右手を前にかざし風の魔法を放つロズワール。ネロもレッドクイーンを片手に一直線に走り出す。
かまいたちのように鋭い、触れる物を斬り裂く風の魔法。ネロはステップして攻撃を避けると、直撃する屋根の青い石材がバラバラに吹き飛ぶ。
「ほぉ、素早く動くねぇ」
「デヤァァッ!」
レッドクイーンで袈裟斬りするネロだが刃は空を斬る。ロズワールは既に二メートルは後ろに下がっていた。
すぐさま地面を蹴り突進するとレッドクイーンで振り払う。が、これもステップするようにして後ろに下がると簡単に避けられてしまう。
「うん? 勘違いかもしれなーぁいけれど、剣を振り下ろすのを躊躇したかぁい?」
「一応、世話になった身だし……できれば傷つけたくない。ラムやレムが悲しむだろ?」
「傷付ける? 私を? フフフフフ! あはははははッ! そう言えばキミはなぁーにも知らないんだったねぇ。最初に言っておくんだった。私はねぇ--」
「ッ!?」
空気の流れが変わった。瞬時にそれを察知するネロは地面を蹴り大きく飛び退いた。振り向けばさっきまで立っていた場所が強力な風魔法で大きくえぐれている。
「実はすぅごーく強いんだ。宮廷筆頭魔術師の称号を貰っていてねぇ。龍に会いたいなんて愚かな考えは捨てるかぁ、本気を出さないとぉ、その体を細切れにして炭になるまで焼き尽くすぅよ?」
「へぇ……ならぶった斬られても文句言うなよ!」
ネロも目の色が変わる。再び青い屋根の上を走り出し、ロズワールに明確な敵意を向けた。
接近させまいと風魔法を放つロズワールだが、大きく飛び上がるネロは攻撃を避けてそのまま落下と同時に振り下ろす。
が、刃は突如現れた氷の塊に防がれる。
「私は六属性全ての魔法を扱える。だから氷の魔法、ヒューマだってこの通りだぁよ」
「氷ぐらいでなぁッ!」
アクセルを捻りエンジン音と共にパワーが開放される。エキゾーストから炎を噴射しパワーで強引に氷の塊を切断した。
着地して更に袈裟斬りするが、またしても氷の壁が発生し刃は届かない。
「ちょっと驚いたじゃなぁいの。火を吹く剣なんて私でも初めぇて見たよ」
「どいつもこいつも同じこと言いやがって……ウラァッ!」
もう一度パワーを開放して氷の壁を斜めに斬り落とす。しかしその時にはロズワールとの距離はまた離れていた。不敵に口元を歪ませるロズワールは空中に無数の氷の塊を発生させ、レッドクイーンの届かない位置から攻撃を仕掛ける。
「力だけは充分にあるようだけどこれはどぉーだい?」
「チッ!」
高速で飛来する氷に塊にレッドクイーンを背中に戻しブルーローズを手に取る。銃口を向けトリガーを引き、強烈なマズルフラッシュと共に時間差で二発の弾丸が発射。向かって来る氷に一瞬で直撃すると撃ち砕く。
連続してトリガーを引くネロは瞬く間に全ての氷を破壊した。
「まぁた知らない武器だね。でも今のは一番弱い魔法……次に強いウル・ヒューマはどうかなぁ?」
「ペチャクチャうるせぇ! やらねぇならコッチからやるだけだ!」
弾をリロードし走るネロ。
ロズワールは宣言した通り一メートルはある巨大な氷を発生させて、向かって来るネロに飛ばす。
質量と速度を持った氷に飛び退く。けれども速度は緩めない。
「当たるか!」
避けた氷は屋根を突き破るがロズワールは自らの城が破損する事など気にせず、続けて大きな氷を撃ち出す。二発、三発、四発。
その全ては青い屋根に突き刺さり、地面を蹴り斜め上から銃口を向ける。トリガーを引き弾が発射された。
ロズワールの氷魔法、ウル・ヒューマは確かに強力で、それでも攻撃を防ぐ為の壁を生成するのに一秒は掛かる。標的へ着弾するのに一秒も必要ない。
「ふぅん……」
けれども弾は炎弾に飲み込まれチリと消える。新たに生成する炎の魔法は赤、青、緑の炎弾。それらはロズワールの手の平の上で浮いている。
「チッ! 今度は火か!」
着地するネロにロズワールは口元をにやけさせる。まだまだ汗一つ流しておらず余裕な態度を見せつけた。
「私はゴーアの魔法が一番得意なぁんだ。ぜぇーんぜん知らないキミにもわかるように言うと炎の魔法。その武器、何かを飛ばしてるみたいだけぇれど、体に当たる前に燃やし尽くすくらい訳ないんだぁよ」
