いろんなところの整備士さん   作:ターボー001

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まなぶおじさん様よりリクエスト


レオポンさんチームの誰か です。

まなぶおじさん様、丸1年掛かってしまい大変申し訳ありませんでした。活動報告にもこの件、書かせていただきました。


【リクエストSS】僕たちの名は

「じゃあねー」

 

 ツチヤのいつもの軽いトーンの別れの挨拶が夕暮れのカラスの鳴き声に交じる。「おう」「またねー」とホシノとナカジマが返し、スズキも漏れずに、また、と短く発して手を振り『大洗女子学園高等学校』と書かれた校門を後にする。

 

 先日まで廃校予定だった大洗女子学園だが戦車道の全国大会で優勝し、その危機を免れたのは記憶に新しい。雑誌、地元新聞などでは『大洗の奇跡』と称され、町民たちの間ではちょっとしたヒーローであった。そんな学生としての日常を取り戻したヒーローたちも今は夏休みで不在。と思いきや、近々行われる予定のエキシビションマッチに向けた練習をするため、学校に来ていた。

 本日はエキシビションマッチ開催前、最後の練習なので軽めのメニューをこなし、早めに切り上げることとなったのだが、選手兼整備士の自動車部4人は練習後に戦車の整備が待っていた。なかなかのハードスケジュールだがそれを嬉々としてやってのけ、疲れた様子もなく帰路に就く。それが大洗女子学園自動車部。健康的な褐色肌の少女、スズキもその1人だった。

 整備士の証の汗と汚れの勲章付きのいつものオレンジの作業着は手提げの紙袋に入れ、白と緑を基調としたセーラー服、青の肩掛けバッグを少し揺らしながらいつもと変わらない道を歩いていた。

 

「うっ、うう」

 

「泣かなくていいよ」

 

 しかしいつもと道は変わらなくとも、いつもと違う光景はあった。スズキが少し首を傾けつつ、この光景の情報を取り入れようとする。半袖短パンに帽子を被った小学生低学年くらいの今にも泣き出しそうな少年に、ジーンズに黒いシャツとシンプルな服装だがシャツの色とは反対の白い肌が目立つ青年。青年の手は黒く汚れており、その奥にはチェーンの外れた子ども用自転車。スズキは「なるほど」と思う。

 

「絶対に直してやるとは言えないけどさ、見捨てることはしないから。直らなかったら一緒に運ぼう? ねっ?」

 

「……うん」

 

 青年はしゃがんで少年に目線を合わせ「いい返事だ」と言って笑い、自転車と向き合い、つぶやく。

 

「う~ん、ちょっと厄介だな。レンチがあれば楽なんだけど……」

 

「レンチなら持ってるよ」

 

「えっ?」

 

 これがスズキと青年、真鮒(まぶな)との出会いだった。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

「ありがとう!! お兄ちゃん、お姉ちゃん、バイバイ~!!」

 

 

 自身の移動手段が直った少年は先程の表情とは打って変わり、その笑顔を夕日と共に見せながら手を振り、小さくなっていった。真鮒の戦いを制した黒い手と軍手をしたスズキの白い手が少年を見送りながら左右に揺れる。「さっきまであんなに泣きそうだったのに」と軽く笑う真鮒、それから一呼吸置いてスズキの方を向く。

 

「工具貸して頂いてありがとうございます。あっ、自分は真鮒って言います」

 

「いやいやなんのなんの。珍しい名字だね。私はスズキ。THEよくある名字」

 

 ハハッと軽く笑うスズキに対して自虐ネタなのか、そうではないのかで笑うことを悩む真鮒。頬をピクピクさせながらどっちつかずの表情でいるとスズキが軍手を外しながら「ふむ」と下を向く。

 

「手、真っ黒だね。ウチ、近くだから洗ってけば?」

 

「えっ!?」

 

