口を開ける魔女は笑いが止まらなかった。
「あはははは! 無駄よ、無駄よ、無駄なのよ! さっきはアイツのせいでちょっと邪魔されたけれど、でもそれだけ! これ以上のことなんて起きようがない! これはもうアタシの体……邪魔な奴らを殺して、アタシはあの人に会いに行くの!」
「あの人? 誰だか知らねぇが、テメェを待ってるのは地獄の悪魔くらいだ」
「フフ……面白いことを言うのね。いいわ、アナタから殺してあげる」
瞳に殺気をみなぎらせる魔女。ネロもレッドクイーンのアクセルを回しエキゾーストをバルバルと鳴らす。
チラリと横眼でラインハルトを見ると彼も剣を片手にいつでも攻撃できる体勢に入っている。そしてそれは魔女も同じ。
右手を突き出し最大威力の魔法を放とうとする。が、彼女自身すら気が付かない内にその手にはある物が握られていた。
「何よ……これ……」
「閻魔刀……」
ネロはその武器をよく知っている。ダンテに託されたその武器、閻魔刀はネロが覚醒する為に必要な魔具。
けれどもネロ自身でさえ、閻魔刀が魔具としてどのような性質を持っているのか知らない。
魔女が閻魔刀を握っている理由は何なのか。
「う、腕が勝手に!? アイツ、まだこんなことができる力が残ってたなんて……」
魔女の意思とは別に左手が柄を掴むと鞘から剣身を引き抜く。銀色に光り輝く刃は何百年の月日を経ても刃こぼれ一つない。
ぎこちない動きで鞘を捨て、両手で柄を逆手に持ち、大きく頭上に引き上げる。
「サテラ……抵抗するのはいいけれど、この程度じゃアタシは死なないわよ?」
「奴は一体、何をするつもりだ? まだ何が僕たちが知らない技があるのか?」
「わからねぇけど……アレをやってるのは多分エミリアだ」
「エミリア様が? 自ら命を絶つつもりか?」
魔女は体の自由が利かない状態でも尚、余裕の笑みを崩していない。届いているかどうかわからない言葉ではあるが、彼女の言うように体に剣を突き刺されたとて傷を回復する魔法を使えば済む話。
この程度では到底倒す事などできはしない。が――
魔女の体内でエミリアだけは砂粒程の希望に掛けて、ネロから預かった閻魔刀を振り下ろす。
「私を! そしてサテラを縛るこの魔法を! 呪いを! 鎖を断ち斬って!」
閻魔刀の切っ先が魔女の腹部に突き刺さる。それはエミリアの意思を持った一振り。彼女の思いに魔具である閻魔刀も答えてくれる。
人と魔を分かつ魔剣。貫く刃は魔女に宿る魔力を喰らい、そしてエミリアとサテラを戒めていた鎖をも断った。
「なッ!?」
膨大な魔力が溢れ出すと共に、魔女の体から二人の人間が飛び出して来た。一人は魔法使いであるサテラ、そしてもう一人は閻魔刀を握るエミリア。
飛び出したサテラは長きに渡り魔女に取り込まれていた事もあってか酷く衰弱しており、地面に横たわったまま動かない。
「ぁ……あぁ……すぐに……会え……るよ……スバ……」
一方のエミリアは閻魔刀を構え、魔女の背後に立つ。
「魔女の外に出られた!? ッ! アレが魔女……」
エミリアとネロ、ラインハルトに挟まれる形になる魔女。今までは何があっても笑みを崩す事はなかった魔女だったが、これに限っては驚きを隠せない。
額に汗を滲ませ、開いた口が塞がらない。
「どうなってるの!? こんな……こんなことが!?」
「アナタの野望も終わりよ! 嫉妬の魔女!」
「チッ……! あの小娘、あの剣のせいね!」
振り返る魔女はエミリアに殺意がみなぎる眼差しを向けながらも、チラリと横たわるサテラを見た。
「アイツの体も魔力も、もう使えないわね。もう一度、小娘の体を奪うしかない!」
「魔女になんて負けない! もう世界を恐怖に陥れたりなんてさせない!」
「何も知らない劣等種がわめくな! アタシはただあの人に――」
魔女の言葉を遮り、ラインハルトの斬撃が飛ぶ。風の魔法を展開させてどうにか斬撃を反らす。
その様子を見て以前とは違う事がわかる。
「あの黒い魔法を使わない? いいや、使えなくなったか。ならば!」
「アストレアが来るッ!」
