・ヒロイン:プラウダのクラーラ
・主人公:ロシア時代の幼馴染で戦車好き
です。
ぎんりゅう♪様、活動報告にも書かせていただきましたが、丸1年掛かってしまい大変申し訳ありませんでした。
「」は日本語、『』はロシア語だと思ってお読み下さい。
戦車道の試合
それは公式戦やエキシビションマッチ、練習試合と様々である。その中でも練習試合には紅白戦と他校を招いて行うものに分けられる。練習試合とはいえ砲撃音などなかなかの迫力があるので観客は結構集まる。故に商売、つまり出店をするにはもってこいである為「戦車道の試合をする」と言えば例えそれが練習試合でも貸してくれる会場(町村)は多い。まあ、流石に壊しすぎたりすると怒られるが。
ここ、青森でもそれは例外ではなく本日はプラウダ学園艦の寄港日でありプラウダ高校の紅白戦が行われる。観客席までの通りには色々な屋台が並び、せっせと魅惑の香りを風に流している。近所の人からしたら「ああ、今日は戦車道の試合があるのか」といつも通りの光景……なのだがそこに見慣れない青年が1人、頭を掻いていた。
(まいったな。この道で合ってるのか不安になってきたな、そこら辺の人に聞くか)
ちょうど青年の前に屋台でたこ焼きを買った若い男がいたので後ろから声を掛ける。
「あの、スミマセン」
「えっ? わっ!!! ノーノー!!! アイムノットイングリッシュ!!!」
振り向き、青年の顔を見た瞬間に男は間違った英語を使いながら逃げるようにそそくさとその場を去っていった。残された青年はしばらく固まった後、思わず周りを見るが誰も目を合わせようとはしてくれない。
(英語を使われてもなぁ……そもそも日本語で話しかけてるんだから日本語使ってくれればいいのに。まあロシア人と日本人のハーフでも俺の顔、完全にロシア人寄りだからな。周りの皆の反応も慣れたものですよ)
そう、青年はロシア人と日本人のハーフであった。イントネーションは完璧ではないにしろ日本語はほぼ話せる……のだが金髪碧眼、高い鼻と身長、筋骨隆々、と見た目からして完全にTHE外国人である為、こういったことがよく起こる。しかしよく起こるが故にあまり気にせず、すぐに別の人に再チャレンジを試みる。
次に彼の目に映ったのは特徴的なヘルメットを被っただいぶ小柄な女の子だった。ヘルメットからは彼と同じ金色の髪がはみ出しており、両手いっぱいに出店で買ったであろう食べ物が入っているビニール袋を地面スレスレのところで保って運んでいる。そんな姿を見て話しかける事を少し躊躇したが逆を言えば先程の様に咄嗟に逃げられることはないということだ。青年は屈み、目線を少女と同じくらいに合わせてから「すみません」と声を掛けた。
「ん? !!! な、何よ!? 日本語で喋りな……日本語ね」
気怠そうに少女は振り向くがすぐに目を大きくさせて先程の男と同様の反応を見せたが青年の読み通り、逃げられることはなく話を聞いてくれそうな雰囲気にはなった。こちらが物を尋ねる側なので、といった精神を持っている青年は幼く見える少女にも丁寧な口調で自分の目的を告げる。
「はい。私は日本語が喋れます。戦車道が行われる会場が何処か教えて欲しいのですが」
そう言うと少女は少し黙り、青年の体を上から下へ眺め、確認する。
「いいわよ。でも条件があるわ」
****
「きゃー!! たかーい! 見晴らしがいいわ! やるじゃない、あなた!」
「喜んでもらえて何よりです」
俺は道を訪ねた少女を肩車して歩いていた。彼女が俺に出した条件、それは彼女が出店で買った物を代わりに持ち、さらには彼女自身を肩車することだった。俺にとっては彼女の体重も荷物も特に負担でもないので二つ返事でOKを出し、肩車をしてあげるとご覧の通り歓喜していた。
「こっちよ!」「あっち!」と少し興奮気味の彼女から案内を受けて少し頬が緩む。視界に映る小さな指の指す方へ歩いていると
「おや、外国人のお客さんだ。日本の食べ物、楽しんでくれているかな? お子さんはパパに肩車されて興奮しとって可愛いねぇ」
おそらく農家であろうほっかむりをしたお婆さんに話しかけられた。
「いや、親子じゃな……!!」
否定しようしたが「あらまぁ! 日本語上手だね~。そうだ! 林檎いるかい?」と無理矢理手に持っていたビニール袋に林檎をつっこまれた。はっ! 聞いたことがあるぞ! コレが噂に聞くオオサカのオバチャンというやつなのか? だけどここはアオモリだよな?