 思わぬ提案を受けて固まる真鮒。その黒い両手を左右に振ろうとするも、断る隙きもなく「ついて来て」とスタスタとスズキは歩き始めてしまった。これはついていかなかったら失礼に当たる。そういう思いから真鮒は大人しくスズキの後ろを少し離れて歩くことにした。

 

 程なくしてスズキの住む一軒家の前に着き、ドアを開け「ただいまー」と帰ってきた旨を伝えると「おかえりー」とやる気のない男性の声が返ってきた。見るとアイスキャンディーを口に加え、ランニングシャツを着た若い男性がテレビを観賞している。

 

「お、お邪魔します」

 

「はっ?」

 

 スズキが帰ってきても無関心だったのに真鮒の声を聞いた途端に玄関の方へ向き、数秒固まった後に視線を真鮒の足元から顔に移してまた固まる。そして

 

「母さ──ん!! 姉ちゃ──ん!! 妹が彼氏連れてきたぞぉぉ!!!!」

 

 スズキの兄はそう叫ぶと、2階へと続く階段をドタドタと駆け上がっていった。呆然と真鮒が立ち尽くしていると「あっ、洗面所はあっちね」とあの大声が聞こえてなかったのか特に気にした様子もなく隣のスズキが靴を脱ぎ始めたのでそれに倣う。

 

 手を洗っていると先程の階段のドタドタ音が3倍になって帰ってきた。こちらを見つめる眼が6つ。手を動かしながらそちらに向かって軽く会釈をするとスズキに似た顔の3人が真顔でこちらと全く同じ動きを返してくる。肝心のスズキは自分の部屋に行ってしまったようだ。とても気まずい。手も洗えたしこのまま帰ってしまえばいいかと思い、そろりと玄関へ向かうが

 

「お茶入れたからどうぞ」

 

 ミッション失敗。スズキ母による足止めを断れるわけもなく、礼を言いながらリビングへと向かう真鮒であった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 カランと麦茶の入ったコップの氷が響く音とテレビの天気情報がこの空間のBGMの仕事をしている。シーンは正座をして座る真鮒、それを3方向から見つめるスズキ家であった。

 3人はまず誰から質問をするのかで争っていた。女子校に通う色恋沙汰のない次女が突然、男を連れてきたのだ。興味がないわけがない。アイコンタクトで「お前が最初に質問しろ」を互いに送り合う冷戦状態が約3分程続く。ちなみにこの沈黙に対する真鮒の体感時間は約1時間程。しかしそれも終わりを迎えた。スズキ兄が諦めたようにゆっくりとため息を吐き、1歩2歩と真鮒に近づいた。母と姉は「う、動くか」と緊張の一瞬。そして兄が口を開く。

 

「君、妹とはどこまでヤッた……グホッッ!!!!」

 

 スズキ母の正拳突きとスズキ姉のボディブローが決まりスズキ兄が崩れ落ちる。TKOである。しかし姉の方はまだ拳で語り合いたいらしく、スズキ兄の首根っこを掴み、引きずり移動しながら真鮒に「ごめんなさいね」と言い、別部屋へ。第2試合開始の合図は「それが質問の第一声かぁぁ!!」の声と共に聞こえた鈍いゴング音であった。

 

「何か凄い音したけど、どうしたの?」

 

 姉VS兄の試合開催を知らないスズキがリビングにやって来た。恐らく着替え途中だったのであろう、セーラー服の下に着ていた薄い白シャツ一枚と緑のスカートという中途半端な格好だ。それを見てしまった真鮒はすぐにスズキとは反対方向へ、そして即座に母が動く。

 

「何でもないから! そんな格好でいないでさっさとシャワー浴びて着替えてきなさい。汗臭いと嫌われちゃうわよ」

 

 母に背中を押され、頭に疑問符を浮かべながらも素直に従うことにするスズキ。

 姉の白星が2つになった頃、スズキも風呂からあがり、ようやく真鮒の紹介が始まった。

 

