進めども進めどもランタンの光から見える景色は変わらない。固い地面にゴツゴツとした岩肌から形成される通路だけ。
地竜の足音と荷台の車輪が回る音しか乾いた空気から聞こえてこない。前日にどちらへ進むか悩んだが、何もない事に拍子抜けするエミリア。
「心配したけれど魔獣も居ないし、このまま進めば塔の中に入れるのかな?」
「この通路が塔の中に続いてるかどうかなんて怪しいもんだ。俺達の目標は魔女が居るって言う祠だ。塔は通過点だぞ」
「あ、そっか……でもどこに続いてるんだろ?」
「進んでたら着くだろ」
あてもなく竜車に乗って進んでいると直線だった通路が緩やかに左へ曲がる。すると微かに風が吹き手綱を握るオットーの髪の毛を揺らした。そして風に焦げた臭いが乗ってきた。
「あれ? 誰か居るの――」
わずかに熱気を孕んだ風にポツリと言葉を零すオットー。ランタンとは違う、別の光が奥から覗ける。
戦闘に長けていないオットーは闇の先から来る存在に気が付けない。
「ウル・ヒューマ!」
エミリアが叫ぶと地竜の前方に分厚い氷の壁が瞬時に現れる。足を止める地竜、すると氷の壁の奥からゆらゆらと赤く光る物体が近づき、太い腕が氷の壁を貫いた。
「ヒィっ!? な、なんなの――」
赤い光は炎、瞬く間に氷を溶かしその全貌が明らかになる。
「……ッ!?」
目を見開き息を飲む、自分でもわからない内に体は震えており手綱越しに爪が手の平に食い込んでいた。
馬の体に人間の上半身がくっついている。人間の頭部にあたる部位は大きな角になっており顔がない。腹部は縦に裂けており口腔の役割をしている。
そして自在に操る炎で右腕を覆っていた。
「オットー、テメェは後ろで隠れてろ!」
「は、はぃぃぃぃッ!」
言うとアルデバラン達は荷台から飛び出し、オットーは手綱を引いて後方に下がった。
魔力で形成された氷の壁が砕かれると同時に飛び出したアルデバランが剣を振り下ろす。
「ハァァァッ!」
勢いよく振られた刃は現れた魔獣の右腕の皮膚を斬り、筋肉を通り越し骨をも切断した。炎を纏う右腕が落ちるとボトリと鳴る。
顔面が存在しないので何を考えているかはわからない。叫び声も上げず、切断された腕も目がないので見えない。
けれども闘志を失っていない事だけはわかる。残る左腕にも炎を発生させるが、馬の体の足が氷漬けにされた。
「――――」
「エル・ヒューマ! 行って、ネロ!」
「任せろ、ぶちかましてやる!」
馬の足と地面とが氷で接合され身動きが取れない。そこへ荷台からネロもレッドクイーンを構えて飛び出して来た。
アクセルを全開にして、エキゾーストから大量の炎を噴射してフルパワーで切っ先を魔獣の胴体に突き刺した。
「オラァァァッ!」
「――――」
防ぐ事もままならず、ネロの一撃をまともにくらった魔獣は後方に吹き飛ばされた。半分が馬の体のせいで受け身すら取れず、更に足にはエミリアのエル・ヒューマで氷漬けにされたせいでブレーキも掛けられず、ズルズルと地面を滑っていく。
魔獣の体は奥の壁に激突してようやく止まった。
「まだ死んでねぇな……始めて見る魔獣だ」
「私がさっき読んでた図鑑には載ってない魔獣……とっても強そう」
「嬢ちゃんは後ろから援護、俺と兄ちゃんで接近戦でいいな?」
三人での戦闘はこれで二回目だがすぐにフォーメーションを決めて、相手に対して有利に戦えるよう配置を組む。
エミリアはいつでも魔法を唱えられるよう左手を前方に突き出し、ネロもレッドクイーンの切っ先を地面に突き立てアクセルを回す。
