悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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Mission8 鬼

 投げられる鉄球を躱してネロは突き進む。一気に近づき、レムに目掛けて右腕を振り被る。が、次はラムの魔法によって吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐッ!?」

 

「レムには近づけさせないわ!」

 

 身をよじりなんとか衝撃を受け流しつつ地面に足を付ける。さすがに二対一の状況では不利だ。  表情を歪ませるネロに構わずレムは次々と鉄球を振り回し、投げ付けてくる。木々をなぎ倒し、地面をえぐり、その度に衝撃で大地が揺れた。

 ブルーローズで牽制してみるが、レムが避けるまでもなく風の魔法が土を舞い上げ体の周辺を全方位で回転する。

 魔法は攻撃だけでなく防御にも使え、ブルーローズから放たれる弾丸は簡単に飲み込まれた。  レムは攻撃だけに集中し、ラムが防御に回ってサポートする。

 

「銃じゃ効果ねぇか」

 

「レムほど戦える訳ではないけれど、ラムのことも見下されては困るわね。魔女の手下が!」

 

「おい、話ぐらい聞けって! 魔女って何だ!」

 

「しらばっくれないで、もうアナタと話す舌なんてないわ! 消えなさい!」

 

 風の魔法が飛び、鉄球が迫る。立て続けに大地が揺れ、土埃が舞い上がった。ダッシュで避けるネロは何とか糸口を見つけようとするも、激しさを増すレムの攻撃にこれ以上は限界が近い。

 何度目かの攻撃をレッドクイーンで弾き返す。

 

「あ゛ぁぁぁッ! 魔女、魔女! 潰れろ、潰れろォォォッ!」

 

「クッ!? もうやりあうしかねぇか?」

 

「レム、足を止めるわ。そうしたら--」

 

 指示を出すラムだがその声が届いているかどうかは怪しい。怒り狂うレムは何を言われずとも攻撃を続けている。そんな彼女の注意力は散漫だ。

 目にも留まらぬ速度で動く鉄球が彼女に当たりそうになる。

 

「え……」

 

「ハァッ!」

 

 桃色の髪の毛が鉄球に触れるか触れないかと言う瞬間、体が何かに引っ張られる。気がついた時には彼女の体はネロの腕の中にあった。

 

「ちょ、ちょっと!? 何をしてるのよ!」

 

「うるせぇな、死にかけたんだぞ!」

 

 腕の中で暴れるラム。けれどもそれを目にしてレムは激昂し更に激しく攻撃する。

 

「姉様に触るなァァァッ!」

 

 空気がうねり、鉄球が高速で飛ぶ。当たれば一撃で人間を肉塊に変えるだけの威力。でも頭に血が上ったレムは正確にコントロールまではできない。

 避けなければラムもろとも死ぬ。

 

「姉貴ごと殺すつもりかよ」

 

「魔女の手下なんかに--」

 

「喋るな、飛ぶぞ!」

 

 レッドクイーンを背中に背負い、ラムの体を左腕で抱え直して右腕を伸ばした。ネロの体は大きく飛び上がり、枝を足場にもう一度ジャンプしてまた腕を伸ばす。瞬く間に鉄球を振り回すレムとの距離が大きく離れる。

 それを確認して着地するとすぐに茂みの中へ隠れた。

 

「これでちょっとは時間稼げるだろ」

 

「どういうつもり? アナタに助けられる覚えはないわ」

 

「死んだ方がマシってか? いいか、俺は魔女の手下なんかじゃねぇ! それとな、魔女ってなんだ!」

 

「しらばっくれるつもり? なら、アナタのその右腕はどう説明するの?」

 

 コートの袖から覗かせる悪魔の右腕。世界から見ても人口の多い王都ルグニカと言えども右腕だけが変異している人間や亜人の情報など聞いた事がない。

 レムが向ける視線はまだ鋭かった。

 

「うまくは説明できない。ある日から急に変わってたんだ。俺だって治せるなら普通の腕に治してぇよ」

 

「ある日から急に? 呪いの類かしら……だったらどうしてエミリア様に近づいたの? こちらの陣営の情報を探るつもり?」

 

「あ゛ぁ、陣営? 政治とか派閥に興味ないよ。それに回りくどいことはやらねぇ」

 

 数秒の間だけうつむき、考えるラム。まだ半日ほどではあるがネロの性格はわかっている。

 