「こちら真鮒くん。さっき自転車のチェーンが外れてた男の子を助けてあげて、手が汚れたからウチで洗わさせてあげようと思って連れてきたんだ」

 

 そうかぁ~、と優しい笑みで妹を見つめる姉。ちなみに兄の姿はリビングにはない。そして母は顎に手を当て、ブツブツと呟き、何かを思い出そうとしている。

 

「真鮒……真鮒……ああっ! もしかして郵便局の近くの真鮒さん?」

 

「えっ!? 伯父さんの家知ってるんですか?」

 

「知ってるわよ~。私ね、奥さんと仲が良くてよくスーパーで話し込んじゃうのよ。旦那さんは中学校の教師をしているのよね? そういえば夏休みに親戚の子が来るって言ってたわ。あなたの事だったのね」

 

 自分の伯父夫婦と知り合いだったことに驚きを隠せない真鮒。その反応が気に入ったのか「それでこの前ね……」と、どんどん自分の話をはじめるスズキ母。姉は「真面目に聞かなくても大丈夫よ」と小声で言い、隣で座ってるスズキが姉の言葉に従い、母を放っておいて真鮒に話しかける。

 

「そういえば真鮒くんって、いくつ?」

 

「高校3年生です」

 

「おっ、私も高3。じゃあ敬語はいいよ。伯父さんの家……ってことは学園艦の人じゃないんだ?」

 

「そうです……そうだね。家は北海道にあって学校もそっちの工業系に通ってる。夏休みは伯父さんの家に遊びに行って、大洗へ帰港した時にさんふらわあ号で北海道へ帰るのが通例かな。スズキさんはずっとここの学園艦?」

 

「いや、出身は静岡で数年前にこっちに来たんだ。……なるほど、北海道か。だから肌が白いのか。いいなぁ~、ウチは見てもらえたらわかる通り家族全員色黒なんだよね」

 

「健康的でいいと思うよ。あと北海道だからみんな白いってわけじゃないよ、雪焼けとかもあるし。俺は室内に籠もって車とかイジってたりすることが多いから白いってだけで……」

 

「車!! 例えばどんなの!?」

 

 車という単語が出てスズキの話すスピードとテンションがあがり、本人も気づかぬうちに真鮒の顔に近づいていた。真鮒が少しうろたえながら車種を答えると「おお~。じゃあさ、じゃあさ……」とスズキの質問が始まった。最初は緊張気味に答えていた真鮒だが、何回かやり取りしていくうちに慣れきて段々とスズキのテンションに近くなり、互いに会話は弾んでいった。

 それを見ていたスズキ母とスズキ姉は互いに目を合わせ不敵に笑いながら頷きあう。

 

「そうだ、真鮒くん。せっかくだから夕飯食べていったら?」

 

 スズキと真鮒のヒートアップした会話を断ったのはスズキ母の声だった。

 

「いや、悪いですよ。それに帰りが遅いと伯父さん達が心配しますし」

 

「大丈夫よ、伯父さんの家の電話番号知ってるから私から連絡しといてあげる。ゆっくりしていきなさい……それに今日はお父さん帰ってくるの遅いし」

 

 最後の言葉は小声で言ったスズキ母。「でも……」と続けようとする真鮒の肩にスズキ姉が手を置き、左右に首を振る。「諦めなさい」と。

 

「ご、ご馳走になります」

 

 その言葉を聞いた後に母と姉がこっそりサムズアップしていたのをようやく目覚めた兄だけが知っていた。

 

 

 

 スズキ家のカレーを頬張る真鮒。その姿に満足する母と他愛もない話をする兄とスズキ。すると姉が「あっ」と小さい声を出した後、素早くテレビのリモコンを手に取り、チャンネルを変える。テレビには「昨年のあの大ヒット映画が地上波初放送!! この後すぐ」という字幕が現れた。内容は高校生の男女の体が入れ替わってしまうアニメ映画であった。姉が誰に説明するわけでもなく「この映画見たかったんだ」と漏らし、なんとなく全員でその映画を見る空気になった。

