だ。きっと、面白いんだろうな。

 

また、楽しみが一つ増えた。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

まゆ「どうやら、リボンがまた結ばれたようですね」

 

 

 

 

 

 

驚いた。そりゃもう驚いた。

 

不意に、なんてもんじゃない。音も気配もなく、どこからともなく現れた。

 

 

 

八幡「…………頼むから、もうちょい普通に話しかけてくれ」

 

 

 

一息つこうとしていた所だったから、余計に驚いた。こいつも相変わらずどこか人間離れしてんな。

 

 

 

八幡「ところで、お前が今持ってるそれはなんだ?」

 

まゆ「これですか? これは今営業に出てるプロデューサーさんに付いてる発信器を探知する端末で…」

 

八幡「もういい分かった。もう充分だ」

 

 

 

あれ、おかしいな? 前に会った時はコイツ恋愛アンチじゃなかったっけ?

恋は盲目、とは言うが、ここまで人が変わるとちょっと怖い。

 

あまり踏み込みたくはない話題なので、話を変えよう。

 

 

 

八幡「……それで、最初なんて言ったんだ?」

 

まゆ「リボンですよぉ。……今度は、解けないようにもっと固結びをしてくださいね」

 

八幡「あー……」

 

 

 

そういや、そんな話をしたこともあったな。よく覚えてる奴だ。

 

 

 

八幡「分かんねぇぞ。どれだけ解けないくらい固く結んでも、切れちまえば終わりだ」

 

 

 

もちろん、そんなつもりはない。

けど、なんとなく照れくさいので、いつものように捻くれたもの言いをしてしまった。

 

だが、それでも彼女は不適に笑う。

 

 

 

まゆ「ふふふ……なんだ。知らないんですか?」

 

八幡「あん?」

 

 

 

小指を立てて、まるで恋する乙女のように、歌うように彼女は言う。

 

 

 

まゆ「リボンがある限り、何度だって結び直せるんですよ?」

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

蘭子「フゥーーーハッハッハァーー!!!」

 

八幡「絶好調だなお前……」

 

 

 

会うや否や、キレッキレの動きでポーズを決める蘭子。

 

しかし、その距離は何故だか遠い。

 

 

 

八幡「なぁ、なんでそんな離れて……」

 

蘭子「ちょっ、少々待て眷属よ! それ以上は、その、とにかく寄るなっ!」

 

八幡「…………」

 

 

 

ズザザーっと、すかさずポーズを取りながら後ずさる蘭子。

え、なに、どゆこと?

 

 

 

八幡「……そんなに俺と近寄りたくないか」

 

蘭子「えっ!? あ、いや、そういう意味じゃ、なくて…」

 

八幡「じゃあどうしたってんだ」

 

 

 

何か納得のいく理由を教えてくれないと、俺体臭キツいのかな? とか、もしかして近いだけで不快なの? とか、普通に傷ついて今夜枕を濡らすことになる。久々だな……昔はよくあった。あったのかよ。

 

 

 

蘭子「え、えっと、その…」

 

八幡「…………」

 

蘭子「いざ久しぶりに会うと……何を話せばいいのか、分からなくて……」

 

 

 

恥ずかしそうに、震える声でそう言う蘭子。

よくよく見てみれば、その大仰なポーズは顔を隠すようにしているだけにも見える。耳赤いし。

 

どうやら、絶好調に見えたのは俺の勘違いだったらしい。

 

 

だから、俺はこう言ってやったのさ。

 

 

 

八幡「アホかお前」

 

蘭子「えぇっ!?」

 

 

 

ガーン! と、ショックを受けたように思わずポーズを解除する蘭子。やっと顔が見れたが、ちょっと涙目になっている。

 

 

 

八幡「そんなの、俺だってそうだっつの」

 

蘭子「え……?」

 

八幡「会わせる顔が無いってのに、こうして色んな奴に会って回ってんだ。ちったー見習えよ」

 

 

 

なんとも情けないその台詞。だが、そう言いたくもなる。

 

これでも、結構な勇気をもって歩き回ってるんだぜ?

