悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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Mission26 プリシラ

 雨が降る訳でもないのに真っ黒な雲が空を覆う。太陽の光は届かなくなり、ルグニカに住む人々は思わず見上げてしまう。

 

「嵐でも来るのか?」

 

「いけない、洗濯物干したまま!」

 

 しかしこの中に事の真相を知る者はまだ誰も居ない。黒い雲が太陽の光を遮る中、嫉妬の魔女は優雅に空を飛びながら街を眺めていた。

 

「アレからどれだけ時間が経ってるか知らないけれど、あまり変わり映えしないわねぇ。でもそのおかげでわかりやすいけれど。城はあそこね」

 

 視線を向けた先には国の象徴である広く、大きな城がそびえて居る。魔女が狙う竜歴石はそこにあるし、かつて戦い、そして自身を封印した三英雄が一人、レイド・アストレアの居場所もそこへ行けば掴む事ができると考えた。

 黒い衣装をなびかせて、魔女はゆっくり降下し城を守る巨大な鉄の門の前に降り立つ。

 

「んフフ……」

 

 魔女はほくそ笑みながら、黒いヒールをカツカツ鳴らし進んで行く。が、城を守る兵はそれを許さない。

 腰の鞘から剣を抜き、鋭い切っ先を魔女に突き付ける。

 

「貴様、何者だッ! ここを――」

 

「うるさい。邪魔よ」

 

 指先で突き付けられた剣をちょん、と触った。それだけで剣は瞬く間に氷漬けになり、武器を握っている兵士も腕が、そして全身が氷漬けにされてしまう。

 魔女は何でもないように兵士を無視して奥へと進む。鉄の門を潜り、城の敷地内を我が物顔で闊歩した。

 

「さぁ、後は竜歴石を見つけるだけね。どこにあるのかしらぁ……」

 

「どこにもありはしない――」

 

「あら?」

 

 振り向いた先には剣を抜いた老執事がおり、間髪入れず刃を振るう。彼はヴィルヘルム・ヴァン・アストレア。以前、闘技場でネロと戦った相手。

 けれども魔女は眉一つ動かさず、風の魔法を発生させバリアのようにして攻撃を防いだ。

 

「また邪魔な人間……どきなさい、殺すわよ?」

 

「退くのはそちらだ。竜歴石と聞いたが、一体何をするつもりだ?」

 

「アナタには関係のないことよ。だって死ぬのだもの」

 

「侮って貰っては困る」

 

 老執事は剣を握る右腕に力を込め、刃を押し付ける。しかしどれだけ力を入れようと剣は一ミリとて動かない。

 魔女は口元に笑みを浮かべたまま、剣身はジリジリと高熱を帯びていく。

 

「んフフ……侮ったら何ですって?」

 

「ぐぅッ!? この魔力……まさか魔女?」

 

「正解、アナタは人間にしては見どころがあるわね。特別に名前を聞いてあげる」

 

「魔女に名乗るなどと!」

 

「ハァ?」

 

 高熱に耐え切れなくなり剣身が歪み、後方に吹き飛ばされた。

 

「ぐぉぉッ!?」

 

 足が地面から離れれば体を満足に制御する事もできず、成す術もなくレンガの壁に激突した。

 けれども体にダメージはさほど負っていない。すぐに立ち上がり魔女に追撃しようとするが、目を開けたすぐ目の前には魔女が立っていた。

 

「ッ――」

 

「弱いのよ……」

 

 人差し指を突き付けると指先から氷の棘が飛ぶ。右肩、両膝が貫かれ、出血と共に体が動かせなくなる。

 

「チィッ! どうした? 殺すなら早くしろ」

 

「えぇ、そうするわ。でもその前に……アナタ、レイド・アストレアの名前を知ってる?」

 

「レイド・アストレア……だと?」

 

「アタシ、彼と因縁があってね。どうしても彼だけはアタシの手で確実に殺さないといけないの。ねぇ、知らない」

 

「フフ……フフフフ……」

 

「うん? 何を笑っているの?」

 

「レイド・アストレアなら棺桶の中で眠っているよ」

 

「そう……随分と長く眠っていたのね。つまらない……なら死になさい」

 

「ッ!」

 

 手の平に火球を発生させヴィルヘルムに放とうとするが、彼の動きの方が早い。唯一動く左腕で腰から剣を引き抜き、高速の刃で魔女の足元を狙う。

 

「コイツ!?」

 

 反射的に避けてしまう魔女、そのせいで火球で攻撃するのが遅れてしまった。

 刃は石畳を大きく切断し砂煙を上げ、その強烈な衝撃を利用してヴィルヘルムは動かなくなった体ごと空中に浮きあがる。

 

「ハァッ!」

 

「小賢しい! 消えろ!」

 

 魔女は空中のヴィルヘルムに狙いを定め火球を放ち、ヴィルヘルムも剣を振り下ろし斬撃を飛ばす。

 二人の攻撃は激突すると同時に爆散し、ヴィルヘルムはその衝撃を利用して更に遠くへ飛んだ。体が満足に動かせない状況で魔女と戦うのは得策でなく、今は逃げるしかできない。