 

 映画もクライマックスに差し掛かり、リビングは静かだった。いや、静か過ぎた。いつの間にかテレビを見ているのは真鮒とスズキだけであった。しかし当人たちは気づいていない。そしてスタッフロールも流れ、映画は終わった。感傷に浸る間もなくCMが流れ始め、それを合図に互いに向き合う真鮒とスズキ。しばらくの沈黙。そして真鮒がゆっくりと口を開く。

 

 

「……デッキバンが……あった」

 

「だよねー!! そこに目が行くよね!! あとスーパーカブ!」

 

「そうそう!! 実はウチの高校、バイク通学OKでだいたいみんなスーパーカブで来てるんだよね」

 

「なにそれ!! いいなー」

 

 映画の内容よりも映画に出てきた乗り物の話で盛り上がり、それについて語り合う二人。

 

「「「はぁ~~」」」

 

 その会話を聞いた瞬間にため息を吐きながらリビングに入ってくる母、姉、兄。「あれ? みんなどこ行ってたの?」というスズキの言葉にさらに深い溜め息を吐く3人であった。

 

 

 そろそろお暇しますと真鮒が言うのでスズキ母が車で送っていくこととなりスズキが玄関まで見送り、靴を履いてる真鮒に話しかける。

 

「真鮒くんって、今度の大洗の帰港の時に帰るんだよね?」

 

「そうだけど?」

 

「だったら時間があったら戦車道のエキシビションマッチやるから見にきなよ。私も選手として出るし、戦車が近くで見れるよ」

 

「……マジ? 絶対行くわ!」

 

 真鮒の目の色が変わりスズキは確信する。ああ、やっぱりこの人は私と同じ人種だと。自動車部の他のメンバーとも気が合いそうだ。エキシビションの後に会わせてあげようかな……ん? 何故かそれは気が進まない気がする。なんでだろう。

 

「じゃあまた、お邪魔しました」

 

「えっ? あっ、うん。またね」

 

 スズキが自分のモヤモヤした気持ちについて考えていると真鮒に別れの挨拶を言われ、慌てて返す。カチャリと玄関のドアが閉まった後も自身の気持ちについて考えようとしたがニヤニヤと笑顔を浮かべる姉と兄の姿が見え、不思議と腹が立ち、忘れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

『聖グロリアーナ・プラウダの勝利!!』

 

 

 

 アナウンスが響き、聖グロリアーナとプラウダの校章が「WIN」の文字とともに現れる。「あー」という無念の声を流す地元民。そこに混じって真鮒も視界をモニターから青空へ移して倒れ込んだ。しかしその表情は暗くはない。むしろ生き生きしている。初めて生で見た戦車道。轟音が響き、舞う土煙。戦車と戦車がぶつかり合い火花を散らす。そして数手先の読み合い、攻防。胸の高鳴りが抑えきれない。バクバクとビートを刻む音源に手を当て、ゆっくりと深呼吸をする。

 

 

(今のこの気持ち、スズキさんならわかってくれるんだろうなぁ)

 

 

 早く会って語りたい。そう思ってしまった。ならば即実行だ! と言わんばかりに勢いよく立ち上がり、スズキのもとへ急ごうとするが

 

 

「いや、場所知らねぇし!!」

 

 

 一人ツッコミがマリンタワー前の広場に響いた。

 

 

(落ち着け、俺。帰り際に話した時に何か言ってたよな……ライオンっぽいのイラストが書いてある戦車に乗ってる……だったっけ?)