 

 

 

蘭子「……ふふ」

 

八幡「なに笑ってんだ」

 

蘭子「だって、変わってないから」

 

 

 

安堵するかのように笑う蘭子。

 

変わってないのはお前も一緒だよ。どいつもこいつもな。

 

 

 

八幡「つーか、お前はもう少し大人っぽくならんのか。もう高校生だろ?」

 

蘭子「なっ、わ、我とて、以前よりも更に魔力が増大し、深淵なる闇の業火を…」

 

八幡「あー分かった分かった」

 

 

 

こいつは、当分中二病を卒業する気は無さそうだな。

 

つーか、卒業したらただの可愛いアイドルになっちまうんだが。

 

 

 

八幡「……そろそろメシの時間だが、なんか食いに行くか? 二代目シンデレラガール」

 

蘭子「っ! うん!」

 

 

 

そんな雑な誘いでも、蘭子は嬉しそうに頷いてみせる。思わず熊本弁を忘れるくらい。

……どうやら、相当頑張ったみたいだからな。少しくらい褒めてやっても、あいつも怒らないだろ。

 

 

しかしこうして女の子をメシに誘えるくらいには成長したんだから、誰か一人くらいは変わったね~とか言ってほしいぜ、本当。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

思わず、身体が固まった。

 

食後にコーヒーでも飲もうと、自販機まで来たのはいいのだが……

 

 

 

 

常務「…………」

 

八幡「お、お久しぶりです」

 

 

 

まさかの、あの強面常務のお出ましだ。

いや、この人は元々いたから、お出まししたのは俺なんだが……

 

 

 

常務「……挨拶に来ないと思えば、まさか昼休みに出くわすとはな。比企谷」

 

 

 

いちいちトゲのある言い方をする人だ。いや、確かに上司に真っ先に挨拶しなきゃならんのはその通りなんだが……

とりあえず、大人しく謝罪しておこう。

 

 

 

八幡「す、すいません。常務」

 

常務「違うな」

 

八幡「へ?」

 

 

 

違う、とはどういう意味だろう。そう思っていると、常務は仏頂面のまま、表情も変えずに言ってのける。

 

 

 

専務「今は専務だ」

 

 

 

まさかの昇格だったー!

ま、まさか俺のいない間に、専務になっているとは……いや、無い話じゃないんだろうが、さすがに予想外だ。

 

 

 

八幡「……すいません、専務」

 

専務「以後気をつけろ」

 

 

 

そう言ってブラックコーヒーを飲む専務。

 

しかし相変わらず寡黙ではあるが、なんだか以前よりも印象が柔らかくなった気がするな。本当に気持ち、ってレベルだが。もしかしたら、あいつの影響か?

 

そんな風に思っていると、その噂のあいつがやってきた。なんだかデジャヴを感じる。

 

 

 

ライラ「おや、八幡殿。お久しぶりございますー」

 

 

 

何とも言えない間延びした話し方。こいつはこいつで変わらんな。

 

 

 

八幡「おう。……その分じゃ、アイドルは順調そうだな」

 

 

 

あれから、ちょこちょことライラの姿を目にすることも増えてきた。今じゃ、結構な知名度を誇るんじゃないか? 無事にアイドルを続けられているようで、俺としても何よりだ。

 

 

 

ライラ「はい。これも、プロデューサー殿のおかげでございますですねー」

 

八幡「ほう」

 

専務「…………」

 

八幡「……企画が終わっても、まだ担当プロデューサーなんですね」

 

専務「……それが何か?」

 

 

 

ギロッと、いつも以上の眼光で睨まれた。怖い……

 

けど確か、あの時は企画の一般プロデューサーが足りないから、臨時的にライラの担当になったんだったよな。それが、今もこうしてプロデューサーとしてやってるんだ。

 

 

 

専務「……何を笑ってるんだ」

 

八幡「いえ、なんでもないっす」

 

 

 

そりゃ、頬も緩むだろ。

 

