悪魔が始める異世界生活   作:K-15

35 / 36
Mission28 閻魔刀

 動きが止まったままの魔女を睨むネロとラインハルト。ブルーローズに弾を込めるネロは銃口を向け、足元に狙いを定めるとトリガーを引いた。

 銃声が響き渡ると同時か、呪縛を振り払った魔女は右手を突き出し、向かって来る銃弾を炎で焼き消す。

 

「あら? あの時の……」

 

「魔女だかなんだか知らねぇが、エミリアの体は返して貰うぜ」

 

「ダメよ。だってこの娘の体、アタシによく馴染むもの。返してなんてあげない」

 

「結局、やりあうしかないか……まぁ、話が通じるとは思ってなかったけどな」

 

「酷い言い掛かり。もう少しは信用して欲しいものね」

 

「テメェをぶっ倒してエミリアを助ける。そうしたら、元の世界への帰り方を吐いて貰う!」

 

「元の世界? 何それ?」

 

 クスクスと笑う魔女にもう一発撃ち込む。激しいマズルフラッシュと銃声が轟き、二発の弾丸が一直線に顔面に向かう。が、さっきと同様に焼き消される。

 

「銃じゃ無理か……」

 

「そのような飛び道具で魔女を倒せれば苦労しない。けれどもエミリア様を救出するとなると、手加減しながら剣を振ることになる……倒すだけよりも厳しいぞ?」

 

「やるしかねぇだろ!」

 

 ブルーローズをホルスターに戻し、背中のレッドクイーンを手に取る。切っ先を地面に突き立てアクセルを全開にし、バルバルと激しいエンジン音を響かせてエネルギーをチャージさせた。

 闘志を剥き出しにして魔女を睨み付ける。

 ラインハルトも同様に剣を握り直し、攻め込むタイミングをうかがっていた。

 

「作戦は考えているのか? 僕と連携が取れるようにも思えないけれど」

 

「よくわかってるじゃねぇか」

 

「はぁ……二対一と言えど状況はこちらの不利だ。魔女を甘く見るな」

 

「知るかよ……なら――」

 

 レッドクイーンのエネルギーを最大までチャージしたネロが地面を蹴ろうとした瞬間、またも魔女の動きがおかしくなった。

 片目を歪ませると、首元からパックの上半身が飛び出して来た。突然の事に魔女もネロ達も驚きを隠せない。

 

「パック!?」

 

「や、やぁ……待たせちゃったかな?」

 

「コイツ!? どうしてアタシの中に!?」

 

「魔女には……教えたくないね……よくもリアの体を奪ってくれた……ものだよ」

 

「下等生物ごときがアタシの体に!?」

 

 パックの小さな体を掴み上げ体から引き抜こうとするも、残り少ないマナと体力を使ってパックは何とか体内にとどまる。

 

「悪いけど……まだやることがあるんだ……リアを起こすのが……ボクの仕事だからね……」

 

「取り出せないのならこのまま首をへし折ってやる!」

 

 白く細い指が灰色の毛の奥にある首の骨を万力のようにギリギリと挟み込んだ。見た目は子猫だが普通の動物ではないパックは呼吸ができなくとも死ぬ事はない。が、魔女と融合した状態では本来の力の一割も出せず、気を抜けば意識が途切れ再び取り込まれそうになる。

 

「そう言う訳だから……ネロ……リアを起こすまでは……頑張ってね……」

 

「あぁ、急がねぇとパーティーに遅刻するぞ」

 

「ハハ……伝えておくよ……」

 

 掴まれている手からするりと抜け出し魔女の体内に戻るパック。エミリアを助けるには彼に任せるしかない。

 一方の魔女は自らの体に不純物が混ざっている嫌悪感に体をまさぐる。

 

「汚らわしい! 汚らわしい汚らわしい汚らわしい! アタシの体はあの人の為にあるのに! 早く! 早く取り出さないと!」

 

 自らのマナを無理やり対外に放出すると共にパックも取り出そうとするも、ラインハルトの斬撃が飛ぶ。

 

「ッ!?」

 

 右手を突き出し風の壁を作り出すとラインハルトの攻撃を相殺した。

 

「僕のことを無視されては困るな。まぁ、体の中にあんな物が入るのは気持ち悪いだろうけど」

 

「フフ……また気が合ったわね。それもまた気持ちが悪いけど……ねッ!」

 

 手を振り払うと同時に無数の火球を飛ばした。そのどれもがアル・ヒューマを超える高威力の魔法。それを前にラインハルトの剣が振るわれ、斬撃が全てを斬り捨てた。

 初めて見る彼の力にネロは口笛を吹く。

 

