悪魔が始める異世界生活   作:K-15

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Mission14 竜歴石

 ロズワールの城を出て一日が経過した。もう戻る事はできないエミリア、そしてネロは街の宿屋で時間が過ぎるのを待っている。

 アルデバランと約束したのは六日後。宿屋の一室で泊まるエミリアはベッドに腰掛けてネロを見上げる。

 

「アルデバラン? それってプリシラの騎士のことよね?

 

「そうだよ、あのいけ好かない女の所にいる鉄兜を被ったオッサンだ」

 

「でもどうして?」

 

「アイツも俺と同じで別世界から来てる。神龍に会うって言い出したのもアイツだ」

 

「あの人が……で、これからどうするの?」

 

「合流するのは六日後だ。それまでは行く為の準備をするしかない」

 

 レッドクイーンを背負うネロは部屋から出ていこうとする。いつもの事ながら近代的な娯楽のないこの世界で、部屋の中でジッとしているのはストレスでしかない。

 これ以上は何も言わずに部屋から出ていくネロ。木製の扉がパタンと閉じ、足音が遠ざかるのが聞こえる。

 エミリアの銀色の後ろ髪がモゾモゾ揺れると、中から小さい猫のような見た目をしたパックが出て来た。

 

「ふぅ……これだけ離れれば聞かれないかな」

 

「どうしたの、パック?」

 

 宙に浮くパックはエミリアの眼前まで来る。つぶらな瞳を向けながら言われる言葉は、その可愛さに反していた。

 

「リア、ネロは注意した方がいいよ」

 

「パックまで!? ネロは優しいから大丈夫よ。右腕はちょっとビックリしたけれど、元の世界に帰れるように協力してあげなきゃ」

 

「その右腕が危険なんだよ。初めて会った時から気付いていたけれど、ドス黒いマナが溢れてる。ラムも言っていただろう? 魔女に何かされたのかも」

 

「あの腕は魔女と関係ないって--」

 

「それも嘘かもしれないだろ?」

 

 エミリアの言葉を遮り、突きつけるパックの言葉。ロズワールもそうだが彼女は騙されて、利用されていた。

 事の一部始終を見ていたパックが過度に心配するのも無理はない話。

 首に付けている銀色のペンダントを握るエミリアはうつむき加減で口を開く。

 

「ネロまで……嘘を付いてるの?」

 

「断言はできない。でも本当のことを言ってる確証もないでしょ? リアは優しい……優しすぎるから、ちょっとだけ注意した方がいいと思うんだ」

 

「うん……」

 

 心の中に不安を抱えながら、月が五回登る。

 そして約束した一週間後、この日をずっと待っていたネロとエミリアは宿から出て、人通りのある大通りを進む。エミリアだけは白いローブを纏い、フードを深くかぶりながら歩く。

 背の高いネロは人の肩や体にぶつかっても関係なく進路を確保し、エミリアはその背後にピッタリくっつき、進んで行った先の路地裏に入る。

 狭くて薄暗い、隅にゴミまで落ちている通路を歩いて行く先に、鉄兜を被るアルデバランが既に待っていた。

 

「オイオイ、兄ちゃん……どうして一人じゃない?」

 

「いろいろと事情があるんだよ。それよりも本のことだ」

 

「おっと、そうだ。で、どうだった? 何かわかったか?」

 

「ダメだ、ロズワールでも神龍のことは知らなかった」

 

「マジかぁ……こりゃイチかバチかで行くしかないか」

 

「俺は嫌いじゃないぜ」

 

「死ぬかもしれねぇんだぞ? 冗談じゃねぇよ」

 

 状況がよくならなかった事に頭を抱えるアルデバラン。ルグニカに来てしまって何年も経つが、目的地である大瀑布には近づいた事もない。その先に神龍ボルカニカが居る保証すらないが、他に手掛かりがないのも事実。

 

「でも腹は決まってるんだろ? 行くぜ」

 

「応よ! でも俺達はいいけどよ……嬢ちゃんはどうするんだ? まさか付いて来るなんて--」

 

「付いて行くわ!」

 

 言って被っていたフードを取るエミリア。鉄兜の隙間から彼女を見るアルデバランは思わずたじろぐ。

 

