悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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Mission27 覚悟

 鋭い視線が交わる両者。張り詰めた空気が場を支配し、風の流れさえも敏感に感じ取れる。

 剣を構えるラインハルトは魔女の動きを観察しながら、その一瞬の隙を突き一撃で心臓を射抜くつもりだ。

 けれども魔女は不気味な笑みを浮かべるだけ。

 

「どうしたの? こないならアタシから行くわよ?」

 

 右手を前に突き出し呪文も唱えずに高威力の魔法を放つ。氷が、炎が、風が、無数の攻撃がラインハルト一人に集中する。

 魔女の魔法はその一撃だけで並の兵士なら二、三人倒してしまう。ラインハルトはそれらから逃げる素振りすら見せず、剣を振り正面から迎え撃つ。

 

「ハァッ!」

 

 袈裟斬りする刃は氷を寸断し、斬撃の衝撃波が炎を吹き飛ばす。そして次に斬り上げると斬撃を飛ばし、見えない風ごと消し飛ばし、同時に魔女へ攻撃を仕掛けた。

 

「フフ、これくらい……」

 

 ラインハルトが放つ斬撃は大型魔獣を一撃で倒せるだけの威力を持つ。が、魔女は指を弾いただけで斬撃を消し去ってしまう。

 

「どうした? お前の力はこんなものではないでしょ? あまり長々と戦うつもりはないの。出し惜しみしているのなら、今すぐに殺す……」

 

「魔女と同意見と言うのもどうかと思うけれど、確かにそのようだ。このまま戦った所で決着は付かない。キミを倒すのが僕の使命だ。だから――」

 

 握る剣を構えなおすラインハルトは呼吸を整え、両目で魔女の姿を捉える。突き刺さるような鋭い視線を受けてようやく、魔女の笑みが消えた。

 

「僕の力を全て出し切る。キミの望み通り、勝負はすぐに付くだろう」

 

「いいわねぇ、アタシもこれで本気を出せる」

 

「必ず倒す……命に代えても……」

 

「命……ねぇ……」

 

 瞬きすら許されない緊張感。呼吸を止め、集中力を高める。

 そして、ラインハルトが動く。

 

「うぉぉぉぉッ!」

 

 剣身が激しく輝き、腕を振ると共に刃から斬撃が飛ぶ。否、斬撃と呼ぶにはあまりにも威力が高く、面積が広大だ。

 その一振りで部屋ごと吹き飛ばすだけの威力。これを前にしても魔女は怯む事なく、手を前方に突き出し最大威力の魔法を唱える。

 

「ヲル・レゼルヴ!」

 

 巨大な闇が広がり強烈な光を呑み込む。周囲に激突した衝撃が広がり大地が揺れる。

 

「チッ! これでは……」

 

「ダメね……」

 

 時が止まったように音が消える。巨大な光と闇は相殺され、向かい合うラインハルトと魔女は視線を交わす。

 

「力をぶつけ合うだけでは互角か。ならば……」

 

「さすがと褒めてあげる。もしかしたらレイド・アストレアよりも強いかもね」

 

「魔女に褒められたのか? 誰かに褒められてこれほど嬉しくないのは初めてだ」

 

「あら残念、だったら続きといきましょう。どちらかが死ぬまでね。命に代えてもアタシを倒すのでしょう?」

 

「……そうだ!」

 

 一呼吸置くとラインハルトは再び剣を振る。激しく輝く剣身から放たれる斬撃は城を破壊する程の勢い。

 一方の魔女も向かって来る斬撃を暗黒空間を広げて相殺させる。有り余るマナを惜しみなく使い、ルグニカ王国でも最強と名高いラインハルトと戦いながら次第に笑みがこぼれた。

 

「楽しい……楽しいわ! 持てる力の全てを使える!」

 

「それでもキミは昔、レイド・アストレアに敗れた! 今回も同じだ!」

 

「いいえ、違うわね。あの時負けたのはアイツに邪魔されたから。そうでなければこんな惨めな時を過ぎる必要もなかった。アイツが邪魔しなければアタシは!」

 

「アイツ?」

 

 光と闇が巨大な渦を巻く。城壁は次第に破壊され、最上階だけでなく城全体に被害が及ぶ。二人の攻撃は激しい衝撃を生み、まるで継続して地震が起きているかのよう。

 誰も二人の間に立ち入ろうなどと考えもしない。足を前に踏み出す事さえできなかった。

 近づけば間違いなく巻き込まれて死ぬ。誰の目にも明白な事実。数多の兵士、城下の民達はその光景を見守る事しかできない。

 

「剣聖と魔女が戦ってるのか?」

 

「昔は三人がかりでようやく封印できたんだろ? いくら剣聖でもやれんのかよ?」

 

「手が空いている者は民を誘導しろ! 少しでも多く、離れた所へ避難させるんだ!」

 