「凄ぇ威力、お前強かったんだな」

 

「前にも言わなかったかい? あの時に戦ってもよかったんだけどね。いづれにしても僕が勝つよ」

 

「冗談、勝つか負けるかなんてやってみねぇとわかんねぇだろ」

 

「でも今は魔女が優先だ。行くぞ!」

 

「言われるまでもねぇ!」

 

 ラインハルトは地面を蹴り剣を突き出す。ネロも地面を駆け抜け背後に回り込むとレッドクイーンのレバーを握る。激しく炎を噴射し加速するレッドクイーンで袈裟斬り。

 鋭い視線で相手を睨み付け、両腕を広げ左右からの攻撃をフーラで壁を生成し防いだ。

 

「クッ!? やはりデタラメな魔法だ。斬撃でなければねじ伏せられない」

 

「オイ、今は時間を稼ぐだけだ。エミリアを助けるまではな!」

 

「わかってはいる! だが相手が相手だ!」

 

「急げよパック……くッ!?」

 

 フーラで刃を防ぐだけでなく、更に威力が増して二人の体は後方に飛ばされてしまう。地面から足が離れて満足に身動きできなくなった所へ、巨大な氷の柱が高速で発射された。

 身をよじりながれ剣を振るうラインハルト。

 

「この程度で!」

 

 宙にいながらも地上と変わらず剣を匠に操る。向かって来る氷の柱は容易く切断され重力に引かれて落ちた。

 一方のネロもレッドクイーンのアクセルを回しレバーを握る。炎の噴射を利用して強引に体ごと空中でブレーキを掛け、そしてそのまま向かって来た氷柱に横一閃。

 強力な一撃は氷柱を砕き、そのまま難なくネロは着地した。

 

「チッ! 逃げ腰だとアイツのやりたい放題だ」

 

「よく避けたわね。でもそれがいつまで続くかしら? アナタ達、あの下等生物のことを本当に信じてるの? あんなのに何ができるっていうのよ?」

 

「俺は諦めが悪くてな。けどもしパックが何もできなかったとしてもテメェはぶっ倒す!」

 

「フフフ……何もできる訳ないじゃない。愚かとしか言いようがないわね。だったら死になさい! ヲル・レゼルヴ!」

 

 魔女が呪文を唱えると漆黒の魔球が放たれる。速度が速い訳ではないが、ネロは直感で危険な技だと判断し、ジャンプで後退すると同時にホルスターからブルーローズを取り出しトリガーを引いた。

 一発目は通常の弾丸を撃ち込む。が、直撃しても変化がない。次に右手を銃に添えて弾丸に魔力を流し込む。

 

「コイツならどうだ!」

 

「無駄よ、何をしても無駄」

 

 魔力を帯びた青い弾丸は一直線に魔球へぶち当たるも、やはりこれも目立った効果を与えられない。そうしている間にもネロに向かって誘導していく魔球。

 けれどもそこにラインハルトの斬撃が飛んだ。光を放つ強力な斬撃が魔女の魔法を消し飛ばす。

 

「何をしている! 自分の身は自分で守れ!」

 

「うるせぇよッ!」

 

「持久戦をやるしかない……いいや、世界のことを考えれば……やるしかない!」

 

 チラリと自らが握る剣に視線を移す。使っている剣はリュウケン・レイド、使うべき時が来ない限り抜く事ができないと言い伝えられている秘剣。

 今では普通に使えているが、この剣を抜いたのは人生で二度目だ。どれだけの性能を持っているのかラインハルトにもわからない。

 

「世界を恐怖に落とし込んだ魔女を相手に試すか……」

 

 剣身が眩い輝きを放ちラインハルトは再び斬撃を飛ばす。

 

「無駄だと言ってるでしょ!」

 

 魔女も暗黒空間を展開し向かって来る斬撃を相殺した。けれどもラインハルトの攻撃は止まらない。袈裟斬りし、斬り上げて横一閃、両手で柄を握り力強く袈裟斬り。

 剣を振る度に強力な斬撃が飛び、魔女も無数の暗黒空間を展開し攻撃を防ぎきる。

 これだけの攻撃を受けても尚、魔女は笑みを崩していない。

 

「あらあら? 時間を稼ぐだけじゃなかったの? こんなに激しい攻撃、もしかしたら死ぬかもしれないわよ?」

 

「それでも構わない」

 

「はぁ?」

 