 

 

 戦車道の試合を見ていた真鮒であったが、あくまでそれはモニター越しでの話。カメラの移り変わりは激しいし、何より真鮒が戦車に夢中になりすぎてイラストまで見ている余裕はなかった。頭を掻いているとちょうど大洗女子学園の戦車が次々と帰還し、まいわい市場の駐車場に停まる。そして後続に、撃破されて自力で動けない戦車がトラックの荷台に運ばれて来た。履帯が外れ、ひしゃげた車体は黒く汚れて戦車が俯いてるように見える。そこに茶と黄色のペイントで描かれた、ハッキリと何と言い難い生き物のイラストが戦車側面に描かれていた。

 

(あれは……何だ?)

 

 体に三日月のような模様が刻まれていてちょこんと座り、何も感情が無さそうに見つめてくる生き物と目が合う真鮒。思わず一歩、二歩と後退りすると肩に軽く衝撃が走る。誰かとぶつかってしまったようだ。振り返り、すぐに頭を下げる。

 

「す、すみませ……えっ!?」

 

「やあ、真鮒くん」

 

 

 パンツァージャケットを着たスズキが手を挙げ、軽い口調で言う。突然のスズキの登場に固まる真鮒。それに対してスズキはマイペースそうだ。

 

「試合見てくれたんだね。ありがとう。まあ、残念な結果に終わっちゃったけど。あっ、あそこにあるのが私達が乗ってたポルシェティーガーって戦車なんだ」

 

 真鮒の驚いた表情に満足そうな笑みを浮かべたまま、スズキは戦車の解説を始める。それに数テンポ遅れてついていき「あのイラスト、ライオンっぽいんだ……」と感想を心で述べる真鮒。このままスズキの解説が続くのかと思われたが

 

「おっ? なになにー? もしかしてスズキの彼氏?」

 

 スズキの後ろからひょっこりと糸目の少女、ツチヤが現れた。度々の人の登場とツチヤのセリフにまたもや固まる真鮒。軽いパニック状態で答えようにも口が正常に動きそうもない。

 

 

「違うよー。昨日、知り合ったばっかりだし」

 

 あっけらかんと言うスズキに助かったと思う真鮒。その反面、謎の寂しさを感じることはこのときあまり気にしなかった。それよりも突然会話に入ってきたツチヤとは初対面なのでそのことについて問おうとするが

 

「昨日の今日で試合に誘ったの?」

 

「白黒コンビでお魚コンビじゃん」

 

 ホシノとナカジマも参戦してきた。自動車部の面々が揃い、ちょっとしたからかいが行われ「ちょっとみんな~!!」と全員を制しようとして真鮒について説明するが

 

 

「真鮒くんは工業系の高校行ってて、それで戦車に興味が……」

 

 そこまで言って「しまった」と思ったときにはもう遅かった。「ほう……」と目の色を変えた3人が真鮒を囲んでの質問攻め。普段どういう授業を受けているのか、好きな車はあるのか等々。戸惑いながらも一答するごとに3人から「おおー」「なるほど」といった声があがり、段々と真鮒も慣れてきて逆に3人に質問をするようになってきた。その光景に謎のイライラ感を少し覚えるもその正体を理解することは出来ず、モヤモヤしたまま「自分も話に加わるか」と思うスズキであった。

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、真鮒が船に乗る時間となった。帰り際に互いに連絡先を交換し、「また大洗に来るときは連絡して」というありきたりな言葉を受けながら手を振って大洗を後にした。

 

 この数時間後、大洗女子学園が再び廃校の危機となるのだが真鮒がそれに気づいたのは翌日の明朝の船の中で開いた携帯のニュースサイトであった。

 

 

 

 ****

 

 

 

 自室にて真鮒は携帯の画面とにらめっこしていた。大洗女子学園の廃校決定の知らせを報じたニュースサイトに暇さえあればアクセスし、更新がないか逐一チェック。今の最新情報をまとめると、大洗女子学園は戦車道の大学選抜と試合をし、勝利すれば廃校は撤回となる。そしてその決戦の地は此処、北海道。

