悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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Mission25 魔女

 この旅路もいよいよ終着点にまで来た。

 大陸の一番東側、大瀑布にある魔女が封印されていると言い伝えられている封魔石の祠。

 地竜の歩みを止めるオットーはその祠を見渡した。

 

「この場所が……魔女が封印されている祠……」

 

「ようやく着いたぜ、オッサン」

 

「あぁ、長かった……」

 

 アルデバランの言葉は一際、感情が重たい。理由もわからないままこの世界に来て十余年、長い年月を経過しても手掛かりを探すので精一杯。

 それがネロと出会う事でようやく、もっとも生還の可能性があるこの場所にまで来た。

 

「長かったぜ……んじゃ、ご対面といきますか」

 

「そうだな。元の場所に帰ろう」

 

「帰れるかどうかまではわかんねぇけどな。でも、帰れると信じたい」

 

「えらく弱気だな。らしくねぇぜオッサン」

 

「柄にもなくセンチメンタルになってる……悪かった、弱気になってる場合じゃねぇ」

 

 魔女の封印されている祠を見るアルデバランは一歩踏み出し、彼に続いてネロとエミリア、オットーも歩を進める。が、エミリアは一旦立ち止まるをオットーに呼び掛けた。

 

「オットーはダメよ」

 

「え……どうしてですか?」

 

「帰りのこともあるのだからここで待っててくれないと。それに中はどうなってるかわからないわよ?」

 

「でもここまで一緒に来たんですよ? 僕だって――」

 

 食い下がろうとするオットーだが、アルデバランがそれを許さない。鉄兜越しに鋭い視線と凄味を醸し出し、言葉がなくとも伝わりオットーは口を閉じた。

 

「ごめんなさい。でも危険だから……地竜と一緒に留守番、お願いね?」

 

「わかりました。気を付けて下さい」

 

 オットーの言葉を受けて、三人は祠の入り口へ進んで行く。もう振り返る事はない。

 封魔石の祠、それは見上げる程に大きかった。文字通り魔を封印する石でドーム状に形成された祠。入り口は空洞で、侵入を防ぐ物は何もない。

 エミリアはぐるりと周囲を見渡し、敵の気配もない事を確認する。

 

「他には本当に何もないわね。人も居ないし魔獣も居ない」

 

「その方が余計なことやらなくて済む。ここまで来てメンドウはゴメンだ」

 

「でもネロ、作戦とか考えないの? 封印されているけれど嫉妬の魔女が居るのよ?」

 

「作戦って言われても何を考えるんだよ? ここまで行き当たりばったりで来たし、魔女のことなんて誰も何も知らないだろ?」

 

「それはそうだけど……」

 

「なるようになるさ」

 

 先頭を歩くネロに続いてアルデバランとエミリアも祠の中へ進む。数メートルも歩けば外の光は届かなくなるが、封魔石が淡い光を発光しており視界は確保できる。

 奥行はさほどなく、三人が進んだ先にある開けた空間の中央にはミイラが眠っていた。

 

「何かあるな……恐竜か?」

 

「いいや、違うな。龍だ……もしかしてアレが神龍ボルカニカ……」

 

 二メートルを超える巨体。鱗は朽ち、辛うじて残った干からびた皮が骨にへばりつく。それでも強靭な牙と爪は残っている。

 もはや物言わぬ龍のミイラ、その体に一人の人間が剣で突き刺されていた。

 その人間はうす汚れたローブを纏っており、龍と同じく長い年月をこの場で経過した事がわかる。にもかかわらず、その体は痩せこけているが未だに精気を宿していた。

 

「ネロ……アルデバラン……たぶん、いいえ、絶対に魔女よ」

 

 確信をもって言い放つエミリアだが、緊張のあまり生唾を呑み込む。

 剣に貫かれたこの人物こそが、かつて世界を恐怖に包んだ嫉妬の魔女。ようやく目的の地に到着し、目的の人物を目にする事ができたが、どう考えても魔女は喋れる状態にない。

 アルデバランは一切怖気る事なく更に歩を進め、魔女のすぐ目の前にまで来た。

 静けさが場を支配する中、彼は口を開く。

 