「この国の、この世界の運命。そして僕が背負う宿命。初代剣聖でさえも成し遂げられなかった魔女を倒せるのならば!」

 

 再び斬撃と暗黒空間とが激突する。衝撃に大地は大きく揺れ、その余波で城の外壁がボロボロと崩れていく。

 ネロでもさすがにこの空間に立ち入る事は難しく、二人の力のぶつけ合いを見守る事しかできなかった。

 

「オイオイ……ちょっとは加減しろよな。このままじゃ城ごとぶっ壊れるぞ?」

 

 ボソリと呟いた声など二人には届いておらず、ラインハルトは剣を両手で大きく振り被り、激しく輝く剣を思い切り振り下ろした。

 

「う゛ぉぉぉォォォッ!」

 

「くッ!?」

 

 初めて魔女の表情が曇る。斬撃を魔法で防ぐも、体内からマナを絞り出すようにして両手を突き出す。

 両足で踏ん張り、ラインハルトが放つ一撃を歯を食いしばりながら自らの魔法をぶつけて防ぐ。

 

「本気でアタシを倒すつもり!?」

 

「そうだと言った!」

 

「どうなっても知らないわよ?」

 

「今更、脅しのつもりか? その手は食わん」

 

「フフフ……」

 

 光は暗黒の壁を貫き、衝撃と爆風に視界の全てが呑み込まれた。

 その一撃はルグニカ城を真っ二つに両断し、数秒遅れて今まで以上に激しく地面が上下した。ネロも咄嗟にレッドクイーンの切っ先を地面に突き立て体を支える。

 

「くッ!? どうなった!」

 

 目を見開いた先に立っているのは剣を振り下ろすラインハルトだけ。魔女の姿も気配も見えない。

 ラインハルトも魔女が消えた事に気が付いている。それでも警戒心は緩めず、目だけを左右に動かして状況を確認する。

 

「倒せたのか? あの魔女を……三百年前に封印することがやっとだったあの魔女を?」

 

 今までの激戦が嘘かのように周囲の空間が静まり返る。空気が流れる音すら聞こえない。無意識のうちに自らの呼吸も止めて、心音だけがわずかに伝わって来る。

 

「本当に倒したのか……」

 

 ぐらッ、地面が泥沼のようになり足の接地感が失われる。息を飲み、視線を下げた先では暗黒空間が広がっており、その中に魔女も居た。

 右手を伸ばす魔女はラインハルトの足首をガッチリと掴み、その体を中に引き込もうとする。

 

「どうかしら? 驚いてくれた?」

 

「な、なにッ!?」

 

 リュウケン・レイドの切っ先を魔女目掛けて突き立てるも、もう片方の手がフーラで風のグローブを生成し、刃は肌に触れる事もできない。

 

「アナタがどれだけ強いのかはわからないけれど、闇に呑まれて潰れるがいいわ!」

 

「押すも引くもできないなんて!」

 

「死ねぇぇぇッ! アストレアぁぁぁッ!」

 

 魔女の意思に反応して暗黒空間が急激に狭まる。白鯨でさえも一撃で殺せる威力、防御もままならない状態で呑み込まれればラインハルトと言えど無事では済まない。

 身動きが取れずに両足が暗黒に呑み込まれた時、魔力で形成された悪魔の右腕が彼の体を掴んだ。

 

「今度は何だ!?」

 

「助けられてたら世話ねぇぜ!」

 

 右腕を伸ばしたネロは力任せにラインハルトの体を引っ張り上げる。掴まれた足首はスルリと魔女の手から抜け、ラインハルトは暗黒空間からの脱出に成功した。

 引き上げられた彼の体はネロの傍まで来ると自らの身体能力で着地する。

 

「助けられた……感謝するよ、ネロ」

 

「それはいいんだけどよ、もうちょっとはエミリアを助けられるように頑張ってみようとか思わないのか?」

 

「わかっているが、やはり悠長にしている時間はないよ。エミリア様を犠牲にしてでも、倒せる瞬間があるのなら魔女は倒さなければならない」

 

「チッ……おい、パック! さっさとしねぇと魔女ごとぶっ殺すぞ!」

 

 魔女も暗黒空間から出ると傷を負った様子もなく地面に足を着ける。ふてぶてしく笑みを浮かべる魔女に向かって叫ぶネロ。

 その声は誰に届いているのか。

 

「あはははは! この体はもうアタシの物なの! あんな下等生物のことをまだ信じてるの?」

 

「さっさと起きやがれ! エミリアッ!」

 

///

 