 画面を電話帳に切り替え、さ行の欄にある『スズキさん』と表示されたところまできて操作をやめて机に突っ伏す真鮒。

 

(なんて声をかけていいかわからん)

 

 試合当日にはもちろん応援しに行くつもりだ。しかしそのことを告げようか、変なプレッシャーになってしまわないか、そもそも廃校がかかっている勝負に外野が何か言ったところで迷惑では……、と良くない考えばかり浮かんで電話を掛けられずにいた。だが悩んでいても変わらない、と起き上がって姿勢を正し深呼吸をして発信ボタンを押して携帯を耳に当てる。静寂な空間にコール音だけが響いていた。

 

 

 

 ****

 

 

 大洗女子学園自動車部は来る決戦の日に向けて、倉庫にて戦車のメンテナンスに明け暮れていた。端っこに寄せた学生鞄。その上に置かれた携帯の画面が黒から光りを放つ白に変わり、小刻みに揺れる。

 

 

「スズキー。なんか電話来てるっぽいよ」

 

 振動に気づいたナカジマが問いかけるが

 

「んー。代わりに出てー」

 

 とナカジマの方を向くこともなく整備を続ける生返事のスズキ。この集中力だと電話があったこと覚えてないだろうなぁと思いつつスズキの電話に出ることにする。

 

 

「もしもし、スズキの携帯です」

 

「あっ、ま、真鮒です……えっ? スズキさん? なんか声が」

 

「ああ!! 真鮒くんか! どうもナカジマです。スズキは今ちょっと手が離せなくて代わりに私が出てるんだ」

 

「な、なるほど」

 

「で何かスズキに用だった? なんなら代われると思うけど」

 

「いや、大丈夫です。それよりも……」

 

 真鮒は現在ニュースで自分が知っている大洗女子学園の現状について相違がないか確認した。そして自分にも何か手伝える事はないかとナカジマに伝えた。

 

「……ありがとう。そう言ってもらえるのは本当に嬉しいよ。でも出来ることかぁ。なかなか無い……あっ!」

 

 突然ナカジマの声が大きくなり、思わず携帯を少し耳から遠ざける。そんな真鮒の行動はもちろん知らないナカジマは興奮した様子で話し続ける。

 

「ねえ、真鮒くんって工業系の高校だったよね?」

 

 ナカジマはある提案をする。

 

「……なるほど。任せてください!」

 

 真鮒との会話を終えてスズキの携帯を元の場所に戻し、その持ち主を見るナカジマ。相変わらず戦車の整備に夢中だ。そしてナカジマの読み通り、電話があったことは忘れているようで特に何かを聞かれるようなことはなかった。そして決戦の日が訪れる。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 決戦当日。

 

 

 大洗女子学園8輌に対し大学選抜30輌。圧倒的に不利と思える状況であったが

 

 

「待ったー!!」

 

 

 黒森峰の西住まほの言葉を皮切りにサンダース、プラウダ、聖グロリアーナ、アンツィオ、知波単、継続高校の面々が加わり、最終的に大洗女子学園も戦車が30輌になり絶望的戦力差から対等になったことで生徒達は興奮していた。そんな中で今度は戦車とは違った地鳴り音が試合会場に響いてきた。皆がそちらに注目するとスーパーカブに乗った男の集団がこちらに向かってくる。すると先頭の男が器用に片手でバイクを操縦しながらもう片方で拡声器を持って話し始めた。

 

 

「大洗女子学園の皆さん、こんにちは。北海道のとある工業高校の生徒です。戦車整備のボランティアに参りました」

 

 

 聞き覚えのある声にすぐに振り向くスズキ。

 

 

 

「えっ? 真鮒くん? な、なんで」

 

「おっ、来てくれたね~。おーい、こっちこっち!! ナカジマちゃんから話は聞いてるよ~」

 

 

 こう答えるのは生徒会長の角谷杏。手招きしながらバイク集団を誘導している。

 

 