 視界から遠く離れた事で魔女はヴィルヘルムを無理に追い掛けようとはせず、右腕を下ろし口から息を吐いた。

 

「まぁいいわ、レイド・アストレアは死んだのね。だったら、竜歴石を手に入れるだけ。そうすれば……」

 

 ヒールをカツカツ鳴らし石畳を上を歩いていく。見上げる先には巨大な城。その最上階、玉座がある場所に目掛けて魔女は氷の階段を繋げ、ゆっくりと進む。

 

「城の中までは知らないけれどおおよそ想像は付くわ。あんな大切な物、王しか触れられない。だったら……」

 

「これ以上の侵入を許すな! 戦隊、構え……撃て!」

 

 魔女は全く気にしていないが城内から数え切れない兵士が現れ、氷の階段を登る侵入者に弓矢や魔法を放つ。

 号令と共に一斉に発射されるが、自身の周囲に風のバリアーを再び展開させる。更には風の渦の中に無数の氷の粒も混ぜる事で防御力を強化し、向かって来る魔法や矢を簡単に防ぎきってしまう。

 我関せずとした表情で、魔女は着実に歩を進め数分で城の最上階にまで到達してしまった。

 

「ダメなのか? 止められない」

 

「でも、何をしにこの場所に?」

 

「我々もこの階段を使って背後から取り押さえるぞ」

 

 一部の兵士が魔女の階段に足を掛ける。瞬間、踏んだ場所から強力な冷気が発生し瞬く間に鎧を凍り付かせてしまう。

 

「うあ゛ぁぁぁッ!? た、助け――」

 

「っ!? こんなことが……」

 

 一人の兵士が氷漬けにされるのを他の者は見ている事しかできない。

 そしてようやく彼らは気が付く。この場に現れた存在が誰なのかと言う事を。

 

「こんなことできるのは魔女しかいない。あの女は魔女だ……」

 

「嫉妬の魔女の封印が解かれたのか? 魔女が……サテラが復活した……」

 

「三英雄はもう居ないんだぞ? 一体、誰がアイツを止められる!?」

 

///

 

 何者も止められるは居ない。氷の階段を登り切った魔女は右手を前に構え、城壁を吹き飛ばす。城の最上階に足を踏み入れた魔女は、その先にある玉座を目にして口元に笑みを浮かべる。

 

「おそらく、近くにあるはず。どこだ……どこにある?」

 

 右へ、左へ、周囲を見渡すも竜歴石の姿は見つけられない。この広い王室の中で、物を隠せる場所などそうない。

 けれども視界に映るのは誰も座っていない玉座だけ。床に敷かれたレッドカーペット、壁に立て掛けられた装飾された剣や盾、甲冑の数々。

 でも魔女が欲している物がどこにも見当たらない。

 

「何故だ? ここにはないと言うのか?」

 

「おや? おやおやおやおや? こんな所で何をしているのかのぉ?」

 

「……貴様は……」

 

 声が聞こえた先に視線を向ける。そこには扉を開放し、赤を基調としたドレスを身に纏い、優雅に扇子を仰ぐ一人の女が居た。

 王選候補者の一人、プリシラは魔女を前にしてもふてぶてしい態度を崩さない。

 

「何か探し物をしていると見える? だがこの場所は王の許可もなく足を踏み入れることは許されん。早々に立ち去れば、火傷程度で見逃してやるぞ?」

 

「王の許可? 貴様がルグニカの王なのか?」

 

「いいや、まだ王選は終わっていない。が、次の王は妾と決まっておる。この世界は妾にとって都合の良いようにできておるからな。故に妾が命じる。この場から即刻立ち去れ」

 

「フフ、なるほどねぇ。アナタが次のルグニカの王……だったら竜歴石がどこにあるのかも知ってるでしょ?」

 

「あぁ、知っておるぞ。竜歴石なら……不届き者が破壊して土に還ったわ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、魔女の視線に殺気が宿り無言で魔法を放つ。氷の杭を高速でプリシラ目掛けて発射した。

 一方のプリシラも鋭い視線を向け、腰から剣を手に取り刃を振り下ろす。

 それは真紅の剣、陽剣。所有者のマナに反応し剣に炎が宿る。刃は氷の杭に激突する寸前、強力な炎が一瞬の内に溶かした。

 

「その剣……」

 

「あぁ、貴様は知る必要がない。哀れな魔女よ、妾が引導を渡してやろう。三百年も封印され、何があったかはわからぬが封印を解いてこの場に足を踏み入れたのは誉めてやろう。だがそれだけだ……他の雑兵共では止められぬだろうが妾は違う。次は封印するのではなく確実にこの世から葬り去る。そうすれば妾の名はルグニカの地に永遠に――」

 

「やるなら早くやってくれないかしら? アタシ、お喋りな人は嫌いなの」

 

 プリシラの言葉を遮る魔女。それを受けてプリシラは口元に笑みを浮かべると同時に地面を蹴った。

 そして炎を纏う剣の鋭い切っ先を突き出す。

 瞬間、激しい衝撃がプリシラの髪の毛を揺らした。目の前には分厚い氷の壁。

 