 光の届かぬ闇の中、エミリアはおぼろげにまぶたを開けた。

 

「ここは……」

 

 無限に広がっているとも思えるこの闇は一体どこまで広がっているのか。けれどもこれだけ広い空間に立っているのは自分だけではなかった。

 すぐ目の前、そこにはエミリアと瓜二つの女性が居る。

 

「アナタは誰なの? もしかして私と同じハーフエルフなの?」

 

「私はサテラよ」

 

「サテラ……私はエミリア。聞きたいのだけれどここはどこなの? どうして私やアナタはここに居るの?」

 

「アナタも取り込まれたのね」

 

「取り込まれた?」

 

「アイツは嫉妬の魔女って言ってたわね。まぁ、名前なんてどうでもいいわ。もうどうしようもないのだから」

 

 嫉妬の魔女、その名前を聞いて自身に起きた直前の事を思い出す。封魔石の祠に封印されていた魔女の体。ネロが彼女の腹部に突き刺されていた剣を引き抜いた事で封印が解かれてしまう。

 

「そうだわ、私達は嫉妬の魔女を探して……でもどうして私を取り込んだりしたの? 嫉妬の魔女ほどの力があればそんなことしなくても」

 

「ふふ……知らなくても無理ないわね。もう何年経ったか数えるのも嫌になるくらい時間が過ぎたものね。いいわ、教えてあげる。昔、魔女が三人の人間と戦ったわ」

 

「三人……三英雄のこと?」

 

「そんなこと知らないわ。重要なのは戦った相手が誰かなんてことじゃない。私は辛うじて残ってたマナを使って魔女の邪魔をしたの。そうして魔女は敗れた」

 

「その後に封魔石の祠に封印されたのね」

 

「封印するだなんて私もわからなかったわ。折角、もう少しの所で魔女は死んだのに……魔女が死ねば私も死ぬことができる……そうすればあの人に会える……」

 

「あの人……」

 

 疑問を口にするエミリアだが、サテラはニヤリと口元を歪めるだけで聞こえているのに答えてはくれない。

 

「魔女の体は戦いのせいでボロボロ、封印を解かれても死ぬだけ。でも封印が解かれた時、目の前にアナタが居た」

 

「だから私が取り込まれた……ねぇ、どうしたらここから出られるの?」

 

「フフフフフ……出れる訳ないじゃない」

 

「え……」

 

 思わず息を飲む。無情な事実を淡々をサテラは口にする。

 

「私でもアイツの体に数秒だけ干渉するのがやっとだったのよ? ここから出るだなんて無理よ。体も、マナも、完全に融合してしまってる。どうしようもないわ」

 

「そんな……そんなこと……」

 

 後退るエミリア。自身のマナで試しに魔法を生成しようと試みるも、一切のマナが使えず何もできない。

 サテラが言う事が本当なら脱出の可能性はない。その現実に絶望してしまいそうになる。

 

「ウソ……ヒューマも何も使えないなんて……」

 

「無駄なことは止めた方がいいわ。疲れるだけよ」

 

「無駄じゃ……ないよ……」

 

 エミリアでもサテラでもない声が聞こえた。サテラはビクリと声が聞こえた方向に視線を向け、エミリアは声の主に呼び掛ける。

 

「パック!? パックなの!?」

 

「そうだよ……遅れてゴメンね……」

 

 振り返ると宙に浮くパックがそこに居た。でも酷く衰弱しており、喋るのがやっとの状態。エミリアは急いで駆け寄り両手で抱きかかえる。

 

「よかった……パックが無事で」

 

「あはは……リア、ボクの話をよく聞いてね……ネロに借りた剣を……使うんだ」

 

「剣?」

 

 言われて腰にぶら下げた剣、ネロから預かった閻魔刀をチラリと見る。

 

「その剣は……人間と魔とを分かつことができる……」

 

「人間と魔を分かつ……」

 

「自分で斬られたからよくわかってる……その剣の力を使えばエミリアと魔女とを斬り分けられる」

 

「ネロの剣にそんな力が……」

 

「いそ……いでね……ボクももう……」

 

 言い終わらない内にパックはエミリアのペンダントの中へ消えるように入っていった。一人残され、閻魔刀を手に取るエミリアはその柄を手に掴む。

 ゆっくりと抜き出し、傷一つない剣身があわらとなる。

 湾曲した剣身は見惚れる程に美しく、鋭い刃は触れる物全てを斬り裂く。

 

「この剣……借りるね、ネロ!」




更新が遅くなってしまい申し訳ございません。ですが次回で最終話です。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。