悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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ゼロカラハジマルイセカイセイカツ

「え……」

 

 気が付いたらサテラはルグニカ王国の街で立っていた。人で溢れ返る街の中で、彼女は予測不能の出来事に慌てる事しかできない。

 

「どうなってるの……どうして私は街にいるの?」

 

「安いよ安いよ~! お姉さん、リンガはどうだい?」

 

「今日はどっちに賭ける? 俺は――」

 

「王がお亡くなりになって――」

 

 道行く人々の会話はサテラの耳に全く入らない。彼女の頭の中は彼の事で一杯。

 

「それよりスバルはどこ!? 急いで屋敷に戻らないと!」

 

 サテラは周囲の目も気にせず右手を掲げると浮遊魔法を唱え体を宙に浮かせ加速した。瞬く間に上空へ飛ぶと屋敷の方角へ向かう。

 銀色の長髪をなびかせながら風を切り、加速する体はルグニカ王国の外に出ると広大が雑木林が見える。サテラの屋敷はその先、人々に見つからないよう隠すように建てられており、数分で到着する距離。

 けれども見慣れた彼女の屋敷は見つけられない。

 

「どうして……どうして城なんてあるのよ?」

 

 視界に映るのは彼女の屋敷とは似ても似つかない巨大な城。その敷地内には噴水や広い庭もある。こんな目立つ建造物を見逃す筈がないし、自分の屋敷がどこへ消えたのかもわからない。

 そして屋敷がないという事はスバルの行方もわからなくなったという事。

 

「スバル……スバル!?」

 

 急いで降りるサテラは敷地内の芝生に足を付け、城の大きな扉に向かって走った。普段から魔法に頼り切りなせいで体が思うように動かず走る速度は遅いが、それでも両腕を大きく動かし扉の前にまで来る。

 ノブを回して中に入ろうとするが、当然締まっておりガチャガチャ音を立てるだけ。

 

「ッ!? ヒューマ!」

 

 魔法を唱えると目の前の扉が爆音を立てて吹っ飛ぶ。城内のロビーに散らばる木片。

 サテラが無断で足を踏み入れると同時に、血相を変えて中の住人が飛び出して来た。

 

「姉さま、さっきの音は何ですか!」

 

「レム、さっきの音は何!」

 

 現れたのはメイド服に身を包む二人の少女。一人はピンク色の髪、もう一人は青色の髪をショートカットで切り揃えている。

 レムと呼ばれた青い髪の少女は鋭い視線をサテラに向けた。

 

「強盗……と言う見た目でもありませんが、どういうつもりです? ここをロズワール様の土地と知っての行動ですか?」

 

「ロズワール? 誰のことよ! そんな奴どうだっていい、私はスバルに会いたいだけなの!」

 

「スバル? そのような方はこの城には居ません」

 

「自分で見るまで納得できない。スバルは確かにここに居た。何としても見つけないと……」

 

 一歩踏み出すサテラだが、ピンク色の少女が進行を妨げるべく前に立つ。その目は殺気が孕んでいる。

 彼女は右手を前に掲げ、これ以上の侵入を許すまいと警告を告げた。

 

「止まりなさい! 今すぐに背を向けて扉から外に出るのよ。言う通りにしないと――」

 

「アナタ達に構ってる暇なんてないの。私はスバルに会いたいだけ」

 

 警告を無視して歩み始めるサテラだが、次の瞬間に旋風が彼女の右足の皮を斬り裂いた。ロビーの床には鮮血が飛び散り、走る激痛に彼女は倒れ込み叫び声を上げ、そして悶える。

 

「あ゛あああぁぁぁあ゛ぁぁッ!? あ゛ぁぁ……何なのこの痛みは!?」

 

「止まれと言ったでしょ? 次は首を刎ねるわよ?」

 

「痛い……いたい……痛いよスバル……」

 

「致命傷ではないから死にはしないわ。早くこの城から出て治療すればちゃんと治るから」

 

「何を……なにを……したの?」

 

 震える唇を動かすサテラ。その瞳からは痛みに耐え切れず涙まで流れている。まともに立ち上がる事もできない彼女を見下しながら、ピンク色の髪の少女は答えた。

 

「フーラの魔法よ。風がアナタの足を斬った。ほら、親切に教えてあげたのだから、早くロズワール様の城から立ち去りなさい」

 

「ぐぅぅ……魔法……私以外にも……アナタも私と同じ魔法使い?」

 

「違うわ、魔法使いなんかじゃない」

 

「だったらどうして……!」

 

「もう質問には答えない。早くこの城から出て行きなさい。次は首を刎ねると言ったでしょ? 私は本気よ」

 

 冷酷に、淡々と告げる少女を涙をボロボロ流しながら見上げるサテラ。言われてゆっくりと立ち上がる。

 