「どうした? その炎は見せかけか?」

 

「チッ! 舐めるな!」

 

 マナを流し込み陽剣の炎を更に大きく、強力にするプリシラ。切っ先が突き刺さる氷の壁は炎の熱により溶けていく。が、世界を恐怖に包み込んだ嫉妬の魔女の魔法はこの程度ではない。

 溶ける傍から新しい氷が層になり、切っ先がこれ以上奥へ突き刺さる事はなかった。

 

「舐めるな、と言ったのか? それはそちらも同じだろう。アタシが誰なのかわかっていないのか?」

 

「魔女が!」

 

「フフフ、さっきまでと表情が違うぞ? あぁ、気持ちがいいな! 貴様の表情、次はどんなだ? 苦痛に歪ませるか? 恐怖に呑み込まれ絶望するか? それとも――」

 

「貴様の首を撥ねて高らかに笑ってやるわ!」

 

「そう……」

 

 右手を突き出し風の魔法を放つ魔女。強力な空気の刃は氷の壁を内側から破壊し、壊れた残骸と共にプリシラを襲う。

 

「クッ!? ハァァァッ!」

 

 更にマナを流し込み陽剣の炎を大きく、強力な物にして必死に剣を振る。袈裟斬りし、振り払い、両手を使って斬り上げた。

 炎は氷の残骸を一瞬で溶かしたが、風の刃は止められず、プリシラの赤いドレスを斬り裂き柔肌から鮮血が飛ぶ。

 けれどもダメージは負ったが戦闘不能になった訳ではない。

 

「チッ! けれどもこれくらい――」

 

「これくらい? まだ戦うつもりなのだろうけど終わりよ。普通の人間と比べればちょっとは楽しめたけれど、生憎構っている暇はないの。一瞬で終わらせるわ。ヲル・レゼルヴ」」

 

「え……」

 

 魔女の手の平から暗黒空間が広がるとプリシラが握る陽剣が呑み込まれる。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に右腕を引くが剣身の半分が収縮する暗黒空間に呑み込まれ、この次元から消えてしまう。

 切断されたのではない。負荷や抵抗を一切感じる事なく、剣がなくなった。

 

「どうなっている? 妾でも見たことがない魔法だと……」

 

「アタシを誰だと思ってるの? アタシは嫉妬の魔女、かつて世界を恐怖で支配した女よ。さぁ、次はアナタの番よ。消えなさい……」

 

 まるで心臓を鷲掴みにされたように、体が言う事を利かなくなり動けない。見下ろしてくる魔女の視線は氷よりも冷たく、一切の慈悲なく相手を殺す。

 

「ヲル――」

 

 唇が動き呪文が唱えられるまで三秒もあれば終わる。その瞬間まで、時が止まったかのようにゆっくりと、魔女の唇を見ている事しかできない。

 

「レゼ――」

 

 抵抗しても無意味だと本能が訴えかける。逃げる事すら許されない。指一つ動かせないままその瞬間が来ようとした時、眩い閃光が魔女を襲う。

 

「これは……」

 

 呪文を唱えるのを止め地面を蹴ると膨大な閃光を避けようとした。が、膨大な閃光は魔女を呑み込み、更には天井まで吹き飛ばす。

 目を見開くプリシラの視線の先は黒い雲が広がっている。

 

「ラインハルトだな?」

 

「ご無事ですか、プリシラ様?」

 

 振り返ると剣を握るラインハルトがそこに立っていた。剣聖と呼ばれる彼が本気を出せば剣の一振りでこれだけの事をするのは訳がない。

 しゃがみ込む彼女に手を差し出すが、プリシラはそれを払いのけて自分の足で立ち上がった。

 

「よくここがわかったな」

 

「異常なマナの流れを感じたもので。ですがギリギリでした。間に合ったのはほとんど運です」

 

「だがその運を引き寄せるのも妾の才能じゃ。で、魔女は倒れたか?」

 

 質問にラインハルトは首を横に振る。

 魔女は閃光を逃れており、上空から再び王室の中に降り立つ。

 

「城ごと吹き飛ばすのはさすがにやりすぎではないかしら?」

 

「復活した魔女を倒すにはこれぐらいしなくてはな。しかし、傷一つ負ってないか」

 

「まだ死ぬ訳にはいかないの。それにしてもアナタ……」

 

 ラインハルトの顔をマジマジと見つめる魔女。それを受けて眉間にシワを寄せる。

 

「赤い髪の毛……面影のある顔……そしてその剣の腕……レイド・アストレアの息子?」

 

「レイド・アストレアは初代剣聖の名。僕はラインハルト・ヴァン・アストレア」

 

「へぇ~、楽しみが一つ増えた。レイド・アストレアを殺すのがアタシの目的の一つだったけれどそれも叶わない。だから……アナタを殺すわ。積年の恨み、悪いけれどアナタにぶつけさせてもらうわ」

 

「一応、聞いておきたい。悪いと言ったが本当にそのような感情を持ち合わせているのか?」

 

「いいえ、全く」

 

「よかった……持てる力の粋を尽くし、貴様を今度こそ倒す! アストレア家の名を継ぐ者として!」




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