「じゃあ私の畑でとれた野菜もあげるよ」
「私のもあげようかねぇ」
(増えた!? いつの間に背後に!?)
気づいたら後ろに同じような格好をしたお婆さんが数人いて思わず後退り する。なんでお婆ちゃんって足音と気配がしないのだろう。
先程まで遠巻きに避けていたのに彼女を肩車した途端、家族に見えたのか急にお年寄りを中心に話しかけられるようになった。次々と勝手に話をしては自己完結してビニール袋に何か入れて帰っていく。
「なんか荷物増えてない?」
「確実に増えてますね」
先程までスタイリッシュだったビニール袋が農作物を無理やり突っ込まれたせいで歪な形に変わっている。それを見た彼女からの問いかけではあったが「まあ、袋が破れていないならいいわ」と大して気にしていないようであり、次の質問に移った。
「そういえばあなた、名前は何ていうの? 私はカチューシャ、プラウダ高校の戦車道の隊長なのよ!!」
なんと!! これから観戦する戦車道の隊長さんだったのか。「隊長さんなんですか。すごいですね~」と言うと、「そうでしょ? そうでしょ?」と腰に手を当てて満面の笑みを浮かべている……気がする。肩車してて表情とか仕草がわからないから想像でしかないけど。っと、そうだ俺も名乗らなくては
「私の名前は……っ!!!」
名前を教えようとした刹那、背後から自分に向けられる殺気、真っ直ぐこちらに駆けてくる足音。
ただ事ではないと思い、振り返らずに足首に力を込めてそのまま横へ跳んだ。急な動きだったので「きゃっ!」と頭上のカチューシャさんが短い悲鳴をあげる。申し訳ないと思ったが自分のこの判断は間違ってなかったと確信する。何故なら……
さっきまで自分がいた場所にパンツァージャケットを着た黒髪ロングの女性が飛び蹴りをかましてるポーズが目に入ったからだ。
体勢を整えて持っていたビニール袋を地面に置き、両手を顔の前に出して臨戦態勢をとる。カチューシャさんを降ろす余裕はなさそうだ。
『何するんだアンタ!!』
あっ、しまった。咄嗟のことで思わずロシア語で叫んでしまった。日本語で言い直さないと。
「何をす……」
『それはこちらのセリフです、誘拐犯。先程の蹴りを躱すとは……チッ』
舌打ち付きのロシア語が返ってきた。誘拐犯? 意味がわからない。せっかくロシア語が通じてるのに話が通じていない。
『アンタ何を言っ……!!!』
問答無用と言わんばかりに間髪入れずに前傾姿勢になった。恐らく俺の腹に1発かますつもりだろう。仕方ない、彼女の拳を手のひらで受け止めてそのままホールドするしかない。いや他の解決方法も浮かんだが、女性を殴るのは気がひけるからな。
俺の読み通り、彼女が拳を後ろに振る動作が見えた。俺も握っていた拳を開き、衝撃を待っていたが。
『ドラゴ!!!』
衝撃は来なかった。いや違う。物理的衝撃は来なかった。代わりに……俺の名を呼ぶ、爛漫な女性の姿が目に映った瞬間に衝撃を受けた。俺の幼馴染、クラーラに。
****
「大変失礼いたしました」
結論から言うとクラーラのおかげで誤解は解けた。どうやら彼女、プラウダ高校副隊長のノンナさんは俺がカチューシャさんを屋台の食べ物で誘惑し、連れ去ろうとした誘拐犯に見えたらしい。……結構ショック。しかし綺麗な角度で深々と頭を下げている彼女を見たらそんな事も言えない。まあ実害なかったし、いいか。俺は大丈夫ですと言うと会話にカチューシャさんが入ってきた。
「全く、ノンナは早とちりなんだから」