「ともかく、魔女教ではないのね?」

 

「そうだって。あと、魔女って何だ?」

 

「冗談を言っているの? 四〇〇年前に現れた嫉妬の魔女のことよ?」

 

「だから知らねぇって」

 

「はぁ……呆れた人ね。まぁ、いいわ。信じてあげる」

 

「で、アイツはどうしたら止まる?」

 

 まだ見つかってはいない。数メートル先では獲物を見失ったレムが見境なく暴れまわっている。木々がなぎ倒され、絶え間なく大地が揺れた。

 

「魔女ォォォ! 魔女、魔女魔女! 姉様を返せぇぇぇッ! あ゛あああァァァッ!」」

 

 茂みに隠れながらブルーローズに弾を込めるネロ。当てずっぽうに攻撃しているように見えるレムだが、確実にこちらの方向へ近づいている。

 

「完全にキレてるな」

 

「キレるって何よ? あれは鬼化……ラム達鬼の血族に伝わる力よ。あの状態になったレムの頭には白い角が生えるの。見えたかしら?」

 

「ちょっとだけな。あの角のせいか?」

 

「角のせいって訳ではないけれど……角に強い衝撃を与えれば意識が飛ぶ筈よ。そうすれば鬼化も止まる」

 

「シンプルで助かった。それくらいならやれそうだ。お前は邪魔にならない所に隠れてろよ?」

 

「一人でできるの? 今のレムはマナを吸い取ってるからほとんど無尽蔵に動けるわよ?」

 

「関係ねぇよ。長くはやらない、速攻で終わらせる!」

 

 言うとネロは茂みの中から飛び出した。

 全速力でレムに向かって走るネロ。足音を聞いたレムもネロの方向に振り向くと間髪入れず鉄球を振り被る。

 

「魔女ぉぉぉッ!」

 

「魔女じゃねぇ……よ!」

 

 体をよじり鉄球を避け、伸びるチェーンを右手で掴む。そしてレッドクイーンを背中から取り、チェーンに叩き付けた。

 火花が飛び、頑丈な鉄が切断される。

 

「これで使えねぇだろ!」

 

「ゔぅぅぅぅ~ッ!」

 

 再び走るネロだが、レムは伸びるチェーンを鞭のように使う。空気を引き裂く速度でうねるチェーン、ネロはレッドクイーンのアクセルを捻り袈裟斬りした。

 炎を噴射し振り下ろされる刃が迫るチェーンを斬る。バラバラになる鉄が地面に落ちた。

 それでもまだ長さは残っており、右腕を振り回すレムは攻撃を止めない。ネロもレッドクイーンを斬り上げ、叩き付け、一閃し、次々と攻撃を往なす。

 その度に火花が飛び、細切れになったチェーンの残骸があちこちに落ちる。

 

「死ねぇぇぇッ!」

 

「いい加減に飽きたぜ!」

 

 向かって来るチェーンを右手で掴むと思い切り引き寄せる。

 

「オラァァァッ!」

 

「ッ!?」

 

 小さなレムの体が踏ん張りきれず宙に浮く。そしてネロは彼女の頭部の角目掛けて右腕を振り被る。

 が、レムも左腕を振り被ると互いの拳がぶつかり合う。骨が軋む音がする。ネロの体もレムの体も強烈な衝撃により後方に吹き飛んだ。

 ネロの体が大木に激突して止まる。

 

「がはッ!? マジかよ……ちょっとショックだ」

 

「ま……じょ……」

 

 体の軽いレムの動きの方が早い。伸びるチェーンがネロの右足を絡め取り、デタラメに振り回して地面や木々にぶつける。

 

「死ねッ! 死ね死ね死ねぇぇぇッ!」

 

「ぐぅッ!? 調子乗ってんじゃねぇ!」

 

 ブルーローズを抜き足元に狙いを定めてトリガーを引く。二発の弾丸が鉄を撃ち砕き、自由になった体で身をよじり地に足を付ける。

 そして続けざまに銃口をレムに向けてトリガーを引いた。

 向かって来る弾丸に、チェーンを前方で高速回転させて弾き返す。だがネロはトリガーを引き続ける。

 撃てども撃てども弾丸は届かないが、少しづつ着実にチェーンの長さが短くなった。素早く空になった薬莢を捨てて新しい弾を込める。

 銃声が連続で響き渡り、何度目かに薬莢を捨てた時にはレムが握っているチェーンは一メートルも失くなり使い物にならない。

 

