いろんなところの整備士さん   作:ターボー001

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まほ姉って好きになったら一直線な気がします。


黒森峰
隊長とリーダー


 

 

 

 

 

「リーダー、ちょっと見てもらっていいですか?」

 

 

「どれ?・・・・うん大丈夫、この調子で整備を続けてくれ。」

 

 

「わかりました。ありがとうございます。」

 

 

 

黒森峰の戦車倉庫内で声が響く。

 

 

リーダーと呼ばれている俺は黒森峰の整備班の班長をしている。

なんで班長と呼ばれていないのかと言うと

 

 

「班長って呼ぶの面倒くさいんでリーダーって呼んでもいいですか?」

 

 

とある後輩のこのいい加減な一言が原因だった。

たった5文字くらい面倒くさがるなよ。

 

 

以降リーダーと呼ばれるようになり、それが同級生にも広まり、

あだ名がリーダーになり挙句の果てはなんとウチの隊長の

西住まほまでがこの名で呼び始めた。

恐らく本人は「整備班のリーダー」なのだから何もおかしいことはない、といった

認識なのだろう。あだ名だなんてこれっぽっちも思っていない。

こういった理由で俺は隊長から唯一、あだ名で呼ばれる人物となっていた。

 

 

 

グゥ~

 

 

昔のことを思い出していると腹が鳴った。

時刻は昼の12時を過ぎたころ

 

 

「全員、キリのいいところまでいったら飯にいけー。」

 

「うい~。」

 

「へーい。」

 

 

 

ところどころからの返事を聞きながら手袋を外して食堂へ向かう。

 

 

 

 

毎度のことながら黒森峰の食堂には行列ができる。

それは食堂の入り口をはみ出すほどに。

規律を重んじる校風のおかげか、我先に食堂へ飛び込む生徒はおらず

全員が食堂のカウンターに向かって1列に並んでいる。

最後尾に向かって歩いていると隊長が背筋を伸ばし凛としたいつもの表情で

一番後ろに並んでいた。特に振る話題もなかったので

話しかけることもなく無言のまま、隊長の後ろに並ぶ。

 

 

行列に並んでいるといっても立ち止まっていることは少なく常に歩いている。

食堂の人たちが学生をさばくのが上手いおかげだろう。

おかげで長い行列でもあまり待たされることなく昼飯にありつける。

ありがたい話だ。おっ、曲がり角が見えてきた。

あそこを曲がればすぐに食堂の入り口だ。

今日は何を食べようか、数々の候補を頭にめぐらせていた時、

 

 

誰かが俺の右足後ろを踏んだ。

 

 

前に出るはずの右足は自分のタイミングとは全く異なるタイミングで

地面を蹴り上げ、俺の上履きは宙を舞った。

普段の動きではない体に脳はついていけず

転びかけているということには気づかなかった。

それでも体は危機を回避しようと動いてくれたようである。

 

 

 

ドンッ!!

 

 

 

ムニュ

 

 

 

 

その結果がこれだ。

 

 

 

・・・何が起こったのか第三者の目線から説明しよう。

 

 

リーダーが隊長に壁ドンして隊長の豊満な胸に顔を埋めている。

 

 

 

はい、アウト―!! リーダーアウト!! 俺アウト!! 3アウトチェンジ!!

 

 

 

 

 

顔に当たる柔らかいものがなんなのか理解できずに上を見ると

いつもの隊長の凛とした表情があり、瞬時に事態を把握し身を起こした。

 

恐る恐る後ろを振り返ると他の生徒全員がこちらをぽかーんと見ていた。

中でもいつの間にか俺の真後ろにいたようである逸見エリカは

鬼の形相で俺を睨んでいた。

 

 

(俺の上履きを踏んだのはコイツか。

 隊長のことになると先輩後輩の見境ないな。恐ろしい子!!俺、先輩だぞ!

 あと原因はおまえだろ!!

 ・・・ってこんなことを考えている場合じゃなくて!!)