地面を蹴るラインハルトは剣に切っ先を突き出す。魔女は右手を突き出し強力な炎を放つが、容易く斬り捨てる刃はそのまま魔女本体へ突き進む。
「さっきよりも力がでない!? アタシのマナが弱まってる?」
「トドメだ! その心臓を穿つ!」
「チッ……」
弾丸のように突き進むラインハルトの刃。しかし、魔女を貫く事はできない。
瞬時に飛び上がる宙に浮く魔女は事なきを得る。が、それで逃げられる程に甘くはない。すぐ目前には地面から飛び上がったネロが居た。
「逃がすかよ!」
「たかが人間風情がッ!」
「だからどうだってんだッ! ぶちのめしてやるよ!」
右手を振りかぶると魔力で形成された巨大な腕が現れる。力任せに拳を振り下ろすネロ。
魔女も咄嗟に両腕で防御の構えを取るが、強力な拳は関係ないとばかりに魔女の体を地面に叩き付けた。
甲殻が肉にめり込み、そのまま加速する体が地面に直撃し砂煙を上げる。
「っと……これでどうだ?」
難なく着地するネロと、剣を鞘に戻すラインハルトとエミリア。
煙の中を凝視していると、魔女は地面を這いつくばりながら移動しており、横たわったままのサテラの所を目指す。
「ぐぅッ……こうなったら、使えるなら何だってやってやるわ! サテラを取り込めばヲル・レゼルヴを使えるかもしれない……削られたマナを回復させれば……」
白い肌を土や埃で汚しながらも魔女は急いでサテラの元へとたどり着いた。膝立ちになり、横たわる彼女の体を抱え上げるも、人形のようにぐったりして動かない。
自身と同じ銀髪に隠れて表情は伺えないが確かにわかる。サテラは既に死んでいた。
「死んでる……死んだの? まずい、このままだと――」
突如として地面が、大地が大陸ごと大きく揺れる。自らの体が倒れないよう両足で踏ん張るのでやっとの状況。
ネロやラインハルトは周囲を見渡すが、魔女が引き起こした魔法ではないし、他の要因が攻め込んで来た様子でもない。
「オイ、今度はなんだ!」
「僕だって何でも知っている訳ではない。だが……魔女から解放されたエミリア様ともう一人、あの女が何か関係しているのか?」
「結局、最後までわからないままかよ」
一方でエミリアは揺れに耐え切れずに倒れてしまう。
「きゃぁッ!」
受け身を取ったその時、首から下げたブレスレットからパックが飛び出した。
魔女の体内から逃れたパックではあるが、依然として体力もマナも回復できておらず、震えながら起き上がる。
「パック!? 大丈夫?」
「ボクは……平気だよ。休憩してれば治るさ」
「よかった……パックが言ってたように、ネロの剣を使ったら元に戻れたよ」
「でも状況はよくないみたいだね……リア、その剣で次元を斬るんだ」
「次元?」
「事細かに説明してる時間はもうない。次元を斬り裂いて、サテラと呼ばれた娘をどうにかするんだ!」
「この地面の揺れはあの人のせいなの? わかった、やってみるわ!」
こぼれ落とさないように閻魔刀をしっかりと両手で握り締め、よろけながらも立ち上がり魔女とサテラの元へと走った。
けれども魔女もエミリアが近づいて来る事に気が付いている。
「代わりの体が自分から近づいて来てくれるなんて……これは好機よ! 体さえ元に戻れば!」
「ハァァァッ!」
「遅いのよ!」
鞘から閻魔刀を引き抜くエミリアは走り出して魔女目掛けて刃を振り下ろす。けれども魔女の言うようにエミリアの動きは遅い。
接近して振り下ろされる刃は空を斬る。
「避けられた!?」
「甘いのよッ! コイツを取り込めれば――」
舞い降りた好機を掴み取ろうと、エミリアの細い首に手を伸ばす。が、指先がチョンと触れるだけで彼女の体は一瞬の内に遠ざかってしまう。
見ると悪魔の右腕でネロが彼女の体を抱えていた。
「何ともねぇな? 悪い、助けるつもりが遅くなっちまった」
「ネロ!? ううん、そんなことないよ。この剣を預かってなかったら、何もできなかったかも」
「エミリアが無事なら理由なんてどうでもいい。それに、ちゃんと約束も守ってくれたしな」