「おい……お前が魔女なんだな?」

 

 彼の声が魔女の耳まで届いているのか。鉄兜のせいでくぐもった声が祠の中に響くだけ。魔女は返事もしなければピクリとも動かない。

 

「俺や兄ちゃんがこの世界に来たのもお前のせいなのか?」

 

「オッサン……無理だって」

 

「こんなデタラメなことをできるのなんて嫉妬の魔女って呼ばれたお前くらいなんだよ! 何か答えろよ……答えろッ!」

 

 怒号を飛ばすアルデバランだが、やはり魔女には一切の反応がない。絶望感に苛まれ、体に力が入らなくなり地面にへたり込む。

 ネロはその様子を見ている事しかできず、エミリアも掛ける言葉が見つからない。

 それでもこの場を何とかしようと考え、魔女の腹部に突き刺さっている剣の柄を指で優しく触れてみる。

 

「これ、普通の剣なのかしら?」

 

「そんなのわかるかよ。でも錆びが浮いてるし、材質は普通なんじゃねぇか?」

 

「刺さってる剣を抜いたらどうなると思う?」

 

「後のことなんて誰にもわかんねぇ……でも、このまま何もせずに戻るくらいなら、試してみる価値はある。やってみようぜ」

 

「うん、わかった!」

 

 ネロの賛同も得たエミリアは両手で柄を握りしめる。そして両腕の力を使い全力で引き抜こうと試みるも、剣は一ミリも動いてくれなかった。

 

「う~~んッ! ダメね、抜けない」

 

「代わってみろ、俺がやる」

 

 入れ替わると今度はネロが剣の柄を右手で掴んだ。エミリアでは腕力が足りなかったが、ネロは片腕で軽々と剣を抜いていく。

 剣身がゆっくりと、でも確実に魔女の体から引き抜かれていき、最後は勢いよく一気に抜かれた。

 傷口からはわずかばかりに血が流れ出る。

 ミイラになった龍と魔女とを繋げていた剣が抜かれた事で支えがなくなり、魔女は力なく地面に倒れ込んだ。

 

「やっぱり死んでるのか? 何も起きない……」

 

「待ってネロ、龍が!」

 

 ミイラになっていた龍が次々と砂に変わっていく。辛うじて保っていた体は完全に崩壊し、ものの数秒で全てが砂に変わる。

 

「どうなってんだ? 剣を引き抜いたせいか?」

 

「わからない……封印が解かれたの?」

 

 静寂とした空間の中、一面に広がる砂を眺めるしかできない。すると祠が、否、大地そのものが大きく揺れ始めた。

 二人は何とか倒れないように足で体を支えるのでやっとの状況。

 

「今度は何だ!? 剣を抜くのはやばかったか?」

 

「ま、魔女が……」

 

 大地が揺れる中、魔女はその振動に揺さぶられながら傷口から血を流していた。元々、見るからに衰弱していたが、このままでは確実に死ぬだろう。

 エミリアは足を一歩踏み出し魔女の元へ行こうとするも、バランスを崩してしまい前のめりに倒れてしまった。

 

「キャッ!?」

 

「エミリア!」

 

「大丈夫だから! 魔女を助けないと!」

 

「助けるだって?」

 

「死んだら手掛かりもなくなっちゃうでしょ!」

 

 四つん這いになりながらも地面を這いながら進むエミリアは倒れ込む魔女を抱き起す。そして傷口に魔力を流し込み回復を試みた。

 

「死んじゃダメ……ネロが帰る為にも――」

 

(死な……せて……)

 

「え……」

 

 魔女の声が聞こえた気がした。けれども唇が動いた様子は見えなかった。その瞬間、エミリアの手を魔女が掴む。

 突然の事に全身に鳥肌が立ち、背中に冷たい汗が流れる。

 

