タイトルに特に意味はありません。
「「「カンパーイ!!!」」」
「・・・・・。」
周りから聞こえる人々の喧噪。そしてその一部となっているバミューダ3姉妹の声がグラス同士が当たる音と共に響く。
例の大洗の奇跡から数ヶ月後、俺たちは今、居酒屋に居る。
高校生に負けたとあって練習メニューが倍増した大学選抜のチーム。特に3姉妹の増加量はえげつなくストレスの溜まった3人は酒を飲むことでそれを解消するという、まあなんともオーソドックスな結論に至ったらしい。
頼んだ生ビールを一気に飲み干したところを見ると相当溜まってることが伺える。
目の前で「カーッ!!!」と叫んでいる女子(と言っていいのかコレ?)3人をグラスを持ちながら遠い目で見てると横からピンク色のグラスが視界に入ってくる。
「ヒロアキ、カンパイ。」
愛里寿がおずおずと両手でグラスを差し出してきた。可愛い。
「カンパイ、愛里寿。」
軽くグラスをぶつける。キンッと小さく音を奏でて愛里寿が両手でコクコクとイチゴジュースを飲みはじめ、プハーと息をつく。超可愛い。
出会い初めの頃は人見知りが激しく、なかなか名前で呼んでもらえなかったが今では打ち解けて呼び捨てで呼んでくれるまでになった。そんなに昔ではないのに何故か懐かしく感じてしまう。
「・・・ヒロアキはお酒飲まないの?」
俺のグラスを見て3姉妹と同じビールではないことに疑問を抱き、素直にぶつけてくる愛里寿。
「あ~隊長、彼は今日運転手なんで。」
「そうそう、無料タクシーの。」
「気にせずガンガン飲めるわ~。」
「誰が無料タクシーだ。だいたいお前らどうせいつもガンガンに飲んでるだろ!!」
彼女たちと居酒屋に行くのはこれが初めてだがそんな気がする。いや、絶対そうだ。
しかしこのメンバーで居酒屋に行けるとは思わなかった。
何故なら3姉妹と知り合った当初は俺に対する態度がひどかった。愛里寿に出来たはじめての異性の友達とあって色々と尋問され、愛里寿が俺に懐いていく度に面白くないといった顔をして整備に難癖つけられたりしたが、その姿を愛里寿に見られ「何やってるの?みんな。」 ・・・後はご想像の通り、この一言ですべて片が付いた。
しかし彼女たちの気持ちもわからなくはない。俺も10歳以上離れた妹がいきなり彼氏を連れてきた日には親父共々どうなるかわからないからだ。例えそいつが有名人だろうが世界を救った勇者様であろうがまずは否定から入るだろう。独占していたいという点では非常に3姉妹の気持ちはよくわかる。だから酒の場で運転手というめんどくさい仕事を引き受けたのだ。
「って言うかさぁ、あんた男紹介しなさいよ~。」
空になった形の違うグラスがいくつもあるルミが話しかけてきた。
「そうよ紹介して~、いるでしょ整備士繋がりで~。」
「出会いがないの~。」
メグミ、アズミと続く。そういえば大洗に負けたせいで島田師範が合コンを無しにしたんだっけ? 島田師範、愛里寿の母親か。なんだかんだですれ違って会ったことないんだよなぁ。どんな人なんだろう。
「ちょっと、聞いてるの?」
いつの間にか新しい酒が入ってるグラスをテーブルに叩きつけてルミが睨んでくる。
「・・・ああ、お前らに紹介したらそいつ等が可哀想だなぁって思ってた。」
「「「何ですって!!」」」
見事な合唱を聞いた。本当に3つ子なんじゃないか、こいつら。
「開始早々グラスをそんだけ空ける女子が好きって男は少数だと思うぞ。」
各々、目の前のテーブルの惨状を見て歯を食いしばりながら一斉に俺を睨んでくる。何だ? バミューダ光線でも目から出すのか?