しかしそんな俺の態度が面白くないのか、専務はコーヒーを飲み終わるとさっさと行ってしまう。

去り際、こんな言葉を残して。

 

 

 

専務「もうヘマはするなよ。……人手が足りなくなるのは、私も困る」

 

ライラ「また、一緒にアイス食べるでございますよー」

 

 

 

専務を追うように、ライラも手を振りながら去っていく。

 

……期待に応えられるよう、頑張りますよ。

 

 

自分に出来ないことをやれって、あなたに頼まれましたしね。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

奈緒「な、な、なんでアタシには教えてくれなかったんだよぉーーー!!!」

 

 

 

つんざくような非難めいた叫び。というか非難。

 

あまりの声の大きさに、俺も加蓮も耳を塞ぐ。

 

 

 

加蓮「あれ、言ってなかったっけ? おっかしいなー」

 

八幡「ちひろさんに聞いてたんじゃないのか?」

 

奈緒「き、聞いてないぞ!?」

 

加蓮「んー何人かに直接教えてたみたいだったけど…………あ、そっか。そういえばあの日奈緒いなかったから、アタシが伝えておくって言ったんだった」

 

奈緒「かれぇーーーーんっ!!」

 

 

 

アハハーごめんごめん、と頭をかきながら笑う加蓮。全然悪びれる様子ねぇなオイ。

 

 

 

奈緒「ったく、普通にお前がスーツ着て事務所にいるもんだから、こっちはめちゃくちゃビックリしたんだからな」

 

八幡「いや、俺に言われても…」

 

 

 

伝え損なったちひろさんと加蓮に言ってくれ。

 

そしてそこで奈緒は一旦静かになったかと思うと、こっちをジッと見て、睨むようにする。一体どうした。

 

 

 

奈緒「……………んん、……あー……」

 

 

 

チラチラと、俺の方を見て、俯いての繰り返し。

そして意を決したかのようにもう一度睨み、やっとこさ口を開いた。

 

 

 

奈緒「……………………おかえり」

 

八幡「おう」

 

奈緒「だぁー! なんでアタシがこんな恥ずかしい思いをしなくちゃならないんだよ!」

 

八幡「だから、俺に言われても…」

 

 

 

見事な逆ギレである。そんなに恥ずかしいなら言わなきゃ良いのによ。

それでも言わないと気が済まないってんだから、生きにくい性格だな。

 

 

 

加蓮「それじゃあ、アタシからも」

 

 

 

と、便乗するように加蓮もこっちに向き直り、満面の笑顔で告げる。

 

 

 

加蓮「おかえり、八幡さん」

 

八幡「お、おう」

 

 

 

こいつはさすがだな……言われたこっちが恥ずかしくなる。

 

そんな様子を奈緒が「そのメンタルが羨ましい……」とジト目で見ている。気持ちは分かる。

 

 

 

加蓮「……でもホント、戻って来てくれて良かったよ」

 

 

 

さっきまでのイタズラっぽい笑みとは違い、安堵したかのような顔になる加蓮。

 

 

 

加蓮「あなたが育てたアイドルなんだから、最後まで面倒みてよね?」

 

 

 

期待するかのような、その眼差し。

直視するのもこっぱずかしく、目を逸らす。つーか、育てたつもりも特に無いんだが……

 

 

 

奈緒「まぁ、確かに中途半端に逃げるのは良くないよな」

 

 

 

習うように、奈緒も勝ち気な笑みを浮かべて言う。

 

 

 

奈緒「責任はちゃんと取れよ、比企谷」

 

 

 

……本当、遠慮の無い友達だよ。

 

こんなんだから、俺もほだされるんだ。

だから、仕方なく返事をしてやる。

 

 

 

八幡「……へいへい」

 

 

 

なんともやる気の無さそうな、照れ隠し満載の返事。

けど、これが俺の精一杯だ。

 

 

それでも奈緒も加蓮も、満足そうにしてるんだから、許してくれ。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

休憩スペースでちょっと一休み……と言っても、元々今日は仕事らしい仕事はしてないんだが。

 