「うん……ありがとう」
抱えられた腕から離れるエミリアは握っていた閻魔刀をネロに手渡した。二本の剣を手にするネロは鋭い視線を魔女に向ける。
「さぁて……これで手加減する必要もなくなったからな。全力でぶっ潰す!」
「くッ!? その剣さえなければ――」
エミリアが振り下ろした刃は魔女に触れてすらいない。けれども確かに目的の物は斬っていた。
パックに言われた次元を斬り裂き、切断面から黒い闇が広がる。
思わず振り返る魔女は大きく目を見開き、思わず後退りした。
「これはヲル・レゼルヴじゃない……アタシが唱えた訳でもないのに次元の闇が広がるなんて!? アイツは何を――」
「ッ――」
影が駆け抜ける。魔女との戦いの中で、自らの力量を判断して今まで息を潜めて隠れていた。
その瞬間が来たと、剣を片手に飛び出した彼は一直線に魔女の元へ走る。
「うお゛ぉぉぉッ!」
「お前は――」
突き出した切っ先が魔女の腹部を貫き、そのまま次元の狭間へと押し込む。
「ぐぅッ!? こんな……こんなことでアタシが!」
「テメェのせいで俺は何十年もここに居るハメになってんだ! これぐらい当然だろうが!」
「死ねぇッ、劣等種ガァァァ!」
「死ぬのはテメェだぁぁぁッ!」
魔女に一撃を与えた男、アルデバランは更に右腕に力を込めて刃を奥深くへ突き刺そうとするも魔女はそれを許さない。
傷口はヒューマの氷でガッチリ固められてしまい、これ以上押す事も引く事もできなくなる。
剣から手を離すとまるで無重力空間のように前後の感覚がなくなり、足にも設置感覚がなく、ふわふわ浮かんでしまう。
次元の狭間の中で、魔女はアルデバランに狙いを定めて魔法を放とうとする。
「死ねないのよ! アタシはこんな所で!」
「チッ……ここまでかよぉ……」
飛び道具を持っておらず、魔法を防ぐ手段も持ち合わせていないアルデバランは覚悟を決める。鉄兜の中でまぶたを閉じ、呼吸を止めて精神状態を少しでも正常に保つ。が――」
「おい、オッサン! 諦めてんじゃねぇだろうな!」
「兄ちゃんか……」
「オラァァァッ!」
ネロは閻魔刀を引き抜き袈裟斬りすると斬撃が飛び、魔女が伸ばす右腕が容易く切断された。
「ぐぅッ!? 貴様ら、どこまでも邪魔をして!」
宙に浮く右腕を掴み取ると切断面をつなぎ合わせようとする。けれどもマナを使っても傷が回復しない。
切断された腕が元に戻らず、自身の体に蓄えたマナが拡散している事に焦りがでる。
「傷が治らない!? あの剣のせいなの? アタシはあの人に会う為に膨大な時間を費やしてきたのよ? それがこんな所で! こんなことで!」
「あぁ? 知るかよ、そんなモン。地獄で悪魔がお待ちかねだ!」
ブルーローズを取り出し銃口を魔女の額に向ける。正確に狙いを定め、撃鉄を下ろしトリガーを引く。
激しいマズルフラッシュ、高速で発射される二発の弾丸は魔女の額に直撃した。
力なくうなだれると次元の闇の中へと魔女の体は沈んでいく。
「終わったのか? で、出口はアレか?」
「さぁな。一か八か、覚悟決めて突っ込むしかねぇ」
二人が視線を向ける先には入り口とは違う次元の狭間が広がっている。魔女が沈んで行った先に何があるかもわからないが、この先に何があるのかも想像すらできない。
「だな。にしても、エミリアに別れの挨拶もできなかった」
「おぉ? 兄ちゃん、そういうの気にするタイプだったとはな。顔に似合わねぇよ」
「まぁ、自分でもそう思うけどよ。これまで世話になったからな」
「言っとくけど俺だってそうだからな? ちょっとネガティブになったのは謝るけどよ」
「あぁ、わかってる。サンキューな、オッサン」
「ならこれでお別れだ。元の世界に帰れるといいな。度胸一発、突っ込むぜぇぇぇッ!」
そうして二人は次元の狭間の中へと飛び込んだ。
///
三人が狭間の中へと消えた後、エミリアとラインハルトは静まり返る城内で呆然と立ち尽くす。
「終わったのかな……ネロとアルデバランは? 魔女もどうなったの?」