「誰にも何も告げずに持ち場を離れ、勝手に買い食いしてたのは誰ですか?」
「ひっ!? そ、そういえばクラーラとあなた、知り合いみたいだけどどういう関係?」
ノンナさんの眼光に気圧され、隠れるように俺の足元に抱き着きながら話題を変えようとしてきたカチューシャさん。 ん? なんかノンナさんが俺に対してもプレッシャーを放ってきた気がする。怖い……よし、さっさと話題を変えよう。自己紹介もまだだったし。
「私の名前はドラゴ・シルバと言います。父がロシア人、母が日本人のハーフです。クラーラとは幼馴染です」
「彼の父親と私の父親が軍の同じ部隊にいまして、その縁で小さい頃から一緒に遊んでいました」
クラーラの補足の「軍」というワードに怪訝な顔をしているカチューシャさんをよそにノンナさんが質問をしてくる。
「なるほど……もしかしてシルバさんはお父様に武術か何か仕込まれてましたか? 先程の私の後ろからの蹴りを躱したことから只者ではないと思ってましたが」
「あっ、わかります? 実は幼少期から父とクラーラのお父さんに鍛えられ……て……まし……『ううっ、頭が痛い』
『どうしました!?』
『大丈夫です、同志ノンナ。ちょっとトラウマを思い出してるだけです。ふふっ、よく泣き叫びながら投げ倒されてましたもんね』
『そっちはいいよな。母さんに優しく日本語を教えてもらいながらお茶してたんだから』
『同志クラーラの流暢な日本語はシルバさんのお母様仕込みですか』
「ちょっと!! 日本語で喋りなさいよ!!」
いつの間にかロシア語での雑談になっていたところにカチューシャさんのストップがかかり、くすくす笑う幼馴染。改めてその大人びた横顔をじっくりと見ると色々思うことがある。最後に会ったのは中学生になる前くらいだったか。学校が同じだったわけではないので子供同士で頻繁に会っていたわけではなく、両親込みで何回か会っていた。会うたびに親父とクラーラのお父さん、二人がかりで無理矢理鍛えさせられた。ただでさえいつも親父に投げ飛ばされているのにだ!! ……ああ思い出したくない。いや、完全にそうでもないか。投げ飛ばされ、涙目で倒れている俺にいつもお菓子とお茶を持ってきて「頑張って」と優しく微笑んでくれたクラーラ。今でもその思い出とそう変わらない笑顔がすぐ近くにある。
……だけど非常に女性らしく変わった部分もあるな、どことは言わないが。ちなみにノンナさんも女性らし……
『ドラゴ。どこを見てるんですか』
眼前に思い出の笑顔が現れた。ただし黒いオーラ付き。何も、と目を逸らしながら答えてみるがごまかせるはずもなく右頬を握力MAXでつねられた。痛い。
「とりあえずクラーラの幼馴染だってことはわかったわ。そういえば試合を観に来たって言ってたわね。仕方ないわね、特別にこのカチューシャが関係者席で観れるように計らってあげるわ」
両手を腰につけ、少し反り返るカチューシャさんが言う。あっ、肩車してた時に想像していた通りのリアクションだ。ちらりと横目で幼馴染を見るとアイコンタクトを送ってきた。「おだてろ」と。
「そんな権限があるんですか。凄いですね~、さすがは隊長のカチューシャさん」
言うとフフンと鼻を鳴らして反り返りが強くなった。面白い。
『ただの練習試合ですから簡単に融通はきくんですよ』
耳元でノンナさんが小さな声で軽く微笑みながら教えてくれた。それが妖艶でちょっとドキドキしてしまったたたたたたたっ!? 痛い痛い!! クラーラなんで左頬を引っ張ってるの? 今回は俺、何もしていないだろ?