「うげッ!? 何で……王選候補者だろうが!」

 

「もう王選には出ないわ。私もネロと一緒に行く!」

 

「どういうことだ? 嬢ちゃんが一番よく知ってるだろ? アンタの名前は竜歴石に刻まれてるし、王族達の前で契約を結んだ。子どものワガママが通る問題じゃねぇ」

 

「大丈夫、それはネロが何とかしてくれるから」

 

「兄ちゃんが?」

 

 ネロの表情を見るアルデバランだが、すぐに首を傾げた。

 

「何とかできるようには思えねぇがな……」

 

「心配すんなって。すぐに終わるからよ。それよりも先に準備進めておいてくれ。水や食料は買い込んである」

 

「本当に大丈夫なんだろうな?」

 

「大丈夫だって。終わらせたら詰所で合流だ」

 

 言うとネロはグローブをはめた右腕を伸ばして助走もなしに大きくジャンプした。レンガ造りの建物の屋根にまで登ると、二人の目の届かない所に走って行ってしまう。

 

「あ~ぁ、行っちまいやがった……しょうがねぇ、準備を進めるか。嬢ちゃん、龍車なら俺のツテですぐに呼べる。言ってた食料はどこにある?」

 

「わかったわ。とりあえず、ここから場所を変えましょう」

 

 狭い路地裏から移動する二人。力強く前を歩くエミリアに、アルデバランは気になっていた事を聞く。

 

「あのさぁ、お嬢ちゃん。一応、聞いておきたいんだけど?」

 

「何を聞きたいの?」

 

「さっきも言ってた王選のことだよ。本当にどうするつもりだ? あの兄ちゃんにツテやコネがある訳がねぇし……あったとしても今更、王選を辞退させてくれ、なんて聞いてくれる訳ねぇよ」

 

「普通のやり方だと、確かにその通りよ。だから普通じゃないやり方を考えたの。……二つだけれども」

 

「普通じゃないやり方? 嫌な予感しかしねぇな……」

 

 歩みを止めないエミリアはその嫌な予感しかしない打開策を説明する。

 

「一つは私を死んだことにするの。その為の偽造書類も作ったから。それで信じてくれるといいのだけれど……」

 

「そういうのは信じる、じゃなくて騙されるって言うんだよ。それくらいでうまくいくもんか?」

 

「たぶん……」

 

「あ~ぁ~、無理だと思うけどね」

 

///

 

 王宮前の大きな門の前に立つネロ。視線の先には赤を基調とした制服をまとい腰に剣を指す護衛兵が二人。それに真正面から向うが、門の前で二人して進路を塞がれ鋭い目を向けられる。

 

「この先は一般には解放されていない。何の要件だ?」

 

「そんなピリピリするなよ。書類を届けに来ただけだよ」

 

「書類だと?」

 

 コートから取り出す紙を受け取る護衛兵。目を凝らして書かれている文字を読む二人。上から下へ視線を動かし、数秒もすると口から笑いがこみ上げて来た。

 

「フハハッ! よく作ってあるな。こんなの初めて見た」

 

「どこの陣営の人間だ? やり方としては面白いが、このようなことは認められないな」

 

「妨害工作にはそれなりの罰がある。魔法を使ってでもどこの陣営の人間か吐いてもらう」

 

 二人に詰め寄られるネロだが、ふてぶてしく笑ってみせる。

 

「罰ってなんだよ? それに本物だって、その書類」

 

「黙れ、抵抗するなら実力行使に出るしかなるなるぞ? まず、背中の剣を下ろせ」

 

 ため息を吐きレッドクイーンを石畳の地面に置く。その上、簡単なボディーチェックまでされてブルーローズも取られてしまう。

 重たい鉄の門が開かれ、全ての武器が奪われた状態で護衛兵の一人に連れられて中に入る。

 再び閉じられる門の前ではもう一人の護衛兵が立っていた。

 

///

 

 詰所にまで来たエミリアとアルデバラン。ここでは多くの龍車が待機しており、客引きや荷物の運搬をしている。

 アルデバランは周囲を見渡し知り合いを探しながら、エミリアに話の続きを振る。

 

「で、二つ目の対策は何だ? まともな方法じゃないのは想像がつくがな」

 