 世界の命運を握る戦いはラインハルトに任せるしかない。残された兵は被害を少しでも減らすべく、街の人々を竜車を使い外へ逃がす。

 次々と人々が逃げ出す中、不意に空を見上げた兵士は思わず目を見開き、呆然と立ち尽くす。

 

「なッ!?」

 

「オイ、荷物の運搬だってあるんだ。手伝えよ。オイ、聞いてんのか!」

 

「無理だ……」

 

「無理じゃねぇよ。二人がかりでやればすぐ終わる」

 

「そうじゃない……白鯨だ……」

 

「白鯨?」

 

 呆然と立ち尽くす兵士が指さす先、そこには空を泳ぐ白い鯨が居た。

 それを見て、もう一人の兵士も作業する手が止まってしまう。頭部に巨大な角を生やす白鯨は世界に人的な被害を及ぼす三大魔獣の一体。

 大部隊を一瞬の内に霧の中へ飲み込み消し去ってしまう驚異の魔獣。

 このタイミングで白鯨が現れたのはもはや悪夢としか言えない。

 

「ウソ……だろ……こっちの方向に来てる。逃げることもできないのか?」

 

「世界の終わりだ……」

 

///

 

 ネロとアルデバランは白鯨の広い背中の上に居た。突発的に行動したが、白鯨がルグニカ王国の方向に進んでいるのは幸運としか言えない。

 

「城の中でドンパチやってんな。にしてもラッキーだ。コイツが来てくれたおかげで魔女の追い付ける」

 

「う゛ぅっ……」

 

「オッサン、起きたか?」

 

「どこなんだここは? イ゛ぃッ!? は、腹が痛ぇ~、ちょっとは手加減しろよな」

 

「頭が変になった奴にはこれくらいがちょうどいいんだよ」

 

「よくねぇよ! ったく……」

 

 意識が覚醒したアルデバランは冷たい風を肌に感じて周囲を見渡す。鉄兜の隙間から見えるのはどす黒い雲と白鯨の体だけ。

 

「もしかして空飛んでる?」

 

「空飛ぶ鯨だよ。おとぎ話みてぇだけど、使えるなら何でもいい」

 

「空飛ぶ鯨? コイツ、もしかして白鯨……」

 

 巨大な体を覆う白い剛毛、そして頭部の角を見てアルデバランの予想は確信に変わる。

 

「なんつ~もんに乗ってんだ俺は? 兄ちゃん、ちょっと便利なタクシーか何かと勘違いしてねぇか?」

 

「何だっていいだろ? もう少しでルグニカ王国に付く。そうしたら魔女に殴り込むぞ」

 

「魔女……本気で勝てるのか?」

 

 わずかではあるが復活した魔女の力を目の当たりにして、アルデバランはうつむき加減にそう呟く。けれどもネロは諦めていない。

 

「勝てるかどうかなんてやってみねぇとわかんねぇけどな、そんな気持ちで勝てる訳ねぇだろ」

 

「いいたいことはわかるけどよぉ……ちょっと変な話をしてもいいか? 俺、死んでも生き返れるんだよ」

 

 そう言うアルデバランを見下ろすネロの視線は冷たい。

 

「おいおい、残念な人を見る目は止めろ」

 

「残念通り越してイカレてるよ」

 

「わかった、わかったよ! イカレてても何でもいいからその目は止めろ。話半分に聞いてくれればいい。俺はこの世界に来てしばらく経ってから、死んでも生き返る能力があることに気が付いた」

 

 語り始めるアルデバラン、ネロは両腕を組み口から息を吐き、とりあえず話を聞いた。

 

「それを発動させるには色々と条件があるんだが、もういよいよヤバイって時には躊躇なく使った。死んでは生き返って死んでは生き返ってを繰り返し、何度も逆境を乗り越えた。あの時、魔女が復活して俺はもうダメだと思ったから死のうとした。もう一度生き返ればチャンスが生まれると思った。兄ちゃんに邪魔されたけどな。あの魔女、何万回死ぬのを繰り返した所で勝てる気がしねぇ。こんなのは初めてだ」

 

「それがあの時、死のうとした理由か? アホらしい……」

 

「ならどうすればよかったんだよ! 現に魔女は復活しちまったんだぞ! あの時に食い止められれば――」

 

 ネロはレッドクイーンを手に取ると切っ先をアルデバランの鉄兜に突き付けた。鋭い先端は残り数ミリの所で止まっている。

 

「オッサン、そんなんじゃ勝てる訳ねぇ」

 

「なに?」

 

「心臓が縮み上がる戦いを何回も繰り返して、ようやく腕が上がるんだ。そんな腑抜けたこと言ってるようじゃ、何もできねぇ」

 

「腑抜けだと? 死を繰り返す恐怖がテメェにわかんのか?」

 

「んなもん誰にもわかるかよ。でもな、死んだって楽にはならねぇし、やり直せばいいなんて気の抜けた考えで何ができんだ? 一発勝負でやるしかねぇんだ」

 

「クッ……!? ガキのくせして偉そうに」

 