「ナカジマ!! どういうこと!?」

 

「いや~、実は真鮒くんからスズキの携帯に電話があってね。代わりに私が出て、『なんか手伝えることありませんか』って真鮒くんが言ってくれるものだから整備手伝ってもらおうと思ってね。もともと私達も出場予定だから整備してくれる人他にいないし。藁にもすがる気持ちで」

 

 頭に手をやって笑いながら「まあ結果的に他の高校の整備士さんたちが来てくれたんだけど」と言うナカジマに、開いた口が塞がらないスズキ。そうこうしているうちに男集団は綺麗にバイクを並べ、真鮒を筆頭に整列をしていた。

 

 

「えー最初に申しておきますが我々、戦車整備の知識については素人です。昨日、付け焼き刃程度で資料などは読みましたが皆様にはお呼びません。ですが重量があり、交換するのが大変なパーツや力仕事が必要な場面もあると思います。雑用も何でもやります。どうぞ遠慮なく我々を使ってください。よろしくお願いします!!」

 

 

「「「「よろしくお願いします!!!」」」」

 

 

 真鮒が頭を下げると他の男子たちも一斉に頭を下げる。そして周りからは拍手が起きていた。しかしそれもすぐに鳴り止み、各自他校の整備班長らしき人と連携を取りはじめていた。その姿に思わずスズキは見惚れていたがすぐに真鮒と目線があった。真鮒が近づいてきて思わずドキドキしている自分に気づくスズキ。

 

 

「スズキさん」

 

「ひゃ、ひゃい!!」

 

「……もしかして緊張してる?」

 

「あ、うん。そうかも。あと、ありがとう来てくれて。クラスの人達にも声をかけてくれたんだ」

 

「女の子とお近づきになれるチャンスだよって言ったらみんな飛んできたよ」

 

「ブハッ」

 

「……あんま良い事言えないけど。頑張って。来年また大洗学園艦で会おう」

 

「……うん! ちょっと飛ばしてくるよ」

 

「レースじゃないって」

 

 

 ハハッと互いに笑い合ってると真鮒が他の男子に声をかけられる。

 

 

「おい、真鮒!! 彼女とイチャついていないでこっちを手伝え」

 

「彼女じゃないよ……まだね」

 

「えっ?」

 

「じゃあスズキさん。頑張ってね!!」

 

「ちょ、ちょっと真鮒くん!!」

 

 

 駆けて行ってしまった真鮒の背中を見つめるスズキ。「来年また大洗学園艦で会おう」その言葉を胸の中で繰り返して自分の両頬を叩いて気合を入れた。私達は負けないと。

 

 

 

 

 そして決着の時は来た。

 

 巨大なスクリーンには黒煙をあげる大学選抜のセンチュリオンと大洗女子学園のV号戦車D型改H型。「残像車両確認中」というアナウンスが入りそして、聞きたかったその言葉が告げられる。

 

「大洗女子学園の勝利」

 

 その瞬間に会場が沸き、歓喜の声が試合会場を包んだ。そして

 

「真鮒くん!!」

 

 スズキも例外ではなく喜びを爆発させ、真鮒に向かってジャンプして抱きついた。

 

「スズキさん!!」

 

 真鮒もスズキを抱きとめ、その場でぐるぐると周った。数十秒後には男子からは嫉妬、女子からは羨望の眼差しで見られていることに気づき、そっと赤くなったスズキを赤くなった真鮒が降ろすという構図になったのは言うまでもない。ともかく、これで大洗女子学園の夏は終わった。そして来年に続いて行く。そう、大洗女子学園には来年の夏もあるのだ。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 入道雲にバックの青色が映える夏の日。『大洗女子学園高等学校』と書かれた校門の前でおしゃべりをする少女が2人。1人は私服で1人は黄色のツナギの上をはだけて来ている。

 

 

「まさか自動車部に新入生が3人も入ってるとは、やるねツチヤ部長」

 