「ご親切なこって」
「んふッ! なら親切ついでに……その右腕は使わないのかぁい?」
目を見開くネロ。チラリと右腕に視線を移すが、グローブはちゃんとはめられており外から見ただけではわかるはずがない。右腕の秘密を知る人物は限られている。
「アイツ……喋ったな」
「私の城で働くメイドだぁからね。キミが隠しているその腕……実際に見せてくれないかぁい?」
「まぁ、バレてるなら隠す必要もねぇか」
言うと右手のグローブを外しコートの袖を上げた。現れるのは人間の腕ではない。赤い甲殻で守られ、蒼白く発光する手の平。異型の腕、悪魔の右腕--
「ほぉ……それが……」
「使いたくなかったんだけどな……」
「さっきも言わなかったかぁい? 力を出し惜しみしているとぉ……殺すよ?」
静かに、湿らせた声を出すロズワール。すると緑の炎で形成された巨大な蛇が大きく口を開けて急降下して来た。そのまま屋根ごとネロの体を一口で飲み込んでしまう。
「呆気ない幕切れだーぁね。やはり、キミには龍に会う資格なんて--」
空へ登る青い炎の蛇。けれども突然動きを止めてしまう。喉元がギリギリと細くなり、次の瞬間には巨大な手が握りつぶした。炎は消え、中から飛び出すネロがまた屋根の上に着地する。
「っと! 俺は暑いのは苦手なんだよ」
「なッ!?」
息を呑んで驚くロズワールだが、ネロは攻撃するでもなく屋根に突き刺さった氷の柱を右手で触る。
「それで? さっきの魔法は何て言うんだ?」
「私のウル・ゴーアを潰すなぁんて……キミのその右腕--」
「炎の魔法が得意なんだって? だったらもう一回見せてみろよ!」
右腕から現れる魔力で形成された更に巨大な右腕。突き刺さる氷柱を掴み取り、力任せにロズワールに向かってぶん投げる。
高速で飛んで来る氷に手の平の炎の弾が瞬時に形を変え、赤、青、緑の蛇へ姿を変えて氷を飲み込んだ。
「ならば私も少しだーぁけ力を見せてあげようかな? ウル・ゴーアで作った炎の蛇、キミに打ち破れるかぁな?」
「さっきのと同じか。舐めんじゃねぇッ!」
「私のマナはまーぁだまだ残っているからね。キミの力は確かに目を見張る物があるけぇれど、それもいつまで続くかな?」
迫る炎の蛇をジャンプして飛び越え、青い蛇が横から突撃して来るもスライディングしてギリギリの所で回避。最後の緑色の蛇が正面に待ち構えるが、頭の真上から右腕を振り下ろして屋根ごと叩き付ける。
「こんな火じゃ生温いんだよぉッ!」
爆音と衝撃は城全体が揺れる程に大きく、屋根が崩れた事で砂埃が舞う。緑の炎の蛇は潰されて消え、ネロの姿も砂埃の中に消える。
ロズワールは目を凝らしてその姿を追うが、どれだけ探しても影すら見えない。
「どーぉこに消えたんだい? 煙の中じゃなぁい……あの剣の音? 下から?」
重力に引かれて砂埃が落ちていき前の景色もハッキリ見えるようになるが、やはりそこにネロの姿はない。けれども聞こえる、壁を通してでも確かに聞こえる。レッドクイーンのエンジン音がバルバルと空気を揺らす。
気が付いた瞬間、地面を蹴り後ろに下がるロズワール。一秒と経たずにさっきまで立っていた場所からレッドクイーンの切っ先を突き上げるネロが屋根を崩して飛び出した。
「魔法も使わず、精霊さえも契約していないのにデタラメな力だぁよ」
「チィッ! 避けられた。でもな!」
空中に飛び上がるネロは下で立っているロズワールに狙いを定め、レッドクイーンのレバーを引いて更にパワーを開放させる。
「ダブルダウン!」
「ウル・ヒューマ!」
エキゾーストから炎を噴射し、切っ先を地面に突き刺すようにしてロズワールに急降下する。しかし、ロズワールも球体の分厚い氷を自身を中心にして展開しネロの攻撃を防御する。
自らの体重も加えて氷の球体に突き刺すが、ヒビが入るだけでレッドクイーンのパワーを持ってしても一撃で破壊するには至らなかった。
「クッ! また防がれた」
「キミの攻撃は私には届かなぁいんだよ」
「でもなッ!」
柄を両手で握り力任せに叩き付ける。衝撃に空気が震え、入っていたヒビが少しずつ広がっていく。
「ハァッ! デヤァァァッ!」
「コイツ……」