 

 

 

まずはこの状況を皆に説明しなくてはと思ったものの上手く頭が回らない。

 

 

 

そんな中、冷静沈着に状況を把握したのは隊長だった。

俺と脱げた上履きを交互に見つめ、声を出した。

 

 

「エリカ、こういったところではもう少し距離を空けて歩け。」

 

 

 

「えっ?あ・・・は、はい!!」

 

 

大好きな隊長に注意された逸見エリカ。

睨んでくる鬼の形相に血の涙も追加されたようである。

鬼の目にも血の涙。

 

 

恐らく最後尾に並んでいる隊長を見つけてすぐ後ろにつこうとしたのだろう。

ところが俺が隊長の後ろに並んでしまいそれが叶わず。

俺を邪魔だと思いつつもどうすることもできず気持ちだけが焦ってしまい

それが俺の足の後ろを踏む結果となったようだ。

つまりわざとやったわけじゃない。

 

 

 

 

隊長の一言によって他の生徒たちも「ああ、そういうことか。」「羨ましいなー。」

などなど納得し、こちらへの注目をやめた。

とりあえず俺のメンツは保たれた。

 

 

「隊長、すみません。大丈夫でしたか?」

 

 

「気にするなリーダー、怪我もない。大丈夫だ。」

 

 

そう言って行列に戻っていく隊長だったが、耳が真っ赤なのを見てしまった。

ああ、隊長も女の子なんだなぁと思ってしまう自分がいた。

 

 

上履きを履き直し、俺も行列に戻ろうとするとエリカがちゃんと

隊長と自身の間に人1人分以上のスペースを空けていた。

だがそのスペースに入るのは気が引ける。

俺は隊長の後ろのスペースを手で指し逸見に言った。

 

 

「どうぞ。」

 

 

「・・・いえ。元々先輩が並んでいたのだから・・・大丈夫です。」

 

 

「さっきみたいなことはもうごめんだから前に行け。」

 

 

「・・・・わかりました。」

 

 

逸見に前を譲った。プライドが高いから恐らく一回断るとは読んでいた。

なので無理やり先輩権力を使い、逸見を前に行かせた。

プライドを傷つけられたが隊長の後ろに並べた嬉しさで

すごく複雑な表情をしている。

列に戻って落ち着いたところで俺はまだ今日の昼飯を決めていなかったことを思い出した。

 

 

今日の昼飯、焼き魚定食を受け取った俺は席を探していた。

普段だったら特に気にせず、近くの空いている席に座るのだが

さっきの出来事の後なので茶化されるのが嫌だったし、

目撃した奴らの目線も浴びたくなかった。

規律を重んじているのはあくまで表面上のお話。水面下はやはり高校生だ。

なので食堂一番奥の端っこの席を目指しておぼんを運びはじめた。

 

 

 

 

しばらく歩くと誰かにつけられている気がした。

後ろは振り返らず近くの窓の反射を利用して確認する。

・・・隊長だった。

たまたま向かっている方向が一緒なだけだろうと思い、さらに歩き続ける。

だが隊長が俺の後ろから離れることはなかった。

 

 

端っこの席に着き、おぼんを置くとすかさず正面に隊長もおぼんを置いた。

 

 

(なんだ?・・・まさかやっぱりさっきの件、怒っているのか?

 いや当然か。他の人の目もある中では怒りにくかったんだろうな。)

 

 

もう謝り続けるしかないなと思いながら隊長の言葉を待っていたがそれがこない。

それどころか席に着き手を合わせ、昼飯のカレーライスを食べ始めた。

あいかわらずお好きなようで。

 

 

事態をよく飲み込めないでいたが腹が減ったので俺も飯を食うことにした。

もう半分やけくそみたいなもんだった。

 

手を合わせて言う。

 

 

 

「いただきます。」

 

 

箸を持ち、魚の身をほぐして骨を一気に取り、皿の端に乗せる。

そして身を数口運び、ご飯を食らう。塩が効いていて抜群の旨みが口の中を広がる。

先程までの杞憂はどこへやら、思わず笑顔になる。

 

そんな俺の一挙一動を隊長は見ていたようだ。

 

 

「リーダー、君は綺麗にご飯を食べるなぁ。」

 

 

「えっ?」

 

 

「いや、最近では『いただきます』や『ご馳走様』をちゃんと言わない若者が

 増えているというニュースを見てな。実際にここ数日、他の学生とかを

 見ていたのだか確かに言わない学生を何人か見かけた。また、ちゃんと

 言っていても食べ方が汚かったりしたのだが・・・君の焼き魚の

 食べ方を見て感心した。」

 

 

「あ、ありがとうございます。」

 

 

 

「きっと親御さんの教育がいいのだろう。また、おいしそうにご飯を食べる。

 作り手側も作り甲斐があるものだな。」

 

 

そんなところまで見られていたのかと思ったらすごく恥ずかしくなってきた。

顔を赤くしている俺に気づかず隊長は続ける。

 

 

「きっとそういうことがしっかりできているからこそ

 整備班のリーダーになれたんだろう。実際に君が整備し始めてから

 戦車の調子がいいからな。」

 

 

 眩しい笑顔を向けてくる隊長。

 

 

(やめてぇぇぇ!!それ以上誉めないで!!殺される!!