「気のせいじゃない……」

 

「奇跡ね……アナタの体、貰うわ……」

 

「嫌……ネロ――」

 

 言葉を発する時間すら与えてくれない。魔女を起点とし強力な光と衝撃が発生し、ネロとアルデバランの体が後方に吹き飛ばされた。

 

「ぐはぁッ! エミリア!」

 

「ぐぅぅッ! 魔女が生きてた? いいや、復活したんだ……」

 

 吹き飛ばされながらも地面に着地するネロ達は光の先を見た。しばらくすると光と共に衝撃が止まり、気が付けば大地の揺れも収まっている。

 視線の先に立っているのは黒いドレスを纏う少女。

 

「フフフフフッ……」

 

 白い肌、銀色の長髪は腰まで伸びている。そして紫紺の瞳、どこをどう見てもエミリアだが、全身から溢れ出る禍々しい殺気と魔力、ほくそ笑む唇から見える表情はどう見ても彼女の物ではなかった。

 

「あははははッ、こんな日が来るだなんて! あの忌々しい人間共……あら? 見たことのない顔ねぇ? あの三人じゃない」

 

「テメェ……エミリアはどうした!」

 

「エミリア? さっきの女のこと? アタシの体として使わして貰ってるわ。前の戦いのせいでズタボロだったし、他人の体にしてはよく馴染むわねぇ」

 

「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!」

 

 レッドクイーンを手に取るネロは地面を蹴り魔女に向かって駆ける。見た目はエミリアとまったく同じだが、一切の躊躇なく左腕を振り下ろす。が、刃は空を斬った。

 

「チッ! 上か!」

 

「アナタの相手をしてあげてもいいけれど、まずはやりたいことがあるの」

 

 ネロが見上げる先に瞬間移動した魔女は宙に浮かびながら二人を見下ろす。封魔石により形成された祠であるにも関わらず、それを上回る魔力が全身から溢れ出る。

 

「今ならどんな相手にも負けない! ボルカニカ、奴は死んだのね……だったら次はレイド・アストレア! アタシに剣を突き立てたアイツを殺す! その後に竜歴石を奪えば、アタシの悲願は到達できる!」

 

「逃がすかよ!」

 

「うん?」

 

 激しいマズルフラッシュ、銃声が轟き二発の弾丸が宙に浮く魔女に向かって高速で飛ぶ。

 魔女は人差し指を突き出すだけで向かって来た弾丸が肌に触れる前に燃やし尽くした。

 

「ナニ、今のは? んフフ、どれだけあがいた所で無駄よ」

 

「テメェみたいに人のこと見下す野郎は気に入らねぇんだよッ!」

 

「ッ!?」

 

 次にネロはデビルブリンガーを突き出し魔女を掴んで引きずり降ろそうとした。

 初めて見る悪魔の右腕に、さすがの魔女も思わず目を見開く。それでもネロの右手が相手を捉える事はなく、別の場所に瞬間移動している魔女。

 

「アナタ、普通の人間ではないの? その右腕は何?」

 

「教えてやる義理はないね」

 

「そう……ちょっと気になるけれどそれだけよ。アナタの相手はまた今度。さようなら……」

 

 そう口にすると右手を天に掲げる。唇をゆっくり動かし、呪文を唱える魔女。

 

「ヲル・レゼルヴ……」

 

 ものの数秒、天井に黒い空間が広がり封魔石を呑み込んでいく。そして手を握りしめた瞬間、次元の歪みに呑み込まれ天井が消滅した。

 

「あぁ……陽の光を浴びるのも久しぶり……でも堪能するのは全てが終わった後。待ってなさい、レイド・アストレア。竜歴石もアタシの物よ!」

 

 祠から難なく出て行く魔女はネロ達の前から消えてしまう。

 既にこの場所に居る必要はなく、レッドクイーンを背負うネロは踵返し出口に向かう。

 