自販機でMAXコーヒーを買い、ソファに座ってゆっくりする。なんだが、こうしているのも懐かしい。

そういや今は炬燵は無いんだな。あれも季節感ゼロだったし大分謎だったが。

 

 

 

杏「うー……疲れたー」

 

 

 

そこにやって来るは、仕事終わりなのかやたらとぐったりした杏。

まぁ、こいつの場合レッスンとか何やってもその後ぐったりしてたけど。

 

 

 

八幡「お疲れさん」

 

杏「お疲れー。もう、杏はダメだよ……ぐはっ…」

 

 

 

わざとらしいうめき声を上げ、反対のソファへと倒れ込む。

 

 

 

八幡「なんか飲むか」

 

杏「甘いものを……」

 

八幡「あいよ」

 

 

 

確か炭酸は平気だったはず、と。テキトーにコーラを買って、渡してやる。

 

 

 

杏「サンキュー」

 

 

 

起き上がり、ごくごくと良い音を立てて飲む杏。

その後ふぃ~と何ともオッサンみたいな仕草で口元を拭う。そして、目が合い一言。

 

 

 

杏「え、なんでいんの」

 

 

 

今更かい。

 

 

 

きらり「杏ちゃん? ここにいたの……って、あー! はっちゃーん!」

 

 

 

そこへ諸星登場。駆け寄り、手を握ってぶんぶんと振ってくる。いや、ちょっ、そんなに軽々しく手を握るとか青少年の心を玩ばないで!

 

 

 

きらり「今日からだったもんね! やっと会えたにぃ~」

 

八幡「お、おう。お疲れさん」

 

 

 

俺がたじろいでいると、杏が納得したように頷いていた。

 

 

 

杏「あーそう言えば正社員として入るって言ってたもんね。今日からだったんだ」

 

 

 

何ともあっけらかんとしたその言い方。だが、その気持ちは俺も少し分かる。

 

 

 

杏「……たまにオンラインで会うし、ソシャゲでログインしてるの確認できるから、あんまり久しぶりな感じしないなぁ」

 

八幡「俺が心に留めたことをあっさり言うんじゃない」

 

 

 

まぁ、そこがお前の良い所だけどよ。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

八幡「……やっぱ、懐かしいな」

 

 

 

丁度人が少ないのを見計らって、事務スペースへとやってくる。

目の前にあるのは、かつて俺が使っていたデスク。

 

正式にここの社員になったとは言え、またここを使っていいかは分からないからな。今はこうして眺めているだけ。

 

何も物が無いのを見る限り、特に誰も使ってはいないようだ。……その割には、何故か奇麗にしてあるが。

 

 

 

八幡「ちょっとくらいなら……」

 

 

 

ちひろさんや社長なら構わないと言いそうなもんだが、念のため周りに人がいないことを確認し、座ってみようと椅子を引く。

 

 

 

輝子「フヒヒ……」

 

 

 

キノコの精が、そこにいた。

 

 

 

八幡「…………」

 

輝子「だ、黙って椅子を戻さないで……」

 

八幡「冗談だ」

 

 

 

改めて椅子を引いて、そこへ座る。

……こうしてると、本当に懐かしいな。

 

正直に言えば、輝子ならここにいるんじゃないと思ってやって来た。

 

 

 

八幡「どうだ、元気にやってるか?」

 

輝子「フフ……ちひろさんに許可を貰って、ここを正式にキノコの栽培場所として使わせて貰ってる。……見よ、この新たなフレンドを」

 

八幡「聞きたいのはそういうことじゃないんだが」

 

 

 

まぁ、たまにLINEとかで連絡は取ったりするから、上手くやってることは知ってるけどよ。

 

 

 

八幡「あんまり俺が戻ってきても驚かないんだな」

 

輝子「フヒヒ……まぁ、ね」

 

 

 

俺の質問に、いつもとなんら変わりなく、さも当然のように、輝子は言う。

 

 

 

輝子「八幡のことだから……帰ってくると、思ってた」

 

八幡「そんなん分かるのか」

 