アルデバランはさっき斬り落とした右腕を魔獣目掛けて蹴り飛ばした。
「へッ! こんな所で足止め食らう訳にはいかねぇんだ。さっさとぶっ倒してやる」
倒れた魔獣は全身から炎を爆発させると足の氷を吹き飛ばした。そして難なく立ち上がり、アルデバランにより蹴飛ばされた自身の右腕に気が付くをゆっくり歩を進める。
「――――」
「おい、どうした? どんなに見つめても斬られた右腕は戻ってこねぇよ。さっさと諦めて勝負と行こうぜ!」
煽るアルデバランの声が届いているかどうかは定かではない。魔獣は足を曲げて姿勢を低くし右腕を拾うと、切断面と切断面を密着させた。
勿論、これだけで斬られた右腕が回復する事はない。が、炎が発生し斬られた皮膚と皮膚を焼いて無理やり接合させた。
数秒もすると左手で支えなくても右腕は接着し、五本の指がスムーズに閉じたり開いたり動くようになる。
「――――」
「えぇ~……マジぃ~?」
「どうして腕を蹴っ飛ばしちゃったのよ! 回復しちゃったじゃない!」
「おい嬢ちゃん、斬った腕を溶接するなんて予想できる訳ねぇよ!?」
「でも――」
二人の口論を遮るように、魔獣が体内でマナを爆発させ強烈な熱風が三人に浴びせられる。思わず腕で顔を隠す三人。魔獣は背部から高温の炎を発生させ、手には巨大な槍を持っていた。
「へぇ、ここは結構広いじゃねぇか。アイツの火のおかげでよく見えるぜ」
レッドクイーンを肩に担ぎ周囲を見渡すネロ。一本道の通路から一変し、ドーム状の広い空間が広がっている。
狭い通路で戦う事を思えば戦いやすい。
「オッサン、エミリアも、喧嘩なら後でしろよ。向こうは臨戦態勢だ」
「わかってるよ……でも一つだけ言わせてくれ。アイツをぶっ倒せばそもそも喧嘩なんてする必要なるくなる」
「フフッ、確かにな。なら、どっちが先に倒すか競争といこうぜ!」
言い終わると同時にネロはレッドクイーンを片手に走り出し、少し遅れてアルデバランも地面を蹴る。
「ズルぃだろ! 先行取りやがって!」
「早い者勝ちだ!」
正面から斬り込むネロ、レッドクイーンのクラッチレバーを握りエネルギーを爆発させ、エキゾーストから炎を噴射し袈裟斬りする。
魔獣も右手の巨大な槍で応戦し、切っ先を突き出すとレッドクイーンの刃と激突し火花を上げた。
「――――」
「ハァァァッ!」
ネロの激しい攻撃は止まらない。エキゾーストの炎は噴射し続け、力任せに刃を斬り上げ、振り払い、また斬り下ろす。
魔獣も槍を巧みに操り、ネロの攻撃のタイミングに合わせて切っ先を突き出した。その度に火花が飛び、衝撃に空気が震える。
一方で後方のエミリアはネロを援護しようと魔法を唱えた。
「ネロ、待ってて! エル・ヒューマ!」
正面で戦っているネロの邪魔にならないよう回り込み、側面から氷柱を発射する。高速で魔獣に向かう氷柱だが、背中で燃え続ける炎から火球が発射された。
それはエミリアの魔法と激突し相殺してしまう。
「――――」
「だったら……ウル・ヒューマ!」
更に巨大な氷柱を発生させ瞬時に発射する。魔獣も背中から火球を飛ばし、両者の攻撃が再びぶつかり合う。しかし、同じようにはいかなかった。
激突する氷柱と火球は爆発し、砕け散った氷が四方八方に飛び散る。が、火球は小さくはなったがまだ生きていた。
そのまま止まる事はなく、エミリア目掛けて飛んで来る。
「さっきよりも強いなんて!? くっ……」
逃げるエミリアだが火球は空中で曲がり追い掛けて来る。このままではすぐ体に直撃してしまう。
「ヒューマ!」