「見た目は可愛いのにな、お前ら。」
ため息交じりにそうつぶやく。怒号でも飛んでくるかと思ったがラリーが返ってこない。見ると3人とも俯いて顔が少し赤い。あれだけ飲めば酔うのが当然か。
「・・・・何だよ。」
「「「別に。」」」
そう言うと先ほどとは打って変わってちびちびと酒を飲みはじめる。よくわからないなぁと思いつつ、相手をして疲れたので愛里寿を見て癒されようと思い頭を動かすと、店員さんを見ては口をパクパクさせている愛里寿が映った。人見知り+13歳には居酒屋は少しハードルが高いようだ。
「何が飲みたいんだ?」
愛里寿にメニューを見せながら聞く。
「・・・いちごジュース。」
「わかった。すみませーん。」
店員さんを呼び、いちごジュースとつまみをいくつか注文してると横から声が入る。
「あたしぃ~ウォッカ~。」
「バーボン~。」
「赤ワイン~。」
額をテーブルにつけながらヨレヨレのラリーを打ってきた酔っ払いども。相当出来上がってると見える。これ以上の飲ませるのは危険だな。
「すみません、今の3つはキャンセルでお願いします。」
「何でよ!!」
「好きなもの飲ませなさいよ!!」
「ああー、整備士がいじめるー。」
「代わりにこの店で一番良いお酒頼んでおくからそれで我慢しろ!!」
そう言って俺は店員さんに小声で話す。
「お冷3つお願いします。」
苦笑しながらわかりましたと言って店員さんが離れる。ブーブーと文句を垂れている酔っ払いどもの声を無視していると愛里寿が話しかけてきた。
「前もこんな感じだった。」
そう言えば前に3姉妹と飲んだことがあるって言っていたな。前もこんな感じって・・・これはもう直りそうにないな。
「愛里寿は酒が飲める歳になってもこんな風になっちゃダメだぞ。」
「・・・ヒロアキは酔っ払いが嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど少しめんどくさいかな。」
「わかった。じゃあならないようにする。」
「よし、良い子だ。」
頭を撫でると笑みを浮かべる愛里寿。最初は恥ずかしがっていたが今では当たり前のような感じになってしまった。
「お待たせしました~。」
店員さんがさっきの注文の品を運んできた。まずいちごジュースを受け取り愛里寿に渡す。
「ありがとう。」
うむ。守りたいこの笑顔。続いてお冷をそれぞれ突っ伏してる酔っ払いどもの前に置き、つまみをテーブルの中心に置いた。
「ほら、酔っ払いども。うまい酒が来たぞ。」
俺の言葉にムクリと起き上がり、飲みはじめる3人。
「何これ!!すっきりした味わい!!」
水だからな。
「ゴクゴク飲めちゃう~。」
水だからな。
「お水みたい~。」
水だからな。
三人の言葉に俺と愛里寿は顔を見合わせ、笑いを堪えながら俺が親指を立てると愛里寿も親指を立てた。俺たちの行動をぽかーんと見ていた3人だがそれでもお冷だと気づく様子は全くなかった。
「・・・そろそろ帰るぞ。」
居酒屋に入って数時間経ち、そろそろ頃合いだと思い声をかける。
「嫌だ~。もっと飲む!!」
「今日は電車気にしなくていいし~。」
「閉店までいる~。」
「愛里寿が帰る時間もあるんだよ。未成年を夜中まで付き合わせるんじゃない。・・・それともお前ら島田師範に怒られたいの?」
「「「すぐに帰ります!!」」」
背筋を伸ばして身支度をし始めた3姉妹。島田師範がどういう人かわかった気がする。
しかし帰るとなってからが大変だった。車を出して各々のアパート前まで送り届けても全員が熟睡状態だったので叩き起こし、肩を貸しながら泣いたり笑ったり喚いたりする酔っ払いを玄関先まで放り込む作業が繰り返された。運ぶ途中で柔らかい2つの実が腕に当たったりしたが労力を考えるとそれくらいじゃ全然見合わないなと思う。
どうにか3姉妹を送り届け、残りは愛里寿だけとなった。時刻はもうすぐ日付が変わろうかというところ。愛里寿は助手席に座り、目を擦りながら外の景色を見ている。こんな時間まで起きていることはほとんどないのだろう。
それからハンドルを何回か切ると暗闇の遠くからでもよくわかる西洋風のお屋敷が見えてきた。
(で、でかい。さすが島田流戦車道家元のお家。)
どこに車を停めていいのかわからずとりあえず門の近くに停める。余談だがこの車は俺のものではなく大学選抜で使っているものだ。3姉妹が今日の為に隊長権限で借りてきたらしい。職権乱用もいいところだなまったく。
「愛里寿、着いたぞ。」
声を送ってみたが返ってこない。見ると助手席で項垂れて寝ている。無理もない。
車を降り、助手席のドアを開け、シートベルトを外して愛里寿をお姫様抱っこする。
そのまま門を開け、進んでいくと玄関先に明かりがついており、扉にもたれかかっている若い女性が見えた。
(少し愛里寿に似ている気がする。お姉さんか?)