輝子「分かる。……親友、だからな」

 

 

 

そうして、また笑う。

 

……そうか。

 

 

 

八幡「……親友なら、分かっても仕方ないな」

 

 

 

そんなことを言われてしまえば、俺も納得するしかない。

やれやれ。何もかもお見通しだぜ。

 

 

俺がそう言って笑うと、輝子も嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

輝子「……あ、そろそろ、来るな」

 

 

 

不意に、輝子がケータイを見ながらそう呟く。

 

 

 

八幡「来る?」

 

輝子「八幡。外に、行くんだ……」

 

 

 

真剣な目でそう告げる輝子。

 

まさか、来るってのは……

 

 

 

八幡「……ああ。分かった」

 

 

 

椅子から立ち上がり、すぐに出口へと向かう。

チラッと背後を見てみれば、机の下から掲げるように腕を突き出す輝子の姿。

 

その手は、健闘を祈るように親指を立てていた。

ターミネーターかよ、お前は。

 

 

 

……けど、サンキューな。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

事務所の外へ出てみれば、気持ちの言い風が吹いていた。

 

 

朝出た時は早過ぎて気付かなかったが、今日はどうやら快晴みたいだな。気温も丁度良いし、仕事初日としては最高と言える。

 

まぁ、もう既に半日以上は終わってしまったんだが。

 

 

 

事務所の前に立ち、ぼーっと空を眺めながら待つ。

 

輝子はそろそろ来るとか言ってたが、辺りに人影は無いし、特に誰か来る様子も無い。

っていうか今更だが、来るのってのはあいつのことで良いんだよな? 宅配便とかじゃないよね?

 

 

 

八幡「…………」

 

 

 

……しかし、こうして事務所の前に立っていると思い出すな。

 

あれは最初の最初、初めてここへやって来た時。

今もしてるこのネクタイを見てニヤついてる時に、あいつに見られたんだっけ。あん時は、まさかその女の子が俺の担当アイドルになるなんて思いもしなかったな。

 

思わず、笑みが零れる。

 

 

本当に、懐かしいーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに、ニヤニヤしてるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よく通る、済んだその声。

 

 

 

不意を突かれてかなり驚いたが、それでも、動揺はない。

 

今日は、いつ会えるのかとずっと考えてたからな。

 

 

振り向けば、そこには思った通りの人物。

 

 

容姿は特に変わらない……と思ったが、ちょっと大人っぽくなったか?

もしかしたら、少し背が伸びたのかもしれない。元々高い方なのにな。

 

 

……相変わらず、まっすぐな目をしてやがる。

 

 

 

凛「もしかして、アイドルのプロデューサーになれるのが嬉しかったの?」

 

 

 

イタズラっぽく笑って言うその台詞は、いつかの真似事か。

なら、俺も返す答えは決まってる。

 

 

 

八幡「ちげぇよ。……このネクタイ、妹に選んで貰ったんだ」

 

凛「知ってる」

 

 

 

そうして、俺たちは笑い出した。

 

……ああ、本当に、俺は戻ってきたんだな。

 

 

 

八幡「昼過ぎから出社とは、随分と社長出勤だな。うちの社長なんて6時前にはいたぞ」

 

凛「午前は直行で収録があったんだよ。っていうか、それはうちの社長が特殊なんでしょ?」

 

八幡「どうしても俺より早く会社にいたかったらしい」

 

凛「社長らしいね」

 

八幡「あと、ちひろさんもな」

 

 

 

久しぶりに会ったってのに、話すことはこんなことばかり。

 

 

 

凛「あ、そう言えば春香がまた会いたいって言ってたよ? みんなでお茶でもしようって」

 

八幡「……そういや、LINEでそんなことも言ってたな。っていうか”春香”?」

 

凛「それもだよ、そもそもなんでLINEのIDを交換してるの?」

 

八幡「ま、まぁ、おいおい説明してやるよ」

 

凛「どうだか」

 

 

 

笑って、他愛のない話をする。

 

 

 

凛「あのフラワーバスケット、どこで買ったの?」

 