「えへへ。まあね。いやぁ、でもスズキが様子見に来てくれるなんて嬉しいな。大学はどう?」

 

「うーん。相変わらず車イジってるかな」

 

「やっぱし」

 

 

 ケラケラと互いに笑い、他愛もない話を続ける2人。スズキがふと腕時計をみてツチヤに言う。

 

 

「じゃあそろそろ帰るね」

 

「車で送っていこうか?」

 

「大丈夫。迎えが来るから」

 

 そう言うとバイクのエンジン音が近づいてきた。

 

「おっ、もしかして彼氏~?」

 

 いたずらっぽく笑うツチヤ、それに対して

 

「そうだよ」

 

 満面の笑みで答えるスズキ。そして1台のスーパーカブが停まる。ヘルメットをしていて顔がよく見えないが夏なのに白い肌が特徴的な人物だった。スズキが慣れた様子で後ろに乗り、ツチヤに手を振ってバイクは走り出す。スズキは運転手の腰をしっかりと抱き、夏の風の心地よさを楽しむ。やがてバイクはある家の前に停まり、名残惜しつつもスズキは降りて家へと入っていく。

 

 

「ただいま~」

 

「お邪魔します」

 

「おかえり~。おっ、真鮒くん久しぶり。元気だった?」

 

 

 スズキの兄が寝転がりながらテレビを見つつ2人を出迎えた(?)

 テレビからは今日の夜に学園艦は大洗に寄港するだとか、去年このテレビで見たアニメが今日もう一回放送するなどを伝えていた。

 

「あーこのアニメまた放送するんだ。なんか夏の定番みたいになってるな」

 

 誰に言うわけでもなくスズキ兄がつぶやく。するとスズキ母やスズキ姉も現れ「真鮒くん、久しぶり!!」

「夕飯食べていくでしょ」という会話を交わし結果、去年と同じカレーを食べながら同じアニメを見ることとなった。そしてアニメの放送も終わり、そろそろ帰ろうとする真鮒に

 

「ねぇ、磯前神社に連れてってよ」

 

 スズキが突然言い出した。

 

 

「今から?」

 

「今から!! もう大洗には着いてるでしょ。映画のあのシーンやろうよ」

 

 何がやりたいかわかった真鮒は彼氏として彼女のワガママに付き合うことにする。

 

 暗闇の中を慎重に運転し学園艦から大洗にこっそり降りて、磯前神社の階段前まで来た真鮒達。

 

 

「じゃあ私が上から降りて来るから、真鮒くんは下から上がって来て」

 

 

 そう言ったスズキの背中を見送り、上まで登ったスズキがOKの合図を出したのを確認して真鮒は1歩ずつゆっくり階段を上がる。階段の真ん中あたりでスズキとすれ違ってから2,3歩進み、互いに振り返る。

 そして言う。アニメと同じセリフを。

 

 

 

「「君の、名前は?」」

 

 

 数秒の沈黙、そして

 

 

「「……ブッ」」

 

 

 ハハハハとお腹を抑えて笑い出す2人。こんな夜になんて馬鹿なことをしているんだろう。そんな気持ちになったのだろう。

 

 

 

「どうも、真鮒です」

 

「どうも、スズキです……ブハッ」

 

 

 その後もひとしきりに笑い、落ち着いたところでスズキが口を開いた。

 

 

「いや~でも冷静になってみると『君の名前は?』って聞かれて『スズキです』って答えても締まらないよね~」

 

 真鮒と出会った当初も言っていた自分の自虐名字のネタ。本人としては軽い気持ちで言っていてそんなに気にしていないのだろうが聞かされる方としては毎回反応に微妙に困る。だから真鮒は提案をした。

 

 

「じゃあ、名字お揃いにする?」

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 数年後、大洗磯前神社である1組の神社挙式が挙げられる。

 

 

 

 

 その夫婦の名は

 

 

 

 


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