「もう一つの方法は……言えない」

 

「言えないって何だよ? 実はもう一つの方法なんてないってオチか? それとも俺なんて信用できないってか? まぁ、見た目が悪いのは散々言われて来たからわかってるけどよ」

 

「そうじゃないの、方法はちゃんとあるわ。でも絶対に不安や心配が付きまとうから言うなって、ネロが……確かに、最初にそれを聞いた時は私もビックリしたし、今でも心配しかないけれど……」

 

「最初の偽装工作だって通れるかどうか怪しいモンだ。もしもバレたら尋問に掛けられるくらいわかるだろ?」

 

 アルデバランの追求にうつむくしかできない。言われているようにエミリアにだってそのくらいの事はわかる。

 けれども正攻法で契約を破棄する手段が思いつかない以上、ネロの提案を信じるしかなかった。

 

「今はネロが帰って来るのを信じて待つしかないわ」

 

「やれやれ、マジで頼むぜ……っと、見つけた。オットー、こっちだ!」

 

 知り合いを見つけて右手を上げるアルデバラン。それに気が付くオットーと呼ばれた青年。緑色の服をまとい、灰色の髪の毛をした行商人だ。

 彼もアルデバランに気が付くと小走りで近づいて来る。

 

「お久しぶりですね。仕事の依頼なんて珍しい」

 

「聞いてくれるな。今回は長旅になる。食料は買い溜めてあるんだろ、嬢ちゃん?」

 

 隣に立つフードを被るエミリアは金貨を取り出しながら質問に答える。

 

「えぇ、竜車で市場に向かいましょう。それからこれを」

 

「別にもう要らないんだけどなぁ……まぁ、受け取っておくよ」

 

「オットーさんもこれを。少しの間だけれどお願いね」

 

「わ、わかりました! ところでアルデバランさん、行先をまだ聞いてないんですけど」

 

「あ~……東に向かって進め」

 

「東のどこなんですか?」

 

「お前に言うとガミガミうるせぇから嫌だね」

 

「うるさいってなんですか!?」

 

///

 

 

 王宮の敷地内に潜入したネロではあるが、目的の場所がどこにあるかはわかっていない。眼前の王城も見上げる程に大きく、地道に探すには時間が掛かる。

 けれども右腕が微弱ならが何かを感じ取っていた。

 

「どこだろうな……三階あたりか?」

 

「何を喋っている? 場合によっては牢獄に行くことになるんだぞ。わかっているのか?」

 

「あぁ、わかったよ!」

 

 言うとネロはジャンプし護衛兵の頭を踏み付け、そのまま足場にしてもう一度ジャンプする。そして右腕を伸ばし、引っ張られるようにして三階の窓の中に飛び込む。

 ガラスが割れる音、踏み付けられた護衛兵は見上げると大慌てで王宮の中に走った。

 

「さて、そう時間はないな。急がねぇと」

 

 レッドカーペットの敷かれた長い通路を走るネロ。幸いにも人の気配は感じられない。

 けれども広い城の中、部屋も多くどこへ繋がるかもわからない中で、右腕に感じる感覚だけを頼りに進むしかない。

 角を曲がり、更に通路を走り抜け大きな扉を開ける。その先に見えるのはまたもや剣を持つ護衛兵。扉の前に立っており、突然現れた侵入者に躊躇なく剣を抜くと詰め寄って来る。

 

「何者だ! ここがどこかわかっているのか!」

 

「あぁ、おかげでここだってわかったよ。悪いが相手してる暇はねぇ」

 

「貴様は――」

 

 グローブとコートの袖で隠した右腕から突如として武器が現れる。それは鞘に収まった剣。少し湾曲しており、手に取るネロは柄の底で相手のみぞおちに叩き込む。

 肉が殴られる鈍い音がし、肺から空気を吐き出す護衛兵は耐え切れず意識を飛ばす。

 そしてネロは守られていた扉のノブに手を伸ばす。右腕は内側から激しく光っていた。

 

「この感覚なら間違いねぇだろ。さて、何が出るかな? 運がよければ――」

 