地面に目掛けて魔法を放つ。固い土の表面に薄い氷の幕ができあがり、地面を蹴ると氷の幕の上に乗った。
進行方向へずっと幕が続き、氷の上を滑る事で走る体力を使わなくて済む。そして右手を前方に構え、向かって来る火球にもう一度氷柱を飛ばす。
「エル・ヒューマ!」
高速で発射され火球に直撃するとようやく相殺できた。けれども火球はこの一発だけではない。
息をつく暇もなく、魔獣からは第二の火球が飛ばされる。
「ゴメン、ネロ! そっちに行けない!」
「心配すんな、嬢ちゃん。援護は俺がやる!」
魔獣の背後から迫るアルデバラン。しかし、地面を走る足音を敏感に感じ取る魔獣は馬の後ろ脚で接近したアルデバランを蹴る。
「おっと!? 目ん玉ねぇのによく見えるこって。でもなぁ!」
瞬時に横へ避けると握っている剣を勢いよく振り下ろす。刃は後ろ脚の片方を一撃で斬り落とし、バランスの取れなくなった魔獣は地面に崩れ落ちる。
同時に槍での攻撃も止まり、それを見てネロも動いた。
「いいタイミングだぜ、オッサン! オラァッ!」
レッドクイーンを振り下ろし、槍を握る右手をも斬り落とす。そして右腕を振りかぶり、魔力で形成された巨大な拳で魔獣の顔面を全力でぶん殴った。
直撃した衝撃に破裂音が響き渡り、魔獣の巨体が後方に吹き飛ばされる。
後ろ脚の一本がないせいでまたしても受け身を取る事ができず、地面の上をゴロゴロと転がり壁にぶつかった。
「オマケだ、こいつも貰っとけ!」
地面に転がる魔獣の槍を掴み取り、大きく振り被ると魔獣に向かって投げ付けた。
切っ先は空気を突き破り、立ち上がろうとしていた魔獣の胴体に突き刺さる。皮膚が突き破られ血しぶきを噴き出し、貫通する槍は壁にまで当たった。
「――――」
けれどもまだ生き絶えてはいない。斬られた後ろ脚は切断面から新しく生え変わる。ゆっくりと立ち上がる魔獣は胴体の槍を引き抜こうとすらせず、そのまま体内に吸収し傷を回復してしまう。
それを見てアルデバランはネロの隣へ行くと煽るようにして言った。
「何であの槍を投げ飛ばすんだよ? 回復しちまっただろ?」
「なぁオッサン、ぶっ刺さった槍を吸収するなんて想像できるかよ」
「へへ、冗談だよ。にしてもタフな野郎だ。首を斬り落とすしかないか?」
「それか心臓をえぐり取るか……もう一回攻め込むぞ」
再び剣を構えるネロとアルデバラン。魔獣にトドメを刺すべく足を一歩踏み出す。
けれども魔獣はこれ以上戦おうとはせず、ネロ達に背を向けて走り出した。数秒もすれば蹄の音が聞こえなくなるくらい遠くなる。
「チッ……逃げやがった。けど無駄に体力使う必要もねぇか。行こうぜ」
レッドクイーンを背負い、ネロ達も踵を返し竜車へ戻った。そして再びランタンの光を頼りにして地下の通路を進んで行く。
荷台の中でエミリアはさっきの戦いで思い通りに動けなかった事を気負っていた。
「ごめんなさい、ちゃんと援護できなくて」
「そんなの気にすんなよ。誰も負傷してねぇんだ、相手も逃げたし」
「でも何もできてないし……」
「考え過ぎるんだよ、もっと単純な思考の方が人生楽だぜ?」
「そうかもしれないけれどそんな簡単にはいかないの!」
「俺がそんな性格だったら自分が嫌になってとっくに人生辞めてるぜ」
「む~! わからなくてもいいもん! ネロのおたんこなす!」
「おた……何だって?」
二人が会話している間にアルデバランは魔獣の情報が記載された図鑑をペラペラめくっていた。
それを見てエミリアが疑問を口にする。
「鉄兜かぶってて読めるの?」