「知りません!! 行きましょうノンナ様、カチューシャ様」
プイっと頬を膨らませて早歩きで会場に向かってしまった。俺も違う意味で頬が膨らんでいるよ、まったく……いたたた。両頬を擦っているといつの間にかノンナさんに肩車されたカチューシャさんがいて「ついてきなさい!」と言われトボトボと歩き、案内された関係者席で彼女たちの勇姿を見ることとなった。
****
試合は一言で言えば彼女達の蹂躙だった。試合終了後にカチューシャさんが他の生徒に片付けを命じていたがほぼ全員目に光が宿ってなかった気がする。そんな命令を出した彼女はというと
「やっぱりあなたの上は見晴らしがいいわね。でもちょっと肩が固すぎて座り心地がイマイチね。やっぱりノンナが一番ね」
またもや俺の頭上に顎を乗せて片付けをしている隊員を眺めている。ちなみにすぐ隣にノンナさんとクラーラもいる。先程の発言があるまでプレッシャーを放っていたが今は大分落ち着いた……というか口元が若干緩んでいる。
「そういえばあなた、どうして日本に来たの? 観光かしら?」
自身の顎を乗せるのをやめ、覗き込んで来るようにして目を合わせてくるカチューシャさんに対して上手くバランスを取りながら「そういえば言ってなかったな」と思い、質問に答えるとする。
「今度、日本に住むことになったんでその下見です」
『えええええっ!!!』
隣からのロシア語の大声に驚き頭上でジタバタするカチューシャさんを手を伸ばして背中を支える。そしてその声の主に視線をやるとハッとした表情になってはいるものの、未だに口に手を当てたまま動かないクラーラがいた。
『ど、どういうことですか、ドラゴ』
『親父が軍を退役して、母さんの故郷の青森で農家でもやろうか。って話になってそのまま実行された感じ』
『ええっ……フットワークが軽い』
『ちなみに親達は今日、こっちで住む家を見に行ってる』
「ノンナ!!」
「シルバさんのお父様が仕事を辞めて、青森で農家をはじめようとしてるそうです」
ロシア語で話していたら俺の頭をペチペチと叩きながらノンナさんの名を呼ぶカチューシャさん。それで察したノンナさんが俺たちの会話を翻訳する。
「ええ。そんなわけなので皆さんと会える機会が増えるかもしれませんね」
この何気なく言った一言で3人が少し固まった。そのことに疑問を抱いているとまたもやノンナさんが察して口を開いてくれた。
「シルバさん、実は私達3人は高校卒業後、ロシアに留学するんですよ。まぁクラーラは元に戻る形ですが」
なっ。てっきりクラーラが日本にいるから大学も日本の学校に進学すると思っていたが……でもロシアの方が戦車道が盛んか。せっかく再会出来て、すぐに気軽に会えると思ったのに入れ違いでまた離れるのか。
「ん?」
クイッと後ろから服を弱々しく引っ張られる。見ると明らかに落ち込んだようなクラーラが携帯を握りしめて目線を合わせず立っていた。
「あの……ドラゴ。連絡先、交換しましょう」
「……そうだな」
互いの携帯を向かい合わせる。なんとなく視線を携帯からクラーラに移すと今度はバッチリ目線が合い、笑顔を向けられた。しかしその瞳が潤んでいるように見えたのは気のせいだろうか。連絡先を交換し終えると「ちょっと用事が……」と言って駆け足でその場を去ってしまった。
「……カチューシャさん、ノンナさん。お願いがあるんですが聞いてもらえますか?」
****
8月の後半、日本では終始汗をかく環境でも此処、ロシアでは比較的過ごしやすい気温であることが多い。キャリーバックを一生懸命引いているカチューシャはこの気候に上機嫌であった。すぐ後ろを歩くノンナとクラーラもその姿を優しい笑顔で見守っている。ロシアの大学は9月入学。彼女たちは空港から大学の寮へ向かう途中である。次はバスに乗る予定なのだが生憎乗り継ぎの時間がうまく行かないようで空港で少し時間を潰さなくてはいけなくなった。
「ちょっと電話してくるわ。ノンナ!!」
「はい」
そう言ってカチューシャとノンナがクラーラから離れる。電話ならノンナはついていかなくてよいのでは? と思ったが深く考えずに時間つぶしのために携帯を見ることとするクラーラ。
『そこのお嬢さん、僕の話を聞いてくれますか?』
聞き覚えのある声。心臓が早くなる。だってその声の主はこの地にはいないはず。そう思ってすぐに顔をあげる。白い歯を見せて笑う彼がいた。
『やあ。元気だった?』
『ドラゴ!!! なぜここに? 日本へは!?』
いきなりのドラゴの登場に驚き、疑問を矢継ぎ早にぶつけるクラーラ。それに対して余裕の笑みを浮かべながら一つ一つ質問に答えるとするドラゴ。
『カチューシャさんたちに教えてもらってね。日本には両親にだけ行ってもらってロシアに一人で住むことにした。君と一緒に居たかったから』
そう言って片膝をつき、後ろに隠し持っていた花をクラーラに差し出す。赤い菊の花と小さな向日葵が綺麗に包まれたものだ。
「僕は日本人と母と」
『ロシア人の父を持ち、二人の愛を存分に受けて育ったハーフです』
「だから日本語と」
『ロシア語で君に伝えたい事がある』
青年は紡ぐ。
『昔から、あなただけを見ていた』
向日葵と
「あなたを愛している」
赤い菊の花言葉を。
「僕と結婚を前提に」
『付き合ってほしい』
数秒の静寂が流れたがクラーラの返事はない。代わりに大粒の涙をこぼしながら小さく縦に首を振った。それと同時に後ろから「ハラショー」という声が2人分聞こえてきた。
日本とロシアより愛を込めて、花束を