「そんな攻撃なんかでッ!」

 

「何だ、ちゃんと喋れるじゃねぇか。ちょっとは人の話聞く気になったか?」

 

「ずっと気になってた。普通の人間とは違う臭い」

 

「臭いだって?」

 

「でも右腕を使った瞬間に確信した。あの忌々しい魔女教徒と似た臭い。それにその銀髪! ロズワール様やエミリア様に近づいたのもこの為……殺してやる!」

 

「それしか言えないのか? いいぜ、相手になってやる」

 

 言うが早いか、地面を蹴るレムが殺意をみなぎらせて迫る。もう肉弾戦で戦うしか術はない。

 けれどもネロにはブルーローズだけでなく悪魔の右腕がある。右腕を伸ばすと、巨大な右手がレムの体を強引に掴む。

 

「な、何なの!?」

 

「おとなしくネンネしてな!」

 

 レムの体が木に押さえ付けられ必死に抜け出そうとするが、目の前にはブルーローズを向けるネロの姿。

 

「ジャックポット!」

 

「ッ!?」

 

 銃声、次の瞬間にはレムの角に弾丸が命中した。傷が付くような事はなかったが、強い衝撃を受けてレムの意識は飛んでしまう。

 

///

 

 月明かりが照らす中、三人は帰路に付いている。ネロは左手にアタッシュケース、右腕に眠るレムを抱え、その隣ではラムが歩いていた。

 

「結局、何も買えなかったじゃねぇか」

 

「買うって何を? それを言うならラムだって食料を買えなかったわ」

 

「また明日行くか。あの城に居ても暇でよ」

 

「ふてぶてしいわね、ずっと思っていたけれど。エミリア様のご恩返しでロズワール様の城に居られるのを忘れないでちょうだい」

 

「わかってるよ」

 

「本当かしら? 怪しいものね」

 

 ラムの歩幅に合わせるネロ。チラリと視線を向けるラムが見るのは異型の右腕。

 

「それにしてもその右腕、本当に何なのかしら?」

 

「さぁな、知らねぇって言ったろ?」

 

「戻ったらロズワール様かベアトリス様に診てもらった方がいいかもしれないわね」

 

「アイツに体触らせるのは勘弁してくれ」

 

「ならベアトリス様ね」

 

「もしかしてあの子どもか? 金髪の……」

 

 思い出すのは金髪をロールさせて真っ赤なドレスを着た少女の事。少しの時間しか会っていないがいい思い出は残っていない。

 

「そうよ、もしかして会ったの?」

 

「あぁ、最悪だったけどな。ちょっと部屋に入っただけで殺すだのなんだの。最後には吹き飛ばされて気がついたらお前らの所だ」

 

「あぁ、あの時ね。そういう事情ならしばらくはベアトリス様とは会わない方がいいわ。勝手に書架に入られて機嫌が悪いでしょうし。で、どうやって入ったの?」

 

「どうやって? 普通にだよ」

 

「ベアトリス様の書架に普通に入るだなんて不可能よ。扉渡りの魔法であの書架には入れないようになってるのだから」

 

「魔法ねぇ……この右腕は魔を感じ取れる。それのおかげかもな。俺も詳しくはわからねぇけど」

 

「胡散臭いわね。いっそのこと、切り落としてしまえば? 今回のように誤解されたり、余計な面倒事は減るでしょ?」

 

「あのなぁ……感触や痛みだって感じるんだぞ? 元の腕には戻したいけど切り落とすなんて冗談じゃねぇよ」

 

 虫の鳴き声が聞こえる中、歩き続ける二人はようやく城の門前にまで到着した。両手が塞がっているネロに変わり門を開けるラム。庭を抜けて入り口の扉まで来ると、また先立って扉を開けようとするが、彼女がノブを握るよりも早くに内側から開かれる。

 そこに立っていたのは白いネグリジェに身を包むエミリア。

 

「遅かったわね、ラム。ネロも--」

 

 見るとネロのコートは土や返り血で酷く汚れている。その体も傷だらけでボロボロだ。腕に抱えられたレムのメイド服も見る影もない。

 

「どうしたの、ネロ!? レムまで!? あぁ……こんなに血が……」

 