「文字はいまいちだけど、絵くらいなら見れる」
「取ればいいのに?」
「人のアイデンティティー……俺の個性を否定しないでくれる!」
下手に知らない単語を使うと追及されかねないと判断して一呼吸置いて言葉を言い換える。
言いながらも図鑑のページをめくる指の動きは止めないが、最後のページをめくり終えてしまう。
「はぁ~、やっぱ載ってねぇ。俺も初めて見る魔獣だったし、アウグリア砂丘のことなんてまだまだ究明されてないからな」
「あの魔獣、すごーく強かった。あのまま戦ってても勝てたのかな?」
「当たり前だろ? なぁ、兄ちゃん」
「そうだな、似たような奴とは前にも一回やりあったことあるし……勝てなかったら死ぬだけだ、意地でもぶっ倒すよ」
話していると竜車の動きが止まった。気になって外へ出て見ると、ランタン以外の光が見える。
いつまで続くのかと思われた通路が破壊され、どこかの室内が垣間見えた。
「皆さん、もしかしてプレアデス監視塔の中でしょうか?」
「たぶん、そうじゃないかしら。でも何でこんな所が壊されてるの? さっきの魔獣?」
「理由はわかりませんがようやくここまで来れましたね! 目的地までもう少し、早く行きましょう!」
オットーにうながされて一行は壊された壁から中へ足を踏み入れる。
ようやく闇の通路から抜け出した先は、白いレンガで建築された広い空間。長時間夜目だったせいで、強い光を浴びている訳でもないのに真っ白な空間を直視できない。
「クッ……これが目印にしてた監視塔だとして、ここだとまだ地下だよな? 上に登らねぇと」
「うん、そうだね。でもさっきの魔獣が逃げ込んでるかもしれないし、慎重に行こうね?」
周囲を警戒しながら歩を進める。白い空間に自分達の足音だけが響く。
白いレンガで作られた塔の中、人が住んでいる気配もないし物もなにもない。本当に白いだけの空間がどこまでも広がる。
今までとは対照的ですぐに目が慣れないが、進む先に螺旋状の階段があり上へ登っていく。
「でもこの塔、何の為に建てられたんだろ?」
「さぁな、どうでもいい。言っただろ、ここは通過点だ。俺達が行く場所はこの塔じゃない」
「そうだけど……」
この螺旋階段も長い、地竜は両足を踏ん張り重たい荷台をガタガタ揺らしながらも階段を登ってくれている。
けれどもそれだけの音を鳴らしてもさっきの魔獣が攻めて来る事もないし、他の魔獣や人間がやってくる気配もない。
そうしてどれだけの時間が経過したのか、無心でひたすらに登り続けた螺旋階段にも終わりがやってくる。
最後の一階を登り終え、体を大きく前後させながら荒く呼吸する地竜にオットーは優しく背中の鱗を撫でた。
「頑張ったな、よ~しよし」
「ここが一階か……ちょうど出口もあるぜ」
ネロが指刺す先は半開きの扉があり、外の景色が微かに見える。が、上から何かが落下してきた。ぼとりと。
それは肉塊、扉の前に落下してしまったせいで外には行けなくなる。
全員の緊張が一気に張り詰め、目を見開き肉塊を見た。胴体に巨大な針が突き刺さる肉塊はさっき戦った魔獣。
「ッシャァァァ……」
初めて聞く鳴き声に敏感に反応し、自然と声の方向へ視線が行く。そこに居たのは六つの目を持つ黒く巨大なサソリ。
「簡単にはいかせてくれねぇな……」
「キシャァァァッ!」
原作と比較すると駆け足になっていますが、ここから最終話まではもう止まれません。
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