「魔女もそうですが、あの女の姿も見当たりません。ですが、戦いは終わったと見ていいでしょう。地面の揺れも収まっています」
「本当に終わった……嫉妬の魔女はもういない……」
あれだけの激戦を繰り広げたのに、終わってしまえばあっけない。思い出すのはここまでの道のりだけ。
ネロ達と出会ってから今日までの思い出がポツポツと浮かび上がる。
「終わったんだ……」
「どうかなさいましたか? エミリア様……」
「ううん、何でもない」
俯き加減のエミリアを気遣うラインハルト。首を左右に振って気持ちを切り替えようとしていると、突如としてドスン、と音が響いた。
二人が振り向いた先には傷付いた鉄兜を被る男が尻餅をついている。
「アルデバラン!? どうして?」
「ってて~……あ゛ぁ!? 何だよ、帰れてねぇじゃんかよぉ。俺だけか?」
周囲を見渡すアルデバランはエミリアとラインハルトしかいない事を確認すると、服に付着した砂を払って立ち上がる。
「兄ちゃんはちゃんと帰れたのかな……っと。俺はこういう運命か……」
「アルデバラン……いいの? 帰れなかったけれど」
「しょうがないって諦めるしかねぇな。それに、ここでの生活にも慣れちまった。魔獣だ何だとやりあう方が刺激的だ」
「これからどうするの?」
「どうしようかな……自由気ままに生きるさ。付いて来るか?」
「ううん、私は私のやりたいことがあるから。見て、魔女のせいでお城がボロボロ。王選もどうなるかわからないけれど、みんなの為にやれることをやりたいの」
「そうかい……」
手探りで進んで行くしかない。誰かに頼り切ったままでは何も得る事はできないから。
ネロが居なくなった今、エミリアはゼロから始める。この世界での生活を――
///
「ここは……」
ポツンと立ち尽くすネロが見るのは見慣れた風景。石畳やレンガで建造された中世的な建物。けれども電線などのインフラも完備されており、近代的な生活を営める。
青く広がる空の先には海が見え、海鳥が飛ぶ姿も見えた。
ここはフォルトゥナ島、ネロの故郷と呼べる場所。
「戻って来たのか? 本当に……」
一歩足を踏み出すと、空から影が落ちて来た。それは魔界の甲虫の群れが麻袋に入り込んだ低級悪魔、スケアクロウ。腕の部分からは大きな鎌を持っている。
低級ではあるが悪魔、無数の個体に囲まれれば一方的にやられてしまう事もある。
けれどもネロは口元に笑みを浮かべて背中からレッドクイーンを手に取った。
「よぉ、随分な歓迎だな。でもお前らのお陰で戻って来たって実感したよ。さぁて……」
レッドクイーンから炎が噴射し、ネロは悪魔に剣を振るう。
「地獄に送り返してやるよッ!」
暗闇の中でサテラはもがいていた。
ここがどこなのかもわからず、永遠に水の中へ沈んでいるような感覚。
まぶたを開けても何も見えない状況なのに、目指すべき場所はあの時から一時も変わっていない。
そうしてようやく、あまりにも久しぶりに彼の存在を感じ取る。
「ようやく……会えたね……スバル……」
両手を思い切り伸ばすサテラは、スバルと呼んだ少年を抱きしめる。
少年の姿はみすぼらしい物だった。使い込んだ上下が黒のジャージ。ワックスで雑に整えただけの黒髪。
そして片手にはコンビニのビニール袋を片手に、彼はルグニカ王国の街中でポツンと立ち尽くしている。
目に映るのは奇妙な恰好をした人間。いや、人間ではない存在も居る。
無遠慮な視線の波にさらされて、少年は腕を組みながら納得するしかない。
「つまり、これはあれだな」
指を鳴らし、自分の方を見る人々に鳴らした指を向けながらつぶやいた。
「異世界召喚もの、ということらしい」
Re:ゼロから始める異世界生活
長きに渡りご愛読して頂きありがとうございました。
これからの活動については活動報告に書いています。よろしければ読んでください。
最後まで読み終わって、この作品をどのように感じましたか?
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わかりにくい