「テメェみたいなオッサンに見下されてたまるか。そんなだからここに何十年も残ってるんじゃないのか? 俺は一人でもやるぜ。エミリアを助ける、そしてキリエの所に帰る」

 

 ネロの決意は揺るがない。レッドクイーンを背負い外の景色を眺めると、ルグニカ王国の城まですぐそこだ。

 

///

 

「うぉぉぉッ!」

 

「フンッ!」

 

 激闘を繰り広げるラインハルトと嫉妬の魔女。大地が揺れ、光と闇が交差する中、二人の戦いは硬直していた。

 剣身から放たれる斬撃も、魔女が放つ魔法も、何度打ち付け合っても相殺される。

 

「戦い続けるのはどうということはないけれど、周囲への被害を考えればそうもいかない。キミも長期戦は好まないと言ったね?」

 

「えぇ、そうよ。アタシ、やることがいっぱいあるの。アナタだけに構ってる時間はないの」

 

「何をやりたいのか少し興味もあるけれど、それが何なのかを聞く訳にはいかない。キミの野望は必ず阻止する」

 

「そのセリフは聞き飽きたわ。さて――」

 

 無尽蔵に持つマナを練り、右手から暗黒空間を発生させる魔女。見た目にはソフトボール程度の黒い塊だが、その威力は今までの戦いの中で放った魔法の中で最も強力。

 一撃で城を丸ごと飲み込むだけの範囲、あとは好きなタイミングで放つだけ。

 それを伺っている魔女だが、不意に巨大な影が頭上から来る。思わず視線を空に向け、ラインハルトも影の存在を直視した。

 

「あれは……」

 

「白鯨……」

 

 見上げた先には空を泳ぐ白鯨の姿が。その眼は殺意を持って魔女を睨み、大きく口を開け、牙を剥き出しにして魔女目掛けて一直線に突撃してきた。

 突然の乱入にラインハルトでさえも驚きを隠せない。けれども魔女は不適な笑みを浮かべている。

 

「フフ……確か昔、倒した他の魔女が作ってたわね。どうしてアタシに敵意を向けのかわからないけれど、邪魔をするなら痛い目に遭ってもらうわ」

 

 言うと魔女は自身のマナで練り上げた黒い塊を白鯨目掛けて放つ。

 

『グガァァァぁぁぁァァァッ!』

 

 広げる口から見える牙は人間程度ならほとんど力を入れる事なく噛み潰せる。が、相手は人間とは違う。

 魔女の放つ魔法、暗黒空間が瞬時に広がり白鯨の頭から胴体部分を呑み込む。そして魔女が指を弾いた瞬間、空間が収縮し白鯨の巨大な体が真っ二つに輪切りにされてしまう。

 呑み込まれた頭部はどこかへ消え、切断面からは滝のように血が溢れ出し、残る体は重力に引かれて落ちる。

 

「あっけない……体が大きいだけの下等生物にしか過ぎないわね。仕切り直しよ、次はアナタを――」

 

 振り返ろうとした時、不意に体が動かなくなる。

 

「な、なに……!? サテラ、またアンタが!」

 

「動きが止まった? 今しかない!」

 

 地面を蹴るラインハルトは握る剣の切っ先を突き出す。騎士としての考えなら背後から不意打ちで相手を仕留めるのは卑怯者のやる事だが、魔女を相手にこのような考えを持っていては死に直結する。

 一切の躊躇なく、背後から心臓目掛けて剣が迫る。が――

 

「オラァァァッ!」

 

「なッ!?」

 

 衝撃と激しい火花、重たい鋼が斜め上から激突しラインハルトの剣を弾く。

 魔女への攻撃を防いだのは白鯨の背中から飛び降りて来たネロ、手にはレッドクイーンを握っている。

 

「どういうつもりだ! あとわずかの所で!」

 

「こっちにも色々と事情があるんだよ。説明する暇があればいいんだけどな」

 

「ふざけている場合ではない。相手は魔女だ、ここで倒さなければ世界中に被害が広がる。それを――」

 

 声を荒げるラインハルトだが、ネロの右腕を見て言葉を詰まらせる。人ならざる魔物のような腕。爬虫類のような鱗と甲殻、鋭い爪は人間の腕ではない。

 

「何なんだ!? ネロ、キミは人間ではないのか?」

 

「そのリアクションは飽きたぜ」

 

「どういうことだ?」

 

「おっと、間違えるなよ。俺は敵じゃねぇ。魔女はぶっ倒す。でも今じゃない」

 

「ならばどうする?」

 

「時間を稼ぐくらいしかできねぇ。他にいい考えも浮かばないからな」

 

「信じていいんだな?」

 

「あぁ、魔女はエミリアを取り込んだ。どうにかして助けてからでないと倒せない」

 

「エミリア様が? ……わかった。今は共闘しよう。エミリア様を救出し、魔女を今度こそ倒す!」




更新が遅れてしまい申し訳ありません。
もう残り数話です。読んでくれる皆さんの支えによりここまで書くことができました。
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