「あら? 情けなく泣きわめいていたのに立てるのね」

 

「えぇ……もう痛くないから」

 

「痛くない?」

 

 視線をサテラの足へ向けると血で汚れてはいるが肌の傷は失くなっていた。いや、回復していた。

 思わず目を見開き凝視してしまったその瞬間。

 

「姉さま!」

 

「ぇ――」

 

 青い髪の少女、レムが呼び掛けた時にはもう遅い。少女の全身が巨大な氷に包まれた。動く事などできる筈もなく、外から見た様子では生きているかどうかもわかならい。

 

「このッ! よくも――」

 

 殺気をみなぎらせサテラに飛び掛かろうとするも、次に放たれる魔法の方が早い。レムも一瞬の内に氷漬けにされて動けなくなってしまう。

 

「はぁ……はぁ……ケガするなんて何年振り? スバルを探したら元に戻すから……」

 

 聞こえない二人にそう言うとサテラは城から出る事なく、更に奥へ足を進めた。

 いくつもある扉を開け、どこまでも続く通路を歩き続ける。サテラの屋敷とは似ても似つかない大きな城、構造も全く違うのでスバルの場所もわからない。

 

「どこにも居ない……スバル、どこなの? アナタが居ないと私、生きていけない」

 

「だったら死ねばいいんだぁ~よ」

 

「ッ!?」

 

 背後から声が聞こえ振り返った瞬間、サテラの体が業火に包まれた。

 

「あ゛ぁぁあぁぁッ!」

 

 熱い、熱い熱い熱い、熱熱熱熱――

 肉が炭に変わる。想像を絶する痛みは脳がパンクする程。

 何も考える事ができない、筋肉も骨も炭に変わり動く事さえも。

 

「無断で入り込んだうえにラムとレムをあんな目に合わせるような賊……殺すかどうか迷ったんだぁ~よ。延命させて生き地獄を味合わせるのも一興、でぇ~もね? こんな小娘が生きているだなんて一秒だって我慢できな~いんだ。一瞬と言えど、苦しみながら死ぬんだぁ~よ」

 

「あ……あ゛ぁ……す、バ……っ――」

 

 全身を骨身に染みるまで焼き尽くされ、サテラはこの世界から消えた。

 

///

 

「え……」

 

 気が付くとサテラはルグニカの街中でポツンと立ち尽くしていた。

 全身を襲う焼ける痛みもないし、肌に火傷もなければ服すら綺麗なまま。けれどもあの時に感じた痛みは本物だし、今でも思い出せば恐怖が襲い掛かる。

 

「どうなっ……てるの? どうしてここに?」

 

「安いよ安いよ~! お姉さん、リンゴはどうだい?」

 

「今日はどっちに賭ける? 俺は――」

 

「ロズワール辺境伯の推薦したハーフエルフが次の王選に出るらしいぜ!」

 

 以前にも聞いた事がある会話。でも聞いた事のない話題も混ざっている。

 

「ロズワール……あの城の召使いが言ってた名前。次の王って何なの?」

 

 屋敷に引きこもっていたから世間の話題を知らないと言うのもあるが、国の王に関係する事ともなればさすがの彼女の耳にも情報が届く。

 けれどもそのような話題は今初めて聞いた。気になったサテラは空を飛んで屋敷を目指すのではなく、『次の王』に関する情報を探ろうとした。

 

「スバルが居なくなったことも、私の屋敷がなくなったことも、あの時に感じた痛みも、何がなんだかわからない。調べないと、何が起こっているのか」

 

 手掛かりを掴むべく街を練り歩き、手あたり次第に通行人や店の主に話を聞いた。

 

「何って王選だよ。それで国中が大騒ぎさ」

 

「プリシラ様が一番有力じゃねぇかな?」

 

「そんなことも知らねぇのかよ?」

 

「姉ちゃん、銀色の髪の毛なんて珍しいなぁ」

 

 聞き調べていけば今のルグニカで何が起こっているのかが少しずつわかってきた。そしてそれはサテラが知っている知識と齟齬がある。

 

「確かにルグニカの王はお亡くなりになったけれど、王選なんて初めて聞いた。原因はわからないけれど時間が進んでる? その間に私の屋敷も潰されて城が建てられたし、王選なんてこともおこなわれてる。そう考えればとりあえずの辻褄は合うけれど……」

 

 考えながら歩いていると狭い路地裏に繋がる道が目に入る。そこに、よく知った人間が進んで行くのが見えた。

 

「ス……バル?」

 

 見間違える筈もない。初めて出会った時に来ていた黒い服、ツンツンした黒髪、中肉の背丈。

 後ろ姿しか見えなかったが彼である可能性が高い。サテラは人ごみをかき分け、狭くて薄暗い路地裏へ足早に進んで行った。

 