 西住まほに誉め殺されるぅぅぅ!!)

 

 

 

 

両手で顔を隠しながら頭から煙を上げていると横から声が泳いできた。

 

 

「隊長、こんなところにいたんです・・・・・」

 

 

逸見エリカがなんであんたここにいるのよと言わんばかりに

鬼の形相(以下略)

 

 

っていうかずっとおぼん持ちながら隊長のことさがしていたのか。

健気だねぇ。

 

 

 

「エリカ、3年だけで話したいことがある。悪いが席を外してくれないか。」

 

 

そんな健気逸見を葬る隊長の一言。

 

口元をあわあわさせながら白目を向いて180度回転し、去っていく逸見。

ショックだろう、席にもまだついていないのに席を外してくれと言われたんだからな。

 

 

 

しかし3年だけで話したいことか。

ふむ、俺にはひとつ心当たりがあった。

 

 

 

「「ご馳走様でした」」

 

 

 

食事が終わり、茶を飲んで一息ついた頃、

俺は心当たりをぶつけてみることにした。

 

 

 

「隊長、さっきの話したいことって・・・もしかして俺たちの引退後についてですか?」

 

 

 

「・・・察しが良くて助かる。」

 

 

表情がやや険しくなる。

 

 

「もうすぐ私たち3年は引退だ。ちゃんと後任へ跡継ぎの義務がある。

 手前味噌になってしまうが戦車道に関してはエリカがいる。

 あいつは向上心の塊だ。私がいなくなった後もチームを引っ張ってくれるだろう。」

 

 

先程の白目向いてた逸見に聞かせてやりたいな。失敗した。

レコーダーで録っておけばよかった。そんで逸見に3万くらいで売ればよかった。

いや、あいつなら10万でも出しそう。

 

 

「だが整備班の方はどうなのかと気になってしまってな。いくら戦車道がすごくても

 土台の整備がダメでは意味がない。ましてや君が抜ける穴は大きいだろう。

 そこを教えてもらいたい。」

 

 

 

・・・目を閉じて整備班の後輩たちを思い浮かべる。

 

 

「正直に申し上げますと、逸見ほどの向上心を持った奴は整備班にはいません。

 ・・・ですが基礎の技術面と精神面、両方とも俺が全て叩き込みました。

 あとは応用力だけです。そこは各々自分自身で考えて動くよう伝えています。

 だから俺が抜けてあたふたすることもないでしょう。」

 

 

そうだ。大丈夫。後輩たちもそんなやわじゃない。

 

 

 

「それに俺自身が一番楽しみなんですよ。俺が抜けた後、どうあいつらが

 成長するのか。無責任な言い方ですけど班長の俺が

 こんなことを思っている時点でもう大丈夫です。」

 

 

 

「フフッ。」

 

 

 

「?」

 

 

 

「いや、すまない。すごくいい笑顔で話していたもんだからな。」

 

 

 

いつの間にか熱く語っていたようで自分の表情にすら気が付かなかった。

うわー。結構恥ずかしい。

 

 

 

「今の笑顔を見て確信した。整備班の方も大丈夫なようだな。」

 

 

 

 

また出た!!西住まほの褒め殺し!!俺は今日、あと何回殺されるのだろう。

 

 

 

 

 

「実はな・・・話はもう一つあるんだ。」

 

 

 

「?」

 

 

 

はて、そちらの方は心当たりがない。

しかも歯切れが悪そうだ。

 

 

 

 

「その・・君達の世代にはあまり多く・・・優勝経験をさせてあげられなかったなと思ってな・・・。」

 

 

 

 

隊長が何が言いたいのか考えてみた。

俺たちが1年の時には優勝をすることができた。

だが2年の時はプラウダに負けて。

3年の時は大洗・・・・ああ、そういうことか。

 

 

 

 

「もしかして妹さんのこと言おうとしてます?」

 

 

 

「・・・君は本当にすごいなぁ。」

 