 扉を開けて中に踏み込む。その視界の先で広がる広い部屋の中、複数人の王族が一斉に振り返った。

 どれも白髪だったり髭が生えていたりと年を取った階級が上の人間ばかり。見ず知らずの人間がこの場に足を踏み入れた事に貴族達は激怒する。

 

「最悪……」

 

「貴様は誰だ? この場には選ばれた人間しか立ち入ることを許されていない。護衛の人間はどうした?」

 

「アレがエミリアが言ってた竜歴石だな?」

 

 部屋の一番奥に安置されている大きな正方形の石板。それには文字が刻印されているが、ネロには一文字も読む事はできない。

 これは竜歴石――王が居ないルグニカ王国で、石板に刻まれた文の通りに動いた事で国難を逃れた事が何度もある。

 そしてこれにエミリアの名前が刻まれていた。ルグニカ王国の王を決める為の王選、その候補者であるエミリアは、ある日に竜歴石に名前が刻まれた事で選ばれた。

 

「お前のような若造が安易に目にしてよい物ではない!」

 

「大丈夫だよ、もう見ることはなくなるんだからな」

 

 握っていた剣を右手で鞘から引き抜く。剣身は細く、幾度も研ぎだされた刃は光り輝く。少し動かしただけで空気さえも斬りそうな程に鋭く、見る者の目を引き付ける。

 それは刀、閻魔刀と呼ばれる魔具。

 

「悪いがぶった斬らせてもらうぜ?」

 

「せ、戦闘準備!」

 

 部屋の王族達は目の色を変えて剣の柄に手を伸ばすが、ネロの方が早く動く。

 が、閻魔刀で何もない空間に袈裟斬りする。攻撃するでもなく、これでは素振りだ。

 

「あ゛ぁ? どういうつもりだ?」

 

「フン……」

 

 斬り上げ、振り下ろし、逆袈裟、もう一度袈裟斬りし横一閃。そして静かに閻魔刀を鞘に戻すと背を向け部屋から走り出す。

 当然、見逃せる筈もなく逃げるネロを王族達は追い掛ける。

 

「逃がすものか! ひっ捕らえてやる!」

 

「あとは振り切るだけだ。エミリアに合流しねぇと」

 

 通路を全力で走り、外に出られる窓に向かって突き進む。背後からは精霊術や魔法で距離の離れるネロに向かって攻撃を放つが、当たるよりも早くに窓へ飛び込んだ。

 ガラスをぶち破り、重力に引かれて三階から一気に落ちていく。数十秒遅れて破られた窓にまで王族が来るが、見下ろした着地点にネロの姿はない。

 そのもう少し先、出入り口である大きな鉄の門に向かって走るネロは、レッドクイーンとブルーローズを運ぶ護衛兵から奪い取り王宮の敷地の外へと消える。

 何もできず侵入を許してしまった事に怒りが沸々と沸き上がり、一斉に大号令が掛かった。

 

「使える兵士をかき集めろ! あの男を逃がすなッ!」

 

///

 

 ロズワール城の書架、そこでベアトリスはいつもの不機嫌な表情でこの城の主を見上げていた。

 

「あの男に任せて本当によかったのかしら?」

 

「大丈夫、この福音書に新しく記載されたんだーぁよ。ネロは必ず、あの龍を殺してくれるってねぇ」

 

 ロズワールが持つハードカバーの本、福音書には未来に起こる出来事が書かれている。その本に新しく書き込まれた内容には確かに、ネロが龍を殺すと書かれていた。

 けれどもそれを信じ切れなかったから、以前にロズワールはネロと戦った。

 

「そうだといいかしら」

 

「んフフ……魔女は復活する……龍がこの国を支配する時代も終わる……」

 

 時を同じくして、王宮の竜歴石が触られてもないのに半分に斬り落とされた。そして床に落ちるとバラバラに細分され、もはや原型がわからなくなる。




 アンケートのその他に関しては活動報告で募集します。感想欄に書き込むのは違反ですので、お間違えのないようにお願いします。
期限は三月十七日までです。
 ご意見、ご感想お待ちしております。

アルデバランに合流するまでの五日間、ネロとエミリアは何をしていた?

  • 闘技場で荒稼ぎする
  • 長旅の為に食料を買う
  • 気分転換に劇場へオペラを見に行く
  • その他

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