「スバル……スバル……」

 

 肌寒い通路を足音を響かせながら進み、角を左へ曲がるとようやくその姿が見られた。

 

「スバル! スバ……ル……」

 

 最初に見えたのは後ろ姿だけ。それでも間違いなく彼の後ろ姿。

 呼び掛けられて振り返る彼の顔も間違いなく同じ。けれどもその身に漂わせる雰囲気は彼とは違う。

 

「スバル……何をしているの? そんなことしちゃダメよ」

 

「誰だよ、アンタ?」

 

 彼の足元には血を流す男が倒れている。右手にはナイフを握っており、刃にはべっとり血が付いていた。

 

「誰って……サテラよ。忘れる訳がないでしょ?」

 

「サテラ? エミリアが使った偽名と同じ名前だな」

 

「エミリアって誰のこと? それに私は正真正銘のサテラよ? ほら、そんなことしてないで早く二人の屋敷に戻りま――」

 

 スバルの手を取ろうと右手を伸ばすサテラだが、その手が握ったのは温もりのある彼の手ではなく、冷たく血で汚れたナイフの刃。

 

「痛ッ!? スバル、どうして――」

 

「誰の陣営だ? クルシュか? アナスタシアか? プリシラか? それとも、案外フェルトだったりしてな」

 

 新たな血で濡れたナイフの切っ先を向けるスバル。その目に宿るのは殺意と狂気。

 それでもサテラは痛みに耐えながら懸命に彼に呼び掛けた。

 

「私、そんな人たちのことなんて知らない。スバルが一番よく知ってるでしょ? 私は屋敷にこもってばかりで――」

 

「口を割らないなら殺すしかないな。エミリアの邪魔になる人間は」

 

「一緒に帰りましょ? 二人で一緒に生活して、二人でまた――」

 

 これは熱なのか。否、痛み。

 確かな熱が痛みとなり、痛みもまた熱となり彼女の腹部から伝わる。ゆっくりと視線を自分の腹部に向けるとナイフが深々と刺さっており、引き抜かれると血がとめどなく流れ深い青の衣服が更に深く染まった。

 

「アンタが誰なのか知らない。でも邪魔になる奴を生かしてもおけない。ここで死んでくれ」

 

「痛い……痛いよスバル……どうしてこんなことするの?」

 

 質問には答えず、背を向けて薄暗い路地を歩いて行くスバル。サテラは必死になって呼び掛けるが、彼が振り向く事はない。

 本来ならすぐに手当てしなければならないが、自分の事など二の次にしてとにかく呼び掛けた。

 

「待ってスバル! 置いていかないで! 私のことを忘れないで! あの時に約束したでしょ? 骨になっても私のことを忘れないって? 約束を破るなんて許さないんだから……だから戻って……戻って来て……」

 

 彼の背中が霞むのは出血のせいか、距離がそれだけ離れてしまったせいか。遂には立てなくなり冷たい地面に横たわりながらも、サテラは彼の名前を呼び続ける。

 

「痛い……痛いよ……スバル……すば……ル……ス……ば……」

 

 瞳から精気が消え、口さえ動かせなくなるとサテラは絶命した。

 そして彼女はこの世から消えた。

 

///

 

「え……」

 

 気が付けばまた、サテラはルグニカの街中でポツンと立ち尽くしていた。

 咄嗟に腹部を触ってみるがナイフで刺されたキズなどない。

 

「安いよ安いよ~! お姉さん、リンザはどうだい?」

 

「今日はどっちに賭ける? 俺は――」

 

「ロズワール辺境伯の推薦したハーフエルフが次の王選に出るらしいぜ!」

 

「どうなってるの? 幻覚……でもあの痛み……スバルに会いに行かないと」

 

 考えても答えは導き出せない。しかし、確かに記憶は残っている。一時ではあるが若かりし頃の彼と出会えた記憶が。

 走り出すサテラは路地裏の入り口へと向かう。そこでもう一度、彼と会って確かめなくてはならない。

 

「待っててスバル、私は忘れてないから。絶対にアナタを忘れないから!」

 

 思い出すのは彼の顔、彼の声、彼との思い出。

 サテラは縋り付く思いで前と同じ路地裏にまで来た。が、そこにスバルは居ない。

 

「どうして……どうして居ないの? スバル……」

 

 見つめる先の薄暗い路地裏には誰もいない。あるのは隅に捨てられたゴミくらいだ。

 

「探さないと……スバルは絶対にどこかに居る! 探さないと、待っててスバル! すぐに会いに行くから」

 

 そしてサテラはスバルを探し続けた。けれども彼に会える事はなく、二年の月日が経過してしまう。




更新が遅くなってすみません。もうちょっとだけサテラ編が続きます。
ご意見、ご感想おまちしております。

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