 

 

どうやら当たったようである。

 

 

 

 

 

「2年の決勝、妹さんのせいでプラウダに負けたと思っているなら俺は違うと思っていますね。

 誰のせいって言うなら全員のせいです。」

 

 

 

 

「全員のせい?」

 

 

 

 

「そうです、全員のせいです。攻撃されて落ちた赤星が悪い、それを助けに行った妹さんも悪い。

 作戦指示を出した隊長も悪い。フラッグ車を攻撃した敵車両を先に撃破しなかった逸見も悪い。

 チーム全員が悪いです。」

 

 

 

目を見開いて驚いてる隊長を気にせず俺は続ける。

 

 

 

「ただ『誰が悪い』ってなった時に一番目立つ場所にいたのが妹さんなんです。たったそれだけなんです。

 誰か一人に責任を押し付けるのが間違っている。・・・こんなことを思っていながら当時、声を大にして

 妹さんを擁護しなかった俺も同罪ですね。だから3年の時も勝てなかった。そして妹さんは俺達に勝って証明した。

 あの時の敗因はチーム、いや黒森峰全体にあることを。すごいですよ妹さんは・・・・・・これが俺の考えです。」

 

 

 

長々とした語りを終えて隊長を見たのだが

 

 

 

「・・・・・・。」

 

 

隊長の目から涙がこぼれていた。顔をゆがめるわけでもなく、ただ俺を見つめたまま。

 

 

 

(えっ、ちょ、やばっ。あっ、さっき隊長のせいって言っちゃったから?どうしようどうしようどうしよう。)

 

 

 

 

「た、隊長。えーとですね、さっきのはその」

 

 

 

「ん?あ、ああ。すまない。違うんだ、嬉しくてな。」

 

 

 

自分でも泣いていたことに気づいていなかったようだ。

 

 

 

「まさかこんな近くにみほの味方がいてくれたと思ったら自然と出てきてしまってな。」

 

 

妹さんの件を根に持っている生徒は少なくともいるだろう。そして陰口を叩くやつも。

姉として隊長は今日までそれを全部受け止めてきたのだろう。誰にも相談することなく、いや相談できずに。

 

 

 

 

「少なくとも整備班の奴らは味方ですよ。」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「言ったでしょう? 精神面も叩き込んだって。くだらねぇこと言ってたらブッ飛ばしてきましたからね。

 大丈夫ですよ。それに戦車道のチームにしたって大丈夫でしょ。なんたって隊長お墨付きの逸見がいる。

 逸見が妹さんのこと守ってくれますよ。」

 

 

 

俺が笑顔で言うと隊長も笑顔だった。

零れ落ちる雫が止まらないので時折困った表情を見せていたが

すごくいい笑顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうすぐ昼休みが終わる時刻、俺と隊長はおぼんを持って

食器の返却口に向かっていた。

 

 

 

 

「今度の休みにみほが帰ってくる。よかったら家に遊びに来ないか、リーダー。」

 

 

 

「えっ?いいんですか?」

 

 

 

「もちろんだ。さっきのことを言ったらみほが喜ぶ。」

 

 

 

「それは恥ずかしいんで勘弁してください。」

 

 

 

「ははは。・・・あとお母様にも会ってほしいし。」

 

 

「え?何か言いました?」

 

 

「い、いや なんでもない。

 で?どうなんだ予定は? まさかもう埋まってしまっているのか?・・・その・・か、彼女とか」

 

 

 

隊長にしては珍しく結構突っ込んだ質問をしてくる。

 

 

「彼女とかいませんよ。大丈夫です、空いてるんでお邪魔させていただきます。」

 

 

「本当か!?」

 

 

「え、ええ。何も予定入ってないですよ。(汗)」

 

 

 

「そっちではなくてだな!!・・・い、いや何でもない。」

 

 

 

なにやらさっきから隊長から必死さを感じる。どうしたんだろうか。

しかし西住家にお邪魔すると何となく緊張するなぁ。

まあただ遊びに行くだけだし、なるようになるか。

 

 

 

「今度の休み、楽しみにしてます。」

 

 

 

「ああ、歓迎する。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、西住家に遊びに行った俺だか

母親のしほさんや妹のみほちゃんがいる前で

結婚を前提としたお付き合いを隊長から申し込まれるのは

また別のお話。

 














ただ、まほ姉と一緒にご飯が食べたかっただけなんです!!

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