八幡「どこって、普通に近所の花屋だが」

 

凛「ふーん。……うちじゃなくて、他所の花屋で買ったんだ?」

 

八幡「いや、さすがにお前んとこは無理だろ……ちょっと考えたけど」

 

凛「考えたんだ……」

 

 

 

もっと、話さなきゃならないことがあったと思ったのに。

 

 

 

凛「そのスーツ、久しぶりに見たよ」

 

八幡「社会人は最低二着はあった方が良いって聞いたから、もう一着買ったけどな」

 

凛「でも、今日はそっちを着てきたんだ」

 

八幡「……まぁ、な」

 

凛「……そのネクタイピンも」

 

八幡「…………まぁ、な」

 

 

 

話したいだけ話して、いつの間にやら、もう事務所の前で随分と話し込んでいた。

 

 

 

凛「…………ねぇ」

 

 

 

向かいに立っていた凛は俺の近くまで歩いてくると、隣に立ち、ふと事務所を見上げた。

 

俺も、それに習う。

 

 

 

凛「もう、いなくなったりしないんだよね」

 

 

 

こっちを見ずに、そう問いかけてくる凛。

 

 

 

八幡「なんだ、俺がいなくてもトップアイドルを目指すんじゃなかったのか?」

 

凛「もう、またそうやってひねた言い方をする…」

 

 

 

拗ねたようなその物言い。

 

自分でも悪いと思うが、これが俺なんでね。諦めてくれ。

 

 

 

凛「これはただの確認だよ」

 

 

 

そう言って、凛は強気に笑ってみせる。

 

 

 

凛「私は私がなりたいから、トップアイドルを目指す。一人でも、走り続ける覚悟はある。……けど」

 

八幡「…………」

 

凛「……あなたが隣にいてくれれば、きっともっともっと、遠くまで行けると思うんだ」

 

 

 

そう言う凛の瞳は、キラキラと輝いている。

 

まだ見ぬ景色を見通すように、輝きの向こう側を、見定めるように。

 

 

 

 

 

 

凛「私の、隣にいてくれる?」

 

 

 

 

 

 

俺を見て、凛は再び尋ねてきた。

 

 

 

 

 

 

八幡「……そんな今更な質問、すんなよな」

 

 

 

 

 

だから、俺は決まりきった、ずっと思い続けていた答えを返す。

 

 

 

 

 

 

八幡「当たり前だろ。……俺が、隣にいたいと思ってるからな」

 

 

 

 

 

約束のために。

 

凛のために。

 

そして何より、俺のために。

 

 

 

俺は、ここへ戻ってきたんだ。

 

 

 

そんな俺の答えに、凛は「そっか」と言って、満足したよう微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

凛「……本当に、先に迎えに来て貰っちゃったな」

 

 

八幡「あ?」

 

 

凛「なんでもないよ」

 

 

 

 

 

 

上手く聞き取れず聞き返すが、凛は笑って流すのみ。

 

いや、なんかすげぇ気になるんですけど……

 

 

 

 

 

 

凛「それより、そろそろ事務所入ろうか。ちひろさんとか探してるかもよ」

 

 

八幡「あ、おい!」

 

 

 

 

 

 

俺を放って、さっさと行こうとする凛。

 

……本当、決めたらどこまでも行こうとする奴だ。

 

 

 

一度は辞めて、それでもこの場所に焦がれ、俺はまた戻ってきた。

 

 

隣にいたいと、凛を、トップアイドルにしたいと、またやってきたんだ。

 

 

 

どうやら人生ってのは、簡単には終わらないらしい。

 

 

 

好きになった女の子はアイドルで。

 

だからこそ辞めたプロデューサーに、俺は、再びなった。

 

 

 

……本当に、おかしな話だよな。

 

もしも自伝を書くんなら、最後の〆はこうしようと思う。

 

 

 

いつかの再提出の、更にやり直し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛「ほら、早く。プロデューサー!」

 

 

 

八幡「……ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やはり俺の青春ラブコメは、まちがっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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