「夜分遅くにすみません。大学選抜で整備士をしています「ヒロアキ君ね。」
お姉さんは口元を半分ほど扇子で隠してにっこりと笑う。美しい人だなと少し見惚れていたがすぐに言葉を返す。
「はい、そうです。妹さんを送り届けに来たんですが寝てしまったようで・・・」
「あらあら。フフッ。」
少し驚いたような顔を見せたがまたすぐに微笑むと言葉を続けた。
「愛里寿、狸寝入りはやめなさい。」
(えっ?)
両手から若干の揺れがあり、ゆっくりと目を開き申し訳なさそうに俺を見た後、お姉さんの方を向く愛里寿。
「はい、お母様。」
(はっ?お母様?・・・マザー?えええええええっ!!!!!)
「愛里寿の母の島田千代です。」
終始笑顔を崩さずに深々とお辞儀をするお姉さ・・・じゃなかった島田師範。
破顔して動かなくなっている俺の服をついっと引っ張る愛里寿。そこでお姫様抱っこしたままだったことに気づき愛里寿を降ろす。
島田師範の元に駆け寄り、隣に並ぶ愛里寿。改めて親娘を見て思うことはどちらも美人顔だということと、島田師範の見た目が若すぎるということだ。
「あなたのことは愛里寿から聞いています。いつも娘がお世話になっています。そしてあの3人も。」
3姉妹のことだろう。そういえば大学戦車道連盟理事長も務めているんだっけ? もうなんだろうこの無敵感。そして終始の笑顔から感じる逆らってはいけないオーラ。あの3姉妹が怯える理由がわかった気がする。
「い、いえ。自分も楽しく日々、娘さんの戦車の動きを間近で見れて整備の勉強になってますから。」
本心からの答えなのだがたどたどしくなってしまう。この人の前だと緊張を隠せない。
「じゃあ、夜分遅いのでこれで失礼します。またな、愛里寿。おやすみ。」
「あっ・・・おやすみヒロアキ。また。」
ほんの一瞬だけ悲しい顔をした愛里寿。それを島田師範は見逃さなかった、さすが母親というべきか。
「ちょっと待ってくれるかしら、ヒロアキ君。」
背を向けていた俺はもう一度島田師範と向き合う。
「長時間の運転で疲れたんじゃないかしら? これ飲んでいきなさい。」
茶色の小瓶を差し出された。恐らく栄養ドリンクの類だろう。ありがたい。
「お気遣いありがとうございます。それじゃ早速・・・」
この時に気づくべきだった。何故瓶に商品ラベルがついていなかったのか、何故瓶の蓋が少し緩かったのか。
「ゴハッ!!! ゲホッゲホッ!!!」
予想していた味とは全く違う液体が流れ込んできてむせる俺。液体が通った場所全部が焼けるような感覚がする。
「あら、やだ。ごめんなさい。間違えてテキーラが入っていたみたい。これじゃあ今日はもう運転は出来ないわよね?」
「・・・・・この近くにホテルってあります?」
口元を拭いながら島田師範に聞く。
「あなたの目の前に無料で泊まれるお家があるわよ。」
(・・・・・マジかよ。)
しばらく黙っていると俺と島田師範のやり取りを見ていた愛里寿が目をキラキラさせながらとどめの一発を放つ。
「ヒロアキ、泊まっていってくれるの!?」
この期待に満ちた目を見たら最後、裏切れない。
「・・・お邪魔します。」
「ウフフ。いらっしゃ~い。」
「ヒロアキ!!こっちこっち!!見てほしいボコグッズがあるの!!」
愛里寿に手を引っ張られ、少しよろけながら島田家を案内され、一夜お世話になるのだが翌日、一緒に車で練習場まで向かい降りたところを3姉妹に目撃され、バミューダアタックから逃げることとなる俺であった。