「戻るぞオッサン。エミリアを助ける」

 

「いいや、その必要はねぇ」

 

「あん? ならどうするんだ? 魔女が向かってる場所はわかってるんだ。少しでも急がねぇと空飛ぶ相手なんて追い付けねぇ」

 

「だからその必要はねぇ。俺が――」

 

 アルデバランは剣を抜くと、その切っ先をを自らの心臓に突き立てった。

 反射的に体が動くネロはアルデバランの腕を掴み上げる。

 

「オイ!? 何考えてんだよオッサン!」

 

「こうするしか方法はねぇんだよ! 帰る方法もわからない、あの嬢ちゃんを取り込んで魔女は復活した。このままだと世界を巻き込んで暴れまわる。だったら! 残ってる方法はこれしかねぇんだよ!」

 

 言ってアルデバランは再び剣を握る腕に力を入れるが、それよりも早くネロの腕が動いた。アルデバランのみぞおちに右腕の固い甲殻がめり込む。

 

「グおぉッ!?」

 

「とち狂ってんじゃねぇよ! クソッ、重てぇ……」

 

 肺から酸素を吐き出し気絶したアルデバランの体を担ぐネロ。地面を踏みしめながら、封魔石の祠を後にする。

 

///

 

 外で待機していたオットーはただただ、目の前で見てしまった光景に恐怖し、体を震わせるしかできなかった。

 嫉妬の魔女の復活。

 

「アレが嫉妬の魔女……どうして……」

 

「オットー、戻るぞ」

 

「ネロさん!? アルデバランさんは無事なんですか?」

 

 声が聞こえた方向を見るとネロがアルデバランを担いでいた。それも気になるが、一緒に居た筈のエミリアが見当たらない。

 

「あぁ、オッサンは何ともない」

 

「よかった。あの……エミリアさんは?」

 

「魔女にさらわれた」

 

「さらわれたって!? それだと死ん――」

 

「まだ死んだりしてねぇ。その前に助ける。ルグニカに急いで戻るぞ」

 

「ルグニカですって!? 無理ですよ、この場所に来るまでどれだけ時間が掛かったかネロさんだってわかってるでしょ!? 魔女は空を飛んでたんですよ。絶対に追い付けません」

 

「だからってここずっと居るつもりか? 行けるだけ行くしかない」

 

 ネロの言い分は最善とは言い難いが、他の方法が思いつく訳でもなく、渋々頷くオットー。竜車に乗り込み、地竜の手綱を取る。

 ネロも荷台に乗り込もうとすると、不意に大きな影が竜車を覆う。

 

「あん?」

 

「は、白鯨……」

 

「白鯨? 空飛ぶ鯨の名前か?」

 

「どうしてこんな所に!? もうお終いだ! 魔女だけじゃなく白鯨まで!」

 

「アイツ、どこに向かってるんだ?」

 

 恐怖のあまり混乱するオットーと対照的に、ネロは冷静に物事を観察していた。

 巨大な影の正体、白鯨。名前の通り白い鯨は頭部に一角を生やし、まるで海を泳ぐように空を飛んでいた。

 今までに見た事のない巨大な魔獣。

 白鯨が空を泳ぐ先、それは魔女が向かった方向と同じ。

 

「あの方角だとルグニカがあるんじゃないか?」

 

「だから何なんですか!? もう無理ですよ!」

 

「無理じゃねぇ。まだやれることがあるんだ。お前は残ってろ、後は俺達だけでやる」

 

「ネロさん? 何を――」

 

 地面を蹴るネロはアルデバランを抱えたまま大きく飛び上がり、更に右腕を伸ばす。魔力で形成された右腕が伸び、白鯨の胸ビレを掴むと空高くまで体が引っ張られる。

 そして二人は白鯨の背中に乗り移った。

 

「行けるじゃねぇか。待ってろエミリア、必ず助ける」




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