「大丈夫だよ、ケガはラムに治してもらったし、レムも寝てるだけだ」

 

「そ、そうなの? でもどうしてこんな……」

 

「ちょっと暇つぶしに付き合ってもらっただけだ。それより何か食い物あるか?」

 

「暇つぶしでどうしてここまでなるのよ! ちゃんと説明してもらうから!」

 

 怒るエミリアにバツが悪い顔をするネロ。隣に立つラムはヤレヤレと口から一息吐いた。

 

///

 

 全員が寝静まる深夜、ラムは城の最上階、ロズワールの個室に居た。部屋に居るのは主であるロズワールと彼女だけ。

 ラムは今日起きた事の顛末を報告していた。

 

「--以上になります」

 

「う~ん、よく働いてくれたねぇラム。それなら私の仕事も随分と楽になると思ぉうよ」

 

「いえ、もったいなきお言葉。それに全てを駆逐した訳ではありませんので、結局はロズワール様にお手を煩わせてしまいます」

 

「それくらい簡単だから気にしなくていーぃから。森に住み着く獣くらい簡単に殺処分してあげるぅんだから」

 

 簡単だと言うロズワール、その言葉が本当である事をラムはよく知っている。故に、これ以上言う事はない。

 

「で、その魔獣には角がなかったんだってぇね?」

 

「はい、恐らく何者かに操られていたかと。ですがアレだけの数を操るなど可能なのでしょうか?」

 

「できるからやれたんだろぅさ。術者の目星はついたかぁい?」

 

「襲われたと思っていた少女がいつの間にか居なくなっていました。もしかすると……」

 

「はぁ~……ヤダヤダ、王都では腸狩り、領地では魔獣使い、次は何に絡まれるんだい?」

 

「ロズワール様ならどのようなイロモノに絡まれようと退けられます」

 

「ちょっと嬉しいこと言ってくれるじゃない。来なさい、ラム……」

 

「はい……」

 

 手招きされたラムがテーブルの奥に座るロズワールのすぐ傍にまで歩く。

 ロズワールは腕を伸ばし彼女の小柄な体を抱き寄せて膝の上に乗せた。

 

「今回は苦労を掛けてしまたぁね」

 

「これくらい……戦いのほとんどはネロ様がやって下さいましたし。それにロズワール様にご苦労は掛けられません」

 

「でもマナを消費しているねぇ。いつものを始めよう」

 

「はい……お願いします」

 

 言うとラムは桃色の髪の毛に掛けられた白いヘッドドレスを外し、そこにロズワールの人差し指が入る。

 その部分にはかすかな白い傷跡があった。レムには生えていた白い角、それが彼女には生えていない。

 

「星々の加護あれ--」

 

 ロズワールの指先からマナが集中して流れ、傷跡からラムの体へと注がれる。

 こうしてマナを体へ吸収しなければ彼女の体は朽ちてしまう。

 

「これからもっと忙しくなる。ラムもレムも頼んだぁよ」

 

「仰せのままに。この身はロズワール様のもの、あの日からずっと……」

 

「この王選は絶対に勝たなくてはならない。それが私の悲願……そうだ、一日一緒に居たんだぁよね? あの青年は騎士になれるかい?」

 

「実力だけなら充分にあります。ですが品性が悪すぎます」

 

「手厳しいぃね。でも使いようはありそうだぁな」

 

「ですが彼は……」

 

「うん? 彼は……」

 

 口を閉ざすラム。ネロの隠された秘密を言うべきかどうか。しかし現時点で入手している情報は少ない。考えてうつむくラム。

 

「少し気になることがあります。調べさせて下さい」

 

「わかった、任せるぅよ。ネロ、彼もいずれは私の駒になってもらわないとねぇ--」

 

 月明かりは分厚い雲に隠れていく。




ここまでで書き溜めた量は終了です。
毎日更新はできませんので次回からの更新は時間が空いてしまいますが、なるべく早くとは思っていますので。
読んでくれる皆様の感想が励みになります。これからもよろしくお願いします。

ここから完全に原作とは違う展開になっていきます。原作が未完結という事もあって独自解釈も多くなりますが読んでいて楽しめるでしょうか?

  • 独自の展開でも良い
  • 原作に遵守して欲しい
  • 女性キャラの出番が増えれば良い
  • 日常シーンがもっと増えればいい

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