何度も何度も何度も何度も、レッドクイーンの刃を氷に叩き付ける。その度に大きくヒビが走り、強固な氷の球体が崩れるのは時間の問題。
鋼が激突する甲高い音が響き渡る中、右手をかざすロズワール。
「アル・フーラ!」
「砕け散れ!」
刃を叩き付けた瞬間に内側から強力な風魔法が発生し全方位に氷の球体が砕けて飛ぶ。ネロの体も吹き飛ばされ、勢いに乗って氷の破片が脇腹に刺さる。
「グぅッ!? でもなぁ……」
ブルーローズを抜き、満足に体勢も整わないまま銃口を向ける。マズルフラッシュと共に弾丸が飛ぶ。高速で発射される弾。
しかし、飛び散る氷の塊に阻まれてしまう。続けてトリガーを引く。リボルバーが回転し二発の弾が氷を潜り抜けてロズワールに迫るが、今度は強力な風の魔法によって切断された。
残りは一発、このままでは届かないと考え右手をリボルバーに添えて魔力を流し込む。
「喰らいやがれッ!」
蒼い魔力を纏う弾は一直線に突き進み、氷を貫通しても威力は軽減しない。風の魔法が正面から当たるも弾は消えない。けれども軌道は反れてしまう。
弾はロズワールの左肩の肉をえぐり取る。
「ッ!? でもかすめただけだぁよ。このくらいなら--」
炎の魔法を指先だけに発生させて傷口を焼く。痛みに耐えながら止血をすると浮遊するロズワールはネロが飛ばされた方向を見る。空中で身動きの取れないネロは屋根から地面に向かって落ちていた。
「ダメ押しだぁよ、ウル・ドーナ」
落下していく先、広大な城の庭の地面から土が岩石のように硬い塊となってネロに飛んでいく。落ちながらもそれが見えるネロはレッドクイーンを手に取り、瞬時に左腕を振る。
「デャァァァ!」
袈裟斬り、逆袈裟、斬りながらスロットルを回しレバーを引いてエネルギーを開放、炎を噴射して体ごと回転し周囲の岩石を斬り捨てる。
そしてそれはヘリコプターのプロペラのように推進力を生み出し落下速度を減少させ、ネロは難なく庭の芝の上に降りた。
「本当にどんな魔法でも使えるんだな。オイ、さっきのは何て魔法だ? ぶっ潰してやるからさっさと来いよ!」
「もう言う必要はなーぁいんだよ。アル・ドーナ!」
レッドクイーンを肩に担いで見上げるネロ、ゆっくり空中から降りてくるロズワールに挑発するも突如として地面が大きく揺れる。ロズワールの放つ土の魔法、ネロを囲むように岩山が現れ逃げられないようにした。
「これですぐには動けなーぁいね。岩が邪魔で見えないだろうけど、私は炎の魔法を作ってぇいる。アル・ゴーア、最上級の炎の魔法だぁよ。いくら力があっても、いくら素早く動けても、逃げられない空間に三十を超える炎弾をぶつけてキミは生き残れるかーぁい?」
言うとロズワールは宣言通り炎弾を作り出し、岩山の中に閉じ込められたネロに向かって一斉に飛ばす。
無数の炎弾が突入して数秒後、大爆発と共に岩山が砕けて飛び散る。爆風に芝がなびきロズワールのマントも激しく揺れる。その背後にある城の窓ガラスまで衝撃に耐えきれずバリバリと割れ雨みたいに地面に落ちていく。
まるで朝日が目の前に現れたかのように真っ赤に光る景色。
「んフフフフ~」
口元を歪ませるロズワール。視線の先で燃え盛る炎、あまりの灼熱に岩山や地面の土までもがドロドロに溶け出している。
絶対の自信がある必殺の一撃、これをまともに受けて生き残った者など居ない。しかし--
「な、なんだッ!? この寒気、心臓が握りつぶされるような……怯えている? 震えている、私が?」
「もう終わりか?」
「ッ!?」
息を呑むロズワール。炎の中から現れたのは全くの無傷のネロ。それどころか脇腹に受けたはずの傷もいつの間にか回復している。
そして彼の瞳は赤く光っていた。が、次の瞬間には元に戻る。
「アイツ……一体何を!?」
「一つ気が付いたことがあるんだよ。最初は頼んでもねぇのにペラペラ喋ってたのに、今は全然喋らねぇじゃねぇか。この攻撃はなんだ? 解説しろよ?」
「ば、馬鹿な……無傷だなんて……」
「あの鬱陶しい口調も消えたな。余裕が失くなってるじゃねぇか」
「クッ!」
両者の